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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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〜名牙見砦の攻防 城外その一〜


 麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)和泉 暮流(いずみ・くれる)の小型飛空艇に乗り、【ホークアイ】でじっと眼下を睨んでいた。薄茶色の髪が風に煽られ、目に入りそうになるがそれにも動じない。
 由紀也の横顔からは、彼が何を考えているかよく分からなかった。
「――来た」
 暮流は、由紀也の視線の先に目をやった。生憎と、彼にはまだ見えない。
「本当に、堂々と、真正面から来た」
 由紀也は唇を噛んだ。落ちないよう飛空挺のバーを掴む手が、震えている。
 彼の目には黒装束の集団を従えた、少年とも少女ともつかぬ人物が、砦への道を悠々と進む姿が見えていた。
 だが、森の中、残り三方からも、黒装束の集団は近づいていた。
 優に三百人は超えるだろう。
 これから、戦いが始まるのだと由紀也は思った。恐怖なのか、武者震いなのか、自分にもよく分からなかった。


 銃型HCが激しく鳴り出し、次いで由紀也の声が響いた。監視塔の瀬田 沙耶(せた・さや)は軽く顔をしかめ、
「そんな大声を出さずとも、聞こえておりますわ」
と言い返した。
 スイッチを切ると、沙耶は下にいる佐保へと叫んだ。
「敵が四方から参ります! かなりの大人数のようです!」
 三百人は超えているだろう、という由紀也の報告は、いったん忘れることにした。パートナーの上擦った声から、彼が正確な判断が出来ているか、甚だ危ぶまれたからだ。
 佐保は「大人数」という単語から、すぐさま「正確な人数を確認せよ」という命令を飛ばした。
 城外で佐保の命令を受け取ったのは、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)遊馬 シズ(あすま・しず)だ。二人は砦周辺を走り回りながら、戦闘態勢を取ることを命じ、偵察部隊には正確な人数を報告するよう伝えた。
「それにしても、あのユリンとかいう子、正々堂々正面突破をしてくるってことはそれだけ腕に自信があるってことだよね? それとも何か裏があるのかな?」
「正々堂々とむかってくる敵には、正々堂々と受けて立つのが礼儀ってもんだよな。相手が強敵なら尚更燃えるぜ!」
「遊馬くん、楽しそうだね……」
「そ、そうか? 別に普通だろ?」
「<漁火の欠片>を貸してもらえたらよかったんだけどね。それで質問したら何か分かるかもだし、怪我の治りが早いし……」
「欠片なんかなくても、俺の歌でみんなを鼓舞するぜ!」
 シズは「悪魔の調べ・弦の音」を抱えると、【幸せの歌】を歌い出した。曲を耳にした者たちの心が、軽く、柔らかくなる。
「身体が硬いままじゃ、動きも鈍るからな」
 一周して、元の位置に戻った秋日子は、「【炎楓】黒紅」と「【凍桜】紫旋」を抜いて敵を待った。なるほど、さっきより確実に動きやすくなっていた。


 もう一つの監視塔にいた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、【ホークアイ】で強化した目を鋭く細めた。
「どこかで、見たような……」
 剣の花嫁や機晶姫が各地で失踪している事件は、月夜も知っている。また、砦を守るメンバーの中にも、パートナーが行方不明だという者がいた。
「とすると、あれは……」
 その、彼女たちであるかもしれない。しかし、黒装束の者たちは皆一様に、口の両端を上げた、まるでにやけた表情の面をつけている。その背格好だけで、誰それと判じるわけにはいかなかった。
「仕方ないわね……」
 月夜は「描天我弓」を構えた。左手を伸ばし、【神威の矢】を使った。放たれた矢は、先頭の誰かの膝に当たった。しかしその人物は、足を引きずり、仲間から遅れながらも進んでいく。
「機動力を奪っていくしかないわね」
 呟き、月夜はまた狙いを定めた。


 レイカ・スオウ(れいか・すおう)は砦の裏、南を守っていた。敵を一人でも減らさなければならない。しかし、「シャホル・セラフ」の破壊力は、その反動も含めてあまりにも大きい。
 この黒装束の中に、もし契約者がいたら――。
 レイカは「シャホル・セラフ」を構えたまま、まずは【ヒプノシス】をかけた。ただ真っ直ぐに向かってくる者たちは、それだけで倒れた。
 そこでレイカは気づいた。ほとんどの黒装束は、何も考えずに、ただ立ち向かってくる。だが中には、レイカに合わせて動きを変える者もいる。単に戦闘経験が豊富なだけかもしれないが、とにかく違いがあることは確かだ。
 その間にも黒装束たちは、近づいてくる。レイカは、すっと息を吸い、敵を見据えた。
 まだだ。もう少し、こっちへ――。
 そして、【氷術】を込めて引き金を引く。
 轟音と共に、銃口から迸った氷が、目の前の黒装束たちを凍りつかせる。一人や二人ではない。
「くっ……」
 レイカは唇を噛んだ。指先から肩口まで、凍りついている。
 残った黒装束が、更に押し寄せる。足が無事な者も立ち上がる。
 もう一度使えば、今度は、腕が砕けるかもしれない。それでも――。
 レイカは、痛みを堪え、指を、腕を動かした。
「ここを通すわけにはいきません……!」
 そして、狙いを定めた。


 西側を守っているのは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)だ。
 迫ってくる黒装束の足元は、皆、蛍光塗料で濡れている。ここを突破され、相手が味方に化けたとしても、足を見ればすぐ敵だと分かる。
「ミア!?」
「ほとんどが普通の人間じゃ……防御力はありそうじゃが、普通の攻撃で倒せるぞ。じゃが、武器は相当強力じゃと聞く。気を付けい!」
「分かった!」
 レキは「黄昏の星輝銃」を逆に持ち、黒装束の集団に飛び込んだ。敵は、同士討ちになることを恐れてか、攻撃に二の足を踏む。その隙に、レキは拾尾で脇腹を突いていく。
 周囲が空くと、間髪入れずに、一人が剣を振るった。【歴戦の防衛術】で避けた瞬間、地面が陥没し、跳ね上がった土や石がレキを襲った。
「くっ!」
 その隙に別の黒装束が殴り掛かる。それも辛うじて避けたが、背後の大木が音を立てて倒れた。
 ナックルが拳と融合している。よく見れば、剣や銃を持つ者もそうだ。まるで腕から直接、武器が生えているようだ。これを引き剥がすのは難しそう、とレキは思った。
 その間にも、別の何人かがミアへ向かう。
「見抜いたり!」
 カッ、とミアは目を見開いた。「稲妻の札」を懐から取り出し、呼び寄せた稲妻を、その中心に叩きつける。黒装束は両手をわなわなと震わせ、一歩、二歩と足を前に出そうとしたが、そのままそこに崩れ落ちた。
 ミアは、気絶した黒装束の面と衣装を剥ぎ取った。ベルナデットではないが、機晶姫のようだ。とすれば、これも失踪事件の被害者なのだろう。
 念のために「浄化の札」を貼ってみた。――と、その腕を掴まれた。強く、手首が砕けそうなほど、強く。
 機晶姫の目は、ミアを見ていなかった。ただ、認識しているだけだった。
「命令、遂行シマス」
 ミアは咄嗟に、「稲妻の札」を指先で挟んだが、今攻撃すれば、自身もダメージを受ける。躊躇った。
 と、ペンギンアヴァターラ・ロケットが地面を滑り、突っ込んできた。機晶姫はその衝撃で、二メートルほど吹っ飛ばされる。
「助かったぞ!」
 ミアはペンギンアヴァターラ・ロケットに礼を言い、手首に目を落とした。機晶姫の手の跡が、くっきり残っている。
「浄化の札」が効かない――ということは、呪術の類ではない。そしてあの目、まるで機械そのもののような……。
「一体、オーソンたちは何をしたんじゃ……?」
 対処法がないことに、ミアは改めて震えた。