校長室
太陽の天使たち、海辺の女神たち
リアクション公開中!
●Fireworks(4) 砂浜にシートを広げ、そこに座る二人の姿。 シートの上には所狭しと、各種酒とつまみが並んでいる。 呑んでいる。二人とも。 「星も綺麗だし、波も静かです。たまには、ゆっくりできそうですわ」 という柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)は正座して、花火の光と星空を、杯に映し唇に運んでいた。頬は薔薇色だが少しも乱れたところはない。 「そりゃなあ……こんな時間に、夜、海で飲む奴なんか、いねえだろうよ……静かだから飲みやすいけどさ」 かく言うはレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)、立て膝して手酌、杯に冷や酒をさしてはぐいぐい呷っている。彼は顔ばかりか、目も少し充血しているようだ。 「ふふ、そろそろ限界じゃない? 昔から、愚痴言わないと胃に来ると言ってたわね?」 痛いところを突かれたらしく、レイスはぐっとうめき声を発した。 「まあ、オレは、ストレスは吐き出せば良いけど、美鈴、お前こそ、物に八つ当たりするだろう? そっちの方が怖いって」 ふん、とふてくされたような呟き声だ。 「あら、そんなことないわよ? ちゃんと元通りにするし」 「いや、片付けているのは、ほとんどどオレ……」 ここで会話が中断された。 そこにひょっこり、顔を出す第三の人物があったのだ。 長い髪を頭の後ろでたばね、品のある物腰と口調、 「ふう……やはり夜だと、涼しいですねえ……」 しかれどその人物……神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)の顔色はあまりいいとは言えなかった。微笑んではいるのだが、紙人形に笑顔をとりつけたようで、なんとも血色がよろしくない。 「マスタ−? 起きて来て平気なのですか?」 驚いて美鈴は腰を浮かせかけた。それを、大丈夫、と止めて、 「なんか、目が覚めたんですよ? それに、外の方が涼しいですし……」 翡翠はちょこんとシートの隅に位置取ったのである。 「翡翠? お前、寝ていたんじゃなかったのか? 顔色悪いぞ、思いっきり」 レイスは、いかんいかん、と言いながら翡翠の周囲のものを片付けて場所を作った。 実は翡翠、昼間は熱中症で見事に倒れ、今の今までコテージで寝ていたのである。そんな自分のことは棚に上げて言う。 「二人とも、かなり酔ってません? 何本も開けて平気ですか?」 翡翠の目の前には、多数の空き瓶が転がっていた。たいがいが清酒だが、ワインや紹興酒の瓶もある。 「オレたちの心配より自分のことを気にしろっての。ほら、無理は禁物だ。戻れとは言わない。だが、スペース作ってやったから少し横になってろよ」 とレイスは翡翠を寝かせた。 「いやどうも。でも飲みすぎには、注意ですよ? さっきまで、寝ていたので、あまり眠気ないのですけど」 「まだ、飲み始めたばかりなので、そんなに開けてないと思うのですけど」 美鈴はきょとんとしているが、『そんなに開けてない』はあくまで彼らの基準だ。 外の適度な涼しさがよかったのか、それとも、空気に混じるアルコールが誘ったのか、本人の言い分とは逆に、たちまち翡翠は眠りに落ちたのである。数分せぬうちにもう、静かな寝息を立てていた。 自然、美鈴とレイスの視線は翡翠に集中する。 さっきまで、愚痴のような雑談のようなものと花火を肴に呑んでいたのが、肴が翡翠に変わったかのようだ。 その美しい寝顔を見つめながら美鈴は溜息をついた。 「昔から、無理するのは、治ってませんわね? この頃、倒れる回数も増えましたし、病気でもあったかしら? マスタ−……」 「ああ昔から、自分で何でもやり、弱み見せなかったしな?」 ぐいと杯を干して、レイスは言った。 「隠しごとも多いと思うが……あ〜病気は、あるかもな? 病名知らんが、薬飲んでいるようだしな? ほら」 彼は手を伸ばして翡翠の上着のポケットを探り、数種類の錠剤を取り出した。 「見たことのない薬ですわ……」 美鈴は目を凝らすが、薬には何の文字も書かれていない。風邪薬のようでもあり、もっと危険なもののようでもあった。 「……ふう、心配かけすぎです」 美鈴は、溜息をついた。 林の外れ。 潮の香りの海風が、やさしくやさしく吹いている。 打ち上げ花火は終わり、東雲秋日子と要・ハーヴェンスは持参した線香花火を、しゃがんで共に楽しんでいた。 「パーッと派手な打ち上げ花火も好きだけど、このしんみりした線香花火も風情があっていいんだよね〜」 藁の先、ちりちりと火花があがっている。赤い玉はもうすぐ垂れ落ちそう。 線香花火をはじめてから、要の発言はぐっと減っていた。もともと今日は、夜になってから普段にまして口数の減った彼であったが、さっきからはずっと沈黙している。 線香花火に集中しているのかな――と秋日子は思う。線香花火というものは、集中しすぎると忘我の境地に至ることがあるのだ。それは彼女にも経験があった。 その通り。 要は線香花火に集中していた。 けれどそれは、花火を少しでも長く楽しむためではない。 ――花火が消えたら。 と心に決めていたことがあるのだ。 ぽとりと炎のかたまりが砂地に落ちた。線香花火は、消えた。 バケツの水にこれをつけ、水を落としてゴミ袋にしまう。 「終わったね」 灯りのカンテラのスイッチを入れ、戻ろうか、と秋日子が立ち上がったとき、 「待ってください。言っておきたいことがあるんです」 すっくと立って要が言った。 ――なんだろう? 純粋に秋日子はそう思った。まるで予想がつかなかった。 「俺……」 ところがここで予告もなく、打ち上げ花火の第二弾がはじまったのである。 どーん、どーん、ぼばーん。 今度のものはさっきより規模が大きい。ぱぱっと空に大輪の花が咲いた。 で、その『どーん、どーん、ぼばーん』に要の発言はかき消されてしまった。 「……なんです。だから、これからもずっと俺と一緒にいてください」 聞き取れたのは最初の部分と、後半のここだけ。 いきなり明るくなったわけだから、目を白黒させつつ、 「……えっと、よく聞こえなかったけど、パートナーなんだから私は要と一緒にいるつもりだよ?」 うん、と納得したように秋日子は言った。 これはまずい、慌てて要は声を上げる。 「ああ、えっと『パートナーだから』じゃなくて、その……!」 「え、そうじゃない?」 実際にはそんなことはなかったが、仮にここでまた花火が上がっても、大丈夫だったと思われる。 なぜなら今度は要が、ありったけの勇気を振絞って、はっきり大きな声で宣言したからだ。 彼女の両肩に正面から手を置き、しっかりと目を見て、 「俺はあなたを愛しています!!」 と。 ここで次の打ち上げ花火連投が、どんどんぼんぼんと空を彩った。 赤白黄色に緑色、たくさんの光が空に舞う。光の雨となって降り注ぐ。 明滅するたくさんの光に包まれながら、秋日子は絶句している。 瞬間冷凍されたみたいに固まって、なにも考えられないでいる。 まさか今のを「なかったこと」にはできない。「うっそぴょーん」なんて言われることは絶対にないだろう。要はそういう冗談をやらないし、あの真剣な眼は、まじりっけのない本心を口にする人の目だった。 赤い色の花火のせいじゃない。秋日子の顔は耳まで紅潮していた。 ――どうしようどうしようどうしよう。 「……う、うわ……大声でなに言ってるんだ自分……恥ずかしいッ……」 要は悶えているのだが、それに気づかないくらい秋日子は硬直しているのだ ――不意打ちすぎる不意打ちすぎる不意打ちすぎる。 ああ、本当に、どうしよう。 どうしたらいい? 『イエスオフコース私も好きよ!』 なんて簡単に言える秋日子じゃないのだ。 ああ、でも。 でも……っ! 「って秋日子くん!? どうしたんですか!!?」 要が一生懸命、彼女に呼びかけている。 ようやく秋日子が気がついて、彼に返した言葉とは……!? ……次回のどこかのシナリオに、続く。(オイ)