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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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太陽の天使たち、海辺の女神たち
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●Tonight Tonight(2)

 コテージの庭先。
「コタロー、コレは大きな音が出ないから大丈夫だ」
 と、緒方 コタロー(おがた・こたろう)の線香花火に緒方 樹(おがた・いつき)はロウソクの火を近づけて入った。
「ねーたんねーたん、やっぱりこた、花火こあいれす……」
 それでもコタローは足がすくんでいる。ちょっとおどかせば、今すぐにでも線香花火を放り投げて樹の背中に隠れるだろう。
「大丈夫だ。ほら、じゃあ私がやってみせよう……」
 自分でも一本とって、樹はこともなげに点火して見せた。
「どうだ、大丈夫だろう?」
 ぱちぱちと小さな音を立て、線香花火が明滅する。優しくて、綺麗な色だ。
「う!…うー…う?」
 じっと花火を見つめていたコタローだが、やがて、
「ぱーんって、言わないれす……こた、これなられきうれすお!」
 消えるまでちゃんと確認して、ついにコタローは自分の線香花火にも点火してほしいと言ったのだ。
「うあー、うあー、ぱちぱちしてきれーれす、ねーたん、ねーたん!」
 よしよし、と母親の目でうなずいて、樹はうなずく。これでまた一歩、コタローは成長しただろう。
「いっぱい買っておいた、存分に楽しむと良い、終わった花火はバケツに……あ、足には落とさない様に気をつけるんだぞ、コタロー」
 まだまだ危ういが、しっかりと見守る。
 さてそのコテージの内側では……緒方 太壱(おがた・たいち)が入力している。
「『親父とお袋とコタ姉と一緒に、海にやってきました、夜にコテージに泊まりました、まる』 ……送信、っと」
 入力は、終了した。
「メールこんなモンでいいかな……アイツ、持病の治療に入ったって聞いたけど、そんなメールは一度も寄越しやがらネェな……大丈夫なのかな?」
 太壱は遠い空を見上げる。メールの電波は届いただろうか。もうとっくに、届いているだろうか。
 そのとき寝室のドアがだしぬけに開いたのである。
「太壱くん、そろそろ風呂に……ああ、彼女にメールか、相変わらずまめだねぇ」
 ぶっ、と太壱は噴き出した。ドアを開けたのは緒方 章(おがた・あきら)だ。浴衣なんか着て、頭にタオルを乗せている。
 ここはコテージの寝室、太壱はベッドから飛び降りていきり立った。
「ウッセクソ親父、外で花火してたんじゃネェのかよ!」
「花火はまだやってるけど、僕は先にお風呂に入ったんだよ」
「ってか、なんで今回俺とコタ姉が一緒なんだ? 邪魔だとは思わネェのか?」
 あいかわらずストレートな太壱だ。
 ようするに、これってほぼ新婚旅行だろ、ということ。
 なぜって、章が緒方 樹(おがた・いつき)と結婚したのは今年の六月のことなのだ。なぜにそれに二人の養子を連れてきているのか、と言いたいわけである。細かいことを言うと太壱の場合は『養子』とは言いがたい部分もあるわけだが、本当に話がややこしくなるのでここでは伏せておく。
「邪魔かって? 邪魔だとは思ってるよ、当然じゃない」
 ごく平然と章は言う。
「……でも、それ以上に家族の絆は大切にしないとね、多少変則的だけど、家族になれたんだし。……それに『そういう機会はいつだって作れるモノなんですよ』太壱くん?」
 どこからか扇子を取り出して、はっはっは、と快活に父は笑うのであった。
「うっわ余裕ぶっこいてんな……日焼けのしすぎで頭禿げちまえタコ親父」
「……既に日焼けのしすぎで髪の色素が抜けた太壱くんに言われたくありませんね」
 早い、反応が早い。それに的確だ。人間力という意味では、息子はまだまだ父にかなわぬようである。
 そうなればもう一つの手段で挑むしかあるまい。
 すなわち、腕力。
 太壱は章に飛びかかった。
 そのときドアの外から、もう一人登場人物があらわれた。
「こらっ!アキラも太壱も止めんか!」
 樹である。
「だってお袋〜!親父が余裕ぶちかましてるから腹立って……」
「樹ちゃぁん、メール交換だけで止まっている我が子に、ハッパをかけただけなんだけどな、僕は」
 つかみ合いをしていた両者だが、
「いいから離れろ。……さっさと!」
 樹に命じられるや、二人とも素早く(渋々とではあるが)部屋の両隅に移動した。
「お前等契約者二人が本気で喧嘩をしたら、コテージが壊れるではないかっ!」
 鋭く一瞥して、樹はさらに声を上げた。
「アキラ、刀をしまえ! ……太壱! お前はその武器を納めろ!」
 大人しく引き下がったかと思いきや、二人ともしっかり抜刀していたというわけだ。
「あきー、たいー、こたねーこたねー、いっぱい花火してきたんれすお〜! ……う?」
 コタローがここで入ってきて、目を見張っている。
「ねーたん……あきとたい、けんか中?」
「喧嘩中じゃない、コレはただのいがみ合いだ、もしくは意地の張り合い」
 ふー、と深々溜息をつく樹だ。
「う! いじっぱりさんはめーなのれすよ! いじっぱりさん、ねーたんにきらわれたうれすお、あき!
 たいも! あえのみあじゃー(※天御柱)のおねーたんにきらわれたうれすお!」
 気まずい表情をする章、そして太壱だ。
 ――それを言われると、弱い。
 これは二人とも同じ見解だろう。
 ようやく大人しくなったと見て、さらにコタローは言うのだった。
「こたのたぶりぇっとほんれ、しゃしんとって、るしゅばんしてう人に、おくるんれすお!」
 つまり、仲直りの記念撮影をせよ、ということだ。
「名案だな。ほらほら、アキラ、太壱、記念撮影なんだそうだ……ほら、集まるぞ」
 二人を引っ張るようにして自分の左右に置き、樹も微笑んだ。
「さあ、笑って! 仏頂面を送るつもりか?」
「とるれすよー!」
 カシャ。
 この瞬間だけ、章も太壱も笑った。少々固いスマイルではあったが。
 だが写真が終わるとまた、ぶすっとした表情だ。ただ、樹がにらんでいるので再燃には至らない。
「よーし、これでもう安心だ」
 ぱんぱんと手を叩いて樹はコタローを部屋に送った。
「コタロー、良い子は寝る時間だ」
「はーい」
 コタローが寝た気配を見て、すぐに彼女は戻ってきた。
 案の定、章と太壱は睨み合いを再開している。ちょっとでもきっかけがあればまた抜刀騒ぎになるのは眼に見えていた。こういうとき、頭ごなしに叱るとまた大変なのを樹は経験から学んでいる。
 どっかと二人の中央に椅子を持ってきて座り、優しい声で諭した。
「まったく大人げないぞ二人とも。またもめたらコタローが起きてしまう。ここはコタローに免じて、納めてはくれまいか?」
「僕は別に……もめる気はないんだよ」
「俺だってねーさ」
 とはいえ仲直りの握手には遠いようである。
 妻であり母である身としてはこういう場を、収める義務があるだろう。樹はまた優しい声で言った。
「それにしても、太壱、彼女に気持ちは伝えたのか?」
「……い、言った、ストレートに言って来たけど、持病で長くないからって……」
 太壱は大きな背を、なんだか小さく丸めて言ったのである。
「明確に断られたのかい?」
「いや、目の前で泣かれただけ、断られては……ない」
 これを聞いて樹は、章と意味ありげな視線を交わした。
「だとしたら、見込みはあるんじゃないか? 少なくとも、治療段階に入っているという話が聞こえてきているんだ」
 このへんの情報はすでに入手済である。
 この一言で、空気が和んだように感じらた。
「そうかな……」
「そうさ」
「僕もそう思うよ」
 さっきまでのトゲトゲがなんだか馬鹿馬鹿しくなる、章も、太壱も苦笑いするのだった。
 そのとき、
「あ……メールが来た……アイツから?!」
 はじかれたように太壱は立ち上がった。コタローが撮影した写真は、樹が太壱の腕時計型携帯電話からすぐさま送ったのだった。
「ご、ゴメン、親父、お袋、ちょっと部屋に行って来る!」
「部屋って太壱、ここがお前用の寝室だろうが?」
 息子のあまりの慌てように、樹は笑いを禁じ得ない。
「だったら風呂場の脱衣所で見てきたら? 風呂につかりながら見るのもいいけど、ケータイを湯船に落としたらだめだよー」
 章も笑ってしまった。
 わかった、とも、ウルセー、とも言わず、太壱は即座に立った。目指すのは風呂場だ。焦りすぎてテーブルに腰を、椅子に膝をぶつけ、おまけに戸棚にも頭を痛打したけれど、めげずに走って行く
「やれやれ」
 ぽん、と樹は手を章の肩に置いた。
「ねえ、樹ちゃん、来年は太壱くんたちの結婚式を見ることになるのかな?」
 章はその手を握る。
「……いや、太壱が突っ走ったせいで、初孫が見られるって事態になるかもしれんぞ?」
 樹は笑っているが、この発言そのものは大真面目である。
「そうなるかなぁ? 僕に似たら奥手なんじゃないのかなと思ってるけど」
「アキラに似たから自分の気持ちに真っ直ぐなんじゃないのかと思ってな……」
「いやあの、僕は……そんなに正直ではないよ」
 さあどうだか、と言って彼の手を一度、しっかりと握り返して離すと、樹は立ち上がったのである。
「喉が渇いたな……冷蔵庫にビール、冷えてたよな?」