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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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〜名牙見砦の攻防 城外その四〜


 戦いが始まってからも、麻篭 由紀也は【ホークアイ】を解かずにいた。
「もう少し、高度を下げてくれ」
 和泉 暮流はかぶりを振った。
「狙撃される危険性があります。そろそろ、離脱すべきです」
「分かってる。でも、もうちょっと……どこかに、ベルナデットがいるかもしれない」
 ああ、なるほどと暮流は頷いた。しかし、
「敵は皆、仮面をつけているようです。パートナーでもない限り、相手がそうだと分かることはないでしょう。由紀也の目がどんなに良くとも、彼女を見つけるのは不可能です」
「……分かった」
 平太のために、せめてベルナデットを見つけてやりたかった。しかし、パートナー同士の絆を信じるなら、遅かれ早かれ、二人は引かれ合うはずだった。


 黒装束がワイヤーに気付き、しゃがみ込んだ。指先で摘み、どこに繋がっているかを確認すると、さっと片手を振った。それに合わせて、残りの黒装束が道を外れる。――そこで爆発が起きた。
「ふぅん。どうやら連中、判断力はあるようだな」
「どういう意味ですか?」
「ゾンビみたいにただひたすら目的地へ向けて歩いているわけじゃないってことさ」
 木の上から【ホークアイ】で、トラップの出来具合を観察していた柊 恭也は、隣の平太に言った。平太は平太で、オペラグラスをずっと覗いている。
「だからといって、プロの戦闘集団ってわけでもなさそうだが」
 他の場所での戦いを見て、恭也は首を傾げた。使っている武器や身体能力は、契約者に匹敵する。中には自分たちを凌駕する者もいるようだ。だが、
「戦いってのは、経験がモノを言うからな」
 咄嗟の判断、反応は、どれだけ勉強しても稽古を積んでも、経験には遠く及ばない。
「まるであいつら、これが初陣みたいなんだよな……」
 そのアンバランスさに、恭也は疑問を抱く。
「――あっ」
 平太の手から、オペラグラスが落ちた。
「どうした?」
「――あそこで、機晶姫と剣の花嫁が」
 恭也は平太の指差す方向を見た。徹たちがパートナーと戦っていた。
「……やっぱり無理です、僕には」
「平太?」
「もしベルがあいつらの仲間になっちゃってたら――説得が通じなかったら――戦うなんて、僕には無理です」
 そこで平太は、へらりと笑った。
「そもそも勝てるわけないけど、でも、――戦うのは嫌なんです」
 元々平太は、機械やからくり、細工の類が好きな少年だ。パートナーとして、機晶姫を選んだのも――宮本 武蔵(みやもと・むさし)とは、自覚なく契約を結んだ――当然のことと言えた。
 その彼に、機晶姫と戦えと言うのは酷かもしれなかった。
「他に方法がないですかね……」
 それを逃げと言うのは容易い。
 フッと、恭也は笑った。
「適材適所って言葉がある。自分に出来ることをやればいいと思うぜ。それでも戦わなけりゃいけないなら――何とか宮本武蔵の野郎を呼び出そうじゃないか」
「……あの人多分、僕が死にそうにならなきゃ出てこないと思います」
 その時、足元が騒がしいことに二人は気が付いた。
「……平太、オペラグラスは?」
「さっき落としました……」
 見れば、黒装束たちが二人を見上げ、騒いでいる。
「まずい……」
「ど、どうしましょう!?」
 既に一人は登り始め、残りも攻撃の態勢を取っている。
「ま、しょうがない」
 恭也は荷物から小さく畳んだ迷彩防護服を取り出して、平太に放り投げた。
「三十六計逃げるに如かず、ってな。俺が突破口を開くから、ちゃんと逃げろよ?」
 言うなり、恭也は叫んだ。
「【我は射す光の閃刃】!!」
 光の刃が眼下の黒装束たちを襲う。恭也は「魔銃オルトロス」を手に、飛び降りた。
 平太はと言えば、恭也が黒装束たちと戦っている間、迷彩防護服を着て、敵の傍をこっそり通って逃げるという、なかなかスリリングな体験をしたのだった。


 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は小型飛空艇アルバトロスに乗って、上空から黒装束たちを狙撃していた。床には、防衛に参加している契約者と、行方不明になったパートナーたちの写真が散らばっている。
 が、いかんせん、数が多くて覚え切れない。結局、黒装束イコール敵と判断し、観測手に標的までの距離や風向を測るよう、依頼した。観測手は腕が良く、燕馬は面白いように黒装束たちの手足を撃ち抜いていった。
 そして、その時は来た。
 まさかと思っていたのだ。ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)が行方不明になったのは、少し前のことだ。理由も、どこに行ったのかも分からず、心配していたところへ明倫館からの協力要請を知った。
 そんな、まさか。
 何でもなかったと後で笑い話にするために、防衛に参加した。それでも、他のパートナーを連れてこなかったのは――。
「ああ――」
 絶望に満ちた目で、燕馬はローザを見つめた。
「ど、どうしますか!?」
 観測手の声が震えている。無理もない、ダークヴァルキリーの羽を背負った彼女は、まるで死の天使のようだった。その目は、ターゲットである燕馬を映している。
「動くな」
「は、はい」
 引き付けて、引き付けて、そして「ファイアヒール」で手か足を撃ち抜く。そうすれば。
「……ダメだ」
 その時の燕馬は、相当情けない顔をしていたに違いない。
「逃げるぞ!」
 燕馬の言葉が飛ぶや、観測手は操縦桿を握った。アルバトロスは、エンジンをフル稼働し、全速力でローザから離れた。
「逃がしません」
 抑揚のない声でローザは告げた。ダークヴァルキリーの羽が音を立て、アルバトロスを追う。その姿は天使でも鳥でもなく、ミサイルのようだった。
「頼むから、ついてくるな! 俺は、『貴女』だけは撃ちたくないんだ!」
 燕馬は機晶スナイパーライフルを構えた。それを見て、ローザはアイスフィールドを展開する。彼女のスピードがやや弱まったのは、そのためだ。
 だが燕馬の指が引き金にかかっていないのを確認し、ローザは手を下ろした。理由は不明だが、敵に攻撃の意思はないと判断した。ならばやることはただ一つ、一人でも多く、一刻でも早く、敵を殲滅する。
 眼下の景色は見る見るうちに変化し、砦も、葦原の町も遠くに過ぎ去った。ここがどこだか、ローザには分からなかったが、それはどうでもいい。遂に追いつき、飛空艇に乗り込む。そして刀を振りかぶったその瞬間、
「――?」
 咄嗟に目を瞑っていた燕馬は、一何の衝撃も来ないことを不思議に思い、ゆっくりと顔を上げた。
 ローザが、ぽかんと立ち尽くしていた。燕馬を見下ろし、
「……燕馬ちゃん?」
「ローザ――正気に返ったのか!?」
「何のこと? ここどこ? 何で飛空艇? というか私確か、遊びに行って――何で?」
 何が何だか分からないが、とにかくローザが元に戻った。そのことがたまらなく嬉しく、きょとんとしている彼女の体を、燕馬は力いっぱい抱き締めたのだった。


 瀬乃 和深の拳を砕いたユリンは、セドナ・アウレーリエとベル・フルューリングを後ろに庇った。
「このコはボクのお気に入りなんだ。だからこのコと仲良しのこのコもお気に入り」
 ユリンにもベルの歌声が分かるらしい。もっと歌えと命じると、ベルが再び【震える魂】を歌にし始めた。
 そしてその時、砦正面へ瀬田 沙耶の報告が届いた。
 東側が突破された、と。