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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~
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リアクション

 第18章 4人組のバレンタインパーティー3 〜授かった命と新たな思い〜

「お近づきのしるしに。可愛いお嬢さん」
 むきプリ君達が変態まがいのナンパをした後、嵐の去った会場で。エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は来場している女の子達にささやかなプレゼントをしていた。可愛くラッピングした1口サイズの手作りチョコに、それぞれに似合いそうな1輪の花。
「あら? エースってこんなに女性に声を掛けまくるタイプだったのね」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に連れられたリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は、初めて見るエースの一面に苦笑しながら会場を歩く。
「ほら、あそこの、ハートの髪留めをしている子がピノちゃんですよ」
 エオリアの歩く先には、ショートケーキの苺を頬張っているピノの姿があった。最後にとっておいたらしい。彼女は2人に気づいて、「?」とこちらを向いて瞬きする。
「まあ、ピノちゃん? 可愛いわ、可愛いわ」
 リリアは彼女を見て、一目で気に入ったようだ。早速駆け寄って、ぎゅーとピノをだっこする。ふわり、と良い匂いがした。
「ほえ?」
「連れて帰りたいぐらいよー。お兄ちゃんのお世話が大変そうだからそんなことしないけど。うふふ」
「は? 何だよいきなり。つーか、誰だお前」
 近くにいたラスはそれを聞いて顔を顰める。知らない相手に、突然世話が大変だの何だの言われたくはない。ピノも、反応からしてどうやら初対面のようだし。
「エオリア、誰だよこの女」
「僕と同じ、エースのパートナーですよ。リリアさん、花妖精です」
 水を向けられ、エオリアは柔和に微笑み紹介する。
「ほう、花妖精……」
 なんとなく、らしいな、と思ってしまう。
「エースが凄く可愛がっている女の子がいるって聞いたから、どんな子か興味あったのよ。うふふ。エースって妹属性に弱いものね」
 そう言いながら、リリアはピノに抱きつくのをやめた。傍にいるのは変わらずだが。
「ふふ、本当に可愛いわ」
「そ、そうかな? ありがとーーっ!」
 ピノは照れながらも嬉しそうにリリアに応える。出会って数分で彼女とピノは仲良くなったようだ。
「ところで、エースさんはなにやってるの? むきプリさんと同じこと?」
「んー……似てるけどちょっと違うわね。エースには下心が全然無いみたいだから」
「……何か、女に花を贈るのが挨拶代わりみたいに見えるよな」
「そうね、そうそう、そんな感じ」
 興味なさそうにエースを見ながら言うラスに、リリアはうんうんと頷いた。
「だから、いいと言えばいいんだけど。でも、女性心理としては全く下心が無いのも少しハラが立つというか?」
 少しは持ちなさいよ、と彼女は内心で付け加える。レディに親切なのはいいけれど、意識しないというのも女性に対して失礼である。
「でも、お嬢さん達嬉しそうだよ?」
 リリアの声が聞こえたのか、エースが花束とチョコの入った籠を持って話に入ってくる。確かに、花を受け取った女の子達は皆嬉しそうだった。筋肉被害に遭った彼女達にとって、それは一種の清涼剤になったのかもしれない。勿論、声を掛けてくれた相手の容姿も多分に関わっていただろうが。
「日本では女性から男性へチョコをプレゼントするみたいだけど、チョコレートって女性の方が好きな人多いし? アメリカや欧州ではお互いにプレゼントするのが基本だし。ね、ラスさん」
「ああ、まあそうだけど……、って、こっちに振るなよ!」
「だから、女性に配ってOKだと思うんだよね」
 若干慌てたようなラスは差し置き、エースは籠から小さなブーケを取り出した。ガーベラとデイジーをまとめた、オレンジ色の花弁が綺麗な暖かい雰囲気を持つプチブーケだ。
「ピノちゃんと楽しく過ごせる日を見逃せないからね。気合い入れて来たよ。はい、ピノちゃん、ハッピーバレンタイン」
「わー、可愛いね!」
 ピノは両手でブーケを受け取る。花束を見て、嬉しそうに目を細める。
「やっぱり、ピノちゃんにとても似合うね」
「お菓子も作ってきたんですよ。僕とエースの特製です」
 続いて、エオリアがチョコ系のケーキやクッキーが入った詰め合わせをピノに渡した。それも受け取り、ピノは上機嫌でお礼を言った。
「ありがとーーーー!!」
「ピノちゃんとスイーツを楽しみたかったんですよ。甘い物、好きですか?」
「うん! 大好きだよ!」
「何か食べたいものがあったら言ってね。私と一緒に食べましょう」
「…………」
 ほくほくと、ピノは実に楽しそうだ。エオリアやリリア、エースとテーブルにあるケーキを選んで皿に盛り付け合ったりしている。その様子を、ラスは見るともなしに眺めていた。ピノがこうして皆に囲まれるのは悪い気はしない。しないのだが――
「ラスさん」
 不意に、エオリアがこっそり、というように話しかけてきた。ピノからは見えないように、長方形の箱が入った紙袋を渡してくる。
「20歳超えてるから飲めますよね」
「何だ? ブランデー……か?」
「少し早いですけど、3月10日、誕生日ですよね。これ、プレゼントです。ちょっといいやつですよ。ピノちゃんにはナイショです」
 突然のプレゼントに戸惑うラスに、エオリアは軽くウインクする。エースもこちらにやってきてあはは、と苦笑した。
「ピノちゃんだけお菓子詰め合わせとか貰ってたらラスさん寂しいでしょー。誕生日おめでとうっていうことで」
「あ、ああ……サンキューな」
 ラスはブランデーを受け取り、テーブルを見てエースが言う。
「ラスさん偏食なんだからここで色々と食べて好き嫌いを克服……って、そういうメニューじゃないかな」
「…………」
 実はそういうメニューもちらちらあったのだが、彼はあえて何も言わなかった。そう自慢出来る事でもないし。というか。
「お前、人のこと偏食偏食って言うけどな、自分だってそうだろ。吐け、何が食えねーんだ? 取ってやるから」
「え? い、いやー……この中にはないよ?」
「……本当かよ」
「そうだ、ラスさん甘い物好きだったかな、大丈夫?」
 その中で、エオリアは新しく皿を取った。彼は料理ではなく、ケーキ類を選ぶつもりらしい。
「嫌いじゃねーけど……」
「そうなんですか? じゃあ、これどうぞ」
 そこで、が異なる種類のケーキが乗った皿を差し出してきた。
「男の人ってスイーツとかあまり知らないんじゃないかなと思って、甘くて美味しそうなのを見繕ってみました。どうですか?」
 微笑まれるままにラスはその皿を受け取った。舞は少し、ほっとしたようだ。
「沢山食べてくださいね。ピノちゃんかファーシーさんに誘われないと、あまりこういうところって来なさそうですし。せっかく来られたのですし、楽しんでいってくださいね」
「ああ、まあ……そこそこには」
 もとより、むきプリ君に払う羽目になった参加費の元は取るつもりである。
「でも、ファーシーさんとピノちゃん、それにアクアさんと、4人でバイキングに来てるなんて……仲良くなってよかったです。いろいろありましたけど」
「……! いや待て、それは……」
『仲良く』のあたりで吹きかけた。それは、とんだ勘違いというものだ。
「アクアさんと本当に仲良くなれたのかは、少し気になりますけど……」
「だから、仲良くなってねーから。ピノとファーシーがうるせーからやむをえず行動してるだけで……」
 彼女達も個別に誘うという形を取って、直接『アクアさんと一緒に!』とは言ってこない。まあ、結果として団体行動を取る事になる辺り、和解させようとしているのは見え見えなのだが。何せ、以前にピノと仲直りすると約束した手前、断る事も出来ない。
「……そうなんですか?」
「いや、そんな残念そうな顔されても……」
「舞、そんな無愛想な元祖ミイラ男は放っておけばいいのよ」
 ラスに話しかける舞に、ブリジットは後ろの方から声を掛ける。あまり好意的でないのは、彼が過去にファーシーに辛く当たったり、アクアへの態度が気に入らないからだったりする。彼女自身がアクアを悪く言うのは、また別の問題だ。
「でも……」
「綺麗なお嬢さんに、はい、薔薇とチョコレート」
 そこで、エースがブリジットに赤い薔薇とチョコレートを差し出した。舞にも白い百合の花を渡す。
「パーティーなんだから笑わないとね。舞さんにもはい、チョコレート」
「ありがとうございます」
 舞は笑顔でそれを受け取り、ブリジットも薔薇をくるくるといじりながら矛を収める。それから、アクアの方に視線を移した。見た限り、食べ放題なのにアクアはあまり食が進んでいなかった。具体的に言えば、ケーキを1つと紅茶を1杯くらい。必要以上には食べようとしない。
「アクアって、スイーツとかが苦手なのかしら。それとも、好きでも人前だと変なプライドが邪魔して食べないタイプ?」
「どちらかというと後者のような気がしますけど。よくは知らないので、何となくですが」
「そうね……」
 エオリアが考えつつそう答えると、ブリジットはおもむろに小さめのケーキを3つほど皿に盛りつけた。
「なら、こっちで見繕って出してあげるのが親切というものかもしれないわ。……ほら」
「……!?」
 綺麗に並べられたそれを持っていき、アクアの鼻先に突きつける。突きつけすぎて、鼻頭に少しクリームがついた。
「な、何ですか?」
「何遠慮してんのよ。せっかく来たんだから食べてかないと損じゃない」
「…………」
 渋々、という態でアクアは皿を受け取った。それを見て、エースは彼女にも花とチョコレートを渡す。ピノ達に会いに来た彼だったが、アクアとファーシーにも会場で会える自信があって用意していたのだ。
「はい、アクアさんにもプレゼントだよ」
「……ありがとうございます」
 あっさりと受け取ったところを見るに、本当に彼には下心がないらしい。
「えっと、ファーシーさんは……」

「元旦に生まれたの? うわあ、おめでたいわね。ユノちゃん、かあ……」
 ファーシーはその頃、朱里アイン夫妻とテーブルにつき、子供を囲んで話をしていた。聞いたのは、元旦に起こった出来事。子供達を寝かしつけてから、娘が生まれるまでの一連の体験。抱かれた子供を見る彼女の眼差しは、暖かく、また、優しい。
「今日はね、夫婦で、そして何より『新しい家族』と一緒に幸せなひと時を過ごしたいと思って来てみたの。バレンタインには、恋人たちの日、のイメージがあるけど、欧米では親しい家族や友人、お世話になった人への感謝と幸運を祈る日、らしいから」
「それに2月14日は、ユノの名前の由来であるローマの女神の祝日でもあるんだ」
 朱里の言葉に、アインが穏やかな口調で付け加える。3人からは、仲睦まじく幸せに満ちた空気が溢れていて、ファーシーまで嬉しくなってしまう。アインは、パーティー中も常に朱里達の事を気遣っていた。立ち話をしていたファーシーと朱里に、座るように勧めたのも彼である。
 理想の夫婦、という感じがして、おめでとう、という言葉は自然と出てきた。
「そっかあ。それじゃあ、バレンタインは朱里さん達にとって、特別に大切な日なのね」
 娘が生まれたことで。他の恋人達が過ごすバレンタインよりも、更に特別な2月14日。そして、ユノが大人になった時にその意味はまた広がっていく。
「でも本当、ポーリアの出産から、色々なことがあったわ。ファーシーが妊娠したり、私自身も妊娠、今年の元旦には、この子が……」
 そうして朱里は、愛しそうにユノの短い髪を撫でる。
「お互いに、新米ママになったわね」
「え? うん……わたしはこれからだから、朱里さんが先輩ね」
 嬉しそうに、恥ずかしそうに笑って。それからファーシーは、彼女達に10月の体験を話して聞かせる。施術の前に何を思ったか、何があったのか。無事に子を宿した後、皆が祝福してくれた事。その後に、自分の体内にもう1つの命があると実感した時に、どれだけの幸福感に包まれたのか。
「わたしは、この機体になってまだ数年で、体験してない事が数え切れないくらいいっぱいあるんだと思う」
 箱入り娘とかなんとか、フリッツにも言われたけれど。
「あの時の感覚は、確かに初めてで、一度も感じたことがないってはっきりと言えて、すごく大事なものだっていう気がしたの。経験の浅いわたしが言うのはおこがましいかもしれないけど……。わたしはあの時、少しだけ変われたんだと思う」
「その気持ちはかけがえのない宝だよ、ファーシー」
 アインはゆっくりと、彼女に笑いかける。同じ機晶姫として。
「父親か母親かの違いはあれど、人の手で『作られたもの』である僕達機晶姫が人を愛し、子を成し、自らの生きた証を残すことが出来る。その喜びは何物にも代えがたいものだ。――天国のルヴィもきっと僥倖だろう」
「そうかな。……うん、そうだといいな」
 この身体の殆どは機械なのに。ルヴィはもうどこにもいないのに。それでも、彼の想いは後に残るのだ。喜んでいるのか、驚いているのか、驚きすぎて困っているのか。
 先に進む事。立ち止まらないで、先を生きると決めたから。
 そんな事を話していたら、エースがひょっこりと顔を出した。
「ファーシーさん、体調はどう?」
「エースさん!」
「はいこれ、新人お母さん達にもサービスだよ」
 彼は朱里とファーシーにチョコレートと花を渡し、2人に心からのエールを送った。
「お母さん業ってホント大変だと思うから頑張って」
「ええ、ありがとう」「うん、ありがとう!」
 彼女達はほぼ同時にお礼を言って。その言葉にはどこか力強さも込められていて。お互いにそれを感じて笑い合う。
「母って、偉大だよね……。だから、こういうイベントで少し息抜きとかできると良いと思うんだ。お母さん業にはお休みなんてないからさー」
 2人の様子に、エースは何かに感じ入ったようにしみじみと言う。それから、ファーシーの腹部に視線を落とす。子供の成長具合を見てみたい、と思っていたけれど。
「おなか、少しずつ大きくなってるみたいだね」
「うん。ホント不思議よね……。自分の身体なのに、まだ分からない事が沢山あるわ。何か、勝手に構造が変わっていくみたい。まるで、元からこうなる予定だったみたいな……」
「すごいよね! あたしも赤ちゃんの本とか読んでみたけど、機晶姫じゃない人と同じような膨れ方なんだよ。ポーリアさんは大きくなりきったのしか見てなかったから、何かわくわくするんだよね」
「……! ピノ、いつの間にそんなの読んだんだ!?」
 ファーシーのおなかから極力目を逸らしていたラスが驚いたように言う。彼はまだ、この“現象”を受け入れきれていないらしい。
「えー、いつだっていいじゃん」
「施術の時期から計算すると、ファーシーは妊娠中期に入った頃かな。大きさとかもその頃の平均っていう感じがするし……」
 朱里はファーシーの腹部を見ながら言い、それから、顔を上げて彼女に笑いかける。
「生活の変化や体調不良とか色々と不安なこともあるだろうけど、あまり気負わないで。あなたにはライナスさん達もいるし、私自身も、アインだけでなく既にお子さんのいる友人、先輩夫婦に色々と支えられてきたんだから。もし悩みがあったら、遠慮なく聞いてね」
「うん……。大丈夫、もう、1人で悩まないから」
 微笑みに微笑みを返し、ファーシーは応える。何となく、ああやっぱり分かるのかな、と思った。子を作るという事は、自分の意思を貫くという事は、時には1人で抱えなきゃいけない問題も出てくるだろうと考えていた。守る為に、家族で笑顔でいる為に。
「……出産は1つの区切りであり、新たな出発点でもあるんだ。子供が生まれてからは、日々の成長と変化を見守る喜びと同時に、親としての責任をも負うことになる。
 妊娠を決意するまでに、色々と熟考し覚悟を決めたことだろう。どうか、その初心を忘れないでほしい」
 真剣な口調で、ファーシーの目を見てアインは言う。彼女が「うん」と返事をした時。
 きゃっきゃっ、と、ユノが嬉しそうな声を出した。まるで、将来生まれてくる年下の友人を待っているかのように。
「まあ、可愛いわ」
 その声を聞いて、リリアがユノに近寄っていく。
「可愛いわ、可愛いわ」
 赤ちゃんを間近で見たことがあまりないリリアは、ぷにぷにとした子供の手を取って嬉しそうだった。