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Welcome.new life town 2―Soul side―

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 第5章 

「何だ、そんな事ですか……」
 個人名が伏せられた話を聞くと、フィアレフトと名乗った少女は一気に関心を無くしたようだった。気が抜けた、というように息を吐く。そんな事とは失礼千万だが、サトリの方は難しげな表情で何やら考えているようだった。漫画だったら「う〜ん」という効果文字が使われていただろう。
「女性問題か……それじゃあ、相手を悪いとも言いにくいな。一応フェアな条件下ではあったようだし……つまり、お前が情けなかったということか」
「ほっとけ」
「あ、フィーちゃん、先に着いてたのね。皆も」
 否定も出来ずに、いじけつつも渋面を作る。ファーシー達が到着したのは、その時だった。顔ぶれの中にはアクアもいて、彼女はラスと視線が合うと肩を跳ねさせ、秒速で彼から目を逸らす。
(……何だ?)
 傍から見て疑問に思ったのは一瞬で、サトリは直ぐに事情を悟った。アクアに目を向けたまま、息子に言う。
「どんな子かと思えば、綺麗な子じゃないか」
「……どう見たらそうなるんだ。言っとくけど、中身は最悪だからな」
「お前の目は節穴か。中身も美しそうじゃないか」
「!? な、何を勝手に……というか、何で似た顔が2つ揃ってるんですか! な、中身って……そんな語弊のある言い方……というか、貴方は誰ですか!!」
 気まずく思っているところで同じような顔に正反対の事を言われ、アクアは混乱した。
「俺は……」
 サトリは彼女に向き直り、聞き様によってはセクハラにもなりえる発言をしたことには気付かずに自己紹介する。その隣で、陽太は持参した高級フルーツセットをラスに手渡した。
「退院おめでとうございます」
「……おう」
 入院の経緯を聞いていた陽太は、アクアの反応の意味も何となく分かったがそれを含め、コメントに困るため敢えて触れずにシンプルに済ます。そこで、イディアと遊んでいたピノの声が聞こえてきた。
「あれ、イディアちゃん、そのおもちゃどうしたの? プレゼント?」
「それは俺がプレゼントしたんです。お誕生日おめでとうございます、イディアさん、と」
 イディアが膝に乗せていたのはパラレールだった。彼女は窓を覗いたり、ひっくり返したりして遊んでいる。陽太はこれを、ツァンダでファーシー達と合流した時に渡していた。
「割と気に入っているみたいね。でも、何か分解したがっているようにも見えるわね」
「機械やおもちゃの仕組みに興味があるんでしょうか。さすが、ルヴィさんとファーシーーさんの子供ですね」
「じゃあ、まだ工具の類は渡さない方が良さそうですね。僕のプレゼントも機械ですし」
 陽太と環菜にそう言いつつ、優斗もイディアに、という意味でファーシーにミニ機晶犬を手渡した。中型のぬいぐるみと同じくらいの大きさだ。
「子供のペット兼おもちゃ用に小型化させ、改造したものです。ミアがよくペットと楽しそうに遊んでいるのを見て、こういうプレゼントも良いんじゃないかと。イディアちゃん、お誕生日おめでとうございます」
「ぶ」
「ありがとう! 帰ったら起動させてみるわね」
「名前はイディアちゃんに付けて欲しいと思いますが……まだ、難しいかな?」
「イディアに? そうね、この子まだ固有名詞しかしゃべれないし……」
 お礼のつもりだろう。出された手をしゃがんで握る優斗を見ながら、ファーシーは、それだと名前が「ぶ」とか「ばー」とか「あー」とか「だー」とかそんな類のものになりそうだと思ってしまう。
「うー、ゆーと、ゆーと」
「え? 何?」
「ゆーと、ゆーと、うー」
「うー……? ……そっか、この子の名前を『うー』にしたいのね!」
「うっ!?」「えっ!?」
 イディアと優斗は2人して驚き、動きを止めた。名前にするとしたら、どちらかといえば『ゆーと』の方ではなかろうか。というか、イディアの驚きから見て――
「いえ、あの、そっちじゃないんじゃ……」
「じゃあ、この機晶犬の名前は『うー』ね!」
「「…………」」
 だが、控えめな優斗の言葉は、同時発言した際の声量の問題でかき消された。うきうきとしながら、ファーシーはバッグからぽいぽいカプセルを出してミニ機晶犬を収納する。それを2人は最後まで見届け、イディアは「はぅ」とため息らしい息を吐いてそのバッグを指差してこくんと頷く。
「うー」
「ですよね。イディアちゃんは僕の名前を……」
「これはこれで良いかもって言ってるみたいですよ!」
 フィアレフトがイディアの気持ちを代弁するように、優斗達の輪に入ってくる。微笑ましそうに、嬉しそうに彼女は赤子に目を落とした。
「うーちゃんとして、大切な友達になると思います。絶対、いえ、確実に」
「そ、そうですか……? それなら、僕としても嬉しいですね」
 彼女の言葉は何故かその場限りのものには思えず、優斗は安心した気持ちになる。その中で、ザカコもファーシー達に挨拶する。
「ファーシーさん、元気そうですね、安心しました」
「ザカコさん! 久しぶりね」
「ええ。ファーシーさんがイディアを産んでから会いに来れませんでしたから」
 色々とタイミングが合わず、彼女達と会うのは正にぴったり1年ぶりだ。
「あれからもう1年なんですね……時の流れるのは早いものです。彼女も元気そうですね」
 そうして、ベビーカーの中のイディアと目の高さを会わせる。身長や体格だけではなく、只管に無垢であった心に個性が芽生えてきている気がした。久しぶりだからこそ、成長が良く分かるのかもしれない。
「こうしてちゃんと会うのは初めてですね。宜しくお願いします。イディア」
「……よろ、しく?」
 たどたどしいながら、イディアはザカコの言葉を繰り返して手を出した。その小さな手を握り返し、彼は用意していたプレゼントをファーシーに渡した。
「これは、1人で歩くのを補助する支えです。まだ気が早いかもしれませんが、子供の成長は早いですからね。準備しておくに越したことはないと思います」
「ありがとう! うん。でもそんなに早くもないと思うわよ。むしろちょうどいいかも」
 ファーシーは笑い、この子、家では立ったり歩く練習したりしてるのよ。と続けて話す。
「長い時間や距離は難しいから、外に出る時はベビーカーを使ってるけどね」
「そうですか……じゃあ、その間は目が離せませんね」
 生まれたばかりの頃より起きて遊ぶ時間も増えただろうし、気を遣う事も多いだろう。
「まだ大変な時期が続くと思いますし、自分に手伝える事があったら遠慮なく言ってくださいね」
「うん、ありがとう!」
「しかし、まさかファーシーがこうして母親になるとはなあ……。銅板だった頃から考えると想像もできないな」
 本当に、巨大ゴーレムの尻に穴を開けたのが始まりとは思えない光景だ。笑顔を交わす2人の後ろに立っていたヘルは、その会話に感慨深さを感じながらベビーカーの前に回った。手には、そろそろ遊び相手が欲しくなる時期だと思って用意した魔法のぬいぐるみを持っている。
「!?」
 ヘルを前に、イディアは分かりやすく驚いた。これまで死角に入っていて見えなかったが、ヘルは狼の姿をしている。もしかしたら怖がられるかもしれないとちょっと心配だったが、少なくともびっくりはしたらしい。茶色い目をまんまるくした彼女に、魔法の力で動いているぬいぐるみを見せつつ、彼は口をぱかっと開く。
「!?」
「ほら、プレゼントだ。良ければ遊んでやってくれ」
「…………?」
 それを聞いたイディアは、ぬいぐるみを前にぱちぱちと目を瞬かせた。ぬいぐるみが腕や足を動かし、更に瞬きを繰り返す。両手を伸ばしてプレゼントを掴んでふにふにとすると、それでやっと安堵したらしく彼女はふわっとした笑顔を浮かべた。
「……ふぅ、何とか信用してもらえたみたいだな」
「あかずきん、こぶた」
 一仕事を終えた、というように腰を伸ばすヘルをイディアは見上げる。彼女を囲んでいた面々は、『…………』とその顔を見つめ、互いに目を見交わした。恐らく童話の中の狼とイメージが同じだと言いたいのだろうが、心配しているというよりは指摘しているような、単純に不思議に思っているような言い方だ。ザカコが顔を近づけ、解説した。
「イディア、ヘルはゆる族なんですよ。本物の狼ではないですし食べられたりはしません」
「ぷ?」
「ほら、触ってみれば判るぜ」
 小さく首を傾げるイディアに、ヘルは自分の顔を触らせた。摘み、びよーんと伸びるマスクに彼女はちょっとびっくりし、きゃっきゃっと笑う。
 その声は病室の外にまで漏れていて、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)と廊下を歩いていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、好奇心と共に部屋に入った。
「何か楽しそうね。……わっ、いっぱい来てる!」
 訪れている人数に驚きつつも、ルカルカはベッドに歩み寄った。胸の前で持っていた極上の花束を、ラスに差し出す。
「はい! 退院おめでとう」
「!? あ……ああ……」
 誰かに祝福されて花束を渡されるなど初めてのラスは、面食らいながらも何とかそれを持つことに成功した。と同時、心からの笑顔を浮かべ、ルカルカは彼に拍手を贈る。
「!?」
 驚き、何かを言う間もなく、それを聞いた皆も「そうか」という顔をして拍手を始める。ぎょっとして周りを見るとアクア以外の誰もが、それぞれに笑顔と呼べるものを浮かべている。サトリが本気で嬉しそうに――何故か感極まったように――拍手しているのは今更だが、環菜やエリザベートに加えてダリルまでもが微笑していた。
「おめでとう、良かったな」
「本当、殺されなくて良かったわね」
「おめでとうですぅ」
「…………」
 ダリル以外の元(なのか今もなのか)犬猿コンビの2人は明らかに面白がっているようだ。経緯を知っているらしい環菜は、エリザベートに簡単な話でもしたのかもしれない。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て、もういいから、気持ちは分かったから……サンキューな」
 呆けつつそんな事を考えている間にも拍手は続き、ラスは慣れない状況に大慌てで制止をかけ、更に慣れないお礼まで言った。部屋が静かになったところで、多少息を乱しながら、とりあえず彼はダリルに突っ込む。
「……お前の微笑なんか初めて見たぞ」
「サービスだ」
「…………」
 からかうように笑って断言され、ラスは思わず閉口した。ルカルカはその様子を見ながら、以前なら無機質に流したでしょうね、とダリルの変化を微笑ましく思う。彼も、随分と感情が豊かになった。
「ダリルも、いい顔して笑うようになったよな」
 そう言うヘルにも、ダリルは素直な笑顔を浮かべる。
「有難う。俺もそれが出来るようになった自分が嬉しい……」
 そして彼は、ファーシーにその目を向けて柔らかい口調で言った。
「もうイディアも1歳だな。おめでとう。体の具合はどうだ?」
「うん、すごい元気よ。大丈夫」
「イディアはどうだ? ついでに、ここで1歳検診をやってしまうか?」
「え? あ、うん。いいけど……」
 きょとんとしつつファーシーが頷くと、ダリルは早速というようにイディアと正面から向き合った。検診をしつつ手帳に何やら書き込む様子を見ながら、ルカルカは苦笑する。
「出産の担当医だったのよね、ダリル先生。何日か前から、1歳検診がどうのこうのって言ってたのよ。それで私はイディアが1歳になるって思い出したんだけど。おめでとう、イディア、ファーシー」
「ありがとう、ルカルカさん! イディアもきっと喜んでると思うわ」
 ふふ、と笑い合い、ルカルカは再びラスに話しかけた。
「すっかり元気になって良かったわ。入院費は大丈夫だった?」
「……ああ、まあ……でも、今回の事で一番手痛いのはそれだよな……」
 保険を始めとしたパラミタにある医療費制度を使っても無傷とはいかない。苦々しい思いをつい顔に出し、それから彼は、ルカルカに誘われたらしいエリザベートを見下ろして一応、と問い詰めた。
「で、どこまで知ってるんだ?」
「あなたが付き合ってもいない女性に手を出して、天罰が下ったということなら知ってますぅ」
「…………」
 それだけ知っていれば充分である。 
「でも、そんなに詳しいわけじゃないですよぉ? 環菜も関係者の名前までは知らないみたいでしたしぃ、私も知りません〜」
「……そうか。それなら許してやる」
「何ですかぁ! 偉そうですぅ〜!」
 怒るエリザベートを適当にいなし、アクアの方をちらりと見遣る。話が確かなら、彼女達の名前がそこまで広がっているわけではないようだ。内々で知られるだけでも多すぎるくらいの極個人的な問題が噂になるのは、流石に喜ばしいことではない。
「よし、終わったぞ。特に異常は無いな」
 ダリルが手帳を閉じ、立ち上がる。イディアの服を直していたファーシーも立ち上がり、皆に言う。
「それじゃあそろそろ行きましょうか。何か忘れてる気もするけど……」