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胸に響くはきみの歌声(第2回/全2回)

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胸に響くはきみの歌声(第2回/全2回)

リアクション

 泰輔たちは元来た階段を駆け下りる。もちろん、退避するためではない。最初に入ってきた例の部屋の前を通り過ぎ、ひと気のない通路をひたすらまっすぐ走った。
「あのぅ……。泰輔さん、この道で本当に合ってるんでしょうか?」
 迷いもなく突っ走る泰輔の姿に、きっと何か考えがあってそうしているのだと思ってついて走りながらも、さすがに少し不安になったのかレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が問う。
 対する泰輔の返答は、アッサリしたものだった。
「知らん」
「えっ!?」
「ここ来たんは初めてやからな、知ってる方がおかしいわ」
「そ、それはそうですけど……」
 やおら不安になってきたレイチェルに気付かず、泰輔は続ける。
「道が合うとるかは知らんが、方角が合うとるのはたしかや。ヴァイスたちが向こうたのと対角の方角やからな。
 4体のディーバが四方に1体ずつ、か。これをどう読む? フランツ」
「……キャビテーション」
「せや。おそらく原理としては単純なモンや。もともとここを崩壊させる1点をつくっておく。そこに対し超音波を送って、1秒間に数万ってキャビテーションを起こさせるんや」
「泰輔さん、分かりません」
 え? と見返して、泰輔は少し考える。かなり簡単にしたつもりだったのだが。
「白アリや。ようは、大黒柱の1点に目に見えない超大量の白アリ送り込んどると思たらええ。数千年かけての老朽化を数分で導くわけや」
「ああ、なるほど」
 理解した瞬間、レイチェルの頭のなかには小さな白い羽虫が周囲でうぞうぞ大量に這い回っているといういやな光景が浮かんできて、げんなりしてしまった。
「ま、そない言葉で言うほど簡単にできるわけやないけどな。
 僕らが呼吸しとる空気は音を伝達させるには最悪のモンや。それを補うために、4体のディーバを使うとるんや。距離や速度や時間……めんどい、物理の計算やな。こいつら、間違いなく機晶姫や。で、そういった演算を瞬時に組み立てて動いとるはずや。案外4体もいらんかもしれん。ま、予備や囮っちゅう可能性もあるから、4体全部倒しといた方が無難やろな。
 さて、そろそろ到着らしいで。こうなったら天性の音楽センスに期待するで、フランツ。きみは彼女らの「音楽」の邪魔せぇ。その間に僕らで歌姫を片付ける!」
 つきあたった部屋のドアを蹴り開けて4人は飛び込む。
 金属でできたその部屋は、壁じゅうに波のような模様が刻まれ、凹凸があった。
 そして部屋の中央には人の姿を模した人ではない物が立ち、真鍮のような色をしたなめらかな肌を通路からの光に反射させている。顔を上げ、口を開き、微動だにせず。歌っている女性の彫像が置かれているだけのように見えた。
 室内に明かりのようなものは一切なかった。超音波を発するだけの機晶姫なのだから当然かもしれない。
「暗い。
 レイチェル、光や!」
「はい」
 レイチェルの手から光術の光が離れるのと同時に、奥の暗闇でチカッと光がまたたいた。何かがレイチェルの腕をかすめて開いたままのドアに当たる。
「レイチェル!?」
 驚くフランツに向かって、燃え盛るヘルファイアの黒い炎が飛来した。
「フランツ!」
「うわ!?」
 とっさに顕仁が放った氷術とヘルファイアがぶつかったが、散らしきることはできない。しかしそれが一拍の間をつくり、泰輔のタービュランスが間に合った。
 炎を吹き散らした乱気流が室内に竜巻のように吹き荒れる。
 光術に照らされ、強風にあおられながらも立つ男が部屋の反対側にいた。その手には真紅の光をにじませた魔銃が握られている。
「ヘクススリンガーかい。ディーバの守護者っちゅうわけやな。
 上等や! 受けてたったるわ!!
 フランツ、レイチェル、きみらは予定どおりあの機晶姫の歌止めえ。顕仁は僕とやつの相手や」
「うん」
「分かりました。泰輔さん、気をつけてください」
 フランツとレイチェルはさっそく壁に向かう。
「超音波とは結局、繊細な音だ。届いたとしても、本来の状態を保てていなければ意味がない」
「ここの壁や床にダメージを与え、ディーバが歌って伝達されてもまともに機能できないようにするわけですね」
「うん。頼めるかな」
「任せてください」
 壁はただの壁でなく、こちらも触れただけでは分からない何かの鋼でできている。しかし、泰輔やフランツが壊す必要があると言うのなら、何をもってしても壊すまでだ。
 レイチェルがフロンティアソードを抜くそばで、フランツは音そのものの妨害を図るべくギターをかまえる。必要なのは音楽ではない。音だ。最大限に引き絞った弦をはじいて鳴らす。指が切れそうなほど強く張られた固い糸に、フランツはピックを握る。
 これがどれほど役に立つかは分からない。超音波は聞こえない。もうどれほどこの遺跡の大黒柱へ白アリを向かわせているのかも。
(だけど、それは泰輔やレイチェルたちだって同じだ)
 自分にできる精一杯を、そのときそのときにするだけ。
 壁を斬りつけるレイチェルと、ギターの弦をはじくフランツ。彼らの音に、泰輔と顕仁がヘクススリンガーの銃撃をはじき、炎をそらす音が混じる。
 メチャクチャで、音階も何もなく、むしろ工事現場を想起させるようなデタラメな音だったが、気迫と激しさだけは聞く者の胸に迫るほどこもっている。
 それを感じて、泰輔はニッと笑った。
「始まったで。これこそ魂のこもった、まさしくハード・ロック・タイムや」



 他方、別地点にいるディーバの破壊に向かったルカルカダリルたちの一行は、思わぬ敵と遭遇していた。
 強化装甲をまとい、幅広のミラーサングラスをつけた男が2人、曲がった先の通路内にいて、鉢合わせてしてしまったのだ。
 強化人間たちが遺跡へ入ったのは、羽純からの連絡で知っていた。しかしここまで到達していたとは。
 一刻も早くディーバのいる地点へ到着することばかりを考えていて、まさか先客がいるとは思わず、彼らは無防備に通路へ飛び込んでしまっていた。
「魔物の機械め! ここにいたか!」
「うわ。やべえ」
 思わず声を漏らした八斗の横から飛び出したアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)がアストー01を背に常闇の帳を張る。一瞬の差で強化人間たちの連射した銃弾はすべて漆黒の闇に吸収され、1発もその先に進むことはできなかった。
 そしてカシンという小さな空打ちの音を松岡 徹雄(まつおか・てつお)は聞き逃さなかった。光学モザイクで姿を消したまま前に出て、影縫いのクナイを投擲する。クナイはマガジン交換をしていた腕の影に突き刺さり、突然の不調に身を引きつらせた強化人間の手からマガジンが落ちて床を打つ。
 もう1人が見えない敵を警戒して周囲に真空波をばら撒こうとした。
(遅いね)
 徹雄はすでに自在の紙片をかまえている。紙片の薄刃なら、剣の突き立てられない継ぎ目でも刃を通すだろう。それを強化人間たちに向かって投げようとした瞬間だった。
 強化人間たちは側面から銃弾を浴びせられ、横向きに吹っ飛んだ。
「よし、ヒット!
 あなたたちの武装に比べたら豆鉄砲かもしれないけどね、威力ゼロってわけじゃないのよ」
 シャンバラ教導団大尉水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が【シュヴァルツ】【ヴァイス】をそれぞれ手にして現れる。
 そして通り過ぎようとした通路にアストー01やみんなの姿を見て、足を止めた。
「あら?」
 ああ、それでやつらはここで立ち止まっていたのかと、ゆかりのなかですとんと落ちる。
 そしてつぶやいた。
「えーと……ギリギリセーフ?」
「ギリギリアウトだったんじゃないでしょうか」
 すぐ後ろでヘビーマシンピストルを持ったマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が冷静に答えた。そして前方で吹き飛ばされた強化人間たちが起き上がろうとしているのを見て、容赦なく弾を撃ち込む。
 連射された銃弾は壁に当たって火花を散らし、強化人間たちをさらに後方へ飛ばす。近距離からの銃撃という連続ダメージを受けながら貫通して蜂の巣にならなかったのは、それだけ彼らのまとった強化装甲が優秀だからだろう。
「あいかわらず固いわね」
 遺跡内でずっと彼らを相手にゲリラ戦をしていたゆかりは渋い物を口にしたような顔でつぶやく。
 しかしついにひび割れが入り、そこにほころびが生まれたのを見た。
「古今東西機械には雷ってね!」
 即座にライトニングウェポンを発動し、銃撃する。射出された弾は割れた強化装甲の隙間に当たり、さらにそこを押し広げて強化人間の胸に着弾すると、減り込んだ体内に雷撃を伝えた。
 バチバチッと青白い光が強化人間の手足を走る。
 もう片方の強化人間がすぐさま銃口をゆかりたちへ向けたが、マリエッタの放った力の風、カタクリズムがその手から銃をたたき落した。
「さあ、おとなしく投降しなさい」
「――くっ」
 パチパチと音をたてて足が関節部を中心に痙攣している。
 逃げられないと悟ったのか。男はウエストポーチから親指サイズのスティック状の何かを出した。
 ゆかりとマリエッタはそれが何か、もう知っていた。今まで倒してきた強化人間たちも、最期はそれを取り出したからだ。
 強化人間は先端のキャップをはじき上げ、押し込む。黒い光が輻射され、彼らはベキベキと音をたてて爆縮した。
 自分の体に埋め込んだ聖遺物を渡すものかということなのだろう。
 元が2人の人間だったことを思えばわずかな残骸に、ゆかりは忌々しげに目を眇める。
「狂信者ってほんと、つくづくばかどもの集まりね」
「カーリー」
 いらだった声にかすかに悄然とした思いがあるのを感じて、マリエッタは横顔を見上げる。
「行くわよ、マリー。まだあと1組はいたはずよ」
 ……いささかハードだわ、この状況。
「ええ」
 ざっと装備の点検をすませたゆかりは、元来た道へ戻ろうとする。
 彼女の目と、2人の活躍を見守っていたアストー01の目が合った。
「あのっ……、あの、ごめんなさいっ。また助けてくださって、ありがとうございました!」
 立ち去ろうとする彼女に早口で礼を言って、頭を下げる。
 その真摯な言葉と彼女の姿に、ゆかりは少し精気を取り戻したように笑顔を浮かべて額に手をあて、ウィンクしながら軽く敬礼をして去って行った。
「時間がない。俺たちも急ごう」
 ダリルの言葉にルカルカがうなずく。視線で語った直後、ダリルが両腕でアストー01をすくい上げた。
「えっ?」
「きみの足で俺たちについて来るのは無理だ。俺が運ぶ。きみは道を示してくれ」
「は、はい。あの……向こうです」
 アストー01は左の側路を指さす。直後、彼らは超加速した。
 加速機となったダリルとの連携効果で通常の3倍の速度を引き出すこの超加速は、音速の壁を超えないまでもかなりそれへと近づく。ダリルの言葉は正しく、コントラクターにはついて行けてもアストー01では無理だ。
 そしてその速度のまま放ったルカルカの一刀両断は、鋼鉄のドアなど壁ごとチーズのように切り裂いた。
 バラバラと積み木のように崩れ落ちる、きらめく破片の間を縫ってルカルカは走り抜け、室内へと飛び込む。
 しかしそこでルカルカの足は止まらない。
 目的地へたどり着くことは達した。今度は、次なる目的がそれととってかわる。
 すみやかに、敵機晶姫を破壊すること。
 そして暗い部屋の中央に立つ機晶姫の姿をルカルカの目は瞬時に捉えていた。
 ルカルカがドアを切り裂いてから、この間わずか1秒にも満たなかった。破片はまだ床に落ち切っておらず、全身赤銅色をした機晶姫は歌の姿勢をとったまま、わずかも動いていない。
「事は一刻を争うの。ここを破壊されて、仲間を殺されるわけにはいかないわ!」
 そのためなら、たとえ相手が無力な少女の姿をしていようと、容赦はしない。
 苦しまないよう、一撃で片をつける。
 その思いから、裂断剣【桜餓】を振り上げて大剣の重量ごとたたき斬ろうとする。
 しかし次の瞬間――。
「――はっ」
 ルカルカは攻撃を防御へと変えた。
 大剣の腹に銃弾が当たり、跳弾がルカルカのほおをかすめる。攻撃に押されるかたちで後方へ飛び、いったん距離を取って着地した。
「状況判断が甘い。むやみに突撃をかけるな」
「甘くないわ。ちゃんと警戒してた。だからあの体勢でも防げたのよ」
 言い終わるだけの間もおかず、ルカルカは今度は壁に沿って横に走り出した。ここにいてはダリルやその腕のなかのアストー01が危ないと判断したのだろう。敵はルカルカの動きを捕捉しており、追うように床に着弾した銃弾の火花がはじける。
 その小さな光から敵の位置を割り出したルカルカは、くるっとつま先を回転させ、敵のヘクススリンガーに向かって転進した。
 機械のように精密な銃撃がルカルカを襲う。
 機械、なのだろう。表情もなく自分を見つめるヘクススリンガーに、ルカルカは思う。
 美しい青い瞳は何も語らず、銃をかまえる腕は震えもせず、見知らぬ者の登場にためらう素振りもない。
 だから、自らも破壊しかねないこのような行為が平然と行えるのだ。人の姿をしているが、これはただ己に与えられた役割を遂行すことしか考えていない。機械と同じ。
 説得は無意味だ。
 ここに到着するまででダリルと連携した超加速は効力を失っていたが、この瞬間、今一度発動させた。
 ルカルカ1人でも超加速は爆発的な速度を生み出す。空中で静止しているような銃弾と銃弾の間をすり抜け、一気に距離を詰めたルカルカは敵ヘクススリンガーを一刀両断する。それは、奇しくもダリルが絶望の旋律でディーバを仕留めるのと同時だった。
「さあ戻りましょう。今度こそ、アンリ博士と会うためにね。
 あなたはそのために来たんでしょう?」
 桜餓を肩にかつぎ、振り返ったルカルカはアストー01の胸の中央に視点をあてる。
 アストー01は今度はためらわず、うなずいた。
「はい」