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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

リアクション

「おまえ、ルドラなんだろ?」
 多くの者たちがアストー01の生歌に聞き惚れているなか、垂はルドラの元へ行き、話しかけた。
 ルドラは垂を横目で見ると、またアストー01の方へ視線を戻す。
「いいのか? こんなことを許して。俺にはよく分からないが、あのマスターデータチップに入っていた歌だ、おまえにはいわくのあるものなんだろ?」
「わたしの目的にあの歌は関係ない」
「そうなのか? じゃあおまえの目的って何だ? 内容次第じゃ協力するのもやぶさかじゃないぜ?」
「…………」
 ルドラは答えなかった。表情の消えた横顔からは何もヒントとなるようなものは見出せず、垂はぽりぽりと頭を掻いたあと、さらに言葉をつなげる。
「ルドラ。おまえが俺たちを警戒するのは分かる。狂っていたとはいえ、おまえのオリジナルを破壊し、ダフマを破壊し、アストーを破壊し、アンリ博士ってやつの悲願を阻んだ。しかし――」
「おまえたちがしたことではない」
「えっ?」
 ルドラは事を起こす前に教導団のコンピュータにアクセスし、当時の報告書のデータを取っていた。報告書は機密としては浅いところにあって――加えてオリジナルがハッキングした痕跡もわずかながら残っていたため――大して手間もかからずに取得することができた。もう完全に終結した事件だからだろう。教導団での取り調べ中に目覚めたときからタケシの内側にいて、タケシの視点からのみ事態を把握していたが、全視点から得たのはそれが初めてだった。
 それによってルドラはルドラなりの結論に達していた。
「あの状態からであれば十分オリジナルは自身への影響を防げた。ダフマはあのアストーを半身に選んでいたが、ダフマの全権はオリジナルが握っていた。アストーを区画ごとパージし、そこからくる衝撃を無効化すればいい。それをしなかったのは……正気に返りたくなかったからだ」
 オリジナルは狂っていた。アンリによって機能を停止させられ、アストーがグラビトン砲を起動させたことにより目覚めた世界には自分以外だれもおらず、すべてが死に絶えてしまったという現実を受け止めきれず、狂気の世界に逃げ込んでしまった。アンリの悲願をかなえるのだ、そのために自分は残されたのだと、必死にその思いにすがって。
「オリジナルは現実を見ることより、完全機能停止することを選んだ。それはオリジナルの判断だ」
「そうか……。
 だがおまえは、狂ったりしなかったんだな」
「当然だ。世界はあの地だけではない。こうしてわたしは世界を知ることができる」
「でも、それはあなたの体ではないわ」
 これは2人の会話だからと、それまで聞きに徹していたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が、もう黙っていられないと話に割り込んだ。
 かつてリネンはとある組織下に身を置き、彼女自身組織の道具として非人道的な扱いを受けてきた過去があった。今でもその当時のことを思い出せば、心穏やかではいられない。
「誰も……誰も、人の自由を奪っていい道理なんて、ないのよ」
 かなり自制を要しながら、たどたどしい声でようやくそれだけを口にする。
 リネン自身は己を律することに意識を集中させているせいで気づけていないだろうが、下がった手がこぶしになって震えていた。
「分かっている。しかしこの場合、どうしようもない」
 淡々とした、感情のないしゃべり方が気に障った。
「分かっていないわ! タケシがどんなふうに思っているか――」
「同時に2つの意識を覚醒させておくには、本体の脳に負担がかかりすぎる。幼いころから訓練されていたわけでもない。しかもまったく他人の意識だ。かなりの高確率で弱い方の意識――この場合、当然松原タケシの意識――が状態異常を起こし、精神錯乱を引き起こす可能性がある。当然ながら、肉体的にも無事ではすまないだろう。神経が焼き切れるのは言うにおよばずだが」
「そんな……」
「わたしもそれは望まない。オリジナルの消滅によって再起動がかかり、目覚めたわけだが、とりたてて何か命令を受けていたわけではないからな」
 本体のタケシはとても活発な少年で、いろいろな場所、いろいろな人間たちと交わることに積極的なため、そこから得られる情報だけでルドラの世界に対する好奇心は満たされ、状況に不満はなかった。
 これまでは。
「あなたが表に出なくてはならない事情ができたというわけね……?」
 ルドラは歌うアストー01から目をはずし、リネンを見る。
「おまえたちも気づいているだろう。この記号――ダフマ、アストー、アストレース」
「ええ、それは……」
「見ろと言わんばかりの派手さだ。偶然ではない。それをした者は間違いなく意図的にこの閃光弾をメディアという媒体を用いて打ち上げた」
「これは、あなたに対するメッセージだと?」
 閃きをそのまま口にした瞬間、リネンはそれが事実だと直感した。
「え? じゃあつまりそれって……。
 待って……頭が混乱してきたわ……」
「その者は、わたしの存在に気づいていても、居場所までは分からなかった。しかしこれを知ればわたしが動くと確信していたに違いない」
 事実、ルドラは動いた。
 自分とアンリが育てたも同然のアストレースと同じ姿をしたアストー01が襲われるのを、罠と知っても放ってはおけなかった。
 あのときの自分では救えなかった、かわいそうな娘……。
「何者かは不明だ。ここにいる者たち、それ以外にも、この名前やわたしとの関係を知る者は多いだろう。人の口に戸は立てられない。二次的に知った可能性を加えれば、それは膨大な数に膨れ上がる」
「ああ、なるほど」
 ピンときて、垂はうなずいた。
「つまり俺たちのなかにもそいつか、そいつの息がかかった者がいる可能性があると、あんたは考えているわけか。だから目的を話せないんだな」
「――いや、そういうわけでもない」
 自分や仲間が疑われているというのに、あっけらかんとした垂の態度に初めて苦笑という表情を見せて、ルドラは答える。
「わたし自身に迷いがあるからだ」
 アンリは廃人と化したアストレースを放置し、ルドラの機能を停止させ、1人ダフマを去った。彼は絶望していたに違いない。しかも致死性の病を抱えていた。そんな彼が第二のダフマ――この名前は、その何者かがつけたに違いないのだが――で、何をしていたのか。それを「ルドラ」が知ることに、意味はあるのか? アンリは「ルドラ」を置き去りにしたのに。
「……気に入らないわね、その何者かってやつ」
 沈黙のあと、リネンはだれにも聞こえない小さな声でつぶやく。
「人を利用し、操ろうとする連中……そんなやつら、すべてたたきつぶしてやるわ!」
(リネン……)
 思いつめた様子のリネンの横顔を、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が複雑な表情で見守る。
「リネン。あのさぁ……」
 ためらいながらも声をかけようとしたときだった。
 激しい爆発音が小高い斜面の向こう側で起きた。
「なんだ!?」
 黒煙が上がり、伝わってくる振動と爆風らしき風にみんながとまどい、いぶかしむなか、ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)が表情を輝かせ、そちらを振り仰ぐ。
「やった!」
 それは部下の『シャーウッドの森』空賊団員たちに指示して要塞化した土地に仕掛けたインビシブルトラップが発動した音だった。
 みごとに引っかかったとにんまり笑ってヘリワードは指笛を吹き、頭上を旋回していた飛竜デファイアントを呼び寄せると滑空するその背に飛び乗った。
「さあやるわよ。か弱い女の子をこんなとこまでしつこく追いかけまわしてくるような無頼漢どもなんか、ぎったんぎったんにしてやるんだから!」
 そしてヘリワードのデファイアントを追うように、リネンのペガサスネーベルグランツが舞い上がった。
「あ、待っ……」
 完全に2人に乗り遅れたかたちで、フェイミィは伸ばしかけた手を引き戻す。
 肩越しにルドラを見た。
 ルドラはおびえているアストー01を片腕で抱き寄せており、2人を中心として周囲をほかのコントラクターたちが固めて防御の陣をつくろうとしている。ヘリワードやリネンのように、武器を手に迎撃に向かう者もいた。
(……ちくしょう。結局、こだわっているのはオレだけかよ)
 かつてフェイミィはドルグワントに覚醒し、本意でないとはいえリネンを手にかけた。それを命じたルドラを守らなくてはならないという今回の任務に、フェイミィはどうしても割り切ることができずにいたのだった。
 だがそれは、ヘリワードだって同じだ。
 ここにいるライゼや、ほかのみんなだって。大なり小なり心に思うものを抱えながら、前向きに対処している。
「――へっ。そうだよな。過去を気にしてたって、しょうがない」
 自嘲するように笑って。次の瞬間、フェイミィはいつものフェイミィの顔でまっすぐデファイアントやネーベルグランツの飛ぶ空を仰いだ。
オルトリンデ少女遊撃隊! ついて来い! 敵は強化人間どもだ、派手に行くぞ!!」
 そして天馬のバルディッシュを手に愛馬のペガサスナハトグランツに騎乗して、リネンたちのあとに続いたのだった。




 激しい爆発とともに、先頭を行っていた部下の1人が吹き飛ぶのが見えた。
「……やってくれるな」
 すぐさま周囲の部下に索敵と状況報告を命じたアエーシュマは、笑みを浮かべて独り言ちると、地響きや強烈な爆風にも微動だにせず視界が晴れるのを待つ。
 だが思ったとおり右手首のリストバンド型全方位探知機が作動して、黒煙が完全に晴れるのを待たず、むしろそのなかにまぎれるように飛び込んできた者の存在を伝えた。
「はあああああーーーーっ!!」
 身を低く保ち、煙に浮かぶ人影のなかでも一番巨大な影に向かってバーストダッシュで接近した小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、身長差を補うように地を蹴って跳ぶ。その足元で青白い光をパチパチと放っているのは脚力強化シューズだ。それにより、数倍に威力を増した垂直蹴りがみごと敵のあごに決まるかに見えた寸前、彼女の細足はふくらはぎのところで握り止められた。
 ――握りつぶされる。
「くっ!」
 すぐさまもう片方の足で掴んだ丸太のような肘の内側、尺沢と呼ばれる部分をねらう。人体の急所の1つだ。しかしまたもつま先が食い込む前に、美羽は人形のように振られて放り投げられてしまった。
「きゃあっ!」
「美羽!」
 すぐさまコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が抱きとめ、その場を離脱する。直後、彼のいた位置が大きくひずんで、押しつぶされたように地面にすり鉢状の穴があいた。
「なに!?」
 だが驚いている暇はなかった。すり鉢状の穴はまるで見えざる敵の足跡のようにコハクを追ってきていた。美羽を下ろす暇もなく、コハクはバーストダッシュで蛇行しながら不可視の攻撃――おそらく重力兵器――を避ける。とはいえ、彼もただ避けていただけではなかった。
「コハクくん、こちらです」
「ベア、頼む」
 その間に詠唱を終えたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、脇をコハクが通りすぎると同時に裁きの光を放った。
 天空に現れた天使たちが雨のように光の矢を降りそそぐ。カーテンのように広がったそれが敵の攻撃を阻んだのを見て、美羽はコハクの肩をたたいた。
「コハク、ホイップして」
「分かった」
 コハクは両手の指を組み合わせ、その上に美羽の足が乗った瞬間上空へ打ち上げる。美羽は宙空から真空波を放ち、無数の刃によって敵の攻撃を阻んだ直後、重力の加速とともに相手の脳天目がけてかかと落としを繰り出した。
「てやーーーっ!!」
 まるで鉄板にでも打ちつけたかのようだった。衝撃が美羽のかかとをしびれさせる。
 走った痛みに美羽が顔をゆがめたのを見て、紙一重でかわしていたアエーシュマがフッと笑った。
「惜しかったな」
 かわされたとはいえ、肩に入ったはずなのに、毛ほども痛みを感じている様子はない。
「……まだまだぁっ!!」
 美羽はぐいっと身をねじってひざを首にかけることを試みた。そのままの勢いで自重で後ろへ引き倒し、絞め技へ持っていこうとする。しかし小柄な美羽では熊ほどもあるアエーシュマとの体格差、体重差は埋めようがなく、片手で引き離されてしまった。
「美羽を放せ!!」
 懐へ飛び込んだコハクが日輪の槍の石突でみぞおちをねらう。かわされてもそこからさらに打突を連続して仕掛けていったが、アエーシュマはそのすべてを難なく避けた。
 美羽をコハクにぶつけるようにして解放する。
「!!」
 2人はもつれあって地面を転がった。勢いをバネにして跳ね起きた美羽は、両脇でぐっとこぶしを握り込む。
「コハク、大丈夫!?」
「うん……まだ、いけるよ」
 手元に転がっていた日輪の槍を拾って立つ。
 しかし2人とアエーシュマの間にはいつの間にかほかの強化人間たちが立ちはだかっていた。ここから先は自分たちが相手をすると言いたいのだろう。いずれも軍人や格闘家を思わせる肉体の持ち主で、1人はまるで腕と一体化したような手甲剣を、そしてもう1人はあきらかにひと回りは大きくなったこぶしをしていた。こぶしはシュワシュワと音をたてて赤く放熱しており、少し離れた位置にいる美羽の肌にも熱が伝わってくる。
「……いくよ、コハク」
「うん」
 強敵を前に臆することなく。2人は突っ込んでいった。