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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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帝国の新帝 蝕む者と救う者

リアクション




猛攻 



「おーっほっほっほ! キャンティちゃんのラブリー・ショットをお見舞いしちゃいますわ〜! くらいやがれ〜ですぅ」

 選帝の間、最前線よりやや後方。
 迫り寄るアールキングの根に、勇ましく二丁拳銃をぶっぱなすキャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)と、珍しく対物ライフルを手に応戦する聖との防御網の中で、ディミトリアスが難しい顔で魔法陣を眺めていた。赤く淡い魔力の光が灯るそれは、複雑な紋様を描いて選帝の間を囲んでいる。巨大ではあるが、魔法陣という性質上一箇所を崩せば事足りる、と聖のつれてきたポムクルさんと共に、紋様のパターンを読み取ろうとしているようだ。
「なんとかなりそうですか?」
「なんとかする」
 聖の問いにそう応えながら、ディミトリアスは触媒に使われた武器と、それを突き立てるための礎となった死体にぎりっと唇を噛んだ。クローディスが刻まれた文字や象形を約したところによると、魔法陣はずっと洗練され、近代化している。が、生成者が同じである以上、性質そのものは一万年経とうとも同じものだ。
「あの日……祠で殺された神官たちと同じだ……武器は礎。そこへ魂を固定することで、陣を形成している」
 ディミトリアスが無意識に手のひらを握り締めている様子に、煉とニキータが眉を寄せる。それに軽く苦笑しながら視線を魔法陣に戻し、武器の傍に新たに紋様を刻み付けると、その中心に突き立てるようにして錫杖を据え、幾つかの呪文を口にすると、じわじわと灯っていた光の色に変化が現れた。はた見には何をしているのかはわかりにくいが、魔法陣を崩す手段は、問題なく見つかったようだ。
「何をしてらっしゃるんです?」
 聖の問いに、視線は魔法陣へと向けたままでディミトリアスは少し考えるようにしてから口を開いた。
「……完成している円を崩すのは至難だ。だから、……に対して重円を強いて重複し、……を変象させて決壊させる」
「つまり」
 所々に古代語が混じったために微妙な顔をした面々に、クローディスが苦笑しながら口を挟んだ。
「ざっくり言えば、魔法陣の核であるこの武器を更に核にして、もう一つ魔法陣を敷くんだ。そうして、陣を重ねることで、構成式そのものを変えてしまう、ということだな」
 大雑把な要約だが、そんなものだ、と複雑そうに呟き、ディミトリアスは呪文を重ねていく。
「……時間はかかりますか?」
「相応に」
 短い返答に、聖はライフルを構え直した。
「承知いたしました」
 重い銃声と共に一発。そして、続けざまキャンティの拳銃が火を噴いた。魔法陣への干渉を悟ってか、アールキングの根がディミトリアスを狙って襲い掛かってきたのだ。無理に前へは出ず、ひたすら迎撃で接近を阻みながら、聖は目を細めた。
「それまで、こちらはお任せください」
 そんな聖たちのサポートをしながら、ニキータは懸念を口にした。
「やりかたが同じ……ってことは、ヴァジラもアニューリスやアルケリウスと「同じ」可能性があるんじゃないの?」
 協力関係にある刀真から、超獣事件の際に、巫女アニューリスに埋められていた珠のようなものが、触媒となっている可能性を聞かされていたニキータの言葉に、ディミトリアスは頷く。前者ならば、珠を取り除けばアールキングと荒野の王との同化を解き、ユグドラシルの侵食を止められる。だが、後者である場合は触媒はそのまま荒野の王そのものであるとも言える。
「……それって、最悪の場合……」
 歯切れ悪く言いかけたニキータの言葉を、タマーラが首を振って止めた。
「……そんなことには、ならない」
「鍵は、あれだ」
 タマーラの言葉に頷いて、クローディスはセルウスの腕輪を指差した。正確には、ドミトリエが作った、超獣やアルケリウスの欠片の嵌め込まれた腕輪だ。セルウスが仲間達とその力を上手く使うことが出来れば、あるいは、と説明して、にっとクローディスは不敵に笑った。
「”前例”があるからな、可能性はゼロじゃないはずだ」
 前例、という言葉と共に指をさされて、ディミトリアスは苦笑した。
「とにかく、魔法陣が崩れれば、エネルギーの供給は止まる。あの少年を救いたいのなら、チャンスはその時だ」
 だが当然、アールキングが容易くそれを許しはしないだろう。何よりも、荒野の王自身がそれを望んではいない、とディミトリアスは複雑な顔で眉を寄せた。
「……全ての破壊を望む絶望は、結局、自分自身への破壊願望の裏返しだ」
 まずはそれを打ち消すことができるかどうか。
 そう言って、ディミトリアスは破壊衝動の権化のごとく暴れる巨人へと目をやった。


 その視線の先では、いまだブリアレオスとの激闘が続いていた。
 激突する衝撃波の合間に、小さく飛び回る影は詩織だ。柱の影、視界の外、ブリアレオスの探知できる範囲の外を巧みに飛び回り、死角から急接近すると高揚する精神をそのまま波動に変えて、ブリアレオスへと叩き込んだ。単身でイコンを相手に出来ようかと言う、重たい一撃が何度もその巨体に浴びせられていく。が、もちろんされっぱなしで居るはずもなく、ブリアレオスはその手を振り回して接近を妨害した。巨体に似合わぬ速度で振り回される拳は重く、風圧で詩穂と裁の飛行も乱れる。
 そこへ飛び込むのは、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)だ。柱を足場に跳躍すると、ブリアレオスの遥か上空を取って、そのまま一気に急降下すると共に、その威力を全て載せた蹴撃を、その頭部へとお見舞いした。
「どがいじゃ、目え覚えるじゃろ」
 ビリビリと衝撃の走る中、青白磁が口元を引き上げ、再びブリアレオス自身を足場に跳躍して距離を取ると、すれ違うように詩穂が飛び込んで追撃する。そして彼女等が離れたところで、ペガサスが戦場をかき回した。

 それぞれの攻撃が、殆ど絶え間なくスイッチし、激しい轟音と共にめまぐるしいその戦況も、ついに終わる時がやって来た。
「……そろそろ、だな」
 呟いた竜造が、何度目かの接近を試みたその時だ。近付けさせまいとしたのか、それとも踏み潰そうとしたのか、振り上げ、振り下ろした片足が地面を抉り、バランスを崩した竜造めがけ、その拳が振り下ろされた。とっさに斬撃を放って激突させ、直撃だけは防いだが衝撃波が体を叩きつけるように襲い掛かってくる。が、それは同時にブリアレオス自身にも降りかかった。関節へ蓄積していたダメージが、それによって限界を迎えたのだ。拳が地面へ激突した瞬間、ブリアレオスの右腕が嫌な音を立てて奇妙に曲がり、負担を受けた片足がずしんと地面へ膝を突いた。
「……っ! 今ですわ」
 セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が叫んで、身を隠していた柱から飛び込んだ。詩穂たちが攻撃している間、ただ待っていたわけでは無い。行動を観測し、その時が来るのをじっと待ちながら力を溜めていたのだ。出現した光の分身と共に飛び込んだセルフィーナの一撃が、傾いだ左腕の関節を深々と抉った。
 ブリアレオスの体が限界を迎えようとしているのを悟り、裁はペガサスを旋回させ、美羽はコハクと視線を交わして駆け出す。動こうともがくブリアレオスだったが、機動力を失い、伸ばす手は動かず、届かない。
「これが最後だ……!」
 一声と共に、残る全ての力を注いで、裁はペガサスと共にブリアレオスに特攻した。我が身を省みない弾丸のような一撃が、轟音と共に激突する。装甲は頑丈でも、万能なわけではない。喰らい続けた衝撃波によって脆くなっていた装甲はそれで砕けて、傷口のようになった亀裂から、内部が垣間見えた。そこへ。
「―――いけぇぇええッ!」
 巨大化カプセルによって巨大化した美羽は、全ての力をその一刀に込めて、傷口へ向けて振り下ろした。衝撃が手に走り、ただでは許さないとばかりに、ブリアレオスがままなら無い腕を振りかざして美羽を押し戻そうと力を込めた。お互いの力が押し合い、弾ける。だが、それが巨人の限界だった。
「――――……ッ!」
 ブリアレオスの咆哮が響き、ついにその巨体が轟音を立てて、沈んだのだった。

「ち……っ」
 自身の最大の手駒を失ったのに舌打ちした荒野の王は、唐突にびくりと肩を揺らし、確かめるように手の平を見、何かに気付いて視線を走らせ、ギリ、と奥歯を噛み締めた。
「貴様ら……ッ」
 その先では、アールキング召喚のための魔法陣が、その一角が崩されて消滅していくところだった。




「何だ……?」

 同じ頃、直轄地側防衛ラインでは、いまだ抵抗を続けるアールキングからの、突然の唸り声のような音と振動に、又吉は上空を見上げた。魔力の衝突でいまだ黒く淀んだ空を、残ったアールキングの幹と、そこから再び生えた枝葉が不気味に蠢いている。
『どうやら、決着の時が近付いてるようなのだぜ』
 エカテリーナが呟くと同時。「状況に変化あり」との一報が駆け巡った。選帝の間の月夜から、魔法陣が破壊されたとの通信が入ったのだ。
「アールキングとの接続は切れました。これで、無尽蔵な回復はありません」
 白竜の通信に、皆の表情も明るく変わる。それぞれ操縦桿を掴み直して、最後の足掻きを見せるアールキングを見据えた。
「後一押し、出し惜しみナシの全力でいくぞ……!」
 甚五郎の一斉に、応える皆の声は力強かった。


 そして同時刻、ユグドラシル内部の通路でも、皆その変化に気付いていた。
「……攻撃がなくなりましたね」
 霜月が呟くのに、キリアナが頷いた。
「ウチらに構う余裕が、無くなったんやと思います」
 セルウスが選帝の間に辿り着いたあたりから、囮となった者達への攻撃はやや緩んでいたのだが、ここに来てそれが完全に停止したのだ。
「状況を……確認しに行かな……」
 キリアナが動こうとするのを「まあ待て」とレンが止めた。その視線の先では、終夏やミアが怪我人の治療を行っているところだった。幸い、大きな怪我をした者はなかったが、アールキングが盛大に暴れたのだ。無傷で済んだ者の方が少ない。
「まずは、その回復が先だ」
 その言葉に足は止めたものの、気がかりな様子のキリアナに「心配は要らないと思いますよ」と霜月は視線を通路の先へと向けて表情を緩めた。
「大丈夫ですわ、セルウス……陛下なら」
 ノートが胸を張る様子で言うのに軽く笑いながら、キリアナは目を伏せると、小さく頷いたのだった。