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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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帝国の新帝 蝕む者と救う者

リアクション




 決着 




「……っぐ、うぅ……っ」


 同じ頃、選帝の間では劇的な変化が起こっていた。
 魔法陣が崩されたことによって、エネルギーの供給を失ったアールキングが、荒野の王を完全に取り込み始めたのだ。無尽蔵に力を振るえなくなったことで、目標を一つに絞ったのだろう。つまり、現時点で最もユグドラシルの中枢近くに居る荒野の王を起点に、一気にユグドラシルを侵食しようとしているのだ。よほど強引に取り込みを進めようとしているようで、荒野の王の顔が苦痛に歪み、胸元を押さえた。
「……、あれ……!」
 瞬間、その手から溢れるような一際邪悪な光に、月夜が声を上げた。それ自体は見えないが、間違いない。
「あそこが核か……」
 煉が呟き、思わず横目でディミトリアスを窺った。消しきれない憎悪が揺れる目に、かつて相対した、同じ色の、もっと深い憎悪を灯した目を思い出す。
「……俺がやる」
 ディミトリアスの、そしてアルケリウスの意思を汲むように言って、煉はぐっと剣の柄を握り直した。
 この時が来るのを待って、力を溜めていたのだろう。大振りに構えを取った煉に、待った、とアキラが声をかけた。
「あれを壊す気?」
 そんなことをすれば、と言いかけた声の上から、荒野の王の哂う声が被った。
「……そう、これを破壊すれば、アールキングは止められる」
 驚いたように振り返った一同は、ミシミシと音を立てて床を食い破り、少しずつ荒野の王の体を飲み込んでいくアールキングが、既に見境を失っているのに気付いた。本体と切り離されたことで、目的以外の行動に対する制御を失いつつあるのだ。暴れる力の中心、自らの心臓辺りをぐっと押さえて、荒野の王は笑う。
「これは最早、余と言う餌を喰って、ユグドラシルを食い破るまで暴れるだけの存在だ」
 くく、と低く喉を笑わせる荒野の王は、自分に似合いだろう、と自嘲的に口元を歪めた。
「……殺せ。諸共、討ち取るがいい。そしてユグドラシルの救世主とやらになるがいい……やれるものならな」
 そういって胸元を差しし示す様子は、貴様らにはそれは出来まい、と言う不遜さと同時に、どこか他人事のようにも聞こえる。まるで、アールキングへ全てを委ねてしまおうとしているようにも見え、アキラは思わず声を上げた。
「馬鹿言ってるんじゃないよ、そんなんで、救われるはず無いし、その苦しみから解放されるわけが無いでしょっ!?」
 怒ったように眉を寄せるアキラに、荒野の王は鼻を鳴らした。
「理解したふりはやめろ。憐れみも、救いも必要ない。余は最後まで……破壊を尽くすのみだ……!」
 声を荒げた荒野の王に、ギリ、と奥歯を噛む音が響いた。
「テメェ……」
 刀真の低い声が、激情をはらんで迸る。
「いい加減、目を覚ませって言ってんだよ……ッ!」
 叫びと共に飛び出した刀真の剣から、目にも止まらぬ速さで繰り出される剣戟は、向かってくる根を刈り取りながらそのまま荒野の王の足元まで抉り取ると、超獣の欠片を同化させた右腕を、荒野の王の胸元めがけて振り下ろした。研ぎ澄まされた手刀がめりめりとその表面を侵食していた樹皮を割り、その奥のヴァジラの胴へと突き刺さる。
「が……っは、……ッ!」
 荒野の王は苦痛に声を上げたが、体のほうには傷は無い。超獣の欠片の同化の力によって、その手が内部に同化しているためだ。それは同時に、刀真の方へもアールキングの力が蝕もうとすることを意味する。走る激痛に堪えながら、ついに刀真はそれを見つけた。
「……、これだ……っ!」
 掴んだのは、かつて超獣の巫女アニューリスへ埋められていたのと同じ珠だ。だがそれを外へ抉り出した瞬間。
「……ッ」
 バヂバヂィイッ! と強烈なエネルギーが、刀真を弾き飛ばした。
「刀真ッ」
 慌てて駆け寄った月夜に支えられながら、視線を上げた刀真は苦く眉を寄せた。抉り出した核……赤黒く邪悪な光を放つ珠は、そこから生えたような黒い根が荒野の王の中へと続いている。それは心臓と繋がる血管のようにも、回路に繋がるコードのようにも見える。強引に繋がりを断ち切ればどうなるか、想像に難くない。しかも、無理に暴いた反動だろうか、制御を失ったアールキングの根が、見境なくその切っ先と魔力とを暴れさせ始めたのだ。荒野の王の残る全ての力で、少しでもユグドラシルにダメージを与えようとでも言うのだろうか。暴走の只中でゆっくりと飲み込まれていく荒野の王は、それでも尚、笑いを湛えて目を伏せた。
「何勝手に諦めてんだコラー!」
 そんな中、暴れるアールキングの根のなかへと飛び込んだ影があった。
「引っ込んでろ、アールキング! お前なんかよりも、俺の世界樹の苗木ちゃんの方がよっぽどつえーわコノヤロー!」
 アキラだ。ぺちぺちと頼りなげな手でアールキングの根を叩く苗木を肩に、皇剣アスコルドを振り回しながら突き進むその横で、スープ・ストーン(すーぷ・すとーん)を構えた鉄心の護りを受けながら、ティーが駆け寄って、もうどこが体なのか判らない根へとしがみ付くように体を寄せた。
「―――声を、聞いてください。みなさんの、想いを……ッ!」
 そして、過去一度だけ触れた荒野の王の心の更に奥へと同調するように、その意識が闇へと沈んだ。

 深い、深い闇だった。
 墨を煮凝らせたかのような、敵意と憎悪の塊で満ちた世界。焼け付き、ひび割れ、草ひとつ無い黒い荒野。そしてその荒野を更に蝕もうとするかのように、黒い茨の根が蔓延って、周囲の全てを拒んでいる。ティーを通じてその精神に接触を果たした優は、その中心で、今も侵食され続けながら一人佇む、荒野の王の姿を見つけた。
「――……物好きなことだな。こんな場所に、好き好んで来るとはな」
 周囲を荒れ狂う激情と相反した、妙に静かな声に、零が思わずと言った様子で優に寄り添った。その肩を庇うように抱きながら、優はじっと荒野の王を正面から見つめる。
「俺達は、貴方を救いたい。そのためなら、どこまででも追うさ」
 そんな優の言葉に、荒野の王は肩を揺らした。
「馬鹿なことを。余に救いなどいらん。この世界が崩壊してしまう前に、さっさと出て行くがいい」
 その声、言葉に、荒野の王が自身の死期を悟っているのを感じて、優は「今までの傲慢で自信に溢れていた貴方は何処にいった」と顔を顰めた。
「俺の知っている貴方なら、こんな状況を力でねじ伏せて、自分の思い描く未来に向かって進んでいた筈だ」
 こんなところで諦めるのか、とぶつけたれた言葉に、ひび割れが深まり、黒い闇に飲み込まれて崩壊していく世界と、荒野の追うごと食い尽くそうと巻きつく茨を示して、荒野の王は自嘲的に肩を竦めた。
「未来か。この場所に、そんなものが残っていると思うのか?」
「貴方が持つのは破壊の力なんでしょう? なら、こんな絶望をこそ破壊すればいいんです」
 鼻で笑うような荒野の王に反論したのは零だ。
「目的を間違うから、紛い物みたいになってしまうんです。なりたかったものは何? 欲しかったものは何!? それは、こんなところで終わることじゃないはずです!」
「運命を噛み砕くんだろう。否定を踏み潰すんだろう?」
 叫ぶように訴える零の声に、思いに重ねるように、優は茨の中に一歩踏み込んで手を伸ばした。
「なら、こんな結末を、貴方の力でねじ伏せて……俺達の手を取るんだ!!」
「……馬鹿な……」
 ほんの僅か、言葉を失った様子の荒野の王に、茨を避けながらおっかなびっくり近付いたのはイコナだ。
「あの、ええと……ごめんなさい!」
 そうして唐突に頭を下げたかと思うと、屋敷で封印を解いたのがわざとだったことや、サンドイッチを一緒に食べてくれたことへのお礼を、たどたどしく語ると、思いつめたような顔で、じっと荒野の王を見つめた。
「それから、わたくし大変な事に気付いてしまったのですけれど……おやつが……デザートがまだだったのですわ!」
 予想外の言葉に、虚を突かれたように荒野の王が軽く目を見開くのに、イコナはその手が茨で傷つくのも構わずに、荒野の王の袖口を引っ張った。
「ですので……さくらんぼのタルト、ヴァジラさんも一緒に食べますの!」
「――……」
 初めて、荒野の王の顔が奇妙に歪んだ。何かを躊躇うような素振りで、動いた手の平が、巻きついてきた茨に絡み取られて阻まれる。アールキングからの干渉だと気付いて、アキラ達はそれを引き剥がそうと、手を伸ばした。
「セルウスが何で勝ったのか……本当は、もう判ってるんでしょ?」
 アキラは、にっと笑って、仲間たちと共にその手を伸ばした。

「独りじゃ無理だっていうのならウチらが力を貸してやる。だからヴァジラ! そんな奴に負けるんじゃねぇ!」




 ティーたちが荒野の王の精神と同調を果たしたのと同時、干渉されるのをはばもうとしてか、アールキングの暴走はその激しさを増していた。同調の要であるティーへ向けられた悪意は特に激しく、剣では庇いきれずに自身を盾にする鉄心の体は、少しずつダメージの蓄積が深刻になり始めていた。
「……ッ」
「あんまり、無理しちゃだめだよ……っ」
 腕に突き刺さった根を引き抜く鉄心に、セルウスが眉を寄せたが、退く場所は無い。踏み止まるにも限界を感じ始めたその時、ティーはその目を開いた。その目に宿る輝きが、希望を示している。見れば、荒野の王に繋がる核の邪悪な光に揺らぎが生まれていた。
 だが当然、アールキングがそれをみすみす見逃すはずも無い。最後の足掻きとばかり、暴れ狂っていた力を逆流させるようにして、荒野の王を完全に取り込もうというのだ。が。
「言ったでしょう「あなたの」手助けをする、と」
 くすりと笑って、朱鷺が動いた。ワールドメーカーとして目覚めた力の敷くフィールドが、アールキングの存在を”拒んだ”のだ。みしみしと強引に、アールキングの根が荒野の王から引き剥がされていく。激痛が走っているだろうに声も上げようとしない荒野の王に向けて、タマーラが祈りの弓に思いの矢をつがえた。
「どうするつもりだ?」
 煉の問いに、タマーラは「断ち切る」と短く言った。アールキングとの繋がりを断ち切る為には、核は破壊しなければならない。けれど、それでは荒野の王まで破壊することになってしまう。それを防ぐために、祈りの弓で、荒野の王を「こちら」に繋ぐ必要がある、と、タマーラはぐっと手の平に力を込めた。その手の平に、今まで繋がって来た全ての想いを思い起こしながら、タマーラは弓を引き絞る。
「助けたいと、願う人達がいる……あなたが、必要、なの」
 そうして放たれた矢は光と共に過たず核を射抜き、セルウス達の思いを”接続”した。
「今だ……ッ!」
 エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)の声を受けて、煉達四人は一斉に飛び出した。
 構えた剣を振り下ろして強引に道をこじ開け、荒野の王まで一気に接近すると、接近を拒むアールキングの根が核から煉へ向けて噴出した。が。
「させません……!」
「アールキング……おまえは、邪魔だ……ッ!」
 エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)が煉の前へ飛び出すと、構えた盾でそれを弾き飛ばし、直撃を殺がれた根をPCM−NV01パワードエクソスケルトンによって底上げされた身体能力で、エヴァのサイコブレードが切り刻んでいく。息の合った二人の連撃が、防御本能によって襲い掛かるアールキングの根を刻む。激しい攻防が続いたが、それは目晦ましだ。アールキングの根がそちらに集中している間で、煉は回り込んだ背後から、リーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)は二人をブラインドに正面から一息で距離を詰め、すり抜けざまに交差するクロス・スラッシュで、荒野の王に繋がる最後の根を切り落とした。
「――……ッ」
 衝撃にのけぞる荒野の王から、珠が離れ、それが最後だった。
「終わりだ……っ!」
 ディミトリアス、アルケリウス。二人分の無念の一部でも晴らさんとばかりに振り下ろされた渾身の一撃、零之太刀が、アールキングの核を砕き、そして。
「―――……っ!」
 瞬間、皆が息を飲む中、応えるように飛び出したのはセルウスだ。
 砕かれた欠片が飛び散ってしまうより早く、それを掴みとって握りこみ、刀真の手を借りながら右腕を荒野の王の体へと押し込むように触れた。一度砕けてしまったからか、既に力を失ってしまったからなのか、散々根に踏み荒らされた荒野の王の体から、拒むように押し戻されるセルウスの背中を、幾つもの手が支えた。
 まだ、終わっていない。まだここで、終わらせたりしない。そんな思いに呼応するように、セルウスの腕輪が淡く光を放ち始めると、接続された想いを辿るように、その光が荒野の王の体に吸い込まれたかと思うと、どくり、と小さいながら脈打つ音が、セルウスの手の平から伝わった。
「ヴァジラ……!」
 呼び声に、その目がうっすらと開く。アールキングに散々食い荒らされたせいだろう、苦しげに吐き出される息は細く、声を出す余力も無いようだ。だが、それでも、そこに確かに荒野の王――ヴァジラは、繋ぎ止められていた。戸惑ったような、何ともいえない表情を浮かべる荒野の顔を覗きこむ皆にも、声が無い。そんな中、アリスがぴょこん、と荒野の王の傍で首を傾げて見せた。
「ネ。ワタシの幸運のオマジナイ、ヨク効いたデショ? ワタシの幸運のオマジナイ、ヨク効くって評判なんダカラ」
 自慢げに胸をそらすアリスの様子に、苦笑のように顔を歪めて、荒野の王はゆっくりと瞼を落とした。
 そんな荒野の王の手をぎゅうっと、握ってティーは軽く目を瞬かせた。
 白い小さな花がどこかで開いたような、そんな気がして。