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第9章 眠っていたい

「康之さん、このペンネとっても美味しいです。ちょっと甘いこのクリームソース、何が入ってるんでしょう?」
 レストランのオープンテラスで、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は軽く首を傾げて考える。
「こっちのピザも美味いぞ。食べてみるか?」
「あっ、はい! 康之さんもペンネどうぞ」
 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が頼んだマルゲリータを一切れ、アレナは受け取って。
 アレナは自分が頼んだゴルゴンゾーラのクリームソースペンネを、康之の皿に入れて。
 自分の料理と相手の料理を食べて、美味しいと微笑み合う。
「天気のいい日は、やっぱりこういう場所で美味いものを食べるに限るな!」
 康之の言葉にアレナは強く頷く。
「はい。美味しい料理と、お日様の光が、元気をくれます」
「だな!」
 アレナの笑顔を見て、康之も嬉しそうに笑う。
「そういえばさ、百合園に入ろうとしてたパラ実の皆、どのくらい若葉分校に入ったんだ?」
「若葉分校に顔を出してくれるようになった人、沢山いるみたいです……っ。賑やかになりすぎて大変みたいです」
「そっかぁ。学校卒業してからしばらく経つけど、やっぱり学校は楽しい所だったって改めて思うぜ」
 康之は学生の頃のことを思い出す。
 登下校のこと、休み時間、行事のこと……懐かしい友たちの姿が思い浮かんだ。
「康之さん、お友達多いですし、パラ実の人達みたいに、皆でわいわい楽しむのとっても合ってそうですよね」
「うん。若葉分校――俺も入れるもんなら入ってみたいなぁ。あいつらにも言ったけど、今まで何回か行っててすげぇ楽しかったし、アレナとも楽しい思い出もっと増やせるしな!」
「康之さんも若葉分校生になってくれるんですか? そしたら、嬉しいです」
 康之とアレナは嬉しそうに微笑み合った。
「ふふ、そうすればいつか来る将来も……」
 将来、と口にした途端。
 康之の脳裏に、ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)の姿が思い浮かんだ。
 若葉分校に講師として通っている男であり、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)のパートナーでもある、アレナに近しい吸血鬼の男性だ。
「アレナは将来的にはその、やっぱりゼスタと一緒に生きるのかな?」
「え?」
「ほら、同じ優子さんのパートナー同士として……」
「えっと……」
 康之の問いに、フォークを止めてアレナは少し考えて。
 瞳をちょっと揺らして迷いながら、口を開いていく。
「私は、優子さんと一緒、です。もし、優子さんと離ればなれになったら……優子さんが戻ってくるまで、眠っていたいな……とも、思うようになりました。
 ゼスタさんも、優子さんのこと好き、で、私の気持ち、分かってくれる人なので……。ゼスタさんに護ってもらいながら、眠れたら、いいのかも……と思っています」
「眠る? ……どうやって眠るんだ?」
「封印の先生に、長く眠っていられる方法を教われば、多分……。ただ、眠るのはやっぱり怖い、とも思うので、まだちょっとちゃんと決心はできてないんです。康之さん、とかが……一緒にいてくれる間は、眠るより動いていたい、かもしれません」
「そ、そっか! アレナが選んだことなら何も言わないさ!」
 康之がそう言うと、アレナは不安そうながらも微笑みを見せた。
「ともあれ、そういう事なら、俺も出来る限り長生きして、アレナをもっと笑顔にしなきゃな!」
「……」
「大丈夫、俺身体の頑丈さには自信あるから!」
「でも、人はとっても脆いですよ……」
「たとえ『お別れ』になたとしても、俺は生まれ変わってでもアレナに会いにいく。
 パラミタと地球が表裏一体って話だから、生まれ変わるのなら地球側だ。
 その時は、契約してパラミタに行ってアレナを探す!
 生まれ変わっただろう優子さんも一緒に連れてな!」
 康之の言葉を、アレナは目を瞬かせながら聞いている。
「地球人じゃ記憶なくなっちまうっていうなら、英霊にだってなってやる。
 アレナのためだけの、英霊に!」
 強い目で微笑みかけると、対照的にアレナは切なげな、哀しげな目を見せた
「無理、だと思うのに。……信じたいです」
「無理じゃない。アレナの笑顔を守る。幸せにする。俺にとって今まで言ってきた言葉や、約束を果たすってことはそういうことだから!」
 アレナは切なげにじっと康之を見つめる……。
「昔は、パラミタの方がつよくて、パラミタの人が、地球人沢山と契約できたんです。ずっとずっと未来に、そんな風に優子さんと康之さんが地球人としてパラミタに戻ってきたら……私は2人のパートナーになれるかも……ですね。
 可能性のない未来だけれど……夢見てみたく、なります」
 アレナはまた寂しそうに微笑む。涙を浮かべて。
 ゼスタ・レイランの嘘が含まれる練り上げられた巧みな言葉は、実現可能な未来の姿として、アレナの心に深く染み込んだ。
 大谷地康之の偽りのない彼の言葉は、心では信じたいのに、頭では無理だと理解していて。
「でも、だから……何も考えないで、待っていたい、です」
 何百年、何千年、何万年後にそんな未来が実現すると信じて。
 眠りにつきたいと、アレナは思い始めていた。
「うおっと! せっかくの料理が冷めちまう。さ、食べようぜ」
「はい」
 止めていた手を動かして、2人は美味しい料理を食べ始める。
 料理と、こうして一緒にいられる時間を大切に、噛みしめていく。