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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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第7章


「――あ」
 パーティ会場の響 未来は声を漏らした。彼女の耳に『音』が響いたのである。
「どないした、未来?」
 日下部 社は未来の方を振り向く。
「気をつけて、マスター。これからちょっと……このビル全体が物騒なことになりそうよ」

 その一言が、合図だった。

 突然の轟音。
 メティス・ボルトが地下駐車場で起こした爆発が、ビル全体を揺らす。
 一瞬、地震かと思えるようなゆれが会場を揺らすが、地震でないことはすぐに分かった。

「――何が起こったのですか」
 四葉 幸輝は携帯電話で地下からの報告を受けていた。
 まだ状況はつかみきれていない。パーティ会場の多くは一般客だ、突然の出来事にどよめきが走っていく。

「――駐車場の壁が爆発……始まりましたか」
 携帯電話越しに部下に指示を飛ばした幸輝。その幸輝に、フレデリカ・レヴィが近づいた。
「四葉社長、これは一体どういうことですか」
 だが、この事態においても幸輝の微笑は崩れない。
「どうも地下の駐車場で事故のようです。すでに消化活動を開始しておりますので、ご安心を。
 ――お嬢様は、どうぞそのままで」
「――くっ。一体……どうなってるの……」
 フレデリカは再び歯噛みした。
 恋歌の依頼を受けたコントラクターたちが動き出したのは明白だが、ここに至っても幸輝はボロを出さない。
 仮に自分が向かうことができなくとも、このビルの地下に人間を送り込む口実が欲しい。


「――ならば、儂が向かおう」


「……え?」
 突然の声に、フレデリカは戸惑う。
 佐々木 弥十郎が寿司を握っていたその老人は、口元を拭きながら立ち上がった。
「……あなたは」
 弥十郎の呟きに老人は一言だけ、返した。

「旨かったぜ」

「……何者だ、何を企んでいる」
 ずっと弥十郎と老人の様子を見ていた佐々木 八雲は老人へと詰め寄る。
「儂か? 儂は――」

 老人が顔にかけたサングラスを操作すると、その身にまとったタキシードが上半身と下半身が繋がったぴっちりとしたスーツに変化した。
「――何っ!?」
 驚く八雲を尻目に、老人は変身を遂げる。

 白と銀を基調とした未来スーツ。
 鋭角的なサングラスで目元を隠し、ギラギラと無駄な眩しさを放つスーツの胸元には、竜の顎を思わせる金色のペンダントが光る。
 禿げ上がった頭頂部と引き締まった肉体を誇示しながら、老人は名乗った。


「儂の名は――未来からの使者 フューチャーX(みらいからのししゃ ふゅーちゃーえっくす)!!!」


                    ☆


「皆さん、落ち着いて下さい。現在ビル警備が消火活動に当たっています。
 危険ですから、皆さんは地下に降りないで下さい!!」
 琳 鳳明がステージにかけあがり、マイクを手に叫んだ。
 とりあえず会場スタッフから状況を聞いた鳳明は、会場の一般客にパニックが広がるのを防ごうというのである。

「詳細が分かり次第、ご連絡いたします。この会場内は安全ですので、会場からお出にならないよう、お願い申し上げます」
 多比良 幽那もまた鳳明と同様、マイクを持って一般客の誘導に努めた。
 あえてトーンを落とした幽那の落ち着いた声で、客人の動揺も少しずつ鎮まっていくが、まだまだ会場全体は騒がしい雰囲気に包まれている。

「おいお主、これはどういうことだ。
 どうせ原因はあの要領の得んメールだろ、これだけの人間を巻き込んでおるんだ、ちゃんと説明を――」
 南部 ヒラニィはツァンダ付近の山 カメリアを見つけ詰め寄る。
「ヒラニィか、儂にも分からぬよ。これから何が起こるかなどとはな。
 それに、何か企んでおるのは儂ではない、今回はな」
 そのカメリアの視線を追うと、その先には四葉 恋歌がいる。

 恋歌の視線は定まらず、パーティ会場を左右している。
 自分の依頼の元で何かが起こったのは確実だ。
 だが、この機に乗じて自分も地下に乗り込むべきか、それともこの場で幸輝の動向を探りつつ情報が入るのを待つべきか、判断がつきかねているのだ。

「俺は地下に向かう。アニーさんを救出できたとしても、問題はその後だろう。回復役がいないといけない」
 恋歌の傍を大岡 永谷が離れる。今、恋歌の傍には佐野 ルーシェリアと駆けつけたクロス・クロノスがいる。
「恋歌っ! 大丈夫!?」
 そして、ステージの上からいち早く恋歌を見つけた茅野瀬 衿栖の指示で、茅野瀬 朱里がやって来た。
「大丈夫、何かあっても私達が恋歌を守るですから」
 まだこの会場内で事件が起こったわけではないが、イザという時のためにルーシェリアのドレスの下には剣を2本忍ばせてある。

 しかし、次々に集まってくれた友達に、恋歌は言い放った。


「みなさん、ありがとうございます。
 早く、アニーを助けに地下に向かって下さい。
 言った通りです。私のガードは必要なく、私がどうなろうとも関係ありません。アニーを助けてください」


「ちょっと恋歌、何言ってるの!?」
 朱里は驚きの声を上げた。
 恋歌は前方に、睨むような視線を向けた。
 その先には、四葉 幸輝がいる。
 パーティ会場の離れた場所で、まっすぐに見つめ合う二人。

 その恋歌の横に、クロスは優しく寄り添った。
「しかし恋歌さん。あなたに何かあったら、結局はアニーさんにも影響が及びます。
 まだこの場でも何が起こるか分かりません。ですからどうか……あなたを守ることを許してください」
 だが、それでも恋歌は首を横に振った。
「クロスさん、お願いします。父は……幸輝は私には手出ししません――私に何かあったら研究を続けることが不可能になるからです。
 私が手出しをされない以上、アニーに影響が及ぶことはありませんし……永谷さんが言うように、万が一私に何があってもアニーが悲しむようなことはありません」

「……え?」
 その場の全員が恋歌を見た。
 これほど必死にパートナーを助けようとしているのに、その相手がまったく自分の安否を気遣わないということがありえるだろうか?

「アニーが悲しむようなことはないんです……アニーとは、初めて会って『契約』をした時以来、会ってないんです。
 彼女にとって……私は契約上の存在でしかない。だから……」
 消え入るような恋歌の声に、皆は戸惑いを隠せなかった。


                    ☆


 フレデリカもまた戸惑っていた。
 突然、自分に話しかけてきた謎の老人。その老人が突然変身し、『フューチャーX』という謎の名乗りを挙げたのだから、その戸惑いは当然とも言える。
 だが、幸輝と会話をしていたフレデリカに、この局面であえて話しかけてくるということは、この老人にも何らかの思惑があることは確かだった。
 幸輝がフレデリカやフューチャーXの様子を気にしながらも恋歌の方を見ていることは、フレデリカにも分かっていた。仮に恋歌自身が何らかの行動を起こすならば、幸輝の注意をこちらに引きつけておくのも悪くはない。

「……何者ですか、フューチャーX」
 あえてお嬢様らしく、堂々と尋ねる。
 家の代表としてパーティに招待されているフレデリカ、公人としての心得くらいはあるつもりだ。

「儂が何者かなどはどうでもいい。まぁ、見てのとおりコントラクターの一人さ」
 とぼけたようなフューチャーXの台詞を合図に、またビルが揺れた。

「何だ、消火中じゃなかったのか!!」
 一般客の中に、再び動揺が広がっていく。

「お客様、ただいま原因を調査中です。あまり勝手に行動されては困ります」
 幸輝は恋歌の動きに注目しながらも、フューチャーXを牽制する。
 だが、フューチャーXはあえてそれを無視して、フレデリカと会話を続けた。

「どうだいお嬢様、儂を雇っては」
「どういう……意味です?」
 フューチャーXの意図をうっすらと理解しかかっているフレデリカは、あえてもう一度フューチャーXに問うた。
「そのままの意味さ。今このビルの地下で、爆発騒ぎが起こっている。
 今日このパーティには、あんたの友人もたくさんバイトに来ているだろう。
 儂なら『駐車場で起こっている爆発』の原因を特定して、『騒ぎに巻き込まれている友人』を助けることができる……どうだ?」

「フレデリカお嬢様、まさかこのような得体の知れない者のたわごとを真に受けるつもりではないでしょう。
 地下の火事は我が社の者が消しております。どうか問題を起こさずに、大人しくしておいてください」

「……」
 フレデリカは幸輝の変化を見逃さなかった。
 先ほどまで感じられた幸輝の余裕が、フューチャーXの前では失われている。
 今夜、恋歌が何らかの行動を起こすことは幸輝にも予想がついていたのだろう、そして、それに協力するコントラクターたちが集まるということも。
 おそらくその対策は充分に取ったのであろう幸輝。しかし、ここにきて予想外――まったく想定外の相手が現れたとしたらどうだろうか。

 それがフューチャーXなのではないかと、フレデリカは予想した。ならば、これを使わない手はない。

「ええ、そのまさかです」
「……お嬢様」
 平静を装いながら、しかし幸輝は語気を荒げた。
 フレデリカは、構わず続ける。
「フューチャーX、このフレデリカ・レヴィはあなたを雇います。
 今このビルで起こっている事の詳細を探り……私達の大切な『友人』を助けてください」

「……よかろう!!」
 その一言を残して、フューチャーXは素早く姿を消した。
「……お戯れがすぎますよ、お嬢様」
 幸輝はフレデリカに苦言を呈するが、攻勢に出れば出るほど幸輝自身の不利を証明していることになる。
 辛うじて微笑を保つ幸輝に、フレデリカは冷静に返した。

「いいえ、戯れなどではございません。それに、大勢のお客を招いた上で、一般人を巻き込んでこの騒ぎ……。
 ハッピークローバー社の責任が問われるのではないですか?」
「……そうですね。では、私も部下の指揮を執って事態の収拾に努めるとしましょう」
 踵を返して、パーティ会場を横切る幸輝。
 フレデリカやフューチャーXとのやり取りに気をとられすぎた。恋歌の様子をちらりと見る。

 すると、そこには。

「ぬ〜り〜か〜べ〜」
 ぬりかべ お父さんがいた。
「……」
 さっきまで恋歌がいた辺りには、お父さんが立ちはだかり様子を伺うことはできない。
 しかし幸輝には分かっていた。恋歌や仲間がこのチャンスを逃すはずがない。
 その向こう側には、恋歌はすでにいないであろうということを。


                    ☆


「……どうなってやがる」
 七刀 切は呟いた。
 切が監視カメラの裏を突き、警備システムに加えた『小細工』とは、簡単なボヤのようなものを起こして、警備システムを混乱させることであった。
 これによって警備にあたる機晶ロボの一部を無力化したり、侵入者が研究施設の奥へと進みやすいようにしたりするハズだったのだ。

 切は最初から恋歌の味方をするつもりで研究施設に潜り込み、事前に工作をしておいたのである。

 いや、確かにその小細工は功を奏している。
 切の仕掛けは確かに発動し、機晶ロボやトラップなどの多数を無効化している。
 駐車場の壁を破壊し、施設に乗り込んだメンバーが妨害らしい妨害を受けていないのも、切の小細工があったからだ。

「ワイはこんな爆弾、仕掛けてねぇぞ!!」
 問題は、駐車場の壁を爆弾で破壊するような強攻策は予想していなかったことと、その後も断続的に続いている爆発だ。


「ただ侵入するだけなら、こんなに爆発を起こす必要はないハズ……誰が何を企んでやがるんだぁ?」