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第10章 甘い物を食べた後

「わっ、すげぇな」
 フルーツパーラーのフロアに足を踏み入れた途端、ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)は驚きの声を漏らした。
「このフロアって男の人は女の子と一緒じゃないと来れないんだってー」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)が得意げに言うと、ゼスタはリンの手を引っ張ってぐっと引き寄せた。
「それじゃ、1人だと思われねぇように、くっついてないとな」
「そうだね」
 2人は席まで手を繋いで歩いた。
 このフルーツパーラーでは、デザートビュッフェが行われていて。
 果実を使った色とりどりのデザートが、鮮やかにずらりと並んでいた。
「さて、取りに行こう!」
 上衣を椅子にかけて、貴重品以外の荷物を置いて。
「まずはケーキだな」
「うんっ」
 2人は子供の様な笑みを浮かべながら、ビュッフェ台へと急ぐ。
 台の上には、ケーキや、プリンや、フルーツなど、沢山のデザートが所狭しと並べられている。
「お昼ごはんデザートだけってみゆうはきっとダメって言うから内緒ね!」
 リンは指をしーっと言いながら、立てた指を唇に当てる。
「神楽崎にも内緒な!」
「んー? 総長さんもぜすたんがお昼デザートだけだと、ダメって言うの?」
「いや、話しても『だから?』と真顔で返されるだけだから! ダメともいわねーし、心配もしてくれねーの。リンちゃんはパートナーに愛されてて羨ましいぜ〜」
 笑いながらゼスタはリンの頭をぽんっと叩いた。
 それから、さっと皿を取ると、まずはオレンジケーキを乗せて、リンゴのムースを乗せて、ティラミスを乗せて。ミルフィーユに、チョコスフレと、溢れるほどに乗せていく。
「ぜすたん、早速すごい! ええっと、あたしは……」
 季節のフルーツや色とりどりのケーキにジェラート。
 どれもこれも美味しそうで、でも全部は食べられないから。
 リンは迷いに迷ってしまう。
「あ、ミニパフェ出来るみたい?」
 シャンパングラスサイズのミニパフェの、最後の仕上げをパティシエが行っているところだった。
「さくらんぼの方、もらおっと」
「俺は、メロンの方!」
 出来上がったさくらんぼのミニパフェをリンはゲットして。
 ゼスタはメロンのミニパフェを受け取ると、一旦席へと戻っていった。
「ええっと、ぜすたんとは違うのにしよー」
 リンはゼスタが皿に乗せなかったものを中心に、自分の皿に入れて席へと戻る。
 とにかくこのお店は、フルーツがとても美味しそうだった。
 色も鮮やかでつやがあり、食べるのがもったいない程に綺麗だ。
「こんなのもあったよー」
 席に戻ったリンは、トマトのゼリーと、人参、ほうれん草を使ったケーキをゼスタに見せる。
「これで野菜も摂れるね」
 きりっとした顔で言うと、ゼスタはくくくっと笑う。
「パスタとかオムレツとかもあるじゃん。お昼もちゃんと取れると思うぜ?」
「そしたらデザートあまり食べられなくなるから」
 だから今日は甘い物だけでいいの! と、リンはデザートを食べ始めた。
「うん、おお、おおー。これ甘いよ。トマトジュースとは全然違う味ー。ぜすたんもどうぞ」
 リンはトマトのゼリーをすくって、ゼスタの皿に乗せた。
「ん、確かに。甘くて美味いな。野菜やフルーツの甘みかな」
「うん、そうだね。ぜすたんのお勧めは?」
「お勧めはもちろん……ちょっとまってて」
 言うと、ゼスタは席を立ち、ビュッフェ台に向かって行って。
 皿の上に色々と乗せて戻っていった。
「お勧めは、これ」
 リンの前に置いたのは、沢山のフルーツ。
「フルーツの盛り合わせ、ゼスタ・レイランヴァージョン」
 ただ色々盛っただけであったが、それでも美味しそうに綺麗に仕上がっていた。
「おー! メロンもらいっ。イチゴも!」
 リンはさっそく、メロンとイチゴを自分の皿に乗せた。
 ゼスタは最初の皿に乗せてきたケーキと交互に、フルーツを食べていく。
「ぜすたん、甘い物なんでも好きそうだよねー」
 観察していたが、ケーキも和菓子もフルーツも、ゼスタは美味しそうに食べている。
「甘くてもキライなものもある?」
「特には……あ、人工甘味料はあんまり好きじゃないな」
「あー、苦手な人いるよね。甘いって感じない人もいるとか」
「カロリーが高くても、普通の砂糖の方が絶対いい」
「うんうん。あとは、自然の甘さとかね」
 言いながら、リンはサクランボをぱくっと口の中に入れた。
 ゼスタも真似をして、サクランボを1つ取ると、自分の口の中に入れた。
 酸っぱさはほとんど感じない、とっても甘いさくらんぼだった。
「一緒に食事をするのって、 食べ物に限らず好きなものや嫌いなものがちょっとずつ知れて意外な発見もあったりして、 何より美味しいものがより美味しく感じられる気がするね」
 リンはふふっと笑み浮かべる。
「同じ時間とか見える景色とか香りとか色々なものを分けあう感じ」
「うん、美味しいものは、美味しそうな娘……じゃなくて、可愛い娘と一緒に食べると、より美味く感じられる」
「美味しそうな娘って……ぜすたん、スイーツ食べながらも、別の食事のこと考えてるのかなー?」
「勿論。デザートの後にメインディッシュでもぜんぜんいけるぜ」
「今日は、何も受け付けなくなるくらい、食べるといいよ」
 笑いながらリンはゼスタの皿に、フルーツをどさどさ乗せていく。

 時間ぎりぎりまで、スイーツやフルーツを食べて。
 お腹も気持ちも満腹な状態で2人はお店を後にした。
 帰りもリンがゼスタの手をぎゅっと握ると、少し驚いた顔をした後、ゼスタもリンの手を握り返してきて。
 手を繋いで、歩き出した。
 他愛無い話をしながら歩き、駅が見えてきたところで。
「一緒してくれてありがとう」
 と、リンはゼスタにハグをした。
「ん、ありがと」
 ゼスタは軽く抱きしめ返して、リンの背をぽんぽんと叩いた。
「またね」
 リンが手を振ると。
「またな」
 と、ゼスタは笑顔を向けてくる。
 でもなんだか。
 なんだかちょっといつもと違う気がして。
「ぜすたん、もしかしてちょっと元気ない? もう少し一緒にいよっか」
 リンがそう言うと。
「いや、元気だよ? 凄く美味い物食べて、幸せだし」
「うん、今度は総長さんと水仙のあの子をエスコートして来たらいいよ」
 ふふっと笑いながらリンが言うと、ゼスタは苦笑のような笑みを見せた。
(んん? もしかして総長さんたちと何かあった?)
「女の子が一緒じゃないと入れないからって頼めば、アレナに限らず、誘えそうだ」
「ええっと……食べ過ぎには注意してね?」
「了解。それじゃ、またな」
 ゼスタは軽く手を上げると、街中へと歩いて行った。
 彼の背中はやっぱり少しさみしげに見えて。
 追いかけようかどうしようか、リンは迷うのだった。