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マレーナさんと僕~卒業記念日~

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マレーナさんと僕~卒業記念日~

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2.夜明け:夜露死苦荘にて

 夜露死苦荘の一日は、早い。
 まだ暗いうちから従業員達が集まり、夜明けと共に下宿生達を起こすことから始まる。
 窓の外。地平線は明るくなり、空にはうっすらと紫がかった雲が細くたなびいている。
 管理人室から出たマレーナは寒そうに手をこすり合わせて。

「今日もよい天気になりそうですわね?」
 
 ■
 
 114号室。
 
 マレーナがグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)を訪れると、部屋からは複数の声が流れてきた。
 パートナー達が遊びに来ているらしい。
 
「グレンさん、もう起きていて?」
「マレーナか? あぁ、起きている」
 グレンの声。
「お世話になってます、マレーナさん」
 引き戸を開けたのはソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)
「あぁ、よかった。今日は2人きりですの?」
「いえ、ナタクさんはあそこに」
 グレンの背後を指さす。
 李 ナタ(り・なた)はは「何か」と悪戦苦闘中。
 
 朝からお取り込みのご様子だ――。
 
「それでは、私はこれで」
 次の部屋へ向かおうとする。
 グレン、慌てて呼びとめて。
「マレーナ、少しいいか?」
「私に、何か?」
「あぁ、実は……紹介したい子が居てな」
 背後に隠れた子供を見る。
「ほら、レンカ……」
「ぁ……は、はじめまして……レンカれしゅ」
 ……噛んでしまった。
 恥ずかしいのか、グレンの背に隠れて真っ赤な顔。
 
 ソニアは微笑んで。
レンカ・ブルーロータス(れんか・ぶるーろーたす)……」
 マレーナにあらためて紹介する。
「グレンの新しいパートナーにして、私達の新しい家族です」
「……見ての通り……まだ俺達以外の人には人見知りが強くてな……」
 グレンは困りきった様子で。
「それで……マレーナに頼みがある……。
 夜露死苦荘に居る時だけ……レンカをマレーナの傍に居させてくれないか?
 その……出来たら部屋も……マレーナと同じ部屋に住まわせてやってくれないか?」
「ようはレンカの人見知りを直すのに協力して欲しいんだ」
 畳み掛けて、ナタは頭上でマレーナに手を合わせる。
「俺達が付いてないと今以上に人見知りが酷いんでな……。
 いきなり一人部屋ってのもキツイ。
 そこで信頼できる奴にレンカを預けて、行動を共にしてもらい。
 俺達がいない状況で色んな奴らと触れ合って人見知りを直そうってわけ」
「そうだな、マレーナと一緒にいれば……」
 グレンはマレーナに向き直って。
「ここの住人達とも触れ合える機会が多いと思うんだ……
 もしかしたら迷惑を掛けてしまうかもしれないが……頼めるか?」
 頭を下げる。
 
「グレンさん、頭をあげて下さい」
 マレーナは慌てて、グレンに駆け寄った。
「私でお力になれるのでしたら……」

「……ありがとう、マレーナ」
「ありがとうございます、マレーナさん」
 ソニアもぺこり。
 ナタは不安そうなレンカに片目を瞑ってみせ。
「大丈夫だって、マレーナはソニアみたいに怖いとこなんてないからよ」
「ナ、ナタクさん!」
 今度はソニアが真っ赤になって。
「仰っている事は否定しませんけれど
 例えで私を使わないで下さい!」

「……安心しろ……不安になったらいつでも俺達の部屋に来ればいい……」
 グレンはレンカの頭を撫でながら、穏やかに言い含める。
「もっとも……マレーナと居て……不安になるなんてないだろけどな……」
 レンカはおずおずと頷くと、真っ赤な顔のまま。
「え…えっと…フ、フツツカモノですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いしますわ、小さな私のパートナーさん」
 マレーナは微笑んで、さ、とレンカを廊下に促す。

 別れ際にグレンが呼び止めた。

「マレーナ……余計な事かもしれないが……。
 力を取り戻す為に契約するのだけは止めた方がいい……必ず後悔する……。
 心の底から望んだ相手でないとな……」
 次の言葉は違う方向を向いて、マレーナにだけ聞きとれそうなほど小さく。
「そ、それにな……マレーナは……美人……なんだから……。
 マレーナが本気で契約を求めてきたら……断れる奴なんて……。
 そう……いないだろうから……さ……」
 マレーナは驚いたようだったが、淡く笑った。
 彼にとっては眩し過ぎる笑顔で。
 
「ありがとうございます、肝に銘じますわ」

 ■

「これでよかったのか? グレン」
 廊下に消えゆくマレーナとレンカの背を見送って、ナタが心配そうに呟いた。
 あぁ、とグレンは頷き、もしかしたら、と続ける。
「今のマレーナにとっても……レンカといる事はいい事になるかもな……。
 アイツの無垢な心に触れる事は……俺達がそうだったように……」
「そうね……それに私達だとレンカさんに対して過保護になってしまいますからね」
 あぁそうだな、とナタは頷いて。
「レンカを何の不安もなく信頼して任せられる奴っていったら、俺達の知り合いの中じゃマレーナ以外に考えられねぇし」
 二ィッと笑って、グレンとソニアを見比べて。
「……と、邪魔ものは消えるわ」
「え? な、ナタクさん?」

 そして、部屋にはソニアとグレンが残されたのであった。
 
 ■
 
 朝日が差し込む廊下を、レンカとマレーナは黙々と歩いて行く。
 
 ■
 
「レンカちゃん、でいいかしら?」
 ふと立ち止まって、しゃがみこんだ。
「ちょっと別の部屋に寄っても、よろしくて?」
 不安げそうなレンカに笑いかける。
「マレーナお姉ちゃんも一緒?」
「えぇ、一緒よ」
「ずっと? お手てつないでくれる?」
「もちろんですわ」
「ふー、ん……じゃ、いーよ!
 レンカついてく!」
 マレーナが手をつないだので、レンカは安心したようだ。
 
 2人そろって、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)の部屋の戸をたたいた。
「舞花さん、舞花さん、朝ですわ。
 起きていまして?」
 
 ■
 
 165号室――。
 
「はい。起きています、マレーナ様」

 御神楽舞花は既に身支度を整え、薬学部や工学部の教科書に目を通していた。
 パラミタ各地を気の向くままに歩き回る彼女にとって、早起きなど朝飯前のことなのだろう。
 
「どこかお出かけに?」
 マレーナが尋ねたのは、彼女が特注蒼空学園新制服で決めていたから。
 夜露死苦荘は「パラ実(空大分校含)の園」。
 だから他校の制服が目立つ、ということもないが、体験入居の彼女は色々と見て回りたいに違いない、と気を回す。
「キマクの町かしら?」
「えぇ、でもその前に、まずは下宿の中を見て回りましょうかと」
 トントンと、教科書をそろえて机上に置く。
 
 レンカの存在に気づいたようだ。
 
「おはようございます」
 ニコッと笑って、レンカに近づく。
「下宿生の方なのですね?」
 戸惑うレンカの身長に合わせて、屈んだ。
「はじめまして、私は御神楽 舞花。
 あなたのお名前は?」
「え、えーと……レンカ……」
「レンカ様とおっしゃるのですか、可愛らしいお名前ですね!」
 レンカはカァッと頬を赤らめて、マレーナの後ろに隠れてしまう。
 
 ふふっと、微笑むと舞花はマレーナに向き直った。
「と言う訳で、私も同行してよいでしょうか? レンカ様と御一緒に」
「えぇ、それは構いませんが……」
 マレーナはハッとして。
「……えぇ! 行きましょう。
 さ、レンカちゃんも。舞花お姉ちゃんと一緒に行きましょうね」
 レンカを誘う。
 人見知り克服のためにも舞花といることは良い、と考えたのだ。
 もちろん、舞花自身のためにも――。
 
 契約者の御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は妻の御神楽 環菜(みかぐら・かんな)と、パラミタ横断鉄道の実現をめざして日夜奔走している、と聞く。
 帰宅後やオフの日には、夫婦で外出したり、自宅でイチャついているのだと、舞花は話していた。
 夜露死苦荘に来た主な動機こそ「キマクが近いし、見聞を広めたいから」と告げていたが、寂しそうですわね――というのが、マレーナの感想だ。
 早く下宿生活になれるためにも小さな友を得ることは、きっとよいことに違いない。

「えぇ!? で、でも! マレーナ、お姉ちゃん……」
 レンカは――案の定、急なことに戸惑いを見せる。
 舞花をみる。見た目しっかりした「綺麗なお姉さん」だ。
 彼女がもう一度笑みを浮かべたことで、レンカの決心は固まった。
「あ……、うん。
 よろしく……ね?」
「こちらこそ、よろしくお願い致します! 小さなパートナー様」
 しっかりと握手。
 そのままレンカは舞花の脇に立った。
 
 だが、その一見寂しげな「お姉ちゃん」の本心を、さすがのマレーナでも見通すことはできないのであった。
(そうですね、幼児の攻略方法を見つけることも、未来の御神楽家当主には必要な知識となるはず。
 データを集めて幼児教育の事業拡張に役立てなければ!!
 そのためにも、あなたの力が必要なのですよ、レンカ様♪)
 
 ■
 
 マレーナに起こされる者もいれば、「マレーナ以外の者」に面倒をかける姿もある。
 
 ■
 
 その代表格――201号室の後田 キヨシ(うしろだ・きよし)は、階段の下に身を隠しつつ夢の中にいた。
 なぜ、階段の下なのかと言うと――。
 
 第一に、夜露死苦荘の女子共は信じられなかったし、
 第二に、外には借金取りがいるので、おちおち姿をさらせないし、
 第三に、(これが最大の原因なのだが)押し入れは破壊されて、隣室と繋がっているために使えなかったから。
 
「ていうか、これじゃふつーに寝ているのと、かわんねぇよな……」
 こそっと涙目でつぶやくと。
「オレもそう思うぞ、キヨシ」
 【旦那様、朝でございます】を使ったらしい。
 早起きしたメイドの声が頭上から流れてくる。
「え、えぇっ!? 皐月?」
 どごん。上半身を起こした瞬間、階段にぶつかる。
 だが目を覚ましたキヨシの前には、あの「皐月」とは似ても似つかぬ小さな美少女が座っていた。
「キミ、誰?」
「誰って……『皐月』にきまってんじゃねーか!」
「で、でも『皐月』って……」
 記憶の中の「皐月」はもっと「大人」だったはず。
 けれど今目の前にいる「皐月」は、どうみても「小さな女の子」だ。
「オレも、空大留年したんだ!」
 皐月は周囲を窺いつつ、小声で叫んだ。
「だからメイド達から逃げようとして……で、こんな格好に……」
「こんな、『乙女』な格好っすか?」
「乙女と言うか、【出張メイド】だな。
 さて、ご主人様。朝食の支度はすでに整っておりますので……」
「う……うぅっ……」
「『うぅっ』?」
「うん、えっぐ、ひぃっく……皐月……お前まで……」
 だぁ――と廊下をダッシュ!

「何で、僕をいじめるっすかぁっ!」

 遠くから、201号室目掛けて罵声。
 皐月は「メイド服」姿でやでやでと溜め息をつくのだった。
「しょーがねーよな、この格好じゃ……。
 七日も頑張っていることだし。
 ま、ゆるゆる行くしかねーか」
 
 ■
  
 ……従業員達が総ての学生達を起こして管理人室に戻ってきたのは、小一時間ばかりがたった頃だ。
 各自の報告を聞いて、マレーナは時計を見た。
「時間ですわね?」
 管理人室に、昇り始めたばかりの朝日が差し込んだ。
 
 朝礼の鐘が鳴る――。