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海の都で逢いましょう

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●海の大蛇(2)

 純白にして瀟洒、海に浮かぶシャンデリアのようなクルーザーが、静かな波音とともに海をゆく。
 その甲板には、これまた純白のパラソルが一本立っている。
 日陰に入ると、サングラスの少女はゆっくりとパーカーを脱いだ。まるでモデルのプロポーション、青と緑のワンピース水着がパーカーの下から現れる。栗色の髪はアップにしてあった。
 籐の椅子に寝そべるようにして身を横たえ、両腕を枕に、長い脚を組んで伸びをして、瀬名 千鶴(せな・ちづる)はミラー調のサングラスを外した。意識してやっているわけではなさそうだが、動作のひとつひとつがそこはかとなく色っぽい。
「絶好のバカンス日和だけど……、マーちゃんは調査に行くのよね?」
 マーちゃん――マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)は頷いた。
 千鶴は猫、それも高雅なシャム猫を思わせる姿である。マーツェカも確かに猫っぽい。しかしそれは山猫、それも、腹を空かせ狩りに出る肉食の獣にこそ似ていた。
 マーツェカの紫紺の髪は肩に届かぬ長さ、体に貼り付くようなウェットスーツを着て、トパーズ色の眼で千鶴を見ている。頭に生えている耳は山猫のそれであろう。
 千鶴はふと、視線をマーツェカに向けた。彼女がに手にしているものが気になった。
「機晶爆弾を束ねて簡単な機雷を作っておいたぜ」
 マーツェカは短く返答した。怪物がどんな相手であろうと、こいつを喰らわせてやるつもりだ。
 マーツェカは機雷を置くと、しきりと肩を回し、屈伸したりしてストレッチを始めている。それも準備体操というよりは、この体がきちんと動くかチェックしているかのようであった。
 それもそのはずだ。マーツェカは奈落人、この体はマーツェカが憑依した人間(テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん))のものなのである。
 とある事情でマーツェカは千鶴に逆らうことができず、通常は意識を眠らせておくことしかできない。本日は千鶴の許可を得て、こうして表に出てくることができたのだ。なおマーツェカが活性化している間『宿主』ことテレジアのほうは意識がない。本シナリオでは本来のテレジアの姿を語ることはしないが、マーツェカが眠っている間のテレジアは、髪の色も眼の色も現在とはまったく異なるということだけは記しておきたい。
 そんなマーツェカが聞いているかどうかには特に頓着せず、千鶴は言葉を続けた。
「昔、中国の明王朝時代のことよ。ある湖で龍が出た、という話が持ち上がって、それならば龍を生け捕ろうという話になったの。ところが、その正体は龍ではなく、なんと大きく成長し過ぎたウナギだったって話よ。つまり――」
「つまり?」
 マーツェカの相づちを聞くや、急激に千鶴はシリアス顔を作り上げた。映画で言えばフォーカスが、ぐっと千鶴に合わさったかのよう。激しい口調で千鶴は断じた。
「シーサーペントの正体は、巨大ウナギだったのよ!」
「なるほど。その可能性もあるよな」
 千鶴のノリをいまいち理解していないマーツェカだ。真面目に返答する。
「違う! ここでは『なんだってー!』って言ってものすごく驚くの! 集中線が走る感じで! それでUFOにさらわれたりするの!」
「集中線? UFO??」
 マーツェカは眼をぱちくりするばかりだ。
 なんだか気恥ずかしくなったか、千鶴は空咳すると話を戻した。
「……とまぁ、おふざけは此処までにするにしても――南蛮の海で体長180cmを超える巨大なレプトケファルス幼生が見つかったのは本当の話よ。レプトケファルス幼生は通常なら体長も10cmそこそこで、成長すればだいたい18〜30倍の大きさになって成魚のウナギやアナゴになるの。どぉ? シーサーペントの正体、見えて来ないかしら?」
「正体はともかく、それをどうしようと言うのだ?」
 ふふん、と千鶴は微笑して続けた。
「なにが言いたいのかというと、ウナギやアナゴなら交流会参加者の胃袋を満たすに十分、ってこと。そういうわけだから、マーちゃん頑張ってね?」
「理解した」
 ようやく合点がいったようにマーツェカはニヤリとした。
 それから間もなくしてコリマ校長からのテレパシーが入り、千鶴のクルーザーも現場へと急行したのだった。
 クルーザーの舳先に立ち、マーツェカは自身がまとう魔鎧(デウス・エクス・マーキナー(でうすえくす・まーきなー)本来の姿)に呼びかけた。
「覚悟は良いか?」
「無論にございます」
 マーツェカは顔を上げてシーサーペントを見る。
「どんなバケモノかと思っていたが、あの姿……これは千鶴の予想通りかもしれんな」
「さすが千鶴様、慧眼にございますな」
「まぐれだろ……と言ってやりたいが、千鶴はこういう予想は的確に当ててくるからな。ここは一本取られたということにしておいてやってもいいぞ」
 ふんと鼻を鳴らすとマーツェカは、両脚を揃えて海に飛び込んだ。

 その頃、海に落ちた秋穂を静玖が自分の高速艇の上に引き上げている。
「秋穂ちゃん、大丈夫ー!?」
 ユメミが慌てて静玖のところに駆け寄ってくるが、安心してくれと彼は返答した。
「少し水を飲んだだけみたいだ。メイ、『カタクリズム』で海蛇野郎を遠ざけてくれ」
「は、はい……!」
 雨泉は両手を胸の前で組むと、すぐさま念動力を解放した。うっすらとその眼から、青い光が洩れ始める。光は薄いヴェールのように雨泉の全身を包んだ。
 このとき起こった変化は、彼女の身にとどまるものではなかった。その周囲にたちまち、はっきりと目視できるほどの大きさになった思念の塊が無数に出現し、棘の生えた状態で飛び交ったのだ。まるで吹雪だ。それも、触れなば切れる凶暴な吹雪だ。このような危険な能力を、大人しそうな雨泉が繰り出すのだから強化人間というのはそれだけで一つの奇蹟といえよう。
 雨泉のカタクリズムはその威力そのものより、むしろその勢いで大蛇を威嚇し遠ざけた。
 静玖が背をさすると、秋穂はいくらか咳き込んで身を起こした。
「ごめんなさい。ご迷惑を……」
「気にするな。また戦える程度に回復するまでそこで休んでいてくれ。あんたは」
 と静玖はユメミに呼びかけた。ところが。
「『あんた』じゃない! 『ユメミ』!」
 ユメミは怒れる猫のように髪を逆立てて静玖に食ってかかったのである。
「ダメだよユメミ、助けてくれた人にそんな言い方……」
 秋穂がたしなめると、ユメミはしゅんと肩を落とした。
「いや、俺も悪かった。二人ともよければこの船を拠点として一緒に戦ってほしい」
「……はい!」
「むー……秋穂ちゃんがそう言うならそうするのー!」
 ここで静玖は振り向いた。
「オッサン! そっちはどうだ!」
 斐は斐で、やはり海に投げ出された猿人ジョージをすくい上げ介抱しているのだった。
「結局俺も肉体労働に従事しているな。しかしこの彼、人と猿人とのミッシングリンクのようでもある……シーサーペントに劣らず興味深い対象ではあるが……」
 しかしそのジョージ・ピテクスは、意識を失ったまま目覚めない。実は彼、サーペントの尾が激突する際とっさに秋穂をかばったのでダメージがより大きいのだ。
 目覚めないということになると、
「まさか俺に人工呼吸をしろというのか……この彼に……!?」
 あまり物事に動じない斐であるが、言葉がぎこちなくなってくるのは隠しようがなかった。
 しかしこのとき、水から上がってきたセレナイトがさっとジョージの頭のところに移動してきた。
「迷ってる場合じゃないよ! 人工呼吸なら私がやるから!」
 見た目は大和撫子かもしれないが、このあたりは大変さばけているセレナイトなのである。濡れた髪から海水を滴らせつつ、ジョージの上に身を伏せた。
 だが幸か不幸か……
「うん……ここはどこじゃ?」
 人工呼吸するまでもなく、ここでジョージは目が覚めたのであった。