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リアクション
・Chapter26
「一人っきりで待ち構えているとは……大した度胸やな」
七枷 陣(ななかせ・じん)はヴィクター・ウェスト睨めつけた。
おもむろに煙草を取り出し、右手で火をつける。背後の光によって彼の影が、色の異なる通路側まで伸びている。
「何、ここまで来ることは想定の範囲内ダ。というよリ、そのくらいでなければ困ル」
そんな彼が中央の台座を指差した。
「あれガ、キミたちが止めるべきレーザーの発射台ダ。見ての通リ、エネルギーは充填されていル。だガ……」
不敵に笑った。
「レーザーの制御装置は全て破壊しタ。今、この機晶石のエネルギーは暴走していル。あと十五分もすれば臨界点に達シ、大爆発を引き起こすだろウ。あア、仮にこの発射台を破壊してモ、結果は同じダ。止める方法はなイ」
「な……!」
陣は思わず目を見開いた。
初めからこの男にとって、衛星兵器などどうでもよかったというのか。
「あア、言っておくガ、通路とこの塔の境界には隔壁がおりていル。透明なものだガ、万が一塔で爆発事故があっても被害が出ないよウ、かなりの強度があル。まア、キミたち契約者ならば壊せなくはないだろうガ……この壁を壊したラ、そっちの現役施設も全部吹き飛ぶことになるだろうナ」
「そんなことしたら、アンタはそのまま跡形もなく木端微塵になるぞ?」
それを耳にしたヴィクターが、さらに声を上げて笑う。
「見ての通リ、出入り口はそこしかなイ。普通に考えれば死ぬだろうナ。ここは賭けをしようじゃないカ」
「賭けやと?」
「このままオレが生き残る確率は50%ダ。爆発寸前にオレの『娘』がここから連れ出しに来る可能性が50%。このまま爆発に巻き込まれて死体も残らず消滅する可能性が50%」
どちらにしても、陣たちには確認しようがない。
「さテ、キミたちには選択肢があル。一つハ、爆発の時間までオレの世間話に付き合うこト。もう一つハ、オレの言葉をただのハッタリだと捉エ、壁を壊してここまで来るこト。オレはただの人間だかラ、殺すのも捕まえるのモ、キミたちにとっては造作もないだろウ。最後の一つハ、このままおとなしく撤退するこト。キミたちの任務はこの施設の奪還ト、衛星兵器の破壊だろウ? 最後の選択肢が一番建設的だと思うガ?」
値踏みするような視線を、陣たちに送ってくる。
勝手に死ぬっていうのなら死なせてやればいい。だが、目を見れば分かる。この男に死ぬ気など、これっぽっちもない。それに、こんな人物を野放しにして撤退するなど、負けを認めるようなものである。かと言って、相手の言葉がブラフだという確証もない。
(…………)
陣は手元の封印の魔石とカードを確認した。
「アンタは確かに賢い。オレら全員、まんまと出し抜かれたわけやしな。でも、一つ分からないことがある。……目的は何だ?」
「至極単純だヨ。契約者がどれほどのものカ、この目で見定めたかったというだけダ。ちゃんと戦ってる姿をこの目で見たことはなかったからナ。しかシ、さすがダ。パッチワーカーの『リビングパペット』を倒す様ハ。
あア、それとオレがキミたちと知恵比べをしたかったからってのもあるナ」
全ては興味と好奇心。この男は自分の研究欲を満たすためだけに、多くの人とモノを利用し、犠牲にしたのだ。
「……オレの知ってる仲間にアンタみたく研究に熱心な人がいた。今はもうどこにも居ないけど……あの人は最後の一歩だけは踏みとどまったまま邁進してた。どこぞのトチ狂った片言博士と違ってな」
陣の言葉の後に、仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)も続いた。
「科学者としての腕は一流でも、あり方としては五流だな。後先も周りも省みず研究という名の欲望に没頭する様は、発情した猿と同類だよ。違うかね?」
挑発するも、ヴィクターは腹を抱えて笑った。
「オレの腕が一流? クク、オレには一切才能がなイ。一流だろうが五流だろうガ、人に評価されるだけでも光栄というものダ。それ二、一つ言っておこウ。
既存の枠を超えるのは才能がある者ではなイ。才能がないが故二、既存の枠の外側を見なければならないのだヨ。その枠の外側にあるのが禁忌であったとしてモ……ナ」
天才は枠の内側で多大な成果を残せるからこそ天才だと、彼は言った。
「狂気を自覚してなお、その狂気に身を委ねるか……益々救いようがない男だ」
やはり、この男はここで止めなくてはならない。
「戦うことを望むカ……ならバ、ここで見物させてもらおウ」
ヴィクターが指を鳴らすと、伸びていた彼の陰から東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が飛び出してきた。
狂血の黒影爪でヴィクターの陰に潜み、合図を待っていたのである。
「待ってましたよ」
襲いかかってくる雄軒に対し、陣は封印呪縛を行おうとする。だが、
「幻影か!」
ミラージュだ。
そのまま雄軒が彼らの中心点に入る。
「そこだ!」
月谷 要(つきたに・かなめ)がプレッドカーネイジを放つ。が、その光が若干それた。粘体のフラワシのせいである。
「相手は一人よ!」
要の後ろから霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が飛び出し、月谷 八斗(つきたに・やと)が二人を援護する。
「確かにこれでは分が悪いですね」
だが、彼はまだ余裕そうにしていた。
雄軒の身体が撃ち抜かれるが、それも幻影だ。一行の誰かの影に潜んでいることは確かである。それが分かっている以上、出たところを一網打尽にすればいい。
しかし、
「く……!」
粘体のフラワシが一行の足元に展開される。要が機巧龍翼で浮き、目に見えない粘体から脱した。
「これで終わりではありませんよ?」
接近していく要に向かって、機晶爆弾が投げられた。
一つだけではない。粘体のフラワシのある陣たちの足元に、非物質化していた別の機晶爆弾が現れた。
「私からのプレゼントです」
三つの機晶爆弾が炸裂し、爆煙が広がった。
(いくら鉄のフラワシがあっても、これは厳しいですね……)
雄軒は爆弾の衝撃をガードしたが、それでもかなりのダメージを受けてしまった。
(ここで死ぬわけにも行きませんからね、ヴィクター様には申し訳ないですが、退散させてもらいますよ)
そのまま煙に紛れて、雄軒は離脱した。
「直撃カ。思ったよりも呆気ない終わりダ」
ヴィクターが左手で煙草に火をつけ、壁越しに契約者たちを眺めていた。
「そう簡単に、やられると思うな!」
煙が晴れ、陣は再びヴィクターと対峙した。
「……助かったで、真奈」
「ギリギリ、間に合いました」
爆発寸前、小尾田 真奈(おびた・まな)がオーバードライブを発動した上で加速ブースターを使用。そのまま陣を抱き、透明な壁のところで伏せて衝撃と爆風から身を守っていたのである。
「治るからいいけど、普通に痛いんだぞ、これ」
要も無事だ。
液体金属でできた両腕が爆弾から身を守る際に吹き飛んだが、生身部分は龍鱗化で守ったのである。彼が壁になっていたため、後ろにいる悠美香、八斗には衝撃も伝わっていない。
「その余裕ぶっこいた態度が命取りだ! シールベント!」
壁越しとはいえ、そこにヴィクターの姿が見えていることに変わりはない。
陣は封印のカードによる封印呪縛を発動した。
しかし……、
「なかなか面白いガ、対策済みダ。キミたちの目の前にいるように見えるからって、実際にそこにいるとは限らないだろウ? 何、簡単なトリックだヨ」
おそらくは鏡に映った姿だ。壁一枚隔てている状況を利用し、仕掛けを事前に仕込んでおいたのだろう。それを、爆弾が炸裂したタイミングで起動したのだ。
「一番怖いのハ、魔法だからナ。物理法則を無視することもしばしばあル。科学者モ、一般常識として魔道を知っておいた方がいい時代なのかもしれン」
煙草をふかし、ヴィクターが呟いた。
「爆発まであと五分ダ。どうすル?」