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終点、さばいぶ

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終点、さばいぶ

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chapter.2 一駅目 


 ヒラニプラ一番街駅から数えてひとつ目の駅。
 問答無用で、全員のイクカから300ポイントが引かれた。この時点で、乗客のイクカ残高は700。つまりあと二駅までしか進めない計算となる。
 それを知りつつなお、樹月 刀真(きづき・とうま)はデジタルビデオカメラを手に車内を走りまわっていた。
「どこだ……破廉恥な光景はどこだ……!?」
「ちょっと刀真、何そのテンション……」
 刀真の後を追いかけながら、パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が呆れ顔で言う。
「ていうか破廉恥って何? この鉄道を活性化させるために、PRの一環として撮影するんじゃ……」
「それは違う! これまでの傾向から鑑みて、このイベントは限界への挑戦なんだ! 倫理的な意味でな!」
 どうやら刀真と月夜は「ヒラニプラ鉄道を活性化させるためのイベントならば、なるべくその効果が出そうなことをしよう」と考えたようだった。
 その方法として彼らが選んだのが、動画の撮影によるPR活動だ。がしかし、どうも刀真の方だけ様子がおかしい。
「待ってろ、大きなお友達!」
「だ、誰に言ってるの……?」
 月夜のツッコミを完全にスルーし、刀真はトレジャーセンスを発動させる。彼が探知しようとしたのは、お宝……というか、お宝映像だった。
 そう、刀真はPRするものを、若干履き違えていた。
「手段はいいんだけど、内容が駄目……私がちゃんとしたものを撮影しないと」
 溜め息を吐きながら言った月夜は、自らもビデオカメラを構える。一応刀真への説得を続けながら。
「刀真、変なの撮ろうとしないで、ちゃんと車窓から見える景色とか、乗客のために頑張る車掌さんとか、そういうものを……」
「うおおおおお、皆の破廉恥姿、今こそカメラに収める時!」
「……」
 あ、駄目だ。これ変なスイッチ入ってる時の刀真だ。月夜は頭が痛くなってきた。

 刀真が鼻息を荒らげて車内を走りだして数分。
 そう都合よくお色気シーンが転がっているはずもなく、刀真は焦り始めていた。
「ない……見つからない……!」
 彼が焦っている理由は、イクカにあった。
 今現在彼のイクカポイントは700。つまり、猶予はあと二駅なのだ。
 一応イベント開始前、ロイテホーンに「PRするからポイントは見逃してくれ」と相談を持ちかけてはいたのだがそれは叶わなかった。
「通用しませーんっ……! 加えませーん……! いっさい手心など……!!」
 と憎たらしい口調でロイテホーンに一蹴されたのだ。
 そうこうしている間にも、電車は次の駅へと進んでいく。
「仕方ない、こうなったら殺してでも他の奴らからイクカを奪い取る」
 とうとう刀真は、物騒なことまで口走りはじめた。エロのために。そんな彼と運悪く遭遇してしまったのは、東條 カガチ(とうじょう・かがち)とそのパートナー、東條 葵(とうじょう・あおい)だった。
「御神楽鉄道のような真新しいのもいいけれど、やっぱりこういった歴史ある路線の方が風情があるね」
「珍しく『電車旅行しないか?』なんて誘ってくるからなんだと思ったら、こういうことかい……」
 その時カガチは、一心不乱に車内の景色をカメラに収める葵を見て苦笑いを浮かべていた。
 そんなカガチをよそに、葵は電車に対して情熱を燃やしていた。
「古びたシート、少し磨り減った床、薄汚れた手すりや壁……いやあ、趣があって素晴らしい」
 パシャパシャと無機物を対しシャッターをきる葵。それは一種のフェチというかオタクというか、そんなようなオーラを感じさせた。
 と、その葵の後ろに立っていたカガチが異変に気付く。自分たちのテリトリーに近づく、侵入者の気配だ。
 それは言うまでもなく、刀真と月夜である。
「ようやく見つけた……なんだ、男か」
 奇しくも葵と同じようにカメラを抱えた刀真が、ふたりを見て言った。
「あれ? カメラを持ってる……もしかして、同じPR活動を?」
 刀真に話を進めさせたらおかしな方向にいくと察した月夜が、咄嗟に話題を振る。葵は当然、そんな活動をしていない。
「PR? なにそれ?」
「あれ、違った……。じゃあ、何を撮っているの?」
「何を撮っていてもいいだろう? そっちの邪魔はしないから、こっちの邪魔もしないでくれ」
 月夜の質問をはぐらかし、葵はそのまま撮影を続けようとする。しかしそこに、刀真が割って入った。
「俺はまだ見たことのない景色を収めなければいけない。そのためには、邪魔だ」
 もう一度言うが、それはエロのことだ。
 刀真がすっと一歩前に進むのを見て、葵は寄せ付けまいと睨みをきかせる。同時に刀真と向かい合ったのは、カガチだ。
「んまあ、不本意とは言え、やられるのも癪だし。愛のお仕置きってえのもご遠慮願いたいしねぇ」
 そこまでやる気の感じられない言葉とは裏腹に、カガチは好戦的な笑みを浮かべている。その手には、水道管。くじで当たったアイテムっぽいが、それをブンブンと勢い良く振り回す様は、好戦的どころか殺る気満々であった。
 というか、水道管ってアイテムとしてアリなのかよという話だが。まあ家にあることはあるから仕方ない。
「刀真、気をつけて」
 カガチの獲物を見て危機感を持った月夜が、剣の結界を自身の周りに発現させながら言う。刀真もこくりと頷き、カガチの構えを観察し動きを予測しようとする。
「あら、おふたりさんもすっかり戦闘態勢に入っちまった。葵ちゃん、ちょっとカメラ離してこっち……」
「ちょっと待ってくれ。今ちょうど車窓から差し込んできた光がいい具合にシートに当たってる」
「え? いやあの今それどこじゃ」
 思いっきり二体一の構図にされ、カガチは慌てて葵を加勢させようとする。が、葵は興味なさそうにレンズを覗いたまま言い放った。
「面倒だから、カガチに全部任せるよ」
「ああ、そうだよねえ。こういうの意外と手間だもんねえっておい!」
 どうやら葵は車内撮影にご執心の様子だ。仕方なく水道管を薙刀のように振るい、刀真と月夜を迎撃せんとするカガチ。が、彼の初撃は月夜の発動させた結界に阻まれ、より強く踏み込んだ二撃目も刀真の行動予測によって見切られてしまった。
 カガチの水道管をかわした刀真は、月夜に目で合図を送る。次の瞬間、月夜はマシンピストルをカガチへと向けていた。そこから放たれたゴム弾が、カガチの脳天にヒットする。
「っ……!」
 ゴム弾といえど、ピンポイントで頭に当たったその一撃は、カガチの気を失わせるのに充分だった。
「これで、ひとまず700ポイント奪取か」
 月夜がカガチのイクカに手をかける。その時だった。さすがにパートナーのイクカをとられるのはまずいと思ったのか、葵が咄嗟にふたりの方を向き、カタクリズムを発動させたのだ。
「邪魔しないでくれと言っただろう」
 強力な念力が、葵を中心に荒れ狂う。至近距離での攻撃に回避が遅れた刀真はまともにその攻撃を受けた……かに思われたが、彼は無事だった。
 代わりに、月夜が攻撃を受けたからだ。
「月夜!」
「刀……真……」
 どさりと倒れた月夜に駆け寄る刀真。彼に看取られながら、月夜は残る力を振り絞り最後の言葉を告げた。
「お願いだから……ちゃんと……した……動画を撮って……」
 そして、月夜は気を失った。刀真は怒りを覚えると同時に、一旦体勢を立て直さなければ、そう判断した。せめて、月夜の言葉は守りたかったのだ。
「……一旦引く」
 刀真はアイテムとして与えられたコショウを辺りに振りまく。
「え? これって……ぐしゅっ」
 葵が思わずくしゃみをしたその隙に、刀真は壁抜けの術を使って扉をすり抜け、その場から消えた。後に残ったのは、鼻がむずむずする葵と首からカードをぶら下げたまま倒れている月夜だった。
「……とりあえず、もっと乗車していたいし、これは頂くとしようか」
 言って、月夜からカードを取る葵。しかし手にとったそれを見て、葵は目を丸くした。
「これは!?」
 そのカードは、月夜がダミーとしてぶらさげていた、クジのアイテム「クレジットカード」だったのだ。本物は、首からこっそり服の下に隠してあった。
 しかし、葵に倒れている女性の服を脱がせてまさぐる趣味はない。当然、本物の存在には気づかない。
「これは困った」
 カガチのイクカは刀真に取られ、自身のカードは残り700ポイント。葵は残り乗車時間がそう長くないことを悟った。
 ちなみに刀真は、カガチの分と併せて1400イクカポイントを手に入れていたが、あることをすっかり忘れていた。
 そう、月夜のイクカ回収である。彼は月夜の服の下に手を入れる機会と700ポイント、そのふたつを逃してしまったのだ。
 エロを求めるものはエロに泣く、とはよく言ったものである。



 カガチらと刀真らの争いが起きている時、別の車両では。
「ねえ朱里、このアイテム、何に使えばいいの……?」
「さ、さあ……ていうかこれ、一旦置いていい?」
「うーん、じゃあとりあえず、このあたりに」
「そもそもなんで朱里が持たされてるんだろ……なんか理不尽なモノを感じるわ」
 クジで当たった37インチテレビ、そしてリモコンを見ながら、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)とパートナーの茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)がそんな会話をしていた。
 重量感のあるそのアイテムを床に置く朱里。衿栖は不思議そうに呟いた。
「こんなの、重いだけで邪魔にしか……」
「いっそ、投げつけるとか?」
 冗談混じりに言った朱里の言葉を聞きながらも、衿栖は考えを巡らせる。
 彼女は、自らに与えられたこの道具の意味を探っていたのだ。
「これは、もしかしたらテレビをつけろってことなのかも?」
 少考した後、衿栖が言う。もしかしたらそこに、イベントを攻略するヒントがあるのではと思ったのだ。
「朱里! 電源とアンテナを探すのよ! 無線でもいいわ!」
「おっけー! まずはこれを使えるようにするんだね」
 衿栖の指示に元気よく返事する朱里。電車内にコンセントなんてあったっけ? と一瞬思ったが、このくらいはまあご愛嬌だ。ヒラニプラ鉄道は、乗客へのサービスが割と良い方なのだ。
 そうして無事テレビのケーブルを繋いだ彼女らは、恐る恐るリモコンのボタンを押した。
「おお、写ったー!」
 思わずはしゃぎ声を上げる衿栖だったが、その声はすぐさま驚嘆の声へと変わる。
「……って、えぇぇぇ!?」
 目をまん丸くして口を大きく開ける衿栖。
 そこに映っていたのは、不思議な踊りを踊りながら、炎を口から吐いているどこかの部族の映像だった。たぶん何かの儀式を撮影したものだろう。
 彼女がこれほど驚いたのは、単に映像のせいだけではないだろう。
 イベント攻略のヒントが映っている、そう信じ込んでいた彼女は、その映像が何らかのメッセージであると固定観念を持っていた。
「こ、これが攻略のヒント、メッセージ……!?」
 そう、衿栖の脳内では完全にこの映像が「指令」として認識されてしまっていたのだ。
 狂ったように踊りながら、炎を吐けと。
 衿栖は心でそれを反芻すると、やがて口を開いた。
「そう……この指令をこなせってことね! やってやろうじゃない!」
「ふふふ、これは主催者からの挑戦状だね! なんか楽しくなってきたかも!」
 そんな衿栖に、朱里も同調する。衿栖はさらに決意を込めて、手をぎゅっと握りしめた。
「少しでも多くのファンを獲得するため、アイドルの本気を見せてあげるわー!!」
 こうして衿栖は、自分なりの目標を定め、車内を歩き出した。
 同時に、電車は二駅目に到着する。
 この時点で、イクカをとられたカガチ、そして戦闘不能状態の月夜が脱落となる。
【残り 78名】