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chapter.5 二駅目(3) 


 二駅目から三駅目まではやや距離がある。
 そのため、残り400ポイントの者同士の争いや駆け引きはまだあちこちで続いていた。
「乗客の皆様にお知らせです。ただいまより、車内販売を致します」
 車内に、そんなウグイス嬢のアナウンスが響いた。
 各駅停車のこの電車で、車内販売?
 当然乗客たちにはそんな疑問がわく。そんな彼らの間を堂々と、車掌を引き連れながら歩くのは、風森 望(かぜもり・のぞみ)だ。
「本日、真冬日になるとの予想のため、暖房を入れさせていただきました。ですので、冷たいお飲み物などはいかがでしょうか? ただし、支払いはイクカのみですけど」
 言いながら、ガラガラとカートを引く望。
 なるほど、どうやらこの車内販売は、望がそれっぽく演じたダミーのようだ。目的はその言葉が示す通り、イクカなのだろう。
 さらに望は、他の者たちが飲み物に手を出したくなるよう、車内でちょこちょこ火術を用いて温度を上げていた。ちなみに「真冬日うんぬん」のくだりについてだが、もしこの物語がもっと早く完成していたならば、違和感のない言葉となっていたはずなのだ。3月末は寒いのだ。そのあたりは本当に申し訳ない。
「喉が乾いている皆さんのために、トマトジュースやレインボージュース、氷菓子などもご用意していますよ?」
 望が購入を促す。
 しかし、イクカで支払えと言われて誰が素直に差し出すだろうか。望の元に客は集まらず、結果車掌やウグイス嬢と共にただ車内をうろつくだけとなってしまっていた。
「……食いつきがよくありませんね」
 小さく呟く望。しかしこの行動が後ほど、様々な影響を与えることになるとはこの時本人すら分かっていなかった。



 この時少し離れた車両では。
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が、突如目の前に現れた車椅子の男を前に距離を保ちつつ、警戒心を見せていた。
 車椅子の男――言うまでもない、それは、増多端義(ますた はなよし)だ。彼は事故により、正気を失いかけていた。それが、ネージュに余計危機感を抱かせた。
「あ、あなたが端義ね……!」
 じり、と一歩下がってネージュが言う。
「ぼ、ぼくは女の人が好きなんだな。だから、ずっとここに乗って、いっぱい女の人を見続けるんだな」
「……っ!!」
 ネージュはぎりっと歯軋りをした。
 直感が告げている。間違いなく目の前のこの男は、女の子の敵だ。
「こんなんじゃ、おちおち車内のトイレも使えないよ……!」
 盗撮やのぞき見に留まらず、ダイレクトに侵入してくるかもしれない。端義の様子を見ていると、そんなことすら思えてくる。
 ネージュは決意した。
 いずれトイレに行かなければならない時はくる。ならば、その前に危険人物を成敗しておこうと。彼女はこんな時クジでタバスコが当たっていれば、目潰し攻撃のひとつでも出来たのにな、と思った。
 今彼女の手に握られているのは、生卵である。でもまあ仕方ない。あるもので戦うしかないのだ。
「そ、そこをどくんだな。ぼくはもっといっぱい女の子を見るんだな」
「もう喋らないでっ! へんしーん!!」
 叫ぶと同時、ネージュは魔法少女へと姿を変えた。
 しかもその変身シーンには、お約束のアレが備わっていた。一瞬体が光って衣服が脱げたみたいになるあの感じである。
 女性に目がない端義であれば、目を奪われて隙が生じるはず。ネージュはそのタイミングで、生卵を思いっきり顔面にぶつけようとした。
 タバスコでも生卵でも、かけちゃえば同じだよね理論だ。
「今よ、必殺シューティング……あれっ!?」
 駆け出したネージュは驚き、動きを止めた。端義が彼女の予想と違い、一切の同様を見せず真顔で自分を見据えていたのだ。
 女性に目がないはずなのに、なぜ?
 そんなネージュの疑問に対する答えは、彼の口から明かされた。
「ぼ、ぼくは7歳児には興味ないんだな」
「!!」
 そう、彼は、女性好きでありながら、ロリコンではなかったのだ。たとえ脳が半分やられてしまっていようとも、あくまで自分のストライクゾーンを正確に見極め、矜持を貫く。
 これぞ、国際女性観察機構理事長の意地と本能だ。
 ただ、彼のその判断は早とちりであった。確かにネージュの外見は7歳児のそれに見える。しかし実際は、彼女は学生証を持つことを許されているのだから、おそらくもっと上なのだろう。
「あなたなんかに興味持たれたくないから!!」
 彼の矜持を逆に気持ち悪く思ったのか、単純に興味ない扱いされたことに腹がたったのか、ネージュは怒りをあらわにすると、思いっきり端義に生卵を投げつけた。シューティング生卵だ。
 生卵が端義の股間にヒットすると、べしゃっ、と小気味良い音と共に、端義は車椅子ごと後方へと倒れた。
「……これで、自力では起き上がれないはずだよね」
 女の子の敵を撃退したことに安心するネージュ。
 と、心の緩みが下半身も緩ませたのか、彼女は急に尿意を催した。
 どうでもいいが上の文が限りなくセクハラだと思う。
「ト……トイレ!」
 元々頻尿体質だというネージュは、我慢できず車内のトイレに駆け込んだ。
 普通の電車にはトイレは設置されていないが、まあこの電車はたまたまそういう車両だったのだ。
「犯罪を起こしそうな人は退治したし、安心だよね……」
 そうつぶやきながら、トイレのドアを開けようとするネージュ。しかし中には、まさかの先客がいた。
「今ですっ!!」
「!?」
 突然中から聞こえてきた声。同時に、光条兵器が扉をすり抜けネージュに襲いかかる。それは、個室で待ち伏せをしていた六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)のものだった。
 さすがにこれを回避する術はなく、ネージュはその場に倒れ伏した。
「すみません、こんな、不意打ちのような真似を……でも、私は今の自分の力を試すため、残らなければならないんです」
 ネージュからイクカを奪い、優希が言った。
 隣にいたパートナー、麗華・リンクス(れいか・りんくす)が話しかける。
「もしドアを勢い良く開けてきたら、この日本酒を口に含んで顔面に吹きつけてやろうと思っていたが……杞憂だったな」
 どうやら麗華は優希のサポートを買ってでたようだ。
「さて、この後はどうしましょう……いつまでもここに篭っているわけにも」
「そうだな……せっかくそんなアイテムがあるんだ、使ってみたらどうだ?」
 言って、麗華がくい、と顎で優希の持っているアイテムを指す。それは、カップ麺だった。
「これを?」
「ああ。撒き餌代わりになりそうだ。ついでにこの日本酒に生卵を入れて、卵酒にしてセットで置いておこう」
 麗華の案に優希が頷き、ふたりはトイレを出た。
 と。少し歩いたところで優希が言葉を失った。
 そこには、股間に黄色と白のどろどろしたものを付着させた端義が、仰向けで倒れていたのだ。しかも、何やらぶつぶつつぶやいている。
「ぼ、ぼくはたつんだな。そしていくんだな」
 しかし自力では起き上がれないのか、車椅子をカラカラさせているばかりだ。それが逆に怖かった。
 いきなり不意打ちで全身からセクハラオーラを出している端義に出会い、優希は思考回路がショートした。
「わ、わわ、離れてくださいっ!!」
 巨大な炎と雷の塊を生成し、端義にぶつける優希。しかし車両内で巨大な炎、そして雷を生み出すということは危険なことであった。
 ぼう、っと車両に火の手が広がる。ちなみに優希たちのいる車両は幸か不幸か最後尾。このままでは、電車全体に炎が燃え移ってしまうかもしれない。
「……お嬢、逃げるぞ」
 麗華が「逃げることは恥ではない」と言い聞かせながら、優希の腕を引く。そして、隣の車両に移ると、サイドワインダーで連結部を撃ち、車両を切り離した。
 燃える車両が、彼方へ消えていく。端義は果たして、あの業火の中生存できるのだろうか。ネージュにやられていただけなのに追い打ちを食らって車両を燃やされた端義もかわいそうだが、いきなりトラウマになりそうな男性の姿を見せられた優希もそれなりにかわいそうである。
「はあ……はあ……」
 その優希は、麗華に腕を引かれながら逃げ続け、まだ息を乱していた。心の平静を保つのには、まだ時間がかかりそうだった。
 そんな彼女を、見据える影がひとつ。
「なんか怯えてる……あの人なら、倒せそうかな?」
 優希の様子を見て仕留めやすいと踏んだのか、そう口にしたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が急襲してきた。
「ごめんね、えいっ!」
「!?」
 突然自分に振りかけられた赤い粉。それは、ミルディアが引き当てた一味唐辛子だった。これを顔――それも目にかけられては、たまったものではない。
 間が悪かったとしか言いようがないだろう。優希と麗華はあっけなくミルディアの不意打ちにやられてしまった。
 不意打ちを仕掛けた者たちが不意打ちで脱落とは、皮肉なものである。
「ん? これなんだろう……?」
 ふたりのイクカ――いや、ネージュの分も含めると3人分のイクカを手に入れたミルディアは、同時に彼女らのアイテムも見つけていた。
「カップ麺に、お酒……? お仕事帰りのサラリーマン……?」
 いまいち分からないセレクトだったが、とりあえずもらえるものはもらっておこうと、ミルディアはそれらも回収した。



 もうすぐ三駅目に到着しようという時だった。
 グオオオオ、と地鳴りにも似た音が辺りに響いた。驚き、周囲を見渡す乗客たち。と、その異変に何人かが気付いた。それは、電車と並走するように覆っている巨大な影があることだった。
「これは、まさか……」
 そう、そのまさかである。ここにきて、嵐を起こすもの ティフォン(あらしをおこすもの・てぃふぉん)が襲撃にきたのだ。
「どうもティフォンです。嵐を起こしに来ました」
「くんじゃねーよ! どっかいけ!」
「丁寧口調が逆にムカつくわ!!」
 反則じみたスケールのゲストに、大慌ての一同。
 しかしそんな中、勇敢にも彼に向かう人影がふたつ。
「とても興味深い相手ですから、ここはぜひ朱鷺が」
「出ましたわね……わたくしが一発かまして参りますわ!」
 言いながら進み出たそのふたりは、東 朱鷺(あずま・とき)、そして望のパートナーであるノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)だ。
 どうやらふたりは、ティフォンにあえて勝負を挑む機会をうかがっていたようだ。
 が、なにか様子がおかしい。
 ふたりとも、ティフォンに武器を向けるでも間合いを詰めるでもなく、ごそごそとアイテムを取り出している。
「?」
 首を傾げるティフォン。それもそのはず、朱鷺は何やら体温計を脇に差し、ノートはノートで小さな器に卵を割り、そこに醤油を垂らしてかきまぜているのだ。
 両者とも、到底これから戦おうとする者のすることではない。
 ティフォンが眉を潜めていると、ピピピ、と体温計の音が鳴った。朱鷺がすっとそれを取り出す。
「……やはり」
 小さく、彼女は呟いた。そこに表示されている数字は、彼女の平熱より僅かに高い。朱鷺はそれをティフォンに見せた。
「ほら、熱が出ています。分かりますか?」
「え、はい……」
 困惑するティフォン。頭の中では完全に「こいつ何言い出したの」的な感じになっている。さらにその困惑を深めたのは、ノートだった。
「卵かけご飯というものが、日本にはあるそうですわ。ティフォンさん、この意味が分かりまして?」
「え、いやちょっと……」
 なんかやばい人たちのとこ来ちゃったなあ。ティフォンはちょっと帰りたくなってきた。と、突然朱鷺が持っていた体温計を投げつけてきた。
「!?」
 その巨躯では回避が間に合わず、見事体温計の先端がティフォンの眉間にヒットする。地味に痛かった。
「なにするんですか」
「ふふ、この熱は、キミと戦えるということに興奮しているからですよ!」
 言うと同時に、朱鷺はティフォンの顎下目がけ飛びかかる。さらにその瞬間、ノートもティフォンに何かを投げつけた。それは、醤油と卵がかき混ぜられた器だった。
 当然、びしゃっとティフォンの顔面にそれがかかり、彼の顔はべちょべちょになった。
「これでお分かりですわね? ご飯には、卵をかけるということですわ」
「……」
 意味が分からない。分からないし、いきなり体温計やら卵やらを投げられてイラッとする。しかし当のノートはその沈黙を「まだ理解してない」と思ったのか、言いたかったことを明確にした。
「ふぅ、ここまで言ってもまだ分からないようですわね。つまり、貴方なんて朝飯前だというこぶふっ!?」
 何やらかっこつけたことを言おうとしたノートは、イラッとしたティフォンの翼で思いっきり横っ面を引っぱたかれ、車外へ放り出された。
「さすがです。しかしこの間合いなら朱鷺の方がげふっ」
 その隙に懐に潜り込んだ朱鷺だったが、彼女の頭上には大きな影が出来ていた。ティフォンの残った片翼だ。
 ハリセンの如き勢いで思いっきり上からはたかれた朱鷺は、そのまま線路そばの地面にめり込んだ。
「ふう……それではワタシはひとまずこれで」
 仕返しを済ませると、ティフォンは満足気に空へ帰っていった。
 ノート、朱鷺、ティフォンに物を投げつけたせいで脱落。
【残り 64名】