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リアクション
■ ここから始める…… ■
ぺったん、ぺったん、ぺったんこ。
空京たいむちゃんが餅を搗いている。妙になごむ光景ではあるのだけれど。
「……というか、なんか人数多くないか?」
「色とりどりですしねぇ……」
首を傾げる匿名 某(とくな・なにがし)に、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)も困惑顔でたいむちゃんたちを眺めた。
いつもの青いリボンを身に着けたたいむちゃんの他にも、赤やら黄やら……妙に大きなピンクまで。
「せっかくたくさんいるんですから、一緒に写真撮りたいですね」
「餅を貰うついでに頼んでみるか」
うさぎの姿をしていても、たいむちゃん……というかラクシュミはニルヴァーナ創世学園の校長だ。某はきちんとした態度を取るように心がけて青のたいむちゃんから餅を貰い、写真のことも頼んでみた。
「もちろんいいわよ。みんな一緒でいい?」
たいむちゃんズに囲まれて、某と綾耶はもふもふ気分で写真に収まった。
どこでお月見しようかと考えて、普段はなかなか体験できないからと小舟を借りて池に出た。
「普段は見上げるだけだけど、こういう趣向も悪くはないな」
見上げる夜空の月と、見下ろす水面の月。
こんな風に月見をしたことは無かったと、某は興味深く2つの月を観賞する。
もし……水面の月しか知らずそれを愛でる人に、それは影だと、実体は別のところにあるのだと、空を指さして見せたらどうするだろう。空にあるのが本物だとしても、己の見てきた水面の月が美しい、そう答えはしないだろうか。
しばし月を見上げ見下ろしして2つの名月を堪能した後、某はたいむちゃんからもらった餅を取りだした。
「この餅を半分にして食べるんだったな……って、綾耶ももらってたのか」
「はい、こっちも半分こにしますね」
某に内緒でもう1つもらっておいたのだと笑って、綾耶は餅の半分を某に渡す。
半分同士の取り替えっこ。
「これって相乗効果ってあるのかな? 聞いておけばよかったかもな」
「あるといいですねぇ」
ずっとずっと一緒にいられるように。
笑い合いながら2人は半分プラス半分の餅を食べた。
餅を食べ終わると、某は守護天使のクロスを取りだした。
「これ……ちょっと前に手に入れたんだけど、綾耶に似合うかなって思ってな」
十字架に花の蔦が絡みついた意匠のクロスを、綾耶が身に着けやすいようにペンダントに加工したものだ。
「ありがとうございます」
受け取ろうと出した綾耶の手を、某が掴んで引き寄せる。
「え……?」
「俺がつけるよ」
綾耶の首に守護天使のクロスをかけると、胸元に光る十字架に某は禁猟区を施した。
「……綾耶」
「は、はい……」
「俺はニルヴァーナの探索が無事終わって、パラミタの崩壊も防げたら、どうしてもやりたいことが1つあるんだ。それは、俺達も新しい一歩を踏み出す……『恋人』から『家族』になる事。そしてこのニルヴァーナを新しい故郷にする事なんだ。禁猟区はその約束の証なんだけど、どうかな?」
某は真剣な表情で綾耶の瞳を覗き込む。
「綾耶、一緒に新しく『家族』を始めてくれるかい?」
「某さん……」
綾耶は某のかけてくれた十字架を握りしめた。
「……正直、まだ家族を作るのは怖いです。またひとりぽっちになっちゃうんじゃないかって」
大切なものだからこそ、失うのが怖くなる。失ったときの悲しみに自分が耐えられないんじゃないかと。
「そうか……」
「でも」
綾耶は某の持っている虹色に輝くタリスマンに禁猟区を施し、そこに口づける。
「それでも、私も某さんと家族としての幸せを感じたいです。だから、これはそのお返事、です」
大切な人を守る保護結界である禁猟区。
それを互いに施すのは、守り守られ共に歩んでゆく覚悟。
涙のにじむ瞳で微笑む綾耶を、某は抱き寄せる。
ニルヴァーナでは今のところ楽しいことより物騒なことの方を体験することが多かった。けれどこの月冴祭からは違う。
幸せを始めよう、2人手を取り合って。
その誓いをこめて、某は綾耶と口唇をあわせた――。