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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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第8章


「そろそろ話してくれてもいいんじゃねーの? このビルに幽閉されてるアニーっつう娘についてさ」
 パーティ会場からぬりかべ お父さんの力を借りて恋歌を連れ出すことに成功したアキラ・セイルーンは、走りながら恋歌に尋ねた。
「……うん。あのね、アニー……あの娘は……」


「……冗談じゃないわ!!」
 天貴 彩羽は立ち上がった。
 研究施設のコンピューターそセキュリティを任された彼女ではあるが、幸輝に対する猜疑心から自らも幸輝の研究やアニーの周辺を洗っていた。
 そして、幸輝の研究自体の詳細は分からないまでも、アニーについてはある程度調べがついたのである。

 その結果として、彩羽は幸輝に協力する気が全くなくなった。

「……ホント、冗談じゃない」
 まさにビンゴだった。
 幸輝がアニーにしていたことは、少なくとも彩羽には到底受け入れられないことだったのである。
 いや、アニーだけではない。
 その背後で、いったいどれだけの人間が犠牲になっていることか。
 廊下を進みながら、彩羽は吐き捨てるように、言った。

「……吐き気がするわ」


「……変化があった」
 ダリル・ガイザックは呟いた。ビルのテナントからハッキングを試みたものの、研究施設のデータのダミーに手間取っていたのだが、彩羽が幸輝からの依頼を放棄してしまったため、リアルタイムでのハッキング対策を取れなくなってしまったのだ。
 共にハッキング作業に従事していたルカルカ・ルーの方も同様だ。
「……なるほど、これで研究施設自体の構造データは取れるね。でも……」
「ああ、ここからでは研究自体について調べることはできないようだな。
 全く外部から隔離された場所に保管してあるのだろう。とはいえ……アニーという娘については多少調べることができそうだ」


 研究施設への通路に恋歌の呟きが響く。
「アニー……あの娘はね。私をパラミタに送り込むためだけに、強化人間にされたんだ……そのために、買われてきたのよ」


                    ☆


「ここは任せてもらおう」
 恋歌のメールを受けて、研究施設に乗り込んだ月崎 羽純(つきざき・はすみ)は自ら先陣を切った。
 無論、パートナーの遠野 歌菜(とおの・かな)も共にいる。

 幸輝が雇ったコントラクターは数多くいる。
 それに加えて幸輝が独自に研究を続けていた機晶ロボも侵入者を排除しようと動き始めていた。

 だが。
「邪魔だ!! この程度なら障害にもならん!!」
 羽純の一閃が、数体の機晶ロボを蹴散らす。
 幸輝が雇ったコントラクターはともかく、機晶ロボは様子がおかしい。
 機晶ロボは侵入者に対して容赦なく攻撃を加えるはずが、行動に全く統率が取れておらず、攻撃の狙いも定まっていない。
「……これは……誰かが細工をしておいたのか……?」
 明らかに様子がおかしいロボの様子に、羽純は呟いた。


「うん、どうやら間に合ったようですね」
 と、本名 渉は監視カメラの映像を見て頷いた。
 彼は、警備にあたる機晶ロボの調整をするという名目で、機晶ロボの行動を狂わせていたのだ。
「そっか、お兄様はマイナスの調整をしていたのですね」
 満足そうな渉の表情に、雪風 悠乃は笑みをこぼす。
「うん……独自の技術が使われていたから、できるかどうか自信はなかったですけど。うまくいってよかった」
 カメラを見ると、七刀 切もまた爆発の混乱に乗じて、各所のトラップや警備システムを無効化していくのが見える。
 渉は手元のマイクを取り、監視システム越しに切に話かけた。
「そろそろ研究所内での裏切り行為は気付かれている頃です。脱出を始めて下さい」
 その声を聞いた切は、苦笑いを浮かべる。

「……へっ、誰だか知らないけど親切なことだね。んじゃ……ぼちぼちとんずらするとしましょうかねぇ」


「だが、数だけはいる……機晶ロボはいいとしても、俺達で時間を稼がなければならないな」
 羽純と歌菜は恋歌のパートナー、アニーを救うために集まった仲間たちを研究施設の更に奥へと送り込むために、警備の妨害役を買って出たのである。
「うん。ここで時間をロスするのは、何となく嫌な予感がするの……っ!!」
 召喚獣フェニックス、ウェンディゴ、サンダーバードを召喚して、敵コントラクターの妨害をする歌菜。
「友達として、放っておくわけにはいかないもんね!!
 あれから恋歌ちゃんに連絡が取れなかったのは気がかりだけど……でも、恋歌ちゃん自身に何かあったら研究に使っているアニーちゃんにも影響が出るわけだから……恋歌ちゃんのお父さんも恋歌ちゃん本人にはまだ手を出せないはず」
 それを受けて、羽純のショックウェーブが敵陣に隙を作った。
「ならばやはり、急がなくてはならないな。
 向こうが何らかの対応をとってしまう前に、恋歌のパートナーを救出しないと」
 その隙を縫って、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)。そしてブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)が飛び出した。

「歌菜ちゃん、羽純くん。ここは任せます!!」

 刀を構えたリュースは、敵陣に出来た隙を縫って奥へと進む。目的は研究施設の奥にある。敵を倒すことが目的ではないので、戦闘は最低限に済ませたい。
「急ぎましょう、リュー兄様!!」
 シーナは叫びによる魔法攻撃で敵をひるませ、自分達が通るべき道を確保する。
「私達が敵をかく乱できれば、みんながそれだけ動きやすくできるもんね!」
 また、ブルックスもファイアストームなどの魔法を駆使して、リュースのサポートに努めた。


                    ☆


 もちろん、施設に侵入しているのは歌菜やリュース達だけではない。

「おっと、どうやらここで一旦ストップのようだね」
 相田 なぶら(あいだ・なぶら)足を止めた。
 恋歌の依頼を受け、研究施設に空いた穴から堂々と侵入したなぶらとパートナーの相田 美空(あいだ・みく)は、何組かの敵を倒しながらも奥へと進んできた。
 だが、特に情報もなく闇雲に奥を目指した二人は、どうやら行き止まりに突き当たってしまったようだ。
「しかたない、一回引き返して――」
 振り返ったなぶらと美空の二人。
「……なぶらさん!!」
 普段はあまり喋らない美空が警告を発する。
 振り返ると、そこには今までいなかったはずの人物が立っていた。

 メアリー・ノイジー(めありー・のいじー)だ。
 メアリーはニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)のパートナーである。しかし、ある事件をきっかけに裏人格である『グレゴリー』に支配されパートナーの元を飛び出し、パラミタを転々とすることになったのである。
 放浪者が割りのいい裏の仕事に飛びつくのはよくあること。今回も、四葉 幸輝の研究施設の警護を受けたのである。

「……どうやら、ここの警備の人のようだね。……別に戦いたくて来たわけじゃない。できれば通してくれないかな?」
 なぶらは時間を稼ぐためにまずは会話を試みる。一気に攻撃して通ることも考えられるが、いつの間にか後ろに立っていたメアリーに警戒を怠らない。

「……あなた……」
 だが、なぶらとは別な形で美空はその口を開いた。
 驚きに大きく瞳を見開いた美空は、一歩、メアリーのほうへと足を踏み出す。

 グレゴリーに支配されたメアリーは、それを意にも介さずに警告する。
「……ここは私設の研究所です。そこを爆破して乗り込むということは、あなた達が不法侵入の犯罪者であることをまずは自覚すべきでしょうね。
 僕はここを護るために雇われています。さぁ、大人しく犯罪者として捕まるか抵抗して死ぬか選んでください」

「……どっちもゴメンだね」
 なぶらは相手との間合いを計りながら、剣を構える。
 今にも両者の空気が圧縮されようとした時。


「――待って!!」


 美空が叫んだ。
「……美空?」
 なぶらは再び美空を見る。そもそも機晶姫の頭部のみを発見し、別のボディに修理して完成された美空は、以前の記憶をほとんど失っており、感情の起伏もあまりない。
 こんな風に叫び声をあげることは、珍しいことだった。

「何ですか――いまさら命乞いなど……」
 メアリーはどちらかというとなぶらのほうをターゲットとして認識していたのか、美空に注意を払いながらも、じりじりとなぶらと距離を詰めていく。
 しかし、美空は両者の間に入り込むようにしてなぶらの前に立ちはだかった。

「!?」
「……どういう……」

 美空の意図が読めない二人は、戸惑いを隠さずに美空の動向を見守った。
 メアリーを見つめる美空の視線は定まらない。息が荒い。どうなっているのか自分でも分からない。

 ただひとつだけ、美空には確信があった。
 理由などはない。ただ、そう感じるだけ。


「……あなた……私はあなたを知っている……そして……あなたも私を……」


                    ☆


「やぁ。妙なところで会ったねぇ、兄弟」
 八神 誠一(やがみ・せいいち)日比谷 皐月(ひびや・さつき)に話しかけた。
 まるで近所のレンタルビデオ店で会った友人に挨拶するような気軽さで。
「ああ、そうだな。まったく妙なところで会うもんだ」
 皐月もまた、気軽に挨拶を返した。
 まるで仕事帰りのコンビニでばったり出会った友人に語りかけるような口調で。

 誠一は裏の仕事で幸輝の研究施設を警備していて。
 皐月は恋歌の依頼を受けて研究施設に潜入していて。

「ま、あえて言う必要はないけも知れないけどねぇ。こっちはお仕事でここにいるわけ。そっちもある意味、お仕事でしょ?」
 にやりとした笑いを顔に貼り付けたまま、誠一は皐月に語りかける。
「ああ、多くを語る必要はねーよな。オレの前にお前がいて、お前の前にオレがいる」
 特に構えを取るでもない二人だが、その間には確実な緊張感があった。
 二人ともとうに分かっている。
 これから何が起こるのか、なんて。

「……どうせ囮でしょ?」
 と、誠一は今日の天気でも尋ねるかのように訊く。

「まぁな。多くを語る必要もねーだろ。オレの」
 こちらも、ちょっとそこまでとでもいう風情で応えた。

 誠一の言葉通り、皐月の背後をレイナ・ミルトリアと博季・アシュリング達が駆けていく。
 その方向に一瞥をくれた誠一は、しかし興味がないように見送った。
「……じゃ、始めましょうか」
 とだけ、呟いて。
「ああ。シンプルに――一丁やりますか」


 そして二人は、戦い始めた。