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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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対峙 2





 スタートの合図は、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の一撃だった。
 ブリアレオスの視界を奪うように、頭を狙ったラスターハンドガンの一撃がはじけるのと同時、振り下ろされる巨大な拳の一撃を避けながら、刀真たちはブリアレオスの足元を駆け抜け、月夜の剣の結界に守られながらアールキングの根まで接近した。間近で見た荒野の王は、既に根の一部として殆どの体が埋まっており、見えている上体も黒い根が侵食しているようで、指先まで痣のように這いずる根のが窺える。その光景に眉を寄せながら、刀真は苦く口を開いた。
「紛い物……か。お前が自分で自分の事をそう言うんだ、誰が何と言おうとお前は紛い物だろうよ」
 その言葉に眉を寄せる荒野の王に、刀真はなおも続ける。
「足掻いて足掻いて足掻き続けて、結局、何にもなれないまま終わるんだな……」
「思い込むのは勝手だが、終わるのは余ではない……貴様らだ」
 刀真の言葉に鼻を鳴らして、荒野の王は嘲笑するように口の端を歪めた。
「貴様らの足掻きは此処までだ……どうせいずれ滅びるものを、余が引導を与えてやろうというのだ。感謝すると良い」
 言葉の中にほんの僅か混じった何かを感じて、一瞬、苦くその目を細めた刀真は、傍らの月夜へと目をやった。
「顕現せよ……!」
 無言で頷いた月夜から引き抜いた漆黒の刀身を掴み、刀真はその切っ先を荒野の王へと真っ直ぐに突きつけた。
「始めようか荒野の王…俺が今のテメエを否定してやるよ!」
 一声と共に間合いを詰め、一刀を振り下ろした、が。
「……!?」
 その一撃は、アールキング到着する前に、違う力によって阻まれた。
 刀真の剣と、荒野の王の間に割り込むように張られたフィールドは東 朱鷺(あずま・とき)の力によるものだ。それは一撃のうちに消えたものの、警戒して下がった刀真と反対に、朱鷺は荒野の王へと歩を寄せた。
「荒野の王……いえ、敢えて名前を呼ばせていただきますよ? ヴァジラ」
 敵対する意思なく近寄る気配に、不審げにする荒野の王に、朱鷺は続けた。
「世界を相手にするキミの姿勢は甚く気に入りました。朱鷺は足掻く人は、嫌いじゃないですよ」
 生き難きを生き、耐え難きを耐え、どこまで求めても、真理は深く遠い彼方。どこまで進んでも、永劫にたどり着けぬかも知れぬ場所を求めるその生き方は、自身の探究心と似ていますね、と続けて朱鷺は笑んだ。
「それに、キミのもつ知識も気になります。ですので、ヴァジラさん。キミの知る真相と引き換えに、朱鷺が手を貸しましょう」
「……寧ろそちらが本題ではないのか?」
 皮肉に言った荒野の王だが、拒む気配は無いようだ。
「報酬は後払いでかまいませんよ。まずは、こちらの誠意を見せるのが先でしょうから」
 損得勘定であれば信用しよう、とでも言うかのような態度に、朱鷺は目を細めつつも、セルウス、そして契約者達へと向き直った。
「葦原の八卦術師、推して参ります」



 そうして、両者がぶつかり合う中、同じくセルウス達と共に接近してきていた神崎 優(かんざき・ゆう)が、神崎 零(かんざき・れい)と共に、神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)の二人から、激突の余波から守られながら、荒野の王へ更に一歩近付いて、その口を開いた。
「荒野の王、貴方はアールキングの核となる為に今まで皇帝を目指していたのか?」
 攻撃をしてこない様子を不審がってか、視線を向けてきた荒野の王に、優は続ける。
「このままアールキングの駒として、良いように使い捨てにされる事に、貴方は納得しているのか?」
「勘違いするな。手順が狂っただけだ……余は、駒でも使い捨てでもない」
 荒野の王が歪んだ笑みを浮かべて、魔力の篭った手をぐっと握り締めた。
「本来であれば、余の物となったユグドラシルをアールキングに与えてやるつもりだったが……褒めてやろう。貴様らの足掻きで、余も奥の手を使うほかなくなった」
 目を細めたその視線が、射るようにセルウスに向く。
「よもや、貴様が余を押しのけて皇帝になろうとはな……」
 くく、と笑う声は低く、どこか乾いた響きがある。
「いや、最初から決まっていたのだろうな。貴様が皇帝となることは……だからこそ、踏み潰し甲斐があるというものだ」
「……どういうことだよ」
 セルウスが眉を寄せるのに、荒野の王は「運命と言うやつだ」と吐き捨てるように言った。
「貴様は、皇帝となるために、その力を持って生まれた。必要なものと出会い、繋がる、運命の上に。そして余は、破壊のために作られ、滅ぼすための力として生まれた……筈だった」
 だった、と言う言葉に、荒野の王が自らを”失敗作だ”と称していたのを思い出して、何人かが眉を寄せる中、荒野の王は口元を歪ませ、ことさら自嘲するように続ける。 
「そうとも……余は、世界を砕くために生まれた力だ。そして、生まれたことさえ意味のなくなった、ただの残骸に過ぎん……残骸が、力にあかせて足掻いたところで、所詮は紛い物の皇帝候補……というわけだ」
 自嘲を深めたその目は、セルウスを睨み、けれどもっと別の何かへ向けた憎悪を湛えて哂う。
「世界が余を拒絶するのなら、余もそうするまでだ……世界を拒絶し、余は余の”新しい世界”を手にする」
 そんな荒野の王に、一度下がった刀真は、苦い顔を隠しもせずに思わずと言った様子で「そんなもの、ただの逃避だろうに」と口を開いた。
「世界の全てがお前を紛い物と言おうが、お前自身が否定さえすれば、お前はお前のままで居られたのに」
 憐れむような声に、僅かに深いそうな顔をしたものの、それは直ぐに消え、荒野の王は肩を竦めて見せた。

「可笑しなことを言う……余は、余だ。何も変わらん。破壊のために生まれ、その通りに破壊を尽くすのみ」





「違う……」
 そんな荒野の王の言葉に、ディミトリアス達と共に、魔法陣の近くで様子を窺っていたイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が、ぽつりと声を漏らした。
「……荒野の王は、ヴァジラさんは……破壊しかないような、人じゃありませんの」
 ラヴェルデ邸で見せた、いくつかの表情を思い出して悲しげに眉を寄せるイコナに、むき出しになった根から荒野の王の意識を探ろうとしていたティー・ティー(てぃー・てぃー)も頷いた。
「多分……これは、孤独……だと思います」
 アールキングとユグドラシルが混ざり合っているせいで、荒野の王自身の意思は遠すぎてよく判らないが、その表層にある憎悪以外の感情が、僅かに感じ取れたのだ。
「皇帝になろうとしたのだって……アールキングの目的だけじゃなくてきっと……認められたかっただけだと思います」
 失敗作として否定された自身が、皇帝となることで、存在の意義を、自身が肯定されることを確かめようとしたのではないか。だからこそ、皇帝候補として運命に選ばれたセルウスを、正面から向かえ撃つような真似をしたのではないか、と。
 その意見に「だよねえ」と、選帝の間に赴いた時の、荒野の王の態度を思い出して、アキラも頷く。
「まったく……アールキングと契約してたらユグドラシルと契約なんかできるわけないってのにね」
 怒ったように言いながら、こちらを見ようともせず、アールキングの一部品のように手足を動かして牙をむく荒野の王をじっと見つめ、アキラはアリスの頭をちょっと撫でた。
「ちゃーんと、わからせてやらないとね。一人じゃねーって、ことをさ」
 その言葉に、ティー達もこくんっと強く頷いたのだった。