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リアクション
■ 竹林の姫 ■
「結構人が集まってるのね。みんな怖くないのかしら」
月冴祭の会場にやってきたセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は、呆れたように周囲を見回した。その目が武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)とあうと、急にむっと表情を変える。
「べ、別にあたしは魔物が怖いだなんて思ってないんだからね? ほら、月には魔物が封印されてるっていうのに、それを見上げて喜ぶ人の気が知れないってだけなんだから!」
「はいはい、分かってるって。ま、地球では月見はポピュラーな行事だし、ニルヴァーナの月はパラミタのとは違うんだろうから、問題ないんじゃないか」
「そうは言うけど……」
まだ納得しきれていない様子のセイニィに、牙竜はもらっておいた月うさぎの餅を半分にわけて渡した。
「何これ、お餅?」
「この餅を分けて食べると、永久に結ばれるって伝説があるんだそうだ」
「ちょ……もう少しで食べちゃうところだったじゃない! 返すわよ、ほら」
セイニィはぐいっと餅を牙竜に押しつけるようにして返した。
竹林の小径を歩きながら、牙竜は満月を見上げた。
セイニィはたまに月を見上げはするものの、すぐに視線を逸らしてしまう。月は気になるけれど魔物が怖い、というところだろうか。
「なあセイニィ、竹取物語って知ってるか? 日本のおとぎ話の1つなんだが」
月と竹に関連して思い出した物語のことを聞いてみると、セイニィは知ってるわと答えた。
「かぐや姫の出てくる話でしょ? シャンバラ宮殿勤務の時、図書コーナーにあった絵本で呼んだことあるわ」
「個人的な主観だが、かぐや姫は『愛』に対して真摯な人だったんじゃないかと思うんだ」
「相手に無理難題をふっかけておいて?」
「ああ。彼女はいつかは月に帰らないといけないことを知っていた。だから無理難題や言葉遊びで距離を置こうとしたけど、心のどこかで自分の運命の枷から解き放ってくれる人を望んでいた……素直に愛し愛されたいと願っていた女性だったのかも知れない」
物語に記されるのはいつだって断片的な事柄で、その奥底にあるものすべてを見せてくれるわけではない。だから物語を読む側には様々な解釈が生まれるし、それを考える楽しみがある。
「ある意味、かぐや姫はツンデレだったのかもな、セイニィみたいに」
「はぁ? あたし、何か取ってこいとか、無理難題言わないわよ」
途端にセイニィが突っかかってくる。
「そういうことじゃなくてだな」
そうきっとどんなに時代が変わっても、人が『愛』を語ることは根本的に変わっていないのだろう。
どんな時代、どんな世界にも、愛とそれに翻弄される人は尽きず変わらず存在するのだろうから。
だから牙竜も、告白の返事が聞けるまで、セイニィを口説き続けるつもりでいる。
どんな状況でも手を抜かずに全力で。
敵味方に分かたれたとしても、好きだからと手心を加えることはしないし、目の前で命を捨ててでも守らなければいけない者がいるなら、セイニィを悲しませることになっても自分はそれを守るだろう。
牙竜の知るセイニィ・アルギエバは、どんな時も全力で魂を輝かせるイイ女だから、自分も全力でぶつかっていくのが礼儀というものだろう。
自分の信念を曲げるのに、愛を言い訳にはしたくない。それは愛してる人に対して、もっとも失礼な行為だ。全力でぶつかり合うからこそ、お互いの想いが解り合えるというものだ。
だから、牙竜がセイニィに伝える言葉はこれしかない。
「愛している」
目を見つめて真摯に告げる。
愛は一番分かり易い言葉にして、はっきりと相手に伝えなければいけないと思うから。
セイニィは目を丸くする。
「いきなり何言い出すのよ! あんたはもうー」
焦ってわめきながら、セイニィは空を指さした。
「今日はお月見なんでしょ? あたしより月を口説きなさいよ、月を!」
空に浮かぶは円の月。
もしもそこから迎えが来たら、ツンデレかぐや姫はどうするだろう。
月よりの天人が訪れても、牙竜はきっと全力でかぐや姫に言い続けるだろう。
愛している、と。
牙竜にとってそれがすべて、なのだから――。
■ 裏切りの意味 ■
きっとセイニィと一緒に十五夜を過ごしたいと願う人は、自分以外にもいるはずだ。
だからシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は、一緒に過ごせるのならば月が沈みきるまでの僅かな時間で構わないから、他の人を優先してくれるようにとセイニィに言ってあった。
竹林の東屋でセイニィの訪れを待っていると、小径を行く人の気配がする。
東屋との間にも竹が植えられているので、はっきりと誰とは分からないのだけれど、仲睦まじく歩いている様子が伝わってきて微笑ましかった。
待っている間、シャーロットはセイニィに言われたことを考えずにはいられない。
感情に突き動かされるままにシャーロットはセイニィにプロポーズをし、少し返事を待って欲しいと言われた。自身のことより、シャンバラ女王を救うのを優先すべき時だから、と。
そしてクリスマスイベント中の桜の森公園でプロポーズの返事をもらった。
けれどそれは、プロポーズを受けてくれるか受けてくれないか、という返事ではなく。
シャンバラが落ち着くまでは待って欲しいから、ニルヴァーナ探索隊が帰ってきたら返事をする、ということと、そして。
――あたしが裏切りを嫌いだってこと、知ってる……よね?
そう言われたのだ。
バレンタインデーに言われたのは、そのヒントと思しきことだった。
セイニィはロイヤルガードであり、命を賭してシャンバラを守るのが償いだと。だから、シャンバラから造反した者は敵になるのだと。
シャーロットはセイニィの言葉の意味を考え続け、そして実際に思い当たることもあった。
(私を庇えばセイニィの立場も悪くなると言うのに……)
だからセイニィが来たら、安心してもらえるよう話をしよう、とシャーロットは心に決めていた。
言葉にしないと分からない思いもあるのだから。
「お待たせー」
金のツインテールを揺らして、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)が東屋に飛び込んできた。
「そんなに急がなくても大丈夫でしたのに」
「けど、こんなとこで1人で待つのも退屈でしょ」
東屋に入ってきて、何もないところねと見回しているセイニィに、シャーロットはいいえと首を振る。
「月を見ながら色々考えていたら、気付かないうちに時間が経っていました」
「月、ね。地球人がどうして月を好むのか、ほんとわけ分かんないわ。お祭りの口実なのかと思ったら、結構みんな、本気で月を眺めてるのよねー」
「私も月を見るのは嫌いじゃないですよ。特にこんな綺麗な満月の夜は」
シャーロットは竹林越しに、夜空の月を見やった。
「でも日本では、中秋の名月と呼ばれる十五夜、そして十三夜のどちらかしか見ないことを『片見月』と呼び、縁起が悪いとされているそうです。十三夜にもまた、お月見が出来るといいですね」
「今日見ると、また別の日に見ないと縁起が悪い? じゃあ今日見ないようにしたほうが良いんじゃないの? べ、別に見そこなった時の縁起を気にしてるわけじゃないわよ? た、ただ、つくづく変な行事だと思っただけだからね!」
セイニィは肩をすくめて東屋の椅子に腰掛けた。
「でもまあ、こういうのは風情があるって言えるかもね」
「そうですね。気持ちが落ち着きます」
東屋にある小さな灯だけでは充分明るいとは言えないが、そのほの暗さと周囲の静けさが、月見の情緒を引き立てている。
「待っている間、セイニィが来てくれたら、お互いをより理解しあう為にいろいろと話そう、なんて考えてたんですよ」
シャーロットが言うとセイニィは、
「じゃあ、なにか話しなさいよ」
と促してきた。
「そうですね……では、私がずっと考えてきたことを」
この機会にセイニィに安心してもらえるようにと、シャーロットは話し始めた。
「セイニィから言われた『裏切り』について、私なりに色々考えました……。仲間を大切にするセイニィのことだから、シャンバラから造反するようなことをしないで欲しい。ロイヤルガードの立場なら、敵だと認定されれば闘わなければならないから、ということなのですね」
「そうよ。分かってるじゃないの」
セイニィの返事に、ああやはりとシャーロットは得心する。
「それは私が、十二星華裁判で死刑を特赦で保留されたセイニィ、ティセラ、パッフェルの恩赦を願い、さらにシャムシエルを救うという選択をしたからですね。それが事情を知らない第三者からは造反したと見え、疑われるのでしょう」
理由あってのことなのに、理解されない為に疑われる。仕方のないことなのだろうけれど、そう見る人もいるのは確か。
それが裏切りとされているのだろうと言うシャーロットに、セイニィは眉を寄せた。
「は? あんた何言ってるの?」
その瞳には、さっきまでのくだけた親しげな光は無い。
鋭く真剣な眼差しを向けられ、シャーロットは不安になる。
「違うのですか?」
はあ、とセイニィは息を吐いた。
「あんた……パートナーと一緒にパイモン側に付いたでしょ? あんたが自分の意思でどこで何をしようと自由だけど、あたしの立場は変わらないってこと」
シャーロットの瞳をじっとのぞき込み、突きつけるようにそう言うと、セイニィは力を抜いて東屋の小さなテーブルに片肘をついた。
「まさかそれさえ通じてないとはねー」
苦笑した後はもう、いつものセイニィに戻っている。
「やっぱ夜は冷えるわねー。ね、お茶でももらって来ない? 運が良ければまだ食べ物とか残ってるかも知れないし」
「そ、そうしましょうか」
何事もなかったかのように立ち上がるセイニィに同意して、シャーロットも立ち上がる。
「月見の行事は意味不明だけど、珍しいものが食べられるのはいいわね」
「十五夜は芋名月とも言いますから、それにちなんだものもあるかも知れません」
「芋名月、なんだか面白い名前ね」
そんないつものような軽口の会話がとても貴重に感じられ。シャーロットは胸を詰まらせるのだった。