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リアクション
■ 離してはいけないもの ■
実家に帰るのは約1年ぶりだ。
去年も遠野 歌菜(とおの・かな)は月崎 羽純(つきざき・はすみ)を伴って実家に帰省しているのだけれど、今回の帰省はそれとはちょっと気分が違う。
「なんか気恥ずかしいな」
歌菜が羽純と結婚してから実家に帰るのはこれが初めて。
夫婦としての帰省はどこかくすぐったい気分だ。
入る前に実家をちょっと眺めてみてから、歌菜は照れを隠すように元気に家に飛び込んだ。
「ただいま!」
「お帰りなさい。羽純くん、歌菜」
歌菜の声に、父の遠野 アリョーシャと母の遠野 晃が玄関まで出てきて、温かく2人を迎えてくれた。
それに対して羽純はきちんと挨拶する。
「結婚しました。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げ返すアリョーシャの隣で、晃も嬉しそうに目を細める。
「よろしくね。今日は歌菜が旦那さんを連れて帰ってくるって言うから、とびきりのご馳走を用意して待ってたのよ」
「ご馳走ってもしかして……」
「そう。歌菜の大好物の和風ハンバーグよ」
「やったー!」
子供のように喜ぶと、歌菜は羽純に教える。
「ママのハンバーグは絶品なんだよ♪」
「そうなのか? それは楽しみだ」
「じゃあ早速ごはんにしましょうか。荷物を置いたらすぐに来てね」
晃はそう言うと、いそいそとキッチンへと入っていった。
4人家族が顔を揃えて囲む夕食。メニューは歌菜の好物であり晃の得意料理である和風ハンバーグだ。
ふっくらと焼き上がったハンバーグに、野菜たっぷりの和風ソース。
「美味い」
思わず頬を緩ませる羽純に、歌菜まで嬉しそうな顔になった。
「我が家の味なんだよ」
「これは本当に絶品だ。歌菜、作り方習っておけよ?」
パラミタでもこの味が食べたいからと、羽純は歌菜に言う。
「うん。ママほど上手に出来るかどうかは分からないけど」
「うちにいる間に、新米奥様の歌菜には色々教えておかなくっちゃね。料理だけじゃなくて掃除も」
「ママったら……」
言われた言葉の内容よりも、新米奥様という呼ばれ方が恥ずかしくて歌菜は赤くなった。
食事が終わると、羽純はアリョーシャと酒を酌み交わした。
男同士、ゆっくりと話す2人を食卓に残して、晃と歌菜は後片づけをする。
地球にいた頃よくしていたように、キッチンで並んで晃が食器を洗って歌菜がすすぐ。
「ねえ歌菜」
「何、ママ?」
「羽純くんのことが好き?」
ずばりと聞かれて照れてしまったけれど、歌菜ははっきり返事をする。
「うん。大好きだよ」
娘の答えに晃は良かったわねと笑い、そして昔話を始めた。
それは歌菜も少しだけ聞きかじっている、父と母の昔話……。
晃は代々魔法使いの家系で、生まれた時から決められた魔法使いの許嫁がいた。
やがてはその人と結婚して、魔法使いの家系をより強固なものにしてゆくのだと小さい頃から言われ続け、そういうものなのかと……けれど全てがあらかじめ決まっているレールの上を走るのはつまらないものだと思っていた。
でもある日。
――本当の魔法使いが現れた。
その人の奏でるピアノの音に、まず恋をして。
その人自身を知るにつれ、大好きになっていって。
その相手がアリョーシャだった。
皆に反対された。
障害なんて山ほどあった。
アリョーシャ自身に拒まれたことさえあった。
けれど晃は決して諦めなかったし、アリョーシャの手を離さなかった。
結局、結婚を許してもらえなかった2人は駆け落ちし、晃は実家から絶縁された……。
歌菜がパラミタに行こうと決めたのは、魔法使いになりたかったからだ。
自分が魔法使いになれば、アリョーシャと結婚しても魔法使いの血は途切れていない、そう証明できるのではないか。それが証明できたら晃は実家と仲直りできると思ったからだ。
そして――その目的は果たされた。
歌菜が立派に魔法使いであると認めた晃の両親は、アリョーシャと晃の仲を認めてくれたのだ。
引き離されそうになった時期を超えてきた母は、洗い物の手を止めてじっと歌菜の目を見た。
「いい? 歌菜。大事な人の手はしっかり掴んで離しちゃダメよ。男の人ってね、ちゃんと掴んでないと、フラフラと何処に行くか分からない所があるからね。女が手綱を握らなきゃ」
「うん、私は羽純くんが好き。大事だから絶対に離さないよ」
「母さんね、お父さんには苦労させられたのよ」
晃はふふっと笑った。
「それも惚れた弱みなんだけどね。だから何があっても絶対離すもんかって掴んで……今とても幸せよ」
そう言う母はとても強くも可愛らしくも見えた。
「私も。私もパパとママみたいに幸せになる。羽純くんを幸せにする! 私、パパとママの子で……よかった!」
晃が大事にアリョーシャの手を握り続けてくれたから、今の自分がある。そしてこれからの自分たちもある。
歌菜は子供の頃にしていたように、晃の胸に飛び込んだ。
「ママ、大好き♪」