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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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〜それぞれの思惑〜


 木から木へと伝っていた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、途中で作戦変更を余儀なくされた。
 砦の周囲に、木がなかったのである。どうやら建設のために伐採したものらしい。視界を広げるため、という理由もあるだろう。
 どうしたものかと考えていると、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)の姿が見えた。
「ご主人様見ていて下さい! この超優秀なハイテク忍犬の僕が居る限り下等生物は通させません!」
 豆柴が尻尾を振りながら、機嫌よく喋っている。
「ふふ、勿論ポチの助も頼りにしておりますよ? でも決して無茶をしてはなりませぬ。危なくなったらすぐ安全な所に隠れるのですよ、いいですね?」
「分かっております! しかし、どうやって操っているのでしょうね。興味津々です!」
 ベルクはがりがりと頭を掻きながら、
「やれやれ、ここはよく狙われるこった。連中にとって『風靡』がどれだけ価値があるのか知らねぇが、さっさとお引き取り願って貰わねぇとな。フレイ、あんま無理すんじゃねぇぞ。……ポチ、お前は少し黙れ。あんま煩ぇと敵陣ど真ん中に放り投げるぞ」
「フフン。エロ吸血鬼は黙って働けばよいのです!」
「ンだと、ゴラァ!?」
「確かに……あの『風靡』に、あれ以上一体、どんな力があると言うのでしょうか」
 三人の会話が切れ切れに聞こえる。その中に「風靡」の単語もあった。詳しい情報を知りたいところだが、これ以上近づけば、居場所が知られる。いっそ戦闘に持ち込むか、と刹那は考えたが、相手が三人では勝てるとは思えない。
 そこへちょうど、黒装束たちが現れた。
「む、敵です。エロ吸血鬼、行くのです!」
「お前が言うな!!」
 ポチの助に言われるまでもない。フレンディスを危険に晒すわけにはいかない。
 黒装束が駆け出した。と、その戦闘が吹き飛んだ。ベルクの【インビジブルトラップ】だ。残り三つは別の場所に仕掛けてあるが、後に続く黒装束たちは、それを知らない。動きが止まる。
 その隙にフレンディスが千里走りの術で近づく。「忍刀・霞月」で一人を斬り捨てると、
「妨害しなさい!」
と鋭く命じた。その黒装束はよろよろと緩慢な動きで、仲間たちへ向かっていく。
「一人で勝手に行くな!」
 ベルクは叱った。単純に彼女の身を案じてのセリフだったが、フレンディスは単独行動の危険性を注意されたと思い、深く反省した。
 ベルクは口の中で呪文を詠唱した。左掌に赤い円形の魔方陣を現れる。「幻影龍のバングル」だ。それを見た黒装束たちの動きが止まった。一様に、「おお……神よ」「世界統一国家神様ァ」と呟いている。
 その隙にフレンディスが、次々に斬っていく。近づきすぎた敵には「稲妻の札」を貼り付け、自身は素早く飛びのいた。
 雷に打たれた者たちは、機晶兵器を使う間もなく、ばったりと倒れた。ポチの助がそろそろと近づき、全員気絶していることを確かめる。
「機晶姫も剣の花嫁もいないようです」
 ポチの助はつまらなさそうだが、ベルクには気にかかることがあった。
「世界統一国家神様」
と、確かに口にした。
「何ぼーっとしている、エロ吸血鬼」
「マスター?」
 フレンディスに話しかけられ――ポチの助は無視した――、ベルクはハッとした。考えるのは後だ。今は、黒装束たちを捕えねばならない。
 用意しておいた「鉤爪・光牙」や縄を手に、二人と一匹は敵に近づいた。
 その隙に、刹那が黒装束たちの中に潜り込んでいることは気づかなかった。


 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)強盗 ヘル(ごうとう・へる)は、ミシャグジが封印されているという洞窟へやって来た。擬装が完璧なため正確な場所は分からぬものの、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)から大体の位置は聞いている。
 洞窟自体をどうこうしたい、というのではない。もしかしたら、他の場所で陽動作戦が起きるかもしれないと、ザカコは考えていた。それがミシャグジの洞窟であれば、なお効果は高い。
「おい、来たぜ」
 木の上で周囲を見張っていたヘルは、下にいるザカコに告げた。
「どんな連中です?」
「一人はドラゴニュート、それに女が二人。……女の片っぽは、顔を隠してるな。それにしても――堂々としてやがる」
 その三人連れは、【光学迷彩】で姿を消したザカコの近くまで、真っ直ぐにやって来た。
 ドラゴニュートはドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)、女の一人は東 朱鷺(あずま・とき)だ。もう一人の女は、真っ白な着物に、淡い色の御高祖頭巾をかぶっていた。その女が口を開いた。
「そこに、いらっしゃるんでしょう?」
 女の目は、真っ直ぐにザカコを見ていた。
 瞬の間迷い、ザカコは姿を現した。頭上では、ヘルが息を潜めている。
「ああ、よかった。あたしの勘も、捨てたもんじゃあないですね」
「あなたは――?」
「あたしですか? 皆さんには漁火ってえ名で知られています」
 ザカコは驚いた。ヘルもまた、危うく木から落ちそうになった。思わぬ大物が引っかかったものだ。
「まあ、そう殺気立つことはありませんよ。ああ、こちらのお二人は、あたしの警護を買って出てくれたんです。旦那方が何もしなければ、手出しはしません」
「――自分に、何かご用ですか?」
「いいことを教えて差し上げようと思いましてね」
「……?」
「本当は砦に行きたいところですが、知られても困るんでね」
「オーソンとユリンのことですか?」
「剣の花嫁と機晶姫もね」
 ザカコは小さく息を飲んだ。それこそ、契約者が最も憂慮していることの一つだ。
「知っているんですか!? 彼女たちがどうして操られているのか!」
「あの娘さんたちはね、リセットされたんですよ、兵士として」
「どういう……?」
「詳しいことはあたしにも分かりません。オーソンがそう言っていたんですよ。元々、兵器として開発された物を、元に戻す、とね」
「どうやって……」
「だから詳しいことは分からないって、言ってるじゃあないですか。ただね、それは――確かリプレスと言いましたけどね、ユリンが持っているんです。だから、あの娘から奪えばいいんですよ。あの子が指揮官なんだそうです」
 ザカコは軽く眉を寄せた。
「奪って、どうするんです? 破壊すればいいんですか?」
「それはいけません。壊したりしたら、元には戻らないかもしれません。でも、どうしたらいいかまではあたしにも分からないんでね、それは自分たちで考えてくださいな」
「……貴女は敵でしょう」
「信じられませんか?」
 漁火はコロコロと笑った。
「いいんですよ、別に。ただ、他にも同じような娘たちが増えても知りませんよ」
 ザカコは考え込んだ。この女の言うことを信じていいか、どうか。そこで一つ、質問をした。
「なぜ、その情報を教えてくれるんですか?」
「あの男が嫌いだからです。――ユリンはそんなに嫌いじゃありません。素直でいい子ですから。殺さないでいてくれると、嬉しいんですけどねえ」
 あの性格じゃあ無理でしょうねえ、と漁火は他人事のように付け加えた。
 この女は死んだはずだった。だが人間でない以上、蘇ることもあるかもしれない。本物か、偽物か。前者として、漁火にも思惑があるのだろうが、この情報に関してだけは信用していいように思われた。嘘をつく意味がない話だからだ。故にザカコは礼を言った。漁火はまた笑う。
「旦那はいいお人ですね。気に入りましたよ。さて、あたしはそろそろ帰らないと」
 ちらりと上に目をやり、
「そこのお人に、撃たないでもらえるよう、言ってくださいな」
 ヘルは唸った。悪事を企むでなく、ただ情報を提供してくれた相手を撃っていいものか。何より、自分の位置は知られており、ボディガードが二人もいる。ここで戦闘になれば、二人とも無事ではすまないだろう。
 ――ここは素直に帰すべきだ。
 そう判断し、スナイパーライフルの安全装置をかける。その音を聞いて、漁火は踵を返した。