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空に架けた橋

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第5章 届かない声

 ヴァイシャリーに最近建てられた塔がある。
 特に高くもなく、低くもなく。
 ヴァイシャリーでは珍しくない造りの塔だ。
 その塔の中にはオープンしたての、女王と十二星華のグッズの店が入っている。
 十二星華のサジタリウス――アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は、市民にヴァイシャリーの救世主とも呼ばれている。
 その日は、店のオープン特典として、射手座サジタリウスのアイテムを購入した客に、個室喫茶利用権が配られた――。
「アレナちゃんの、小物で……かわいいのがあったですぅ〜」
 冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)が、薄いピンクの布地に、白い花びらが描かれたハンカチを皆に見せた。
 塔の最上階にある個室喫茶の一室に、百合園女学院の生徒達が集まっていた。
 偶然町で出会って、誘い合うように塔を訪れたのだった。
「かわいいです。ボクもあとで買うです」
 そう言うヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、持ちきれないほどのアレナ関連グッズを購入して、大事そうに抱きしめていた。
 月軌道で起きた事件の際、皆にもアレナにも沢山心配をかけてしまった。心配かけたお詫びと、治してもらったお礼に、今日は皆にもプレゼントできるグッズを買いに来たのだ。
「葵お嬢様達も、沢山購入されていました。そろそろこちらに来るはずですが……まだ悩まれているかもしれません」
 秋月家のメイドのイレーヌ・クルセイド(いれーぬ・くるせいど)は、幼馴染でもある秋月 葵(あきづき・あおい)と、魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)の席をとって、待っていた。
 もうすぐ、2人はヴァーナーと同じくらい沢山荷物を抱えて、ここに訪れるだろう。
「これもかわいいです〜。アレナおねえちゃんがよくしているリボンです」
 ヴァーナーが赤いリボンを取り出し、少女達が可愛い!と弾んだ声を上げていく。
(皆、本当にアレナお姉様がすきなのね)
 藤崎 凛(ふじさき・りん)は微笑ましく、少女達を見ていた。
 アレナは有名人であり、凛も見たことはある……はずなのだが、何分アレナはかなり陰が薄く並べられているグッズや、皆から聞いた話でしか、彼女という人を知らなかった。
「でもどこかでお会いしたような……」
 十二星華の似顔絵が描かれているパンフレットを見ながら、凛は思った。
 その時。
「あ……」
 突如、強烈な眠気が百合園生達に襲い掛かった。
「ちょっと……眠く……」
 最初に、日奈々がぱたりと倒れた。
「……まくらも買ったですよ……」
 ヴァーナーは袋を抱き枕のように抱えながら倒れる。
「くっ、私としたことが……」
 イレーヌは、部屋から出ようとしたが、その場に崩れ落ちてしまう。
「ガ、スが……」
 ガスが部屋に流し込まれていることに、凛は気づいた。
「しっかりしなきゃ……皆さんを助けなきゃ……」
 そう思い、立ち上がった。
 だけれど、既にその時、彼女の瞼は閉じていて。バタンと床に倒れてしまう。
 薄れゆく意識の中で、凛は耳にしていたアルカンシェルでの出来事を思い出す。
 そして、アレナの悲しい顔も。
(射手座……まさか……だめ、逃げて……)
 もう、声を出すことは出来なかった。
 意識は暗い闇の中に落ちていく。

○     ○     ○


 アルカンシェルで、代王の案内と護衛を務めていたアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は、突如、体調不良を訴えて、護衛をティセラに任せてアルカンシェルから出ようとした。
 それは、彼女にズィギルからテレパシーが届いたからだった。
 誰にも言わずに、1人でヴァイシャリーの塔の屋上に来るように、と。
 誰かに知らせたり、つけられた場合、その人数分、アレナのファンを殺す、と。
「医務室に行こう、アレナ」
 青ざめた顔のアレナを気遣い、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)はアレナの手を引いて、アルカンシェル内の医務室に連れて行こうとする。
「すみません、自分の部屋で休みたい、んです。ヴァイシャリーに帰らせてください」
 青い顔のまま、アレナは繋がられている手を離して、康之から離れようとする。
「……もしかして、ヴァイシャリーに呼ばれているのか? 言えない事情があるのなら、首を縦に振ってくれるだけでもいい」
 ただ、体調が悪いだけではない。何かがおかしいと気づいた康之はそう尋ねた。
「……いえ、ホントに気分が悪くなっただけなので。……後で連絡をしますから」
 一人、康之を振りほどいて、アレナは駆けだそうとする。
「本当のことを話してくれないのなら、行かせない」
 すぐに康之はアレナの腕を掴み、強く握りしめた。
「もう俺の知らない場所でアレナが傷ついたりするのは御免だからな!」
 多分、ズィギル関連だろうと、康之は気付いていた。
 だから、自分の言動は、アレナを困らせてしまっているだろうということも。
「それじゃ、寮まで送ってもらえますか? 休みたい、んです。すみません、話をしているのも……辛くて」
 アレナはそう弱く微笑んだ。
 康之はテレパシーでアレナに話しかけてみたけれど、それもアレナは気分が悪いからと拒否した。他の者からもテレパシーが届いたが、アレナは全て拒否をした。
「ごめんなさい、1人で休みたいんです……誰にもついてこないでって、言ってくれますか?」
 アレナは後方にいる匿名 某(とくな・なにがし)にお願いをする。
「わかった」
 某はそう言うと、禁猟区を施した絆のアミュレットをアレナに差し出した。
「気休め程度にしかならないと思うけど、御守だ」
「百合園の寮は安全ですから、大丈夫です。もし、何かがあった時にも、某さんは入ってこれませんし、かえって心配かけてしまいますから」
 アレナはそう言って、アミュレットを受け取らなかった。
「……」
 康之はじっとアレナを見ていた。
 明らかにアレナは変だ。それはわかるけれど、聞きだすことは出来そうもなく、自分の部屋で休みたいという彼女を引き止めることも出来ない。
 彼女はまた、嘘をついている。
 つきたくはないはずなのに、つかなければいけない状況に追い込まれている。
 それが解るのに、自分には何も出来ない。
 悔しさで震えながら、康之はアレナの手を引いて、小型飛空艇をとめてある場所へと向った。
 そして某と共にアレナを乗せて、ハッチを開けてもらうことに。
「気分が悪いそうだ。働き通しだったからな、ヴァイシャリーの自室で休むそうだ」
 作業員や心配してくれる人達には、某がそう説明をする。
 その後も殺気看破、ホークアイで某は警戒を払っておく。
 そして3人は、ヒラニプラの空へと飛び立ち、ヴァイシャリーに向かい発進する。
 某は害意がなくても、ついてくる者がいたのなら、追い返すつもりであったが、幸い誰も追ってはこなかった。
 風を切りながら、康之はアレナに尋ねてみる。
「ズィギルと仲良くしたいって言ってたらしいけど、その思いは変わらねぇか? アレナを怖がらせたり、大切な人を傷つけるような奴と笑い合いたいって、心の底から思ってるか?」
 返事は、少し間をおいて返ってきた。
「ズィギルさんと……仲良く、なれたらって思います。誰かを傷つけたりせずに、笑い合いたい、です。傷付けるようなこと、させたく、ないです」
 戸惑いながら、アレナは康之の問いにそう答えた。
「正直に言うと、俺は反対だけど、アレナの意思を無視してまでしたくはねぇ」
「……」
「もし、ズィギルに会うことがあったら、俺の代わりに伝えてくれ、お前と仲良くしたいっていうアレナの願いを踏みにじったら、歯ぁ食いしばる暇すら与えずぶっ飛ばしに行くからな! って」
 返事の声は聞こえなかった。
 だた、康之の背を抱きしめるアレナの手に、少し力が籠った。

 禁猟区のお守りは受け取れなかった。
 自分に何かがあった時、彼らはそうして絶対駆け付けてくれるだろうから。
 大切だからこそ、絶対に言うことが出来ない人。
 ズィギルが自分を脅す為に、真っ先に手を出す人。
 もしくは、自分の傍に居る彼を苦しめる為に、彼の所為にして犠牲を出すだろうということ。
 それがもう、わかっていたから。

 アレナは康之に寮まで送ってもらった後。
 姿を見えにくくするアイテムを用いて、寮から脱出して。
 一人、塔へと向かった。