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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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第11章


 そろそろフューチャーXの仕掛けた機晶爆弾のせいで、ビル全体がその被害を受けつつあった。

 地下からは火の手があがり、地下駐車場の車もかなり被害を受けている。
 もう少ししたら、ビルの1階部分にも火事が広がるかもしれない。
 パーティ会場の客やハッピークローバー社の一般社員は全員ビルの外に避難し、被害はない。

 今、ビルの中にいるのはコントラクターたちのみであった。

「……四葉 幸輝!!」
 そのビルの最上階、パーティ会場に叫び声が響き渡った。
 全ての客が避難し、誰もいなくなった会場。
 その成り行きを見守った四葉 幸輝に語りかけた男がいたのである。

 ヴァル・ゴライオンだった。

「これはこれは……いつも娘が世話になっていますよ、帝王さん」
 眉ひとつ動かさず、幸輝は答えた。
「……娘の交友関係などは、調査済みというわけか」
 まだ振動が続く会場で、両者はにらみ合った。
 何があってもいいようにと、ヴァルの後ろにはパートナーであるキリカ・キリルクが控えている。
「当然でしょう。この地にいる以上、コントラクターの力を利用せずに生き残ることは不可能ですからね。
 恋歌もまた、皆さんの力を利用してパートナーを救出しようとしている」

「利用……違うな。俺達は恋歌の友人だ、利害などで結ばれた仲ではない」
 感情を隠そうともせずに、ヴァルの視線が幸輝に刺さる。
 しかし、その鋭い眼力を受け流して、幸輝は唇の端を吊り上げた。
「……そうですか……。それならば、恋歌はこちらでも上手くやっていた、ということですね。
 上手くパラミタの皆さんと友人関係を広く作って、イザという時の手駒を増やしていた、と」

「……あくまで利害でしか物事を見られないのだとしたら、哀れな男だな。
 だが、この世に真の悪など存在しない。
 四葉 幸輝、お前にとっての正義……大切なものは何だ。
 金か、権力か、それとも力か……何のためにこのパラミタの地を踏んだのだ」
 幸輝は笑った。声を出さずに、薄い唇の両端を吊り上げて笑った。

「正義……そんなものはありませんよ。
 ただ私は知りたいのです。この自分の行く末を。この世界の行く先を。
 何故、人は皆こうまで違う信条に囚われているのか。何故、人な皆平等ではないのか。
 この世の流れ……運命を知り……それを支配する。
 その為には、金も権力も力も娘もそのパートナーも友人も全て全て全て、ただの手駒に過ぎませんよ」

「……!!」
 二人は黙ってただ、にらみ合う。
 誰もいなくなった、パーティ会場を舞台に。


                    ☆


 四葉 恋歌は漆髪 月夜から借り受けたハンドヘルドコンピューターを介して、本名 渉へと連絡をつけた。
「……恋歌です。技術関係でしたら、渉さんが詳しいですよね」
 渉はまだ機晶ロボのコントロール・ルームにいた。
「はい……ええ。分かりました」
 渉は恋歌からかかって来た電話を繋いだまま、機械類の操作を始めた。
「兄様……どうするのです?」
「彼女の願いです。
 ……この電話を、施設内からビルに至るまで、可能な限りの人間に聞かせてほしい、と」


 渉が施設内に干渉して、恋歌の言葉を伝えることは容易だった。
 恋歌は語りだす。


『みなさん、四葉 恋歌です。どうか聞いてください、私のパートナー……アニーについて』


 この事件の顛末……アニーは何故、この施設に幽閉されているのか、について。


                    ☆


『そもそもアニーは地球人です。ある貧しい地域の寒村から買われてきた少女だったそうです』
 施設内に恋歌の声が響き渡る。

「えーいっ!!」
 秋月 葵はエレベーターからドアを破壊して飛び出した。
 通路を一直線に飛んでいくと、そこではすでに多数のコントラクターが戦闘を行っている。

「変身!! 魔法少女リリカルあおい、参上!!」

 だが、葵の目的はあくまでアニーの救出にある。
 戦闘の上空から目星をつけ、奥の部屋へと通じるドアに向けて魔砲ステッキの一撃を放った。
「まじかるシュートっ!!」


『その村では人買いは常態的に行われていて、特に珍しいことではなかったことのようです。生活のために、子供を売る。
 それが、その村では『普通』のことでした』


 葵の一撃は最後のドアを破壊し、斎藤 ハツネがそれを迎え撃つ。
「来たね……みーんなみんな、壊してあげるの」
 次々とコントラクターが流れ込んでくる。

 リュース・ティアーレとシーナ・アマング。それにブルックス・アマングもまたそうして施設の最奥へとたどり着いた。
 更に、博季・アシュリングとレイナ・ミルトリア、そしてウルフィオナ・ガルムの姿もある。

「おらあああっ!!!」
 だが、そこに白津 竜造の昂狂剣ブールダルギルによる一閃が襲い掛かった。
「きゃあっ!!」
「ちっ!!」
 レイナが悲鳴を上げる。ウルフィオナはパートナーを庇うが、ダメージを殺し切ることはできない。
 前に出た博季がその様子を見る。
「レイナさん、大丈夫ですか?」
「ええ、まだ平気です……それより、早く奥を目指さないと……!!」

 ブールダルギルによるダメージを負ったのは、リュース達も同様だ。しかし、こちらはすこし様子が違っていた。

「てめええぇぇぇっ!!!」

 いつも柔和で紳士的なリュースが、シーナやブルックスが傷を受けたことに逆上し、竜造に切りかかったのである。

「あ、兄様っ!!」
 シーナが叫ぶ。リュースは仲間を大事にするあまり、仲間が傷つけられるとこうなることを知っていた。こうなってしまうと、相手を徹底的に叩きのめすまで止まらない。
 そして、それを止めることが自分には出来ないことも、彼女は知っている。
 だが、ブルックスは違ったようだ。
「リュ、リュー兄……どうなってるの……? こんなの……私の知ってるリュー兄じゃない……怖い……」
 リュースのあまりの変化に戸惑うブルックス。シーナは、後ろからブルックスを抱きかかえて下がらせた。
「だめよ、ブルックス……下がって……」

 竜造はと言うと、突然豹変したリュースの攻撃を受けとめながら、激しい戦いに歓喜の声を上げた。
「おお? 急にやる気出したじゃねぇか!!
 こうでなくっちゃいけねぇよ、殺し合いってやつはよぉ!!」
 だが、逆上したリュースにはその言葉すら届かない。
「ククク……オレの身内に手を出したんだ、五体満足でいられると思うなよ!?
 殺し合いになんかならない、死ぬのは貴様だけだ!!
 ホラ死ぬぞすぐ死ぬぞ今死ぬぞ!! 何度でも死ね、死ぬまで死ね!!!」


『父、四葉 幸輝はそうした地域の子供を『買って』……実験に使っていました……皆さんご存知かと思いますが、強化人間の実験です』


 流れてくる恋歌の言葉を聞きながら、ルカルカ・ルーは表情をゆがめた。
「ひどい……まだそんなところが、あるなんて」
 ダリル・ガイザックは手元の端末を操作しながら、更に情報を引き出していく。
「珍しくはない……とまではいかないが、そういう場所はまだあるものだ。
 まだまだ人類の闇は深い、といったところか……しかし、この人数……」
 ダリルが引き出したのは、アニーが『買われて』きた際の実験の記録だった。


『幸輝はパラミタの発見から、いち早くこの地に渡りたかったのです。幸輝の研究について魔術や魔法の知識、技術は不可欠なものでしたから、パラミタの発見は幸輝にとって『幸運』なものだったでしょう』


「ここだ、この放送を止めさせろ!!」
 本名 渉がビル内に恋歌の声を流していることに気付いた幸輝の指示で、複数のコントラクターがコントロール・ルームに迫っていた。
 だが、今ここを離れるわけにはいかない。
「……兄様。兄様はここを離れないで下さい」
 雪風 悠乃が室内から、扉の方へと向かう。
「悠乃、何をするつもりですか」
「兄様は、ここで恋歌さんの声を皆さんに届けてください。私は……!!」
「無茶です、悠乃!! 一人で戦おうというのですか!?」
 悠乃はまた一歩、扉の方へと踏み出した。
 怖い。
 悠乃は渉によって修復されてパートナーになった機晶姫、それ以前の記憶はなく、あまり戦いに向いているほうではない。

 しかし、悠乃は一歩を踏み出した。襲い来る敵に立ち向かえるのは今この場には、自分しかいないと分かっているから。

「大丈夫です……心配しないで、兄様」
「しかし!!」
 扉の向こうの足音が近づいてくる。二人が身構えたとき。

「うわあっ!!」
 扉ごと、一人のコントラクターが転がり込んでくる。何者かの攻撃を受けたのだ。

「渉さん、悠乃さん、大丈夫ですかっ!?」
 一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)だった。
「瑞樹さん!!」
 悠乃と渉が叫んだ。
 瑞樹とパートナーの神崎 輝(かんざき・ひかる)、そしてレナ・メタファンタジア(れな・めたふぁんたじあ)もまた恋歌のメールを受けて施設内に侵入していた。
 だが、機晶ロボの様子がおかしいことや恋歌の放送が始まったことを受けて、敵コントラクターの動きを追ったのだった。

「無事でなによりです、恋歌さんも頑張っているようですから……ここはボクたちで死守しましょう!!」
 輝の言葉にレナも応える。
「そうそう、邪魔なものは壊していいって言われてるしね、遠慮なくいくよ〜!!」
 サンダーブラストや凍てつく炎を駆使して攻撃を加えるレナの合間を縫って、瑞樹が悠乃と渉に語りかけた。

「良かった……二人とも……無事で。二人に何かあったら……私……」
 その瑞樹の横に並んで、悠乃は立った。
「はい、ありがとうございます! おかげで助かりました。私も……お手伝いさせてください!!
 まだ怖いけど……頑張ります!!」
 悠乃のまっすぐな瞳に、瑞樹は深く頷く。
「はい……分かりました……マスター、行きますよっ!!」

 魔導剣ブルーストラグラーを構え、瑞樹は敵の群れへと突進する。
「たあああっ!!!」
 悠乃もまた、瑞樹をサポートするように懸命に戦った。

 その様子を見て、渉はある違和感に気付いた。
「悠乃……あの怖がりな娘が……あんなに頑張って……。
 でも……どうして、戦えるのだろう……? 修復してから、あまり戦いの技術や訓練はしていなかったはずなのに……」

「渉さんっ!!」
 瑞樹の声で、我に帰る渉。
「今は機器に集中してください、もう潜入は明るみに出ていますから、施設内のトラップやカメラの解除、機晶ロボの機能を停止させてください!!
 ここは、私達に任せて!!」
「そうです。兄様は、私たちが守りますからっ!!」

 そこに、輝がやってきて渉のガードに入る。
「そうですよ、渉さん。今は悠乃さんと瑞樹を信じて、作戦に集中して。
 ガードはボクに任せて下さい……それに……」
「?」
「瑞樹も、戦っているところ、渉さんにあんまり見られると、恥ずかしいと思うから」
 聞こえたか、聞こえなかったのか。
 瑞樹の耳が少しだけ、赤い。

「わ、分かりました。皆さんを信頼して……自分の仕事をします」
 軍人の家系に生まれた渉の切り替えは早い。即座に機械に向かって、瑞樹に指示された操作を開始した。

「これで、どうだーっ!!」
 レナがぶっ放した六連ミサイルポッドの振動が伝わってくる。


「そうだ……今は集中しよう……自分のすべきことに……ありがとう、輝さん、レナさん。そして……瑞樹さん」


 ほんの一抹の、疑問を振り切って。