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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~
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リアクション

 第23章 本命の証明

「ファーシー達がここに来てるのか」
 空京の自宅で、チェリー・メーヴィス(ちぇりー・めーう゛ぃす)は携帯のメール画面を見て呟いた。
 あれから1年近くが経ち、“新しい生活”は日常へと変わりつつあった。
 あの頃の事はよく覚えている。思い出にするには1年は短すぎるような、鮮烈な出来事。
 尤も、思い出にするつもりもないのだが。
 かつてのパートナーを失ったあの日から寺院を抜けるまでの経験は、これからの血と肉にしていくと決めたのだ。
「……久しぶりに、顔でも見に行くか」
 楽しい記憶ではない。でも、その記憶を引きずって立ち止まるのは嫌だから。立ち止まらなくていいという勇気を、得ることが出来たから。だから、彼女の表情は柔らかだった。
 支度は出来ていたので、後は鞄を持って出掛けるだけ。だがそこで、窓の外から声がした。近所のスズメがこつこつ、と窓ガラスをつついている。窓を開けると、スズメは枠の上に降り立った。
『チェリー、今日は普段着じゃないのね。どこかへお出掛け?』
「ああ、給料も入ったしな。買い物ついでに知り合いに会ってくるよ」
 簡単な会話をして、部屋を出る。如月 正悟(きさらぎ・しょうご)に名を呼ばれたのは、そんな時だった。
「……? どうしたんだ? 珍しく真面目な顔をして」
「チェリー、その格好……もしかして、予定が?」
 振り返ると、正悟は笑顔をひそめて改まった調子で言った。『真面目な』の前につけた『珍しく』に反論してくる気配も無い。
「いや、予定っていうほどのものはないけど……」
 ホテルに行こうと思った以外は完全フリーだ。……この日にフリー、というのも少し寂しいが、彼女は恋愛を急いでいなかった。そういうのは自然に発生するものだろうし、今はこの毎日を、ただ大切に生きていきたい。そう思っている。
「そうか」
 彼女の答えに、正悟はほっとしたようだった。それからまた、顔を引き締める。
「時間があるなら、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだ」
「別に、いいけど」
「ありがとう。じゃあ行こうか」
 そう言って、正悟は先に玄関へと向かう。廊下を歩きながら、チェリーは考えた。今日はバレンタイン。付き合うって……何に?
 1つ思いついて、装備欄にあった雅刀を出してみる。
「まさか、シリアスにリア充狩りをするとかいうんじゃないだろうな?」
 以前に猫の着ぐるみで『リア充死ねー!』と叫んで暴れまわった前科があるだけに、可能性が無いとはいえない。順当にいけば、次はバレンタインだ。ついていったら猫の着ぐるみ2号があるかもしれない。自分は犬なのに。
「……いつもみたいにろくでもない事を考えてるなら、エミリアの代わりにこの刀の峰で思いっきり殴るからな?」
 だが、正悟はチェリーの雅刀を見ていやいや、と冷や汗つきで否定した。
「や、チェリーさん……今回は俺的には真面目な用だからね? 刀は置いていってね?」
「……違うのか」
 半信半疑ながら刀を置くと、彼女は正悟と一緒に外に出た。

(あれは……)
 行き先を聞いて、軍用バイクを走らせる。途中で、対向車線側の歩道を歩いているトライブを見かけた。打ち上げの日の別れ。もう会わないと思っていたら坂上教会で顔をあわせて驚いたりしたけれど。
(元気にしてるんだな……)
 声を掛けようとは思わなかった。今、チェリーが彼に抱いている感情は多分、恋ではない。あの別れは確かに1つの区切りで、その時から、彼は男女だとか友人だとかでは言い表せない『大切な人』になったのだ。勿論、その境地になるまでにはそれなりの時間が掛かったけれど。
 それから更に、空京の街を横断する。遂には郊外まで出て、ビル街から緑の多い道へと通り過ぎる景色は変わっていく。目指していたのは、バレンタインでも人の少なそうな、うらぶれた公園。
 駐車場にバイクを停め、歩いて中に入っていく。
 寒空の下に立つのは、2人の女性。あそこにいるのは――
泉 美緒(いずみ・みお)エンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)……?」
 チェリーはそこで、立ち止まった。前を行く正悟を呼び止める。
「ちょっと待て、正悟、何をする気なんだ?」
「悪いな、こんなところまで来てもらって。でも、すぐに終わるから」
「終わるって……」
 美緒を見て思い出すのは、空京での彼女との会話。正悟と自分の関係が疑われていると知って、『恋愛対象として大事にしたいと言われた事はない』と言った。そもそも、彼女自身にその気がミジンコ1匹分も無い。そんなつもりで契約したのではないのだから。
 だから、自分の名前が美緒から出たと知った時は驚いた。並の驚きではなかった。天にアタックをかけるくらいには驚いた。そもそも、私達のプライベートな会話を美緒はどこで知ったんだ。
「まだ、誤解されたままなのか」
 理解すると同時、拍子抜けしたというか呆れたというか、肩の力が抜けた。正悟の顔つきから、凄く大事な事をしようとしているのだろうとは思っていたけれど。
 チェリーは、もう1度美緒の方を見る。
「……仕方ない、話が終わるまで付き合うよ。私は、正悟の恋の障害になる為に契約したわけじゃないからな」

「……ありがとう、チェリー」
 やれやれというように首を振るチェリーに、正悟は改めて礼を言った。そして、彼女を伴って美緒とエンヘドゥの前へと歩いていく。
 去年のクリスマス、美緒は彼にこう告げた。
『……お気持ちは、分かりましたわ。それなら……それを、わたくしに証明して下さい。……わたくしを、安心させて下さい』
 正直、どうすれば良いのか、どうすれば照明になるのかはわからない。
 ――けど……本気具合を見せるなら……
 ハロウィンの時に言われた、美緒が誤解をしてしまった2人、誤解を生ませてしまった人達の前でしっかりと宣言して証明する事が必要なのかもしれない。
(思い立ったら吉日というわけではないけども……まあ、3度目の正直って所で。いや、3度目とかじゃなくちゃんと自分のしっかりしなきゃいけない部分はしっかり伝えないと……)
 人気の無さそうな場所を選んだのは、やはり、恥ずかしいからだ。見られて困る物ではないが、顔から火が出そうなほど恥ずかしいのは事実である。
 だが、そうそう恥ずかしがってばかりもいられない。
「チェリー様……」
 美緒はチェリーに驚いた目を向けている。この場にエンヘドゥも居る以上、これで、彼女にも用件の予測はついただろう。
「美緒さん、エンヘドゥ、そしてチェリーも、色々と予定があったのかもしれないのに、来てくれてありがとう。エンヘドゥには、わざわざ南カナンから来てもらって、申し訳ないと思っている」
「気になさらないでください。今日は、どのようなご用件なのでしょう?」
「ああ、今日は……」
 そこで、正悟は一度言葉を止めた。何処から切り出せばいいのか、迷ったのだ。
 言うべき事は以前も伝えた。だから、今回は美緒以外の2人の前でもはっきりと伝え、宣言する事が必要なんだろう。
 結局、正悟はストレートに告白することにした。3人に順番に視線を送る。
「美緒さんだけじゃなく、チェリーやエンヘドゥにも聞いて欲しい。俺は、美緒さんが好きだ。恋愛対象として見ていて、一番に護りたいと思っている」
「正悟……?」
 エンヘドゥはその顔に戸惑いを浮かべた。チェリーは口を挟むつもりはなく、美緒も、また口を開かなかった。彼の真意を探るように、ただ、見つめている。
「美緒さん、俺には、これが証明になるかは分からない。繰り返しみたいになっちゃうけど……でも、しっかりと、全員の前で伝えたかったんだ。自分が出来ることはやるだけやっておきたかった。後悔はしたくないから」
「正悟様……」
 美緒は、何かを考えているのかそれだけ言って、口を閉ざす。木々のざわめきと街の生活音だけが耳に届く。
「納得いたしました、正悟様。あなたがわたくしを一番に思ってくれていることは……理解しましたわ。確かに、エンヘドゥ様とチェリー様に恋愛感情は無いのですね」
「ああ、俺が女性として好きなのは、美緒さんだけだ」
 それを聞くと、美緒は俯いた。
「……わたくしは、少し誤解をしていたようですわ。ただ……お答えについては、もう少し時間をいただけないでしょうか。ゆっくりと、考える時間が欲しいのです」
 それが、真っ直ぐに正悟を見つめ直して言った、彼女の今の気持ちだった。