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リアクション
第14章 4人組のバレンタインパーティー1
「あっ! こっちであります!」
ホテルに入ると、ロビーにいたスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が手を振るのが見えた。スカサハは鬼崎 朔(きざき・さく)とブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)、花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)と一緒だった。
「やっふぅー! ファーシー様にアクア様! お久しぶりなのであります!」
「うん、久しぶりね!」
「…………」
ファーシーは明るく応え、彼女達に近付く。アクアも、無言を挨拶代わりにそれに続く。
「今日は誘ってくださりありがとうであります! 本当は友チョコを渡したいのでありますが……」
「……とりあえず、ホレ。バレンタインチョコだ」
スカサハは、何故か遠慮がちにチョコを出した。それを差し出す前に、カリンがずいと前に出て機晶姫2人にチョコレートを渡す。その行動に驚いたのは、朔である。
「……えっ、カリン、なんで私も作ったのに代表みたいに先に出すんだよー!」
「なんでも何もねぇよ、せっかくのバレンタインデーでバイオテロ起こしたくねェし。スカ吉も、ファーシー達の事を考えんならソレしまえよ。朔ッチもだぜ」
ちらりと朔を見てから、カリンは有無を言わせぬ口調でスカサハに指示する。彼女の作ったチョコは何か、殺人的な出来栄えのようだ。
「……う、わかりましたであります……」
「ス、スカサハさん……? わたし、食べてもいいわよ?」
ファーシーは、しょんぼりとしたスカサハと目を合わせて申し出てみる。
「……来る前からカリンお姉様にダメだしされていたのであります……。やめておくであります……」
スカサハは、ファーシーの術後の体調も気にしていた。自分の作ったチョコが悪い影響を与えたら大変である。
「そ、そう……? じゃあ、気持ちだけもらっておくわね」
そう言って、ファーシーはカリンからチョコレートを受け取る。
(ファーシーなら、摂取しても問題無いのではないでしょうか……)
彼女の後にチョコの箱を受け取りながら、アクアはそんな事を思う。以前に弁当を作った時は、破壊的な味付けを普通に「美味しい」と言っていたファーシーなだけに。とはいえ、アクアはそれを口には出さなかった。何らかのダメージを受けそうな食物であることは間違いなさそうで、辞退頂けるのならそれはそれでありがたい。
「それぞれ誰しも、苦手分野があるものなのですね……」
スカサハはかなり手は器用だ。アーティフィサーとしての手つきを見ていたアクアには、意外な事実だった。
「てか、ファーシーやアクア先輩もチョコに限らず、料理作れるのか? ……何だったら、教えてやってもいいぜ?」
「料理? あ、わたし、お料理は結構得意なのよ?」
「…………。信用してはいけませんよ、自称です」
カリンに聞かれて得意と答えたファーシーの言葉を、アクアは静かに補足する。あの腕で『得意』というのは、詐欺に近い。
「じゃあ、私からもチョコレートね! はい、ファーシーさん、アクアさん」
そこで、花琳もバレンタインのチョコレートを出した。カリンからの制止が無いところを見るに、このチョコはまともらしい。
「……ありがとうございます」
「ありがとう!」
「全く……私はスカサハみたいに料理音痴じゃないんだから」
チョコの受け渡しを見つつ、納得いかなそうながら朔も出しかけのチョコレートをしまう。謎料理のスキルを取得してから、カリンのフォローがないと兵器並みの料理を作るようになった朔だったが、彼女自身にその自覚は全くない。
エレベーターから目的の階で降り、廊下を歩く。
「そうだ、朔さん達、予定とか大丈夫だった?」
歩きながら、ファーシーは朔達にそう聞いた。今日はバレンタインなわけで、バレンタインといえば色々と忙しかったかもしれないわけで。
「問題ないでありますよ! 今日が楽しみだったであります!」
その問いに、スカサハは真っ先に答える。彼女は、ファーシーの言葉を真っ直ぐに受け取ったようだ。
「私は家族の皆と一緒にバレンタインを過ごせればいいんだよ♪ だから、こうして皆の様子をビデオカメラで撮ってるわけだし」
続いて、花琳はそう言ってデジタルビデオカメラをファーシーとアクアに向ける。アクアは、その撮影の意味がよく分からないようだ。
「カメラで撮影して……どうするのですか?」
「だって、幸せな思い出って残したいでしょ? ファーシーさんとアクアさんが思い出を振り返る時に役立ててほしいな。ね、ブラッドちゃん」
「ね、て言われても、知らねぇし」
突然振られて、カリンはふいとそっぽを向いた。
「でも、ブラッドちゃんも一緒に来たじゃん♪ きっと、いい思い出になるよ」
「別に、ボクは来たくて来た訳じゃねぇよ。ただ、この面子を自由にさせたら危なっかしくてしょうがねぇからだ」
しかめ面をしたまま、カリンは渋々という感じで言う。
「朔さんは? 今日、大丈夫だった?」
一方、朔はその言葉の意味を正しく理解したようで苦笑した。
「恋人はいるけど、都合がつかなかっただけでちゃんとバレンタインチョコは送ったから、心配しなくて大丈夫」
「え、恋人がいるの?」
恋人という言葉を聞いた瞬間、ファーシーの目がぱっと輝く。コイバナをしたいお年頃、興味津々という表情だ。
「ああ、そういえばちゃんと話したことはなかったかもな」
2人がバレンタインらしい話を始めた横で、花琳はビデオカメラを周囲にも向ける。
「今年のバレンタインデーはどんな面白……もとい、いい画が撮れるかな♪」
そして、最初に映ったのは――
やがて会場が見えてきて、先頭の朔が中を覗く。
「さて、主催者の方に挨拶しようか……って、あれは……!」
――何だあの女装筋肉ダルマは……!
「あ、むきプリさん」
朔が色々な意味で愕然としている横で、ファーシーがあっさりと彼の名を呼ぶ。どんな格好をしていてもむきプリ君はむきプリ君。見るものが見れば一発で分かる。
今日のむきプリ君はフリフリの、それでいて露出度の高い女性服を着ている。しかも、服のサイズがひとまわりかふたまわり小さいような。
ちなみに、先程まで着ていた服は血みどろになったので別の服に着替えている。さながらお色直しである。しかも――
「ようこそいらっしゃいましたわ! 今日は楽しんでいってネ☆ ついでに、アタシにチョコレートをくれてもいいのヨ?」
口調が、気持ち悪い。
と、いうことで、花琳のビデオに最初に映ったのはむきプリ君だった。
「スカサハが参加費をお渡ししてくるであります! みなさまは先に中に入るでありますよ! ええと……」
「あ、参加費? こっちだよ!」
プリムが声を掛け、スカサハは彼の方に向かっていく。滞りなく成されていく遣り取りの奥、とんでもない生物に成り果てたむきプリ君を見ながら、朔は会場内に入っていく。
筋肉ダルマを抜かして見れば、パーティーは極々平和なもので。
(……ものすごくボコリたい。けど、さすがにパーティー中は……。しょうがない、奴が悪さや騒ぎを起こしたら、凹ろう)
彼女は、湧き上がってくる衝動を何とかかんとか抑え込んだ。
◇◇◇◇◇◇
「どれも美味しそうですぅ。でも、本当に美味しいんですかねぇ〜?」
エリザベートはお皿に盛った料理を前に、顔をしかめてみせてからフォークを取った。口ではそう言っているけれど目は正直で、きらきらと輝いた瞳からわくわくしている事がよくわかる。
(エリザベートちゃん、可愛いです〜)
四角いテーブルの斜向かい。自らも食事をしながら、明日香は幸せに浸っていた。パーティーであるという事、そして今日がバレンタインである事を意識しているのか、エリザベートはなるべく上手に、綺麗に食べようとしている。それがもくもくとした仕草に繋がり、真剣な表情に繋がり、たまの失敗にも繋がる。蟹を食べる時の日本人に近いかもしれない。
普段の様子を知っているだけに、今日のエリザベートは特別に、いつも以上に可愛い。
でも、ちゃんと場をわきまえて行動しようとするあたり、彼女もいつまでも子供ではないのかもしれない。
「美味しいですぅ〜。明日香も食べるですよぉ〜」
「あ、そうですね〜、いただきます〜」
はた、と気付き、明日香も食事を再開する。胸がきゅんきゅんして、エリザベートを見つめるのに集中して、つい、手が止まっていた。
一緒に食事をしているだけで、彼女の動きや表情を見ているだけでこんなにも幸せ。明日香にとって、エリザベートは大事な大事な存在だ。
「エリザベートちゃん、お口にソースついてますよ〜」
テーブルに置いてある紙ナプキンで口の端を拭いてあげる。ぷにぷにのほっぺの感触が、指に伝わる。
それからふと顔を上げて。
(あ、来てたんですね〜)
明日香はそこで、ラス達が来ている事に気がついた。そしておまけに、目が合った。
(あいつも来てたんだな……)
エリザベートと楽しそうにしている明日香を、ラスは横目で眺めていた。話しかける気は微塵も無い。あっちはあっち、こっちはこっちだ。それにしても、いつも思うが――
「俺といる時とは別人だよな……」
「え? 何のこと? あっ、明日香ちゃん!」
独り言が聞こえたのか、ピノが振り向く。パーティー会場に入ってからはケーキやチョコレートに夢中で、ほぼ無視されていたような感じだったのだが。
「今日はエリザベートちゃんと一緒なんだね! でも、そんなに別人かなあ? あたしと一緒にいる時もあんなだと思うけど……」
「そら、お前はエリザベートと年も近いし、仲も良いから」
一見した態度も似たようなものになるのだろう。それでも、エリザベートと居る時の彼女は本当に幸せそうで、眼差しや表情が全然違う。過保護っぷりも違う気がするが。
そんな話をしていたら、明日香もこちらに気がついたらしい。目が合うと、ふ、と勝ち誇ったような顔になってエリザベートにぴったりと椅子を寄せる。
「エリザベートちゃん、これも美味しいですよ〜。私のもちょっと食べますか〜」
「いいんですかぁ〜?」
「いいですよ〜、はい、あーん」
「あーんですぅ〜」
「…………」
何か、いらっ、とする。勝手にいちゃつく分には構わないのだが、殊更に見せ付けるような態度を取られると、いらっとする。テレパシーなぞ持っていないのに“ピノちゃんとこういう事出来ますか〜?”と挑発されている気になるわけで。
「……おいピノ」
「? 何?」
ピノと目線の位置を合わせてみる。彼女はそれだけで少し嫌そうな顔をした。
「あ、あー……いや、何でもない」
あーん、とかくっつくとか出来るわけない。無謀だった。しかも人前で。
「ラス様、これあげるですの」
そこで突然、エイムがチョコレートを押し付けてきた。やけに大きい板チョコだ。「!?」と咄嗟に受け取って何の反応も出来ぬまま、その間にエイムは離れていった。肉や魚など、スイーツ以外の料理を物色している。
「…………」
正直、ものすごく驚いた。はっと我に返って押し付けられたチョコを見下ろす。分厚く巨大で、未包装だ。そして、何か中途半端に欠けている。
「……食いかけ?」
正にその通り、食べかけである。メインのチョコケーキから板チョコをはがして食べていたエイムは、途中で飽きてしまいどこかに置きたいと思っていた。そこでたまたま目に入ったのがラスだったのだが、そんな事を押し付けられた方が解るわけもなく。
「「「……………………」」」
ラスとピノ、加えてピノのペット用鞄に入っていた毒蛇のしっぽは無言でその巨大チョコを見つめた。2人で分けても胸焼け必至の量である。おかげでラスは、ついしっぽに問いかけてしまった。
「……何考えてんだろうな、お前の元ご主人様は」
多分、何も考えていない。
「エリザベートちゃん、私からのバレンタインプレゼントです〜」
その頃、明日香はエリザベートにチョコレートを渡していた。彼女の為に『特別』に用意した、お手製のチョコレートだ。
「ありがとうございますぅ〜」
エリザベートは上機嫌で受け取り、それから、彼女もラッピングされた箱を出す。
「私も持ってきたですぅ〜。去年のより美味しいと思いますぅ〜」
それは、去年貰ったものより更に大きく、更にちょっとお高めのチョコだった。
去年のバレンタインから1年。エリザベートの中の『特別』は去年より明確になっていて。あの時によく分からなかった感情も、今は分かるから。もっともっと大切になったから。
「私が自分で選んだんですぅ〜。『特別』ですよぉ〜」
自信満々に、エリザベートは胸を張った。