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地球に帰らせていただきますっ! ~4~

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地球に帰らせていただきますっ! ~4~

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 ■ 弾まぬ会話 ■
 
 
 
 世田谷の閑静な住宅街を水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は実家へ向かって歩いていた。
 道の両側に建ち並ぶ家の庭には、夏に来たときほど花は無いが、寒さに耐えるようなパンジーの色彩が鮮やかだ。
 あの後、姉を通じて母とは和解したけれど、父とはまだ……。
 意を決して東京行きの新幹線に乗り込んでここまでやってきたけれど、心の中ではまだ逡巡している。
 またあの時みたいに帰りそびれてしまうのではないか。もし帰れたとしても顔を合わせたとき、どんな反応をしていいのか。
 そんなことをぐるぐる考えてしまう。
 けれど、教導団中尉という今の立場を思えば、いずれ死地へ向かいそのまま生きて帰らないこともあり得る……。
 そうならないにしても、いつまでも逃げ続ける訳にはいかない、ということも分かっている。
 帰りたい。帰りたくない。
 逃げたい。逃げてはいけない。
 相反する2つの間で揺れる気持ち。
 少しずつ重くなる足をそれでも止めずに、ゆかりは角を曲がり……実家の前に立った。
 
 逃げ出したい気持ちを抑え、ゆかりは呼び鈴を鳴らした。
 
 昼間なら大抵は母が出てくる。そうでなければ姉が。
 そう思っていたのだけれど、玄関に出てきたのは父の水原 博之だった。
 まさかいきなり父親と対面するとは予想していなかったゆかりは、言葉に詰まった。父親の顔を直視できずに俯いて、何か言わなければと必死に言葉を探す。
「お父さん……お久しぶりです……」
 やっと絞り出した言葉は、自分の耳にもひどく他人行儀に聞こえた。
 父はどう答えるのか。
 身を固くしてゆかりが待っていると、父は無言で身を翻した。
「あ……」
 ゆかりが追いかけて良いものかどうか迷っていると、父は僅かに振り返る。
「入らないのか?」
「は、はい」
 ゆかりは弾かれたように急ぎ足で父の後を追った。
 
 入った家の中は、ゆかりが出ていったときから変わっていなかった。
 そのことに安堵しながらも、何処か落ち着かないのはやはり、今まで対立していた父と2人きりという状況だからか。
 沈黙を恐れるように、ゆかりは差し障りのない話を言葉少なにぽつぽつと口にした。
 それに対して父も言葉を返してはくれたものの、互いに気まずさを感じているのでどうにも話は弾まない。
 やがてゆかりは話題を見付けられなくなって黙り込んだ。
 リビングに重苦しくわだかまる沈黙に耐えかねて、ゆかりは両手で顔を覆う。
「……いまさら許してなんて言えない……皆が反対するのにパラミタに行ったのも……そうしなきゃ後悔すると想ったから……私が自分勝手なのは承知で……それでも……どうしても……謝りたかったの……」
 必死に話すうちに、ゆかりの目から涙がこぼれ落ちる。言葉に出来ない想いが溢れるように。
「許してもらえなくても……迷惑だと想われても……本当に……ごめんなさい……」
 そこまで言うとゆかりは泣き崩れ、その先は言葉にならなかった。
 
 博之は泣く娘の姿に、ゆかりがどんな思いをしてきたのかを知った。けれど、優しい言葉を掛けることも、慰めに背を叩くことも博之には出来なかった。
 眉間に皺を刻みながら博之は、そうか、と一言だけでゆかりの涙を受けた。
 心を開いて話せば、和解することは難しくないのだろう。
 お前の気持ちは分かったと、よく頑張ったなと声をかけさえすれば、娘の辛さも紛れるだろうということも分かっている。
 けれど、ゆかりと博之双方の似た部分がそれを妨げた。折れてすべてを水に流すには、2人は不器用すぎ、強情すぎるのだ。
 だから博之はただ、泣く娘と静かに向かいあい続けた。
 娘の想い、娘の哀しみ、娘の望みすべてをじっと受け止めながら。