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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

リアクション

■エンディング

 強化人間たちとの戦闘は熾烈を極めた。
 竜造たちが撤退したあと、参戦した月谷 八斗(つきたに・やと)ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)など、回復系の魔法が使える者たちは必死に傷つき疲労した者たちに回復魔法を飛ばすが、とても追いつかない。
 七刀 切(しちとう・きり)は戦場を見渡してそれと悟るや、切れた息の下思い切り息を吸い込むとかすれきった声で叫んだ。
「しんがりはワイが引き受けた! みんな、行けーッ!!」
 こいつらはだれ1人とっても強敵だ。とてもではないが、今の状態で戦える相手ではなかった。特にあのアエーシュマ。あれはもはや強化人間とかいう範疇に収まらない。化け物だ。
 それは切だけでなく、戦った全員が実感として持った共通認識だった。
 最後方にいたルドラがアストー01を抱き上げ、走り出す。真司朝斗たちは最も危険なしんがりを切1人に任せることにためらいを見せたが、守護対象のアストー01が移動すればついて行かざるを得なかった。防御を薄くするわけにはいかない。
「待って……あの人が……!」
 切だけが背中を向け、走り出さないことにアストー01が混乱して叫ぶ。
「心配しないで。きっと切さんもあとで来ます……必ず」
 感情を押し殺した声で、朝斗が答えた。
「そんな……」
 ――ああ、わたしのために……。
「ごめんなさい……すみません……すみません……っ」
 涙をあふれさせ、泣きながら何度も謝るアストー01の声がかすかに切の耳まで届く。
「へへっ。分かってないねぇ、あの子。
 女の子には、謝られるより笑顔で「ありがとう」って言われる方が、男はうれしいってもんだぜ。なぁ? あんたもそう思うだろ? アエーシュマ」
 自在刀の切っ先を向けた相手に、満身創痍の身ながら切は豪胆にも笑いかける。
「なんたってあんた、妻子持ちなんだから」
「――かつての話だ」
「あ、やっぱり? あんた、あのアエーシュマだったんだ。カマかけただけだったんだけどねぇ」
 なぜそんなことができているかまでは分からなかった。かつてアエーシュマは甚五郎たちによって倒されたと聞いた。
 しかし一方で、聞いた話によると古代のドルグワントの意識が現代のみんなのなかでよみがえっていたということだし。アエーシュマもドルグワントだった以上、そういうこともあるのかもしれない。
「そこをどけ。きさまでは相手にならないのは分かっているだろう。30秒の猶予をやる。おとなしくそこをどけば、生かしておいてやろう」
「……あーあー。こういうときの悪役って、ホント、言うことにオリジナリティってもんがないよねぇ」
「なんだと?」
「だからさぁ。ワイの返答も分かるってものでしょ?」
 ぐい、と口元の血を乱暴にぬぐって、切は答える。
「女の子からの「お願い」ならともかく、ゴツいオッサンなんかのおどしで動くわけないっしょ。
 ワイを動かすのはただ1つ」
 キラン。切の目が不敵に光る。

「女の子の! 笑顔のためにぃぃぃいいい!」

 切は一騎当千を発動させ、突貫をかけた。
 対するアエーシュマもかまえをとろうとする。
 が。

「待て」

 突然言葉による横やりが入った。
 アエーシュマがぴたりと動きを止めたのを見て、切も足を止める。
「あんたは……」
 声がした方を向き、そこに立つ若い男を見て、切は訊く。
 強化人間たちが地面に片手・片ひざをついて、最大級の礼を尽くしている。言われなくても分かる。この男が彼らを統べている者だ。
 アエーシュマさえただちに戦闘体勢を解いて胸に手をあて、頭を下げていた。
「きみ、面白いこと言ってたよねぇ。女の子の笑顔のためか。いいね、そういうの」
 男は虚とも実ともとれる笑顔で、まるで昔からの友人のように親しげに話しかけてきた。
 声や話し方はソフトだが、外見はハードだ。幅広のミラーサングラスの下に、左目を横切るようにくさび型の引きつった古い傷跡が頭部から顎近くまで走っていた。あんな傷を受けて、よく生き延びられたものだ。そしてさらさらと、うなじでひとくくりにまとめられた長い銀色の髪が風になびき、夕方の光を受けて虹色に輝いている。
「でもさぁ、それならぼくにも共感してくれるんじゃないかな。会ったばかりの、機械の女の子にすらそうやって命を賭けられるんだから。あいつに機能停止された恋人を取り戻したいぼくの気持ち、分かってくれるよね?」
 男の後方には重厚で巨大なトレーラーがあった。
 そしてその影に、鉄心たちが表情を消して無言で立っていることに気づく。
「ねえきみ。
 ぼくの味方になってくれるかい?」
 ルガト・ザリチュはにこやかな笑顔を浮かべ――しかしミラーサングラスの下の隻眼はどこか逸脱した危うい光を放ちながら――切に問いかけた。


※               ※               ※


 すっかり太陽は西へ傾いていた。
 夕日の赤と宵闇の藍色が混ざりあった空を背景に、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)は彼方の地平へ目をこらす。
「おかしいな。もう、とうに着いていておかしくない時刻なんだが。
 まさか……」
「いや、それはないのだよ」
 ララの懸念を読んで、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が答えた。
 彼女は今、何事かを探知しようとしているかのように地面に手をついて、集中している。その傍ら、ララの見ている地平を横目に見た。
 なるほど。遺跡への入口を探しているあまり気が付かなかったが、ここへ着いてから相当な時間が経過しているようだ。
「おそらく向こうには大勢のコントラクターが行っているに違いないのだ。彼らがやられるはずはないのだ」
 しかし敵の能力、規模はリリにも未知数だ。これは希望的観測に基づくものだと認めざるを得なかった。
(コントラクター数十人がやられる……?)
 いいや、そんなことこそあり得ない。
 リリは首を振り、そんな考えは退けた。
 歯がゆかった。ルドラやアストー01の居場所を探る術が自分たちにもあったなら、彼らと合流できたものを。そしてここで、こんなにもやきもきする必要もなかった。
 自分たちにできるのは、せめて彼らがこの地へやってきたとき、スムーズにこの古代遺跡の地下へ下りられる方法を探すことだ。
 古代遺跡そのものは、Vendidad財団による発掘調査が行われていた。
 発見は数カ月前であったため、目ぼしいものはあらかたそのときの調査によって内部から持ち出された。調査は今も続いているが、音楽の入ったデータチップ以外は特筆するような物も見つからず、学者たちにも発見当時ほどの熱意はなくなっていた。これまでに見つかったものと同じ、よくある小規模の古代遺跡だ。だから今日のような週末ともなれば、遺跡は簡単な封鎖シールを貼られただけで、無人になっていた。
 しかしアストー01がここにこだわる以上、ここにはまだ何かあるはずだ。まず間違いなく、それは簡単には見つからないよう隠されているに違いない。
 リリは古代遺跡付近から調査を開始し、少しずつ範囲を広げていった。
 あれから数時間。神経が焼き切れて意識が遠のきそうになるほど集中して探索した結果、リリは不思議な欠片を見つけた。最初、とがった先端だけ地表に出ていると思われたそれは、掘り出してみると何か石版のような物の一部で、不思議な鋼材でできている。
「何だ? それは」
「まだ分からないのだよ」
 肩越しに覗き込んでくるララの前、リリは表面にわずかに残った文字の断片をなぞる。
 古王国時代に使われた古代文字だ。リリやララには残念ながら読み解くことはできなかった。
「もしかすると、今の松原タケシなら読めるかもしれないのだ」
 報道番組で見た映像を思い出す。そのなかで、混乱のさなかステージに飛び乗り、アストー01をさらっていった人物が映っていた。暗く、安定性に欠けた揺れる画面のなか、チラと映った横顔はリリもよく知る蒼学生のものだった。だがタケシであるなら絶対に浮かべないような表情、そして赤く光る印象的な目。
 あれがもしリリの想像するとおりの人物であるならば、古代文字など簡単に読めるに違いない。
 とはいえ、これは欠片でしかないため、どこまで情報として機能するかだが……。
(しかし本来の人の意識を遮断し、簡単に体を乗っ取って操るとは……。あれは、かなり危険な物なのだ)
 どうにか取り除く方法はないものだろうか。リリは真剣にそのことについて考えてみた。直接触れて診てみないことには分からないが、そこまでできるのであれば、相当タケシの脳に食い込んでいる可能性がある。脳を傷つけずに取り出せるものだろうか? また、取り出すことにみごと成功できたとしても、あれを失えばタケシは盲目になってしまうだろう。それが本当にタケシのためになるのか?
 ふう、とため息をこぼしたとき。
「リリ、あれを見ろ!」
 ララが南西の方角を指さした。
 もうかなり太陽は落ちて、地平は闇色を増していたが、それでもそこに大勢の人影を見ることができる。
「ああ。きっと無事たどり着いてくれると信じていたのだよ、みんな」
 リリは体じゅうに安堵の思いが広がっていくのを感じながら、こちらへやって来る彼らに向けて、歓迎するように両手を広げた。





『胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回) 了』

担当マスターより

▼担当マスター

寺岡 志乃

▼マスターコメント

 こんにちは、またははじめまして、寺岡です。

 公開が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。
 次回後編ですが、できるだけ早くガイドを出せるようにしたいと思います。
 ぜひ次回もまたよろしくおつきあいのほど、お願いいたします。