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空に架けた橋

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空に架けた橋

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「そこを退いてください、ハイラル!」
 レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)が、厳しい口調でドアの前に立つハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)に言う。
「どかねえよ」
 ハイラルは首を左右に振り、一歩も動かない。
 レリウスは全身に包帯が巻かれた体を、松葉杖で支えて辛うじて立っている状態だった。
「止めないで下さい。俺は、もう二度と大事な人を死なせたくない! 俺が弱いせいで、団長は死んだんです。強くならなければ、今度はハイラルが死んでしまう!」
 必死の形相で、レリウスはハイラルの元まで歩き、彼の肩を掴んだ。
 その包帯が巻かれた手に、ハイラルは自らの手を乗せる。
「なあレリウス、お前が俺を守ろうとして無茶したり俺の怪我理由に無謀な事やらかして怪我する方がつれえよ」
 そして、静かにそう言った。
 レリウスにはトラウマがある。
 名付け親であり、師とも兄とも慕っていた傭兵団長がいた。
 だが、彼はある戦場で、レリウスの目の前で亡くなってしまった。
 レリウスは負傷していて身動きが出来ず、それを助けようとして、敵に狙われて撃たれてしまったのだ。
 銃に生身で触れると、その時の光景がフラッシュバックするため、レリウスは銃を持つことが出来ない。
 人に庇われたり、守られても同じだ。
 トラウマスイッチが入り、暴走してしまう。
 剣の花嫁のハイラルは、団長に瓜二つだ。
 月軌道上の戦いでは、そのハイラルが撃たれたところを見てしまった。
 トラウマスイッチが入ってしまった彼は、大暴走した結果、撃墜され大怪我を負った。
 そして、未だまともに身動きが出来ない状態だった。
「俺の力は誰かを守るには不十分だ。こんな怪我で休んでいる場合じゃないんです。団長に誓ったんだ。早く、早く強くならなければ……」
 レリウスはハイラルを押しのけようとする。
 しかしハイラルは微動だにせず、首を横に振り続ける。
「聞け、レリウス」
 手を掴んで、レリウスと同じくらい強い目でハイラルは彼を見る。
「最悪、お前が死んじまったら、俺は俺を許せなくなる。わかるか? 団長の事で自分を許せないお前と同じだ」
 ハイラルは眉を寄せて、不安をにじませて言葉を続ける。
「戦線に戻ろうとして、お前が撃墜されたって聞いて心臓止まりかけたぜ」
「……」
 力の弱まった彼を、まっすぐ見続けながらハイラルは言う。
「言ったらお前の生きる目標潰すんじゃねえかって言えなかった。今なら大丈夫だと思ったから言う」
 ハイラルは両手をレリウスの両肩に叩きつけるかのように乗せた。
「誰かを守りたいってのは分かる。けどな、死んでまで守られた方はどうすりゃいいんだよ。いい加減分かれよ!」
 彼の大きな声に、レリウスの身体がビクリと震えた。心に響いた。
「……今日はとにかく、寝ててもらう。絶対、外には行かせねえからな!」
 抱え上げるように、ハイラルはレリウスを引きずって、荒々しくベッドに寝かしつける。
 体が自由にならなかったからではない。
 ハイラルの強い感情が、レリウスの心を揺さぶっていた。
 新たな波が、最初の波を消し去っていく。
「すこし、休む……」
 レリウスは目を閉じると、眠りに落ちていく。
 今は、休むべき時だ――。
 ハイラルはレリウスが落ち着くことを願いながら、傍で見守っていた。

○     ○     ○


 翌日。
 マリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)は、花束を抱えたまま、空を見ていた。
 ヒラニプラの墓地の空は、広く、果てしなく広く感じられた。
 数分、そうして空を見ていた彼女の顔に、影が差し掛かる。
「お疲れさま」
 淡く微笑んで、マリザは空から現れた人物を迎え入れる。
「お疲れさま」
 下りてきたのは、ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)だった。
 かつて、女王の騎士として、女王の親族を護った仲間だ。
 マリザにとって、危なっかしい弟のような存在。
 マリザは微笑みながら彼に手を伸ばして――。
「……!! いたたっ」
 彼の耳を捩じりながら引っ張った。
「コラ、ファビオ。あなた、危険なことに首つっこんだでしょ!」
「いや……別に。そんなことは……」
 言いながら、ファビオは目を逸らす。
「昨日一日、不自然なほど連絡がつかなかったから、ゼスタ・レイランに聞いてみたのよね。あなた、あのちょっと悪そうな男と、妙に親しくしてたじゃない」
「は、はあ……」
「心配かけさせないでちょうだい。ストーカーするわよ?」
「それはちょっと、コマリマス」
 ファビオは困ったような表情で軽く俯いている。
「図体でかいが、マリザには敵わない、か」
 そんな2人の様子を、瓜生 コウ(うりゅう・こう)は少し離れた位置で見守り、ごく軽く笑みを浮かべた。
 マリザは全てを知っているわけではない。
 ゼスタは何も言わなかったが、危険な香りのする彼が、ファビオに何か外部に誇れない仕事を押し付けたのではないかと、感じたのだ。
 そしてファビオの今の反応から、確信した。
 でも、内容を聞こうとはしなかった。
 お互い立場も変わり、言えないことも増えてしまったことを寂しくも思うけれど、それは互いの成長でもあるから。
 弟のような彼が、間違った道に進んでしまわないかと心配でもあるけれど……自分は、母ではないから。
 必要以上に干渉するつもりはなかった。
 ただ、一緒に。
 今は一緒に、慰霊碑に歩いて。
 死者に花を手向けて祈りをささげ。
「皆、本当によく頑張ってくれたわ。ありがとう。私達は皆に助けられて生きています」
 密かに、彼と、彼と共に任務に携わった人達をも讃えた。
「牢獄で封印を解かれたズィギルは……亡くなったそうだ。頭に爆弾を仕込まれてたらしい。知っているか?」
 共に戦死者を見送っていたコウがファビオに尋ねる。
「初耳、だけれど……。そうか」
 ファビオがそっと目を閉じた。ズィギルのことも祈っているのだろうか。
 そう思いながら、コウも目を閉じて悼む――。
 下劣極まりない男だった。
 だけれど、魂のかたちに優劣はないと、コウは考えるから。
「あれは本当の彼の性格じゃない。違うんだ……」
 ファビオが小さな声で呟いた。
「あなたがそう言うのなら、そうなんでしょうね」
 言って、マリザも祈りをささげた。
 敵味方関係なく、全ての戦死者に。同じ時代を生きた人々に。