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リアクション
■ 帰省は突然に ■
便りのないのはよい便り。
ことわざではそう言うけれど。
「そういえばもう3年も帰省してなかったんだ!」
ふと思い当たった綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)がそう言うと、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は驚いた顔になった。
「その間一度も? 確かに家に帰るという話を聞いたことはありませんけれど……」
「メールのやりとりはしてるわよ」
答えはしたものの、一人娘として3年も親に顔を見せていないのはどうだろう、とも感じる。
「今年のお正月は実家に帰ってみようかな」
さゆみが言うと、アデリーヌもそうした方が良いと勧めてくれた。
パラミタで過ごした3年間。
自分はどう変わって、何が変わらなかったのか。
故郷はどう変わって、何が変わらなかったか。
3年という月日は長くもあり短くもあり、一概に何がどうと決めつけることは出来ないけれど。
(父さんと母さんから見て、今の私はどんな風に見えるのかしら)
それが不安でもあり、どこか楽しみでもある。
だから、いきなり帰ってみようかと思っていたのだけれど、いざ地球に降りたってみると気が変わった。
携帯を取り出して、
『今年の正月はそっちで過ごすよ!』
と打つ。そのメールを母の綾原 真理子の携帯に送信してから、さゆみは横浜の保土ヶ谷にある実家へと向かった。
しばらくぶりの実家に帰ると、母は驚いた顔で玄関に出てきた。
「さゆみ、もう帰ってきたの?」
帰るというメールを送ってから、まだ2時間も経っていないのだから驚くのも当然か。
「うん、ただいま」
さゆみが笑いかけると、真理子の目にみるみる涙が湧き上がってくる。
「母さん、どうかした?」
「ううん、何でもないのよ。ただ、さゆみが……」
無事に成長した姿で戻ってきたのが嬉しくて、と真理子は声を詰まらせると、涙を押さえた。
「あれ? 父さんは?」
まずは温かいものでも飲んでとリビングに場所を移してからも、父の綾原 規夫は一向に姿を現さない。どうしたのかと尋ねてみると、母はちょっと笑った。
「お父さんは今、イタリアに海外出張中なのよ。さゆみが帰省することを知らせたら、電話口で絶叫してたわ」
ぶるぅああああ〜、と大音響で叫ばれて受話口を耳から離してしまったと、母はその時のことを思い出すように耳に触れた。
そんなに残念がっていたのかと、さゆみは父に対して申し訳なく思う。
いきなり帰省を決めた為に、切符も大晦日の今日のしか取れなくて、日程を打ち合わせる余裕も無かったのだ。
けれど、
「お父さんには申し訳ないけれど、私はさゆみが今日帰ってきてくれて嬉しいわ。今年は1人でお正月を迎えるのかと思っていたのよ」
そう言う母を見ると、やはり帰省して良かったと心から思う。
病気中の母は、今は回復しているものの、医師に止められて父の海外出張について行くことが出来なかった。さゆみが帰省しなければ、母はさびしく1人で正月を迎えることになってしまっただろう。
「パラミタでの生活はどう? 楽しくやってる?」
この3年間を埋めようとするようにあれこれと聞いてくる母に、さゆみは思い切り沢山の土産話と、パラミタでもコスプレイヤーとして活動したこと等を話した。
さゆみが楽しそうに話す土産話を、母は何度も何度も頷きながら聞いてくれた。
イタリアにいる父にも、さゆみは電話とメールで話をしておいた。
直接顔を見ることは出来なかったけれど、しばらくぶりにさゆみとゆっくり話が出来て、父の悔しさも随分と紛れたようだ。
今度は自分が家にいるときに帰省して欲しいと言う父に相づちを打ちながら、さゆみはパラミタに残してきたアデリーヌのことを思う。
今回は一緒に来られなかったけれど、今度は……パートナーであり最愛の人であるアデリーヌを連れて帰りたい。
心からそう願いながら。