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終点、さばいぶ

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終点、さばいぶ

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chapter.7 三駅目(2) 


 一方その頃、先頭車両の様子はどうなっていたかというと。
 最初に戦いを制した――というより相手が勝手に自滅していったことにより、コアとラブが悠々と過ごしていた。
 と、そこに久しぶりに乱入者が現れる。
「ここが先頭車両かっ!?」
 息を乱して駆けこんできたその女性は、結城 奈津(ゆうき・なつ)
「な、なんだ?」
「あなた、誰よ!」
 突然の登場に、コアとラブが声をあげる。と、奈津はそんなふたりを無視するようにきょろきょろと辺りを見回すと、車窓へと目を向けた。
 そして次の瞬間、彼女がとった行動は想像だにしないものであった。
「せいっ!!」
 ガシャン、と窓を割った奈津は、そこから体を外へと乗り出した。そのまま下へ飛び降りる……のではなく、彼女は、くるりと体を反転させ、なんと車体の上へと昇ってしまったのだ。
「……?」
 コアとラブが顔を見合わせ、首を傾げる。当然のリアクションである。一体彼女は、何をしようとしているのだろうか。
 その答えは、少し遅れて登場したパートナー、ミスター バロン(みすたー・ばろん)が携えていた。
「何をしでかすのかと思えば……これに影響を受け過ぎだろう」
 バロンは窓から上を覗き込み、電車の上で仁王立ちをしている奈津に話しかける。
「師匠! そこに、あたしの理想のプロレスラー像があったんだ!」
「理想……と言ってもな」
 バロンがその手に持っていたものに目を落とす。そこにあったのは、クジで当てた漫画本だった。
 話は少し遡る。

「楽しんでもらうべき客に、バトルロイヤルマッチをさせときながら、イベンターが高みの見物ってのはどういうことだっ!?」
 乗車してすぐの頃。奈津は憤慨していた。
 悪をくじくプロレスラー、というポジションを目指している奈津にとってそれは、許しがたいことであった。
「師匠もそう思うだろ!?」
「……ああ、そうだな」
 が、一方のバロンは、割とどうでもよさげだった。気のない返事をしつつ考えていたのは、「早く帰りたい」ということだけだった。
「ったく、景品なんかのために他人を蹴落とすなんて、人間のすることなのかよ……!」
 怒りが収まらない様子の奈津だったが、乗車してしまったものはしょうがない。
 とりあえず、彼女はくじ引きのアイテムを確認する。そこで出会ったのが、かの漫画本である。
 なんでもプロレスラーが出てくる漫画らしいが、奈津はそれを読んでいくうちにすっかりハマってしまい、ここに至るまでの間、ひたすら漫画を熟読していた。
 そして物語を読み終えた時、奈津は感動していた。
「この、体ひとつで電車を止めるシーンなんて最高だ! なあ師匠!」
「……ああ」
 この時点で、バロンは若干嫌な予感がしていた。
「あたしも、これくらいできなけりゃ真のプロレスラーとは言えねぇ! よし決めた! あたしは理不尽な世の中を体現したかのようなこの列車を……この手で止めてやる!」
 ぐっと固く拳を握ると、奈津はそのまま全力で駆け出した。
 これが、数分前の出来事である。

「師匠!」
 車両の上から、奈津が呼びかける。バロンが視線をそちらに向けると、奈津は風を全身で浴びながら言った。
「あたしは、この列車との闘いに勝って、真のプロレスラーになる! さあ、師匠も行こうぜ!!」
「断る」
「え?」
 即答のバロンに、奈津が思わず素っ頓狂な声を上げた。バロンは、「大方魔鎧である自分をまとって……」とでも考えているんだろう、と思い、奈津を冷たく突き放す。
「貴様はどうも俺に頼りすぎるところがある。しかしそれではいかん。馴れ合いだけの友情では強くはなれんとその漫画に書いてなかったか? 今の貴様は正にそれだ」
「師匠……」
「俺をまとわずとも、列車のひとつやふたつ、止めてみせろ。それが出来たら貴様を一人前のレスラーと認めてやらんでもない」
「……分かったぜ師匠! あたしひとりで、この馬鹿馬鹿しい興行に終止符を打つ!!」
 奈津は固い決意を言葉にし、呼吸を整える。
 そして、はいていたロケットシューズの力を利用し、彼女は勢い良く空へとダイブした。
「よし!! このまま列車の前に着地しうぐあああああああああぁぁぁぁぁ」
 メキョ、と歪な音がして、奈津は僕たちの前から姿を消した。進行方向に飛び出したのだ、いくらロケットシューズがあるからとはいえ、ぶつかって当然である。
 奈津がどこに行ったかは確認できない。天高く吹っ飛ばされ、星にでもなったのだろうか。
「……さて、あいつを回収しないとな」
 バロンは溜め息と共にそう言うと、先頭車両から去っていった。
「なんだったのだろうか」
「うーん、わかんない。てかあの子、普通に電車と正面衝突してたよね」
 残ったコアとラブは、もう一度首を傾げるのであった。

「しかし今思えば、列車を止めることとプロレスはあまり関係なかったな……」
 車両を移ったバロンは、腕組しながらそう呟く。
 このひとりごとに、反応を示した者がいた。
「プロレスだって?」
 ぴく、と音が聞こえてきそうな感じでバロンの言葉を拾ったのは、たまたま近くにいたアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だった。
「あんたもやっぱりそうか」
「やっぱり? 何のこと……」
「戦わなければ生き残れない。しかし殺すわけにもいかない。そうなったら答えはひとつ、プロレスで勝負つけるしかないだろ?」
「……言っていることがよくわからん」
 アキュートはどうも、バロンのプロレスというワードに反応したらしい。さらにいうと、彼はプロレスが絡むとちょっとキャラがおかしくなる。さらに今日は、格好もおかしい。
 クジで当てたアイテム、「パンスト」を頭にかぶっている。覆面のつもりだろうか。
 なお言っておきたいのは、これは決して気持ち悪い意味で家にあったのではなく、至極真っ当な理由の上にあるものだから別に犯罪とかそういうんじゃないのだ。
 そのへんはともかく、アキュートはすっかりプロレスキャラに変貌し、話し始めた。
「さあ、己の奥底に眠る闘争心を呼び起こせ……不可避の闘いを邪魔する道徳心など捨ててしまえ」
「……ますますわからん」
 なんか面倒なのに絡まれたな、とバロンは思った。アキュートはその間にも、なにやら恥ずかしげな言葉を並べている。
「裏切りへの苛みに隠れた愉悦のカケラに気づかないフリをするのは止めろ。苛烈にして容赦なき攻撃性に身を任せ、聖なるスクウェアでの闘いを生き残れ」
「……」
 バロンはもう相手をするのも億劫になり、その場を去ろうとした。が、アキュートは両腕を広げそれを阻止する。そして彼は、笑ってこう告げた。
「さあ諸君……プロレスを始めようじゃないか」
 言うと同時に、アキュートが両手を胸の前で十字に組む。そのまま彼は、バロンに飛び込んでいった。俗にいう、フライングクロスチョップである。
「っ!」
 すんでのところでそれをかわしたバロンは、きっとアキュートを睨みつけた。最初はスルーしようとも思ったが、彼とて魔鎧となる前は立派なプロレスラー。
 こうまで舐められ、プロレス技で攻められては相手をしないわけにもいかないだろう。
「後悔するぞ」
 そのたくましい腕をバロンがかざす。臨戦態勢だ。
「それでこそ勝負だ。いいねえ、ヒリヒリしてきた」
 アキュートは、バッと飛び上がり吊り革に捕まった。そのまま彼は新体操選手の如く両腕でそれにぶら下がると、そこから下半身を浮かし、両足で蹴りを放った。
 必殺、吊り革ドロップキックだ。
「むっ!?」
 車内バトルという変則マッチに不慣れなのか、バロンは電車を利用したアキュートの攻撃をかわすので精一杯だった。どうにか反撃を試みるが、その時アキュートの声が響いた。
「今だマンボウ!!」
「大丈夫だ、準備はできている」
 パートナー、ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)が返事が聞こえた。それも、頭上から。バロンが咄嗟に上を見上げると、そこにはなんと、網棚に乗っかっているマンボウ――いや、ウーマがいた。荷物か!
 ウーマはそのまま網棚から落下し、バロンの頭と衝突した。なんという豪快な技だろうか。
 というか、二対一かよ! という話だが。
「ぐ……」
 ふら、とよろめいた後、バロンが倒れる。
 口を挟みたい点は節々にあるが、ともかくアキュートとウーマのコンビは本人たちの希望通り、プロレスでの勝利を収めることとなった。
 突然絡まれた挙句マンボウにぶつかられたバロンが災難であった。バロン、ここで戦闘不能により脱落。



 その頃、反対側――最後尾車両。
 最後尾といっても、アクシデントにより10両目が切り離されたため、9両目になるのだが。
 そこでは、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が引き当てたアイテムを手に眉を潜めていた。
「これは……困りました」
 彼が手にしていたのは、ちょっとアダルティな方面の本だった。もちろん部屋にあった。ただ言うほどアダルティではない。どちらかというとフェチ的なアダルトさであり、モロの方ではないのが救いだろう。まあモロといってもどういったモロなのか、モザイクははたしてかかっているのか違うのかなど様々なケースがあるからアレだけれども、とにかく割とソフトな内容のものであることに違いはないのだ。
「どう使いましょう……?」
 アダルティなブックを手に悩む陽太。まあこういったアイテムを使うのであれば、真っ先に思い浮かぶのが撒き餌というトラップだろう。
 陽太も例にもれず、その手法に倣うことにした。
「とりあえず、このあたりに置いておけば……」
 言いながら、座席にぽとりと本を置く陽太。あとは自身の姿を光学迷彩で隠し、引っかかった者が現れたら不意をついてスタンスタッフ――特殊警棒で攻撃しよう。
 陽太の目論見はおおよそ、そんなところであった。
 ただ彼の誤算は、同じアイテムを引き当てた者が、同じ手法を用いようとしていたことだった。

「賞品かぁ、どんなものか分からないけど、ちょっと楽しみかも」
「……賞品はともかく、サバイバルバトルということなら負けるわけにはいかないわね」
 そう話しながら陽太の車両に入ってきたのは、クラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)、そしてその契約者イリス・クェイン(いりす・くぇいん)である。
「何か作戦があるの?」
 クラウンが尋ねると、イリスは悪そうな笑みを浮かべ答えた。
「せっかくだから、これを使うわ」
 イリスが取り出したもの、それが陽太も引き当てたアダルティな本である。もう一度言うが、内容は比較的ソフトだ。世の中にはあまたハードな内容のものが溢れているが、ここにあるのは本当にもう穏やかな内容のものだ。穏やかアダルティだ。まあタイトルは伏せるけども。
「そ、それを!?」
「なんか変態がゴロゴロいそうだし、こういうのが意外と効果的だと思うのよね」
 そしてふたりは、陽太の撒き餌がある座席を通りかかる。
「あ、イリス、あれ……」
「あら……? 同じことを考えてる人がいるみたいね」
 イリスは少し考えた後、「せっかくだから」とその近くに自分が持っていたアダルティブックを置いた。ロングシートに、エロ本が二冊。ひどい座席である。
「あとは、物陰に隠れて、引っかかるのを待つだけよ」
「あれ、女性が……これは、いや、なにか本を置いていますね……」
 そしてその様子を見ていた陽太は、攻撃に出るべきかどうか迷っていた。が、ここで出ずに正解である。
 なぜならこの後すぐ、格好の鴨が現れるのだから。
「なあウィリー、いくらクジでもらったからって、熟読しすぎだろ……」
 ユーリ・ロッソ・ネーモ(ゆーり・ろっそねーも)につっこまれながらその車両に入ってきたのは、ユーリのパートナー、ヴィルヘルム・フォーゲルクロウ(う゛ぃるへるむ・ふぉーげるくろう)だった。
「……ユーリ、君にはまだ理解ができませんか。それと、その呼び名はやめてください」
 キリッとした口調でそう返したヴィルヘルム。彼が歩きながら読んでいたものは、なんとクジで当たったアダルトブックだった。
 一体何名に、このアイテムが当たっているのだろうか。何名がこれを希望したのか。
 ただし内容はソフトである! そこは要注意だ!
 ちなみにヴィルヘルムの手に渡った本は、くノ一が敵の忍に色々卑猥なことをされている漫画であった。
 ソフトである。ソフトだよね?
「理解って……」
「いいですか、この描写の示すところは」
 呆れているユーリをよそに、ヴィルヘルムは真剣な表情で漫画の内容を語っている。彼曰く、くノ一が卑猥なことをされている場面を見ることにより、男性の嗜虐心が刺激されるのだという。あくまでこれはヴィルヘルムの分析だ。
「おや?」
 と、話を続けていた彼は、とあるロングシートに目をやった。そう、陽太とイリスが罠をしかけたあの座席だ。
 そこには二冊のアダルティな本が激しい主張をしながら鎮座しており、明らかに怪しかった。
「ウィリー、これって」
 ユーリがその本の表紙を見て眉をひそめる。その表紙から想像するに、ろくでもない本であることは間違いない。
 余談だが、陽太の置いた本はフレッシュな男女が色々卑猥なことをする本、そしてイリスが置いた本は何かのキャラクターが色々卑猥なことをされている本だった。これ以上はちょっと書けない。
「これはこれは……」
 ヴィルヘルムは、男性がいかなるものに性的興奮を覚えるのか、分析したかった。あくまでそういう目的なのだ。たぶん。
 なので、目の前にこんな抜群の研究対象があっては、食いつかずにはいられない。
 彼はゆっくりとそれを手にとった。ペラペラと真顔で読み進める。
「……これがもし誰かがクジで当てたアイテムなら、『一般的』という認識自体を変えなければいけないかもしれませんね」
 そんな感想を漏らした時だった。
「えいっ!」
「変態は成敗!!」
 陽太とイリスが同時に飛び出した。
「!!?」
 いきなりの攻撃に、驚くヴィルヘルム。当然ふたりに同時攻撃されては防ぎきれるはずもなく、ヴィルヘルムはあっけなく倒された。
「ウィリー!」
 ユーリが慌てて駆け寄ると、ヴィルヘルムは途切れ途切れに言葉を告げた。
「ユ、ユーリ……この三冊に共通することがありました。それは、どれも男性主体で進む、極めてサディスティックな嗜好があるものだという……こと、です……」
「もういいよお前ここで降りろっ!!」
 気絶する前に、ヴィルヘルムはユーリにイクカを奪われ、さらにゲシ、と蹴られて電車から落とされた。そんな彼を、陽太、イリス、クラウンが取り囲む。
「こ、こんちは、よかったらおれと協力……しないよね、この状況で」
 仕方なくユーリは、持っていた生卵を地面に投げ、目眩ましにしようとした……が、当然たいして目は眩まない。本来なら新聞紙などをちぎってこういうことをしたかった。したかったけれど新聞紙がないので苦肉の策だ。
 追い詰められたユーリが選んだ選択は、ギブアップであった。
「ここまでかー、もっと楽しみたかったけど。残念! でもま、いいとこ取っちゃうのも悪いしね!」
 言って、ユーリはなんと、自らのイクカ、そしてヴィルヘルムのイクカをその場に置き、リタイアを宣言した。
「これは……取ってしまっていいんでしょうか」
「クラウン!」
 陽太が悩んでいる間に、イリスはクラウンに落ちているイクカを拾わせようとする。それを見た陽太もさすがに焦ったのか、争奪戦を挑むのだった。
 ちなみに彼らの戦いは、三人共相打ちで仲良く脱落という結果に終わる。
 戦いから結果までダイジェストでお届けしたのは、アダルティな本を希望して人様の趣味を探ろうとしたことの罪と罰である。
 ヴィルヘルム、ユーリ、陽太、イリス、クラウンがここで脱落。
【残り 50名】