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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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〜明倫館書庫と、ある場所〜


 風森 望(かぜもり・のぞみ)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)葦原島 華町(あしはらとう・はなまち)の三人は、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)の許可を得て、明倫館の書庫にやってきていた。
「相手の目的が見えてこないのですよね……」
 望は、文献の背表紙に指をかけて呟いた。タイトルが書かれていないため、五千年前に書かれたらしい範囲から、手当たり次第に抜き出していく。少し前までは棚も雑然としていたのだが、「ミシャグジ事件」以来、かなり整理されているらしかった。
「取り敢えず、手持ちの情報を整理しみましょう」
 望は五冊ほど抜いたところで、机にそれを載せた。
「まずオーソン一派の目的ですね。『風靡』狙いらしいですが、今でも機晶姫や剣の花嫁を操ることが出来るわけですし、それでも狙うというならそれら以外のモノを操る必要がある、ということでしょうか。………まさか、アールキングを操ろうとしてるとか……?」
「それは少々、おかしな話ですね」
「房姫様!?」
 椅子に座り、うんざりした様子で文献を眺めていたノートは飛び上がった。
「こ、このような埃っぽいところに……」
 葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)は、にっこりと笑みを浮かべた。
「私にお手伝いできることがあればと思ったのです」
 そして、ノートの隣にふわりと腰掛ける。
「『風靡』は、使い手の意志で感情を操り、無機物を斬る剣と聞いています」
「それが……?」
と、望。
「よいですか、感情を操るのですよ」
 望はハッとした。
「つまり、今の今まで機嫌のよかった人間が急に怒り出したり、泣き出したりと、そういうことですか?」
「そう、意思を操るものではありません。アールキングを怒らせることは出来ても、思いのままにすることは難しいでしょう。――より正確に言うならば、使い手の感情をそのまま相手に伝える、ということだそうです」
 ちなみに紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の経験談である。
「それでは、なぜオーソンはアールキングを追っているのでしょう?」
と、これはノートだ。
「それも違います。ウゲン・カイラス(うげん・かいらす)は、アールキングが『まだ居た頃、オーソンとかいう元ポータラカ人が来』たと言っているだけです。追っているというより、繋がっている――もしくは、利用しようとしていると考えるべきでしょう」
「アールキングと契約でもする気でしょうかね? それで権力を狙っているとか」
「世界樹との契約とは、その様に簡単に出来るものではないとかと思うでござるが……」
 その問いには、房姫はかぶりを振るだけだった。
「では、アールキングとオーソンは別々にこの葦原島に向かっているわけですね」
 房姫は小首を傾げた。
「いいえ……」
 え、と望とノートは顔を見合わせた。
「『葦原島を軽々と丸呑みできるほど恐ろしく巨大な』何かが『近くまで呼び寄せられてはいる』と――」
「アールキングとは限りません。むしろ、別の何かと考えるべきでしょう」
「つまり――アールキングより巨大な?」
 房姫は頷いた。
 パニックになったのは、華町だ。
「拙者の危機でござるーっ!? 葦原島が無くなってしまったら、きっと地祇も拠り所を無くして消滅してしまうでござるよーっ!?」
 そう、華町はこの島にある、団子と四季折々の花が名物な町の地祇なのだ。
「お華ちゃんの為にも何とかしませんとね」
「はっ! これはもしや拙者「ひろいんぽじしょん」という立場でござるか! せ、拙者、照れるでござるよぅ」
 顔を赤らめ、照れに照れる華町にノートは嘆息した。
「あなた、案外大物ですわね……」
 そんな三人のやり取りに、房姫は目を細めている。
「お役に立てましたか?」
「ありがとうございます、房姫様。ここから先はどうか、私たちにお任せください」
 望は、「ひろいんぽじしょん」に浸っている華町をちらりと見た。
「彼女のためにも、私たちに出来ることは自分たちの手でしたいのです」
 房姫はその言葉に気分を害したりはしなかった。無論です、と彼女は笑みを浮かべた。
「健闘を祈ります……この島を、頼みましたよ……」
 房姫が書庫から出て行くと、華町は襷をかけた。
「さあっ、どうするでござるか!?」
「房姫様はああ仰ったけれど、念のため、アールキングの資料を探しましょう。もしかしたら、何らかの資料が残っているかもしれません。流石に封印される前……五千年以上前の事ですから、事件そのものの記録はないでしょうが、口伝や伝承、お伽話的に残っているかもしれませんしね」
「間接的に葦原に手を出している可能性もありますわね。望、文献を片っ端から持ってきなさい。わたくしが調べ尽くして差し上げますわ!!」
「拙者も葦原の地祇であるからにして、口伝とか伝承とかで覚えているものも忘れているものも、必死になって思い出すでござるよ!」
 そんなわけで、望は再び書棚に向かい、目についた文献をどんどん机に載せていった。それらがノートの顔を隠すほどになった頃、望は「何か見つかりましたか?」と声を掛けた。
「……」
「お嬢様?」
「どうしたでござる?」
 望はそっと人差し指を唇の前に立てた。そして音がしないよう、ゆっくりと文献を横にずらした。
「……ぐぅ……」
「……お嬢様?」
「――はっ! ね、寝てませんわよ! 寝てません! 夢の中でも調べまくりだったんですから!」
「寝てたでござるか……」
「だから寝てないって言っているでしょう!」
 ノートは咳払いをし、文献を開いた。――が、そこに書かれている、ノート曰く「ミミズののたくったような字」を見た瞬間、再び机にうつ伏した。
 結局、【博識】を持つ望と華町でせっせと調べた結果、アールキングが葦原島に関わったという記録は、一つも見つけることが出来なかった。
 その代わり、ある話を見つけた。
「それなら知ってるでござるよ」
 華町はぽんと手を叩き、思い出し思い出し、語った。

我が子が死んで嘆き悲しむ女がいた。そこに男が現れて、子供を甦らせた。女は大層喜んだ。
 けれど子供は、母の言うことを聞かず、男の言葉にのみ従った。
 女は男を責めた。男は已む無く、女に術をかけて殺し、子供と同じように甦らせた。
 ……しばらく後、女と子供を連れた男の姿が、時折見られるようになった。彼らが通った町は、死人の町と化した。男は、死神と呼ばれるようになった……


「死神に関するお話でござるよ? 言うことを聞かぬ子供に聞かせるでござる」
「でも、これが」
 書物には、いつ頃流行ったのか、知られるようになったのか、年代が記されていた。それはミシャグジが現れる五十年ほど前だった。
「関係があると言うんですの?」
 いつの間にか起きていたノートが、微かに眉を寄せた。
「――かもしれない、違うかもしれない――」
 望はかぶりを振った。
 真実に近づいたのか、それとも遠のいたのか。
 アールキングと離れたことだけは、確かだった。


「ほう……アレを動かしたのか……ならば確かに……葦原島は餌だ……」
 マネキ・ング(まねき・んぐ)は大仰に頷いた。
「しかし、葦原島を失えばその価値に留まらず、多くの者の命が奪われることになるが……?」
 セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)の懸念に、マネキはこれまた大仰に頷いた。
「……当然だな……葦原を失えば上質なアワビの生産拠点が失われてしまうではないか……」
「ふむ……おそらく『風靡』や明倫館への対応はある意味で目眩ましじゃな……」
 二人の会話を聞いていた玉藻 御前(たまも・ごぜん)が言った。
「存外、餌に誘われて来たるものは己が最高の餌だということに気づかないものじゃよ……それに、オーソンは敢えて泳がせておくべきかのぉ……さて……」
「お待たせしましたー。松茸御前松三人前でーす」
「おお、待ちかねたぞ」
とマネキ。手を擦り合わせながら、女中が配膳するのを見ている。
 ここは葦原の町の、とある料亭。
 明倫館に向かうはずが、松茸の匂いに釣られて三人はこの店に入った。そして料理が出来るまでの間、「オーソンが何か企んでいるらしい」「葦原島に何かが向かっているらしい」「葦原島は餌らしい」という情報から、推理ごっこを繰り広げていた。
 もちろん、何の証拠も根拠もない、想像の産物である。