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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

リアクション公開中!

胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

リアクション

 コントラクターと強化人間の間で、激しい戦闘が起きていた。
 スキルと魔法が古代兵器とぶつかり合う音と火花があちこちで上がる。火柱が噴き上がり、炎が走ったと思えば突然凍結した氷の刃が地面を割って現れるや串刺しにしようとそびえ立つ。それでいて、視界は開けることはなかった。乾いた地表はもうもうと黄色い砂埃を宙に巻き上げる。
「主、決して私から離れますな!」
 どこから何がくるともしれないなか、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は周囲を警戒しつつ背後にかばった主君グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)に声をかける。アウレウスもすでに幾度か敵の強化人間たちと刃をまじえていた。彼らはそれぞれ特色が違い、鋼のような肉体を持って刃先が食い込むのを止める者もいれば、熱球を生み出してぶつけてくる者もいる。いずれも強敵ぞろいだ。アウレウスは、そんな者たちを相手にどうすれば主を無傷で守れるかということのみに意識を集中し、考えていた。
ガディ!」
 アウレウスは上空で待機しているはずの闇色の鱗におおわれた聖邪龍を呼ぶ。グラキエスの炎の魔法で卵から孵り、以降その魔力の影響を受けて育ってきたその龍は、アウレウスにとって心身ともに真の相棒と呼ぶべき存在だった。
 今もまた、咆哮を上げてアウレウスの呼び声に応え、地上へと舞い降りる。
「行くぞ、ガディ。我ら2人ともにあれば、何者にも負けることなど決してあり得ぬ。ともにグラキエスさまに我らが雄姿をご覧いただくのだ」
 応えるようにあざやかな赤い瞳がきらめいた。アウレウスがその背に飛び乗ると同時に勇猛な雄叫びを発して舞い上がり、眼前の敵目がけて突貫をかける。彼らに気づいた強化人間は胸部装甲を開き、小型ミサイルを複数撃ち出したが、ほとんどはガディが避け、避けきれず着弾した分も龍鱗化した肌を傷つけるまではいたらなかった。
「遅い!!」
 スピアドラゴンの一撃が、閉まりかけた胸部装甲に挟まり、こじ開けて刺し貫く。
 強化人間の両手がスピアドラゴンの柄を握って、引き抜こうとするのを邪魔した。何かと思った次の瞬間、強化人間が自爆する。
「なんてことを!」
 グラキエスを挟んで反対側で戦っていたロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)は、背後から差してきた爆発の光に魔導銃サンダーボルトを撃つ手を止めて振り返った。
 爆風が去ったあと、ガディとアウレウスが爆発から逃れているのを見て、ほっと胸をなでおろす。
「しかし、武器を失ってしまいましたか」
「アウレウスなら大丈夫だ」
 ロアのつぶやきにグラキエスもまたつぶやきで答えた。
「武器などなくとも、あいつは肉体そのものが武器のようなやつだからな」
「それはそうですが――」
 グラキエスの方を向いた瞬間ロアははっとなり、それ以上言葉を続けられなくなる。
「大丈夫ですか!? エンド!」
 グラキエスは血の気をすっかり失って蒼白していた。表情も張りがなく、わずかに目も焦点が合っていない。
「苦しいのでしょう! 一体いつからです?」
「平気だ……騒がないでくれ」
「ですが――」
 肉体の衰弱がここまで進んでいたとは。ロアは内心で己のうかつさを責めた。
 古代遺跡や事件の謎に興味を持ち、本人がいかに来たがったとはいえ、やはり来させるべきではなかったのだ。今のグラキエスは戦場の騒音や緊張感にも耐えられない――。
「下がりましょう、エンド。きみが興味あるのは戦闘ではないでしょう。無事に遺跡へ着くためにも、ここは――」
「いい。かまうな。
 騒げばよけいに敵の目を引くことになる」
 かばうように伸びてきていたロアの手をぐいと押し戻して、グラキエスはいら立ったように言う。
 戦場で弱みを見せることは、すなわち「自分を食べてくれ」と電光掲示板を掲げているも同然だ。鼻の利く猟犬のごとく敵が押し寄せ、ピラニアのように骨まで残さず食いちぎっていくだろう。
「それに」
 とグラキエスはつぶやくと同時に、視界に入った敵に意識を向ける。敵もまた、ほとんど時を同じくしてグラキエスたちを標的と定めたらしく、チャクラムのような武器を両手の先に浮かべてさらにそれを巨大化させる。それを見て、グラキエスはネロアンジェロを起動した。
 三対の翼により、漆黒の弾丸のごとき機動力を発揮したグラキエスは、敵がチャクラムを放つより早く敵の間合いへ飛び込み、龍銃ヴィシャスを接射する。銃弾は敵のまとった強化装甲ごと外皮装甲を貫いた。
 機能を停止した強化人間はグラキエスの体に向かって倒れ、ずるずるとすべり落ちる。
「俺は、まだ、戦える」




「あー、なーるほど。ああすれば貫けるわけね〜」
 グラキエスが敵を倒すシーンを上空から目撃して、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は感心しながらも面白がっている声でつぶやいた。なにしろずっと飛び道具を使う相手に対し、滅技・龍気砲やアブソービングドラゴンを用いての中・遠距離攻撃による戦いをしていたのだ。
「こいつら、いやになるくらいすっごく固いんだけど、ドラゴニックヴァイパーなら噛み砕けるかしら〜?」
 さっそく試してみたいとキラキラ輝いた目が言っている。
「それはどうかな」
 足下で、剣の形に具現化した陽炎の印を用いて戦っていた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が疑問を呈した。
「一瞬で間合いを詰めるっていうのは、やろうとしてなかなかできることじゃない。特にこういう手練れが相手じゃな」
「あら、できるわよ〜」
 リーラは少し気分を害した声で言い返した。
 真司が今相手をしているのは、グラキエスが相手にしていたのと同じ、光でできたチャクラム使いだ。このチャクラムは一見には止まって見えるほど光速で回転しており、触れただけでどんなものでもズタズタに切り裂いてしまう。
(いや、もしかすると触れなくても衝撃波で切り裂けるのかも)
 体に負った傷が心臓の拍動に合わせてズキズキ痛むのを感じながら、そう思った。
(リーラにあんなことを言っておきながら……。しかし多少無理してでもさっさとケリをつけないと、消耗するばかりでコスパが悪すぎるか)
 防御を軽視しては賭けになるかもしれないが、我が身を大事にしていて到底倒せる相手ではない。
 そうと決めるや、深く息を吸い込み、ひと息で整える。その呼吸が、歴戦の兵らしい敵にこちらの考えを読ませたか。光のチャクラムの数が一気に増えた。
「くそっ! 向こうも一撃で決める気か!」
 12のチャクラムが全方位から真司を襲う。それを真司はショックウェーブではじき飛ばした。
 光のチャクラムは真司を防御する見えない壁にぶつかり、軌道を変える。すぐにまた攻撃が来ると身構えた真司の前、光のチャクラムはなぜか失速して地に落ちた。急速に回転が落ちて、光が消えていくにつれて収縮し、やがて消える。
「一体何が……」
「ほらね〜、かーんたん」
 悦に入ったリーラの声が、敵の強化人間の背後からした。リーラの肩から伸びたドラゴニックヴァイパーが外皮装甲におおわれていた頭部を口内で噛みつぶしている。
「真司がおとりになってくれたらいーのよ〜」
「……いや、それはおまえの方が向いていると思う」
 背中にはドラゴニックアームズ、両肩、腕にドラゴニックヴァイパーを生やしたリーラの威容は十分人目を引く。
「そぉ?」
 一考するように軽く首を傾げたリーラは、次の瞬間、くすっと笑いを漏らした。
「どうした?」
「んんー? なんかさ〜、この状況ってつくづく不思議よねぇ〜。あのときあんだけ戦ってきたルドラを、まさか今度は一転して守ろうとしてるなんてねぇ」
 かつて倒そうとした相手を、今はどうやって守ろうか考え、そのために戦っている。そう考えると愉快な気持ちがこみ上げて、どうしても笑いが漏れてしまう。
 それは真司も1度ならず考えたことだった。
 素っ気なく肩をすくめる。
「……あのときのルドラは破壊された。彼はあのルドラじゃない」
「それはそうなんだけど〜。
 ま、小難しいことはいいわ。私は面白かったら何でもいいしね〜」
 ニッと笑ったリーラの後ろで、そのとき、砂煙の向こう側からむくりと巨大な男が現れた。
「!
 離れろリーラ!!」
 真司が切迫した声で叫ぶと同時に、鋼鉄のきらめきがリーラの頭目がけて高速に振り下ろされる。しかしそのナイフの切っ先はリーラに届くかなり手前の段階で投げ入れられたイーダフェルソードにぶつかり、邪魔をされた。その隙にリーラは銀の龍翼をひらめかせて上空へと逃げる。
 しかしアエーシュマはリーラにこだわることなく、もう片方の手で、突き込まれる寸前だった南條 託(なんじょう・たく)の残ったイーダフェルソードによる攻撃を指2本の白刃取りで防いだ。
「あら、やっぱり失敗したねぇ」
 彗星・輝と星の瞬きを用いて、リーラに対する攻撃を邪魔するのとほぼ同時攻撃になるようラグを合わせたのに。
 しかも指2本で止められてしまった。
 託の背筋を冷たいものが流れた。内心の動揺を隠し、虚勢を張るようにそう言って笑って見せると、次の瞬間イーダフェルソードを伸ばした。これはアエーシュマも予想外だったのか、顔面目がけて伸びてきた剣にほおをかすめられながらも避ける。無理な体勢で避けたため、バランスが崩れた。
 剣を元に戻す間も惜しみ、剣を手放して離れる間際、そのことに気づいて魔闘撃を仕掛けてみる。しかし紙一重で避けられ、わずかに髪先を切り落とすに終わった。
「巨体のくせに、すばやいねぇ」
 地に下り立った託はさっと距離を取り、素手でかまえをとる。
 そんな託を見て、アエーシュマは片ほおをゆがめた。
「おれに素手で挑もうというのか」
「んー。挑むより、どっちかっていうと質問したいんだけどね。答えてくれる? それとも、戦ってからでないとだめかな?」
 どこか人を食ったような物言いだった。
「おまえ、おれが倒せると本気で思っているのか」
 これだけの体格差だ、アエーシュマがそう思うのも無理はない。腕の太さなど託の2倍半はある。
「うーん。どうかねぇ。いや、かなり難しいと思うよ。だけど何でもやる前から決めてかかるのはやめなさいって教わってきたし、僕もどうかと思うしね。それに「ものは試し」って言葉も世の中にはあるからねぇ」
 どこまでも飄々とした託の返答に、アエーシュマは一瞬あっけにとられ、そして吹き出した。
「まったく。今日はおれを笑わせるやつによく出会う。
 それで? 訊きたいことというのは何だ」
 託はアエーシュマから闘気が消えて雰囲気がやわらいだことに気付いた。だがこの気まぐれがまたすぐに変わることを懸念して、なぜかとは問わなかった。油断せず、警戒を怠ることなく。細心の注意を払って訊く。
「じゃあね。なんでそこまで執拗にねらうのかな?」
「1度失敗したらやめなさい、というのも教わったのか?」
 揶揄するような言葉は、先の仕返しだろう。託は無視することにした。
「神聖で不可侵といっておきながら、回収じゃなくてねらっているのは破壊じゃないか? そのくせ自分たちはその古代の物をそうやって使っているようだし。どこかちぐはぐじゃないかと、僕は思うんだ」
「神聖不可侵なのは、あの女のなかに入っているデータチップのみだ。あの機晶姫はそれに該当しない。おれたちが用いているのは古代人の意思を受け継いでいるからだ。これを用いて戦い、守れとな。おれたちは聖戦士(ベラトーレス)だから」
 ベラトーレス(ベラトーの複数形)と言葉にしたとき、少し皮肉げに聞こえたのは、聞き間違いではないだろう。彼もまた、これは詭弁だと思っているのだ。
「じゃあ最後の質問。
 きみたちは何を知っていて、何をしようとしているんだい?」
「それは答えられないな。「きみたち」というのは存在しない。こいつらとおれ、そしてあの御方。皆、望みは違う」
(御方……?)
「じゃあ、きみの望みは何なの?」
「強敵と戦うことだ」
 その瞬間、押さえ込まれていた炎が噴き上がるようにアエーシュマの全身で闘気がみなぎった。
 流動するそれはアエーシュマの巨体がさらにひと回り巨大になったように感じさせ、さながら煮溶かされた黄金のように危険な熱を帯びている。
「……ふーん。まあいいや。
 とりあえず、このまま彼女が壊されちゃうのは気に入らないし。アストー01の元にたどり着きたかったら僕を倒すことだね」
 ジャッと砂を擦って軸足を前に出すと、託はあらためて素手でかまえをとった。
 上からリーラの退屈しきった声が降ってくる。
「ねーえ? もう話は終わった〜? そろそろ始めちゃっていい〜?」
 リーラの向き合わされた両てのひらの間には巨大な光弾が浮かんでいた。託とアエーシュマが話している間じゅう、練っていた生体エネルギー弾である。
 ビーチボールほどにも膨らんだそれを、リーラはアエーシュマに向かって投げつけた。それを合図ととったのか、ブラックコートをひるがえし、ポイントシフトで背後へ回った真司がタイミングを合わせて攻撃に入る。リーラのエネルギー弾はバックハンドブローで弾かれた。だがリーラもそれは読んでいて、むしろエネルギー弾を自身を隠すための盾として用いていた。アエーシュマが弾いた瞬間その後ろから現れて、竜頭型の巨大鎚に変形させた破鎚竜エリュプシオンによる強撃を放つ。
「くらいなさい〜!!」
 真司との挟撃。どちらかが防がれても、片方は入るはず。しかもそこには2人の攻撃の意図を読んだ託が加わって、魔闘撃をみぞおち目がけて突き込んでいた。
 だがアエーシュマは3人の予想をはるかに上回る相手だった。
 砲弾の直撃にも耐えうる頑強なボディはほかの強化人間を超越していた。リーラの振りかぶった全力の振り下ろしがわずかに表皮をへこませたにすぎず、次の瞬間
「ウオオオオオオオオオオッ!!」
 野獣の咆哮を発したアエーシュマの全身が輝いて、3人は見えない力に同時にはじき飛ばされた。
「エネルギー波……バリヤか……?」
 受け身をとり、転がった先の地面で立ち上がった真司がつぶやく。が、考えている暇などなかった。向かい風を感じたと思った瞬間、一瞬だけアエーシュマの姿が見えた。とっさにかまえた剣が何かにぶつかった衝撃がきて、反動でまたも飛ばされそうになる。なんとか踏みとどまった真司の前、剣が破砕した。
 アエーシュマのスピードはその大柄な外見からは想像もできないほど早く、攻撃は苛烈だった。目はわずかに残像を捉えるのみで、対処するには半歩遅い。
 3人は一方的に翻弄された。即死しないよう防御するのがやっとで――それも完全に防ぎきれてはいない――攻撃に転換することもできない。このまま完膚なきまでに倒され、地面に転がるのはもはや時間の問題としか思えなかったとき。
 思わぬ援護は上空から入った。
 ヘリワードによるアロー・オブ・ザ・ウェイクの連射がアエーシュマと彼らの間を分かつように地面に突き刺さり、動きを止めたアエーシュマの背中目がけ黒い光弾が次々と撃ち込まれる。
 終焉のアイオーンによる奇襲攻撃は、アエーシュマをその場にひざまずかせた。
「3人とも、今よ!! 離脱して!!」
 リネンの険しい声が響いた。