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リアクション
第13章 1個目のチョコレート
「主催の人に渡すんですか〜」
ホテルの廊下をエリザベートと歩きながら、明日香は夕菜に対してそう言った。夕菜は、シックなデザインの包装がなされたチョコレートを持っている。
「素敵なパーティーを企画していただいたお礼ですわ」
主催者が女子だと思い込んでの選択である。エリザベートも、広告の文面から主催者の姿を想像する。彼女は、ブローチのついたAラインのドレスの上に、もこもこのショートボレロを着ていた。長めのバルーンスカートからは、薄地の白タイツをはいた脚がちらちらと見える。バレンタインであり高級ホテルでのパーティーだ。普段のローブとは違う。
「元気な女の子、という感じでしたねぇ〜。でも、名前が書いてなかったのが気になりますぅ〜。あ、あそこですかねぇ〜」
多数漏れてくる話し声に、エリザベートは先を示した。入口に近付き中を覗くと、そこに居たのは予想とは180度違う主催者の姿だった。
「……あれは……」
「な、何ですぅ〜?」
「甘いものがいっぱいですの」
チョコレートを持ったまま、夕菜はぴたりと立ち止まった。エリザベートはびくっとして目を逸らす。だが、エイムだけは用意されたチョコレートやスイーツを目指して会場に入っていった。中にはウェディングケーキのような何段にも重なったメインケーキもあり、進行方向にいた世にも奇妙な生物より、美味しい物である。
そう、それは世にも奇妙としか言い現せないものだった。どこから見ても男にしか見えない筋肉むきむきの物体が、ひらひらの衣装を着て女性口調で喋っている。
「……取りやめますわ」
その姿に引いた夕菜は、持っていたチョコレートを仕舞った。彼女達を――主にエリザベートを見て、女装筋肉男は素に戻る。
「む、お前は……エリザベート!」
「やっぱり、むきプリ君ですぅ〜」
どかどか大股で、むきプリ君はやってきた。厚化粧をしている。フリルのスカートから、薄いパンストをはいた脚が伸びている。ごわごわとした毛が透けていた。
「よく見抜いたな! どこから見ても完璧な淑女になっているこの俺を!」
「気持ち悪いですぅ〜!! どっか行くですぅ〜!」
「なんだとぉ!?」
エリザベートは正直に、会場の皆の感想を代弁した。
「女装するなら、ムダ毛の処理くらいするですぅ〜! 気持ち悪いですぅ〜!」
「い、一度ならず二度までも気持ち悪いと言うとは……!」
積年の恨みもあり、むきプリ君はエリザベートに襲い掛かった。手には、ホレグスリの瓶を持っている。きゅぽんっと蓋を開け、彼女の口に瓶を突っ込もうとした途端――
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
エクスクラメーションマークの数だけ、ぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこ、とあえてソフトに表現するとこんな感じの事が行われた。間もなく出来上がったのは、ミステリーさながらの殺人現場。
「エリザベートちゃん、何を食べますか〜?」
下手人であるところの明日香は、何事もなかったかのようにむきプリ君に背を向けた。そして、エリザベートのエスコートを始める。
「あの化け物は一応見知った物体のようですけど、今日は見なかったことにしましょう〜」
優しい笑顔を浮かべてアドバイス。
「う、うわわっ、ムッキー!?」
そこに、一時的に場を離れていたプリムが戻ってきた。死体を見て仰天し、宝笏を持った明日香に気付いて走り寄ってくる。
「ちょちょちょ、ちょっと!!」
「あ、参加費ですか〜?」
「そ、そうじゃなくて……」
そうじゃなくてと言いつつしっかり参加費を受け取りながら、プリムはちらちらとむきプリ君を見る。
「イルミン生のよしみで、死なないようにだけ留意しておこうと思いました。まる。」
「思いましたって……何その、努力しましたけどダメでした的な発言……」
まあ、プリムが元気だからむきプリ君も元気だろう。
「あ、エイムさん!」
そこで、夕菜の声が聞こえた。てってってー、と、エイムがむきプリ君に駆け寄っていく。そして、床の血がスカートにつかないように気をつけながら、流血の源をつんつんとつついた。
「ぬおぉおぉ!!!!」
「これなんですの?」
悲鳴にも動じずに変な生き物をこれ呼ばわりである。悪気はない。見慣れない変な生き物に興味を引かれた故の発言である。
「…………」
つつかれるたびに「ぬお」とか「あぁん!」とか言うむきプリ君が気の毒になり、夕菜は2人にそろそろと近付いていった。近寄りたくはない。だけど、これで生死の境を彷徨うなら可愛そうだ。
「取りやめましたけど、チョコレートあげ……きゃあ!」
ぼこられたのもあいまって、むきプリ君は気持ち悪さに拍車のかかった顔になっている。「ますわ」まで言う前に、夕菜はチョコを放り投げて逃げ出した。
ぽてん、と、むきプリ君の前にチョコレートが落下する。
これが、本日1個目のチョコレートとなった。
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