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リアクション
●一月茶会
昼間、ゴム怪物による一騒動があったとはいうのにさすが大都市空京、陽が傾くころにはすでに都市機能を回復していた。
話は昨日にさかのぼるが、
「新年会、って言うほどじゃないけど、元旦にお茶でも飲まない?」
と電話で誘ってきたのは三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)だった。
沢渡 真言(さわたり・まこと)は二つ返事だ。
「それならうってつけの場所があります。空京にあるちょっと素敵なお店で……」
そこは区切られて個室っぽい雰囲気もあるので、話す内容をあまり気にしなくていいとも言う。
穏やかに告げながらも内心、喜びと誇りを感じている真言だった。
――のぞみからお誘いが……しかも、久々に二人きりだなんて……!
背中に翼が生えたような気分だ。元々のぞみとは幼なじみであり、家族のようにとても近い間柄だったのに、誰よりも大好きなのに……このところ二人きりで話す機会はずっとなかったのだ。
しかし生えた翼が、ぽろりと落ちたような気分を真言は味わうことになった。なぜってすぐに、
「うちはロビンを連れてくから。そっちもマーリンをお願い」
のぞみがこう言ったからだ。二人きりとはいかないらしい。
しかし真言は、この程度でめげたりはしない。
――いや、でも、のぞみから誘われたということだけでも喜ばなくては。
と考えを改め、こうしてこの日このとき、マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)を連れ、のぞみ、ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)とともにシックな装いのカフェ『ノクターン』のドアを開けた。
今日は心を平静に保つ、というのを目標にここまできたが、着席するや即座に、真言のその決意は折れそうになった。
――やっぱり、ロビンを目の当たりにして平静でいるの……無理……!
ストレートで細く、黒い真言の髪は、苛立ちで逆立ちそうだった。いや、もしかしたら数本、ぴんぴんと立っているかもしれない。
「急で驚きました。今日は『出かけるからついてきて』ですからね、いきなり……」
などとロビンはのぞみに不平を言っているではないか。自分なら絶対そんなことは言わないのに――と思うと、どうしても真言の心には、怒りがふつふつと湧いてくるのだ。そもそもロビンが彼女に、あんな馴れ馴れしく厚かましい口をきいていること自体なんだか許せなかった。
ところが実はのぞみもまた、自分で提案したお茶会ながら心穏やかではないのだった。
――マーリン、あんなに真言の近くに座って……! いくら真言の彼氏であってもね、人前なんだから遠慮とかしないさいよね……!
のぞみにとってはマーリンは敵である。真言というのぞみのかけがえのない幼なじみを奪い取ろうとするエネミー。二人が交際しているという事実はもう認めるしかないが、認めたからといって嫉妬心がなくなったわけではない。
当のマーリンは、別にくつろいでいるわけではなかった。むしろ、
――なんか、珍しくご指名が入ったようなんですが一体俺に何のようなんデショウカ。
と若干の恐怖を感じており硬くなっていた。
おわかりだろうか。これは一見、優雅な新年お茶会のようでいて実はこのように、それぞれの思惑が渦を巻いているのである。
そういうわけなのでどうにも沈みがちなテーブルで、のぞみが重大な発表を行った。
「新年に際し、パートナーたちとのこれからのこととか考えてみたのね。そうしたら、一番危なっかしくて、ロビンだけはひとりにできないと思った」
ロビンは片方の眉だけぴんと上げたが、特にコメントせずのぞみの言葉を腕組みして聞いていた。
「対策として考えたのが、自分とふたりで一セットにすること!」
ここまではわからないでもない話で、真言も特になにも言わなかった。だが、次の瞬間真言は、飲んでいた珈琲を吹きだしそうになっていた。
「だからあたし、ロビンと結婚しようかなって」
こんな爆弾発言をのぞみが投げ込んできたからだ。
「でも結婚については、いずれは、という話で、とりあえず婚約をしようと……」
マーリンも驚いたが、なんといっても真言は驚いた。仰天というのに近い。
だが同じくらい、あるいはもっと驚いている人物が一人だけいた。
「ははは、それは……はは、僕にとっては有利とはいえ、ちょっと突拍子もない話にしても極端すぎますよ」
あまりのことに笑ってしまっている。それはロビンであった。
「なに!? 私、変なこと言ってる!?」
のぞみが眉を怒らせたので、多少慌て気味にロビンは彼女のためケーキを注文した。
「笑ったのは謝ります。これでも食べて機嫌を直して下さい」
しかしその発言そのものが、のぞみの本気なのかどうかは疑われる。
「これ、本気にして良いと思いますか?」
とロビンが、真言とマーリンに話しかけたが、
「まだ早いです!」
半分立ち上がりそうな姿勢で真言は即答していた。許されるなら、このままロビンに飛びかかって首を絞めたいくらいだ。
「なに? 私そんな変な話、してるつもりないんだけどなぁ」
のぞみはまだ不服げだが、ここで話を幼なじみに振ることにした。
「それはそうとして、真言がちゃんと幸せなのか知りたいわ。ほら二人、なんかのろけ話して」
「の、のろけとかいわれてもですね……!?」
今度は『立ち上がりそう』、ではなかった。本当に真言は立ち上がっていた。
だが二の句が継げない真言のため、かわりにマーリンが飄然とした風で言う。
「のろけ、ねぇ……まあ、赤裸々に告白すると、朝夕はキスするし、眠るときは手をつないで寝るし……あ、すみません嘘ですのでそんな怖い顔してこちらをみないでください真言さん」
マーリンとしては、真言を話しやすくするための時間稼ぎだったのでそれでいいのだ。
「マーリンとはお付合いしておりますけど、そこまで仲が進んでいるわけでも……!」
ここでちょっと気恥ずかしくなったのか、真言は空咳して座り直す。
「そもそも、私の中で彼よりものぞみの方が割合が大きいのですよ? いえ、けして蔑ろにしているわけではなくて。……いずれはのぞみの側に……隣に誰かがいる日がきっと来てしまうなら、その日までは私は、のぞみの隣にいたいのです。私の役目が終わったら、マーリンを優先しようかと思いますので本当にお気になさらず」
これがのろけ、というのは難しい。だが恥ずかしいことでもはっきり言うのがのろけなら、それにあてはまるかもしれない。
ようやく真言は声色を変え、今度はマーリンに向かって言った。
「……もうずっと、待っていて……あるいは見守っていて……くれていたんです。あと三年くらいは、待てますよね?」
「ああまあ……そうだな」
だがマーリンの内心は違った。
――あ、これ三年もかからないなぁ。
と思っていたのである。
「なんだか……今日は衝撃発言つづきのお茶会ですねえ」
しみじみとロビンは言うと、カップの茶をゆっくりと味わった。いい香りだ。
一人の悪魔としてロビンは思う。
――やはり人間は面白い。とりわけのぞみは面白い。
と。
嫉妬と恋慕で矛盾だらけ、それが人間というものなのだ。