校長室
太陽の天使たち、海辺の女神たち
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●Tonight Tonight(3) 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)と佐野 和輝(さの・かずき)も、バーベキュー会場ではなくコテージでの夕食を選んだ。 トロピカルフルーツなど、島の食材をふんだんにつかい、豪華な食事を取った後。 「もう、すっかり夜ですねぇ」 「ああ、あっという間に一日が終わった気がする」 木製のテーブルに座って、和輝とルーシェリアは歓談している。主に話すのは今日の回想。話題は尽きない。テーブルにはアイスティーがある。 ソファーには、佐野 悠里(さの・ゆうり)がちょこんと座っていた。その悠里をあやすように、アニス・パラス(あにす・ぱらす)もソファーにいる。 本日彼らは、暑い盛りにこの島を訪れた。 静かな一日とは言えなかったかもしれない。 なにせ、 「にゃは〜っ! これがリゾート島! すごいもんだね!」 到着するなりアニスは目を見張り、 「行こう行こう悠里! 遊ぼう!」 と悠里を遊びにいざない、 「アニスお姉ちゃん……なにして遊ぶの?」 「なんでも! 泳ぐのも生き物観察も砂遊びも楽しいよ! ボートも乗れるし、ビーチボールや浮き輪も借りられるし……ほんと、できない遊びを探すほうが大変かもね♪」 といった具合でおおはしゃぎしたからである。 和輝とルーシェリアはそこまで大変ではなかったが、やはり『保護者』として二人から目が離せなかった。おかげで昼間はたちまち終わってしまった。 さっきまでずっと悠里は元気で、それこそハイパーに話し続けていたのだが、食べたせいかもう今は、こっくりこっくり船を漕ぎ出している。 「悠里……」 と声をかけようとしたルーシェリアより先に、 「悠里、もうそろそろ寝たほうがいいんじゃない?」 アニスがたくみにそう呼びかけた。 「んー」 「ほらほら、着替えて歯を磨こう。手伝うよ」 手を引いて立たせる。そしてアニスは本当の姉のように、てきぱきと悠里の世話を焼いたのである。 「ちょっと疲れちゃって眠いわ……」 着替えてもやはり悠里は眼をこすっていた。 「先に寝るね、おやすみなさい……」 そう告げて、ふらふらと寝室へ入る。 アニスもそれを追って、 「じつはたっぷり遊んだからアニスも眠いのだ」 大あくびして振り返った。 「じゃあごめん、アニスも寝るよ。外は星が綺麗なんだけど……もう限界……じゃ、おやすみ」 ぱたん、と二人は寝室のドアを閉じたのである。 悠里を寝かしつけ、自分もベッドに横になってアニスはニヤニヤと笑った。笑ってはいるが、眠いのも本当、だんだん瞼が重くなる……。 ――まったく、星も見たかったけど……『皆』から『和輝とルーシェリアを二人きりにしてあげな』って言われまくってたからなあ……なぜなのかはわからないけど……。 半分以上眠った状態でそんなことを考える。 だから、アニスは今日は頑張ったのである。あえて力一杯遊んで、『悠里を疲れさせて、早めに寝てもらおう』作戦を実行した。 予想外だったのは、自分もここまで眠くなるとは思わなかったということ。実は、悠里が寝るという話になるよりずっと早くから、アニスは眠くて仕方がなかった。それを我慢してここまでもっていったのだ。 ――誰か褒めてほしい……。 と思ったのが最後で、アニスも夢の世界へと旅立っていった。 二人の寝息を確認すると、和輝は立ち上がった。 「……久しぶりに、一緒に寝るか?」 ぽつりと言ってみる。夫婦なのだから発言としてはおかしくないはずだが、 「えっ」 突然のことで、ルーシェリアは驚いたような顔をした。 「……あ、いや、すまん。少し言葉がストレートすぎた」 久しぶりの二人きりで、柄にもなく緊張しているのかもしれない――和輝は言い直すことにした。 「星が綺麗なんだってな。見に行かないか……寝室へ」 「いいですね」 照れたようにうつむきながら、彼女は応えたのである。 電気を消し、暗い寝室のベッドに腰掛ける。 窓を開けると、満天の星空が広がっていた。 二人の位置は、限りなく一つに近かった。 和輝の膝にルーシェリアが乗っている。 「ルーシェリア……」 いとおしさでたまらなくなり、彼は彼女を背中から抱きしめていた。 そのまま、優しい会話を交わしながら星を鑑賞する。 「あなたとの子ども……悠里ちゃんみたいな素直な子だといいですねぇ」 何気なく、ルーシェリアが言った。 けれど和輝には、ピンときたことがあった。 「驚いたのは、事実だ」 彼はそう言ったのである。 「わかってたんですか? 悠里ちゃんのこと……?」 「いや、今確信した」 それは悠里が、たまたまルーシェリアが面倒を見ている養子ではなく、未来から来た本当の子どもだということ。もちろん、和輝とルーシェリアとの。 「俺も父親って自負しても良いのかな? 時間軸は違えど、悠里が娘と聞いても『やっぱり』って思ったし、思い当たる節もあるよ」 「そうですか……では、そろそろ会ってみませんか……『悠里ちゃん』に」 ルーシェリアは、そっと彼に身を委ねた。 和輝は、こういうことに関して、自分は淡泊だと思っている。 ――といっても、だ。 男として、この状況でも淡泊ではいられないだろう。本能的に無理だ。 妻を抱く腕を解き、彼は彼女の上着に手をかけた。 「そんなことを言う妻には、不眠不休でお相手を願おうじゃないか」 彼女の首筋にキスをする。何度も。やがてキスは彼女の、剥き出しの白い肩に、背に、そして胸元へと移動していった。 夜はまだ長い。 明日はちょっと、寝不足になりそうだ。 バーベキュー会場に視点を戻そう。 そろそろパーティも終わりだ、コンロの火も、消えるものが多くなってきた。 「パティ、ローラ、いいところで会えました」 たたたっとベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、パティ・ブラウアヒメルとローラ・ブラウアヒメルのところまでやってきた。 「人が多く、なかなかお目にかかれず挨拶が遅れたこと、お詫びします」 「謝ることないよ?」 まだかなり食べる気らしく、ローラの皿は大盛りで、 「どうしたの? なんか急用?」 パティはやっぱりビーフジャーキーを口にしている。彼女はベアトリーチェの様子からなにか感じ取ったらしい。 「ええ、急用、というか、お二人にもご協力いただきたくて」 「何を?」 「応援してほしいんです……美羽とコハクを」 え? という顔をするローラであったが、しばらくして「あー」と理解した顔を見せた。 なお、パティのほうはずっと「あー」である。 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がつきあい始めてもう一年、お互い、立派な十八歳、けれど、 「手をつなぐだけでも緊張しているようなのです」 奥手でいかんということだ。 ベアトリーチェもさすがに知らないことだが、彼らがキスした回数も実は数える程度なのである。 「そういうことなら」 とパティとローラも応じた。ベアトリーチェと三人で、もどかしき恋人たちのもとへ急行する。 「パティ! ローラ!」 二人に気づいて美羽は手を振った。コハクも会釈する。ところが雑談もそこそこに、ローラは出し抜けに言ったのだった。 「二人とも、がんばるね!」 ぐっと両の拳を握って、いささか前屈みの姿勢である。 「ちょ……ストレートすぎる!」 パティは仰天して、「?」な顔をしている美羽とコハクにやや早口で告げた。 「えーと、さっき、ベアトリーチェと話してたら盛り上がっちゃって……うちらのコテージちょうど一部屋あいてるから、ベアにはうちに泊まってもらおうかと思ってるの」 「ええ、そうです。夜通し語り明かそうかと」 さっと眼鏡の縁に手を当ててベアトリーチェも合わせる。 「なのでまた明日の朝、合流しましょうね。あ、これ、コテージの鍵です。ごゆっくり」 「じゃあね。話は翌朝聞くわ」パティは手を振った。 「がんばる!」なぜかローラはまたさっきのポージングだ。 「え……なに? そんなに急がなくても……?」 たちまちパティとベアトリーチェ、ローラは姿を消してしまった。 「なんだか、慌ただしいなあ……」 「ま、あの三人が仲良くなったのならいいじゃないか。あれ? 部屋番号……これだったかな?」 鍵に刻印された数字を見てコハクは首をかしげた。 その通り。パティとローラが泊まる予定だった二人部屋(寝室はひとつ。ツインベッド)と、美羽一行が泊まる予定だった三人部屋(寝室は二つ)を、ベアトリーチェは取り替えたのである。 なので、 「寝室は……ひとつ!?」 二人部屋じゃない、とコテージに着くなり美羽は目を見張ることになった。 荷物を手にしたまま、美羽は立ち尽くしている。 ――たしかに、私とコハクが恋人というのは周知の事実だから、当然二人部屋に泊まるだろうと思って、環菜か誰かが手配してくれたのかもしれないけど……これはちょっと気を回しすぎだよ……まだ、心の準備が……。 美羽はコハクを見た。彼も、さすがに硬直していた。 「か、環菜の間違いかな……けど、たしかに入口のプレートには僕らの名前があった……」 もちろん先回りしたベアトリーチェの『犯行』であり、いつもの彼であれば思い至りそうなものだが、このときばかりはコハクも冷静さを失っていてそこまで気がつかなかった。 「ま、いいか。ならここで寝よっ! 寝るだけだし!」 あまり躊躇するのもコハクを拒絶しているようで申し訳ないかと思い、美羽はつとめて明るく言って部屋に入ったのだった。なお彼女のいう『寝る』は字面以上の意味を持たない。 ――なにより私、コハクのこと大好きだし……。 もしものことがあったら、そのもしもに身を委ねてもいいと、美羽は心を決めていた。 「そうだね。うん、綺麗なコテージだ。落ち着くなあ」 コハクも決意した。なおこの『落ち着くなあ』は大嘘である。 「美羽……先、シャワーでも浴びたら……」 コハクは、低画質で録画したハードディスク動画のように変なノイズのある動きで彼女に勧めた。 「じゃ、じゃあ遠慮なく……」 もちろん、美羽にも謎のブロックノイズが発生しまくりだ。 それから十数分して、 「お待たせ。あ、ごめん、着替え置いてきちゃって……」 「!」 風呂場から出てきた美羽を見るや、コハクは天井を突き破ってしまいそうなほど飛び上がった。 長い髪を下ろした彼女が、身を包むのはバスローブ一枚だったのだ。 湯気を上げる彼女の体、下ろした髪も、色っぽく――。 「行ってくる!」 衣服を丸めたものをひっつかむや、真っ赤になって彼はシャワールームに飛び込んだ。 「こ、コハクったら元気だなあ」 なんて言いながらソファに腰を下ろし、美羽は何気なくテレビをつけた。 「あーん」 「!?」 恋愛ドラマだった。それもちょうど、ホットなベッドシーンではないか。……意識するなといっても、無理だ。 ――どうしよう。 どうしよう、今夜、彼が求めてきたら……そして、激しくされたら……。 頭の中で自分の姿が、いま、テレビのなかであえいでいる女優に重なっていた。 怖い、けれど――。 けれど。 ……………………。 シャワーから戻ってきたコハクは、美羽がソファで熟睡しているのを目にした。 ほっと溜息をつくと、彼は微笑して、眠る彼女の頬にキスする。 「おやすみ」 彼女をベッドまで運んでいってあげよう。そして自分が、このソファで休むとしよう。 翌朝、この顛末を聞いてベアトリーチェもパティも心底がっかりしたような顔をして、ローラは「?」といまいちわかっていない表情をしたりすることになるのだが……それはまた、別の話である。