|
|
リアクション
■ 東屋で振り返る来し方の思い出 ■
ニルヴァーナで月見をしないかとレン・オズワルド(れん・おずわるど)が誘うと、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)は思ってもみなかったことを言われたような驚きの表情になり、ついで呆れ顔になった。
「お月見? 地球人は時々変わったことをするわよね」
「パラミタではしないのか?」
「ええ、しないわ」
フリューネは即答したけれど、月冴祭に行こうという申し出自体は断らなかった。
月見には興味はないけれど、月見に興じる人々の姿や、それ用に設えられた会場を見てみるのも面白いかも知れないと。
「池や竹林まで造られたらしいから、見応えはあると思う。フリューネの気に入るかどうかは分からないがな」
「それも、見てみないと分からないことだもの」
何事も体験だと、フリューネは笑った。
そして月冴祭の夜。
レンは東屋にフリューネを誘った。
いつもなら昼夜問わずかけているサングラスを、レンは今夜は外していた。せっかくの夜にサングラス越しに好きな人と向き合いたくはない。
月光を受けて輝くような大きな翼、それと対照的な長い黒髪。
レンズ越しに見るのではないフリューネは、月明かりに照らされて日頃とはまた違う魅力を感じさせた。
フリューネはといえば、ほとんど月を見上げることはない。大がかりに整えられた月冴祭の会場を微苦笑しながら回ったあとは東屋に落ち着いて、レンが用意してきた団子や酒を時折口に運んでいた。
「最近はどうだ?」
酒を注ぎながらレンは聞いてみる。
「そうね、タシガン峡がまた少し慌ただしくなっているから、空賊退治に毎日よ」
「いつに変わらず、か」
その答えにレンは、フリューネを知ってからの日々を思い起こした……。
「フリューネと出会ったのも、タシガン空峡での空賊退治の時だったな」
ついこの間のような気がするのに、改めて数えてみればもう2年以上も経っている。
「あの頃のフリューネは1人で空賊狩りをしていて、俺たち地球から来た契約者たちと1歩も2歩も距離を空けていた……」
けれどそれも戦いを通じ、互いを知ることでその距離を縮めていった……とレンは懐かしく振り返る。
「それから十二星華たちとの戦いを経て、空峡での争いにも一段落ついて、フリューネの故郷であるカシウナを訪れたこともあったな……」
フリューネの父にも会えたし、街の人々と共に空賊に壊された彼女の家を建て直したりもした。
あの日、フリューネに告白したレンの想いは今でも変わらない。
けれど直ぐに答えが出せないのも分かっている。
レン自身も、まだこの地でやるべきこと、成したいことがある。
男として、1人の契約者として。
だから今レンがしたいことは、互いの存在を、心の中にちゃんと相手が居ることを確認することだ。
カナンの戦い、ザナドゥでの戦いでもそうだったように、レンの心はフリューネと共にある。
誰かを好きになっても、その気持ちだけでは幸せにはなれない。
相手の気持ちを汲んであげて、その人が何をしたいのかも聞いてあげたい。
でないとその人を幸せに出来ない。
それがレンの持論だ。
そしてもしもその望みが、一緒に叶えられるものであれば一緒に叶えよう。
(俺たちにはそれだけの力があるのだから……)
そんなことを思いつつ、レンはフリューネとの時間を楽しんだのだった。
■ 地上の月 ■
池面に映る月。
小さく見える舟の1つ1つに誰かが乗って、月見をしている……。
そんなことをぼんやりと考えていたリネン・エルフト(りねん・えるふと)に、背後から声がかけられた。
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?」
「あ、フリューネ! ううん、後でいいって言ったのは私のほうだから」
リネンは笑顔で首を振った。
フリューネのことだから他の人からも月冴祭に誘われているだろうと、リネンは時間を調整することを申し出た。フリューネを皆で振り回すようなことにはしたくなかったからだ。
「フリューネ、この間はごめんなさい……でも、里帰りにつきあってくれてありがとう。もう、大丈夫だから」
会えたらまず言わなければと思っていたことをリネンが口にすると、フリューネはそれなら良かった、と頷いてやはりそれ以上の事情には触れてこなかった。
フリューネと並んでゆっくりと池の畔を歩きながら、リネンは月を見上げる。
大きな月はまるでこちらを見ているかのようだ。
綺麗で、目が離せない、暗い空にぽっかりと浮かぶ円い光……。
そっと傍らに視線を移せば、フリューネは月ではなく会場やそこに集う人々を見ていた。
月の光を受けるフリューネはとても綺麗だ。空と池の月に加え、地上にある月のように。
「ちょっと思ったの……フリューネって、月みたいなのかなって。私やレンや、みんなにとって。太陽より優しいけど確かな光で、皆の生きる道を照らしてくれたり、見上げる人に色々な想いを抱かせたり、色んな顔を見せてくれたり……それに」
手が届きそうで、なかなか届かないところも。
「フリューネが月だったら私は……冒険者かな。月のことを知りたい、月にたどり着きたいって頑張ってるの」
宇宙飛行士と言おうとしたのを、リネンは冒険者と言い換える。フリューネには宇宙飛行士という言葉は馴染みがないだろうと。
「月? そう……でも私は風でありたいわ」
自由に空を駆け、どこにでも行ける。
そんな風でいたいのだと、フリューネは夜風に触れるように手を伸ばした。
そうして池を一巡りした後、リネンはフリューネを月見会場から離れた場所へといざなった。
「本当は実物を見せたかったんだけど、ちょっと時間が厳しいから……」
リネンは写真を取りだしてフリューネに見せる。
「これは?」
「つい先日、許可がとれた『創世学園都市遊牧場』なの。フリューネにも見てもらいたくて」
「ニルヴァーナもどんどん発展してゆくのね」
フリューネはリネンの渡した何枚かの写真を、月明かりを頼りに眺めた。
「もうすぐエネフたちと一緒に冒険できるわよ。来年は、月見も……」
言ってしまってから、リネンはあっと口を押さえた。
これまでの様子から、フリューネはあまり月が好きではないかと思い当たったのだ。
途中で言い淀んだリネンに気付き、フリューネは微笑んだ。
「確かに私は月が好きなわけじゃないけど……そうね、来年もこんな風にお月見したいと思うわ」
「フリューネ……うん! しようね、お月見!」
弾む声でリネンは答えた。
月見の良い思い出が増えていけば、いつかフリューネも月が好きになるときが来るかも知れない。
そして……その良い思い出をフリューネの傍で一緒に重ねていくのが自分であればと、リネンは願うのだった。