リアクション
序段 その二 ミシャグジの洞窟へ ミシャグジの洞窟は、明倫館の敷地内にあるが、今朝まで誰も近寄れないようになっていた。元は樹齢五千年近い大木――今は倒されたため、作り物で偽装してあった――の根元が、その入り口だ。 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)、強盗 ヘル(ごうとう・へる)、とレン・オズワルド(れん・おずわるど)の三人は、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)の命で周辺を守っていた。 そこにやってきたのは、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)と同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)、それと二人に良く似た少女だ。 「……三つ子か?」 ヘルは呆気に取られて尋ねた。祥子は微笑みながら、「続刊が魔道書になったのよ。名前はシズ」と紹介した。 その実、彼女は祥子の持つ<漁火の欠片>で静かな秘め事に化けた葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)だった。オーソンが房姫を見つければ、狙い撃ちされかねない。故に、洞窟へ行く仲間以外にこの作戦を知る者はなかった。 「後はよろしくお願い致します」 静かな秘め事に化けた房姫は、深々と頭を下げた。動きがぎこちないのは、着込んだマントの下に「風靡(ふうび)」を隠し持っているからだ。 「ああ、任せてくれ」 レンは力強く頷いた。 入り口は狭いため、一人ずつ入ることになる。祥子、秘め事、房姫に続いて、契約者が次々に洞窟へ飛び込んでいった。やがて全員がいなくなると、ザカコは【光学迷彩】で姿を消し、ヘルは近くの木に上った。そしてレンは、入り口を【アブソリュート・ゼロ】で塞ぐ。 三十分ほど経ったろうか――。 気配を隠すこともなく、正面から、堂々と現れた者たちがいる。装束は黒いが、面を付けていない。男女取り混ぜて、十人はいようか。 「――機晶姫と、剣の花嫁か」 わざと顔を出したのは、こちらの戦意を削ぐためとレンは判断した。オーソンにとっては手駒に過ぎないが、契約者にとっては仲間だ。 「卑怯だが、有効な手だ。が、こちらにも有利な点はある……」 レンは待機させておいた可変型機晶バイクを、突っ込ませた。半数がそちらへ反応する。残った五人の真ん中へ、レンは飛び込む。振り下ろされる剣をぎりぎりで避け、そこに飛んできた拳を「魔導刃ナイト・ブリンガー」で切りつけると、【カタクリズム】を放った。サイコキネシスが機晶姫たちを襲い、吹き飛ばす。 可変型機晶バイクを襲った剣の花嫁たちは、背後から狙撃され、前のめりに倒れた。ダメージを物ともせず立ち上がると、射手を探す。が、既にヘルは場所を移動していた。 ザカコは距離を取り、ヘルやレンに、敵の動きを伝えている。どうやら回復役はいないようだ。時間をかけてでも、体力を削っていけば倒せるだろう。 だが、疑問を覚えた。レンも同時に眉を寄せた。 ――オーソンも、ユリンもいない。漁火(いさりび)もいない。 どういうことだ、と思ったが、今はそれに気を取られている暇はない。三人は目の前の敵に神経を集中した。 調査開始 透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)と璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)は、回収した黒装束の機晶兵器を調べていた。 一つずつ、丁寧に分解して、部品はなくさないように印をつける。 そこで分かったことは、基本的な構造は普通の兵器と変わらない、ということだ。 北門 平太(ほくもん・へいた)は、毛布の上に並んだ部品を見て感嘆の声を上げた。 「凄いなあ!! こんなの、普通作れませんよ!!」 「何か分かるのか? 私には、ごく普通の武器にしか見えんが……」 「だからですよ! どう見ても他の武器と同じなのに、ちょっとずつ性能がいいんですよ、あらゆる部品の。何ですかね、メンテナンスがいいんですかね? 材料が違うのかな? 魔法がかかってるとか?」 いつになくベラベラ喋る平太の口調が嬉しそうなのは、勘違いではあるまい。 「男の子ですねえ」 璃央は微笑ましげに見ている。 だが、透玻が調べた限り、魔術は関わっていないようだった。 「オーソンがポータラカ人だからですかねえ。だったら、僕もポータラカ人と契約したいです」 パートナーたちが聞けば怒り出しそうなセリフを、平太はあっさりと口にする。 「ポータラカ製の武器と考えられないこともないが……」 「オーソンは気前がいいんですね。そんなのみんなに持たせるなんて」 「……それは確かに妙だな」 「ええ。ユリンや自分たちが持つならともかく、使い捨てのような彼らに、ポータラカ製の武器など持たせるでしょうか?」 璃央はメモの手を止め、眉を寄せ、 「私なら、兵隊には大量生産の安い品を使わせるな。無論、使えない兵器は論外だが」 「じゃ、これはひょっとしてその大量生産の兵器かもしれませんね」 「これでも、か?」 普通の武器を凌駕する破壊力だった。こんな物が大量に存在するというのか。透玻はそう考えて、背筋が凍りついた。 だが平太は無邪気に続ける。 「だとしたら、一体、お金はどうしてるんですかね? オーソンって、お金も作っちゃうんですかね?」 「……それは、もしかしたら裏に誰かいるということか?」 「え?」 透玻の問いかけに、平太はきょとんとなった。彼の言葉は文字通り、「オーソンが金を作る」という意味だった。だが透玻は、別の可能性を考えた。 「すみませーん、ちょっといいでしょうかー?」 透玻たちが振り返ると、部屋の入り口に五寧 祝詞(ごねい・のりと)と百目鬼 腕(どうめき・かいな)が立っていた。二人は情報を纏める役を買って出ていた。 「ああ、聞いています。どうぞ」 璃央は自分のメモを祝詞と腕に見せた。無論、そのまま渡したりはしない。二人はせっせとメモを写していく。 「そういえば、平太さんのパートナーもいなくなってるのよね?」 「え? あ、うん、そうですけど……」 「一応、消えたパートナーたちについても、情報を纏めようと思っているんだが、いいか?」 と、これは腕だ。 「いいですけど、――でも全部は無理じゃないですか?」 「何で?」 「だって、明倫館以外にもそういう人はいるだろうし、何より問題は、契約を結んでいない人も行方不明になっているだろうし、そういう人は情報から零れちゃいますよ?」 あ、と二人は顔を見合わせた。当然のことだが、この世界には契約を結んでいない人間も大勢いる。むしろ、その方が多い。そして、周囲に家族や友達がいなければ、行方不明になったところで知られることもないだろう。 「あ、でも、無駄だって言うんじゃないですよ。将来的に、そういう人たちを記録しておくのは、役には立つでしょうし。ホントですよ、僕、嘘言ってませんよ!」 平太がフォローすればするほど言い訳めいて聞こえ、祝詞と腕は落ち込むのだった。 |
||