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第1章 幻の地下要塞

 2024年1月末。
 大荒野に存在する鍾乳洞の一つ。
 とある事件にり崩れたその場所は、シャンバラ政府とエリュシオン政府により、封鎖されたままであった。
 ……とはいえ、現在では国軍や龍騎士団が配備されているわけではなく、立ち入り禁止の札と、木材やブルーシートで崩れた入口が塞いであるだけであった。
「やっぱり入れる状態じゃねぇか……」
 恐竜騎士団の仲間と共に訪れたジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は、シートを捲り、封鎖された入口を越えて進んでみるが、崩れた岩で入口は塞がれていた。
「どいて、邪魔だよ」
 ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)のグラットンハンドが迫り、ジャジラッドは横へと避けた。
 ブルタが塞いでいた岩を削り取るが、その先も塞がっている。
「埋まってそうだねぇ」
 ハンニバルの戦象に乗り、ブルタは鍾乳洞の入口に突進し、グラットンハンドで入口を強引に開けていくがその先の土壁を削っても目的の場所にはたどり着けない……。
「天井が崩れて、埋まってるみたいだねぇ」
 地面は衝撃を与えれば与えるほど、更に埋まってしまうだろう。
「どの方向にあの場所があるのかは、解ってるんだがな」
 ジャジラッドが、エリュシオン帝国第七龍騎士団に所属する御堂晴海(みどう・はるみ)及び百合園女学院の生徒と共に、踏み込んだ部屋――それが何の目的で作られた部屋だったのか、どういった施設なのかジャジラッドは知らない。
 だが、古代に作られた要塞であると彼は考えていた。
(ヒューよ、お前が捕らえられていた要塞の内部に、重要なモノや隠し部屋はあったか? また要塞に入る手段に心当たりは?)
 ジャジラッドはパートナーである魔道書、エリュシオン帝国秘術書『ヒュー』にテレパシーで問いかけてみる。
(分かりません。知っていても、監視されているため話すことはできません)
 ヒューからの返事に、ジャジラッドは眉間に皺を寄せた。
 パートナーである魔道書は第七龍騎士団の元にある。先の事件で、帝国の信頼が得られなかったため、所有が認められなかったのだ。
 ……命を握られているようなものだった。
「そういえばさ、水の魔道書がまだ見つかってないんだよね? 共鳴とかしてたわけ?」
 岩をどかしながら、ブルタがジャジラッドに尋ねた。
(もう一つだけ教えてほしい。要塞内にいた時、ヴェントが近づく前に他の魔道書の存在を感じたことはあったか?)
(ありません)
 ……どうやら、この場所にアクアがあるということはなさそうだった。
「手を休めてくださる? 入ってみますわ」
 サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)は、ブルタにそう言って作業を止めてもらい、歩いてブルタが開いた入口を進み、鍾乳洞の中へ下りてみる。
 司書のケープを纏い、財宝鑑定の能力で周りを見回してみるが、めぼしい物は落ちてはいない。
「周りの壁を補強しながら、掘って進んでもその先にあるのは壁ですわよね。それを破壊して中に進むとなりますと、1週間や1カ月で終えられる作業ではなさそうですわ」
 完全に塞がった床を見ながら、サルガタナスはため息をついた。
「砲台の方に行った、又吉達に期待した方がよさそう?」
 サルガタナスが外に戻ってから、ブルタは作業を再開する。
 奥に進んでいるうちに、入口の方が崩れてしまう。
「生き埋めになるのはごめんだよ」
 数十分作業を行った後、ブルタも諦めて戻ることにした。
「収穫、なしか……」
 ジャジラッドの右腕の付け根が鈍く痛み、負の感情が体中を駆け巡る。
 付け根の先に、腕は無い。義手も使用していなかった。
 この敗北感を忘れないために。

 鍾乳洞が見える位置に、百合園を狙った砲台が存在した場所がある。
 そちらも、政府により封鎖されていた。
「すげぇ状態だな」
「あちゃー、めちゃめちゃだな」
 こちらには、ジャジラッドから事情を聞いている国頭 武尊(くにがみ・たける)猫井 又吉(ねこい・またきち)が訪れていた。
 砲台は解体され撤去されており、破壊された部屋だけがその場には残っていた。
「操縦室のような部屋みたいだが、それ以外の部屋はなさそうだよな」
 武尊は瓦礫をどかしてランタンを置き、部屋を調べていく。
「コンピューターも破壊されてるし、メモリなんかも回収済だなこりゃ」
 又吉はコンピューターを確認してみるが、完全に破壊されており、記憶装置などは全て政府に回収されてしまっているようだった。
「残ってる残骸だけでも、貰っておくか。少しは金になるだろ」
 又吉は壊れたコンピューターを分解し、売れそうなパーツを取り出していく。
「しかしこの部屋から繋がってる部屋がないってのは不自然じゃないか? ジャジラッド副団長の話では要塞と繋がってるってことだったが……」
 瓦礫をどかして、床を叩いてみるが下は空洞ではないようだった。厚い床の下に何かがある……のはトレジャーセンスでも感じており、間違いなさそうなのだが、地上から地面を掘って地下鉄の駅に行くようなもののような気がする。
「副団長の話では、要塞に入る時も魔法で壁を抜けたそうだし、魔法で床を抜けるとか、テレポートを使わなきゃ、行けそうもないな」
 シャンバラやエリュシオン政府から破壊の許可は出ていない。今行っている程度の探索については黙認なようだ。
 勝手にやってしまおうかとも思うが、政府との関係を拗らせると政府が掴んだ情報がジャジラッドの下に届くことは更になくなるだろう。
「しかし、なんだ」
「ん?」
 パーツを運び出しながら、又吉は考え込んでいる武尊に目を向けた。
「つまり、政府も要塞の調査が出来てないってことだろ? 犯人以外にも要塞には沢山人いたんだよな? そいつらどーしてるんだ」
「知るか」
 興味なさそうに言い、又吉はパーツを運び出した。
「何かがある、そんな気がする。けど行けねえ……」
 武尊はサイコメトリで部屋の内部、瓦礫を探ってみる。
 ここで起きたことが……断片的に彼の脳裏に入ってきた。
 マジックアイテムや魔法で、壁や床を通り移動していたこともわかった。

○     ○     ○


 東シャンバラのロイヤルガード宿舎、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の部屋にて。
「うーん」
「むー」
 ソファーに座り、優子は肘をテーブルについて、手を組んで。
 ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)は深く腰掛け、腕を組んで考え込んでいる。
「ええーと、何かマズイところがあったら、伏せて提出してもらえば」
 考え込む2人と一緒に、ちょこんと座っているのはリン・リーファ(りん・りーふぁ)だ。
「いや……」
「うー……」
 リンが作成した報告書を前に、優子とゼスタは先ほどからずっと考え込んでいる。
 ダークレッドホールの事件にて。
 リンはゼスタを追ってダークレッドホールに飛び込んでいた。
 その時、百合園生の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)に助けてもらったこと。
 そして、ゼスタと合流してから、地上に戻ってくるまでのことを書き記して持ってきていた。
「知ってもらいたいことも、知っておいた方がいいこともあると思うからね」
「しかしな……というか、聞いていないことも書かれてるんだが」
 優子がじろりとゼスタを睨んだ。
「話す必要もないことは話してない」
 ぷいっとゼスタは顔をそむけた。
(ぜすたん、地上に戻った時、カッコ悪いって嘆いてたもんね。総長さんに知られたくないこともあったのかな?)
 ゼスタがちょっと照れているようにも見えて、リンはにこにこ笑みを浮かべながら彼を見ていた。
「学生には、踏み込まれなくない部分もあるからな」
 リンが作成した資料の中には、首謀者の一人であったと思われる女性についても書かれていた。
 この辺りのことは、白百合団には知らせてないことのようだ。
「といっても、関わった人は知ってるんだよね」
「そうだな」
 深くため息をついた後、優子はリンが作ってくれた報告書をそのまま、白百合団の役員に渡すと約束してくれた。

 話しを終えると直ぐに、リンはゼスタと共に優子の部屋を出て、宿舎近くの喫茶店でお茶にすることにした。
「ぜすたんはなんで迷ってたの? 白百合団に知られたくないことあった?」
「……みっともないじゃないか。スマートに解決できてねぇし」
「そっか」
 ふふふっと笑いながら、リンは注文したチョコレートケーキを食べる。
 彼も同じものを頼み、美味しそうに食べていた。
「なんかもう全部夢だった気さえするね」
「忘れてもいいぞ」
 リンを見ずに、ゼスタは紅茶に砂糖を入れてかき混ぜる。
「ちゃんと憶えてるけどね」
「でもまあ、余計なことは書いてなかったと思うぜ」
「うん、ぜすたんとふたりきりの時にあったことは、元からふたりの秘密だよ」
 そう笑うと、ゼスタも軽く笑みを見せて。
「それじゃ、これからまた神楽崎には報告できないようなこと、しようぜ?」
「ぜすたんこれから、総長さん達とお出かけするんでしょ」
 だからそれは、帰ってからね。
 そうリンが微笑むと、彼は屈託のない笑みを浮かべて頷いた。

○     ○     ○


 異空間へのテレポートが行われる日。
「いえーい、みるみちゃんすきだけっこんしよー」
 むぎゅっとミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)を抱きしめたのは、勿論牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)である。
「アルちゃん……」
 しかしミルミの反応はいつもとは違った。
 ぐいっと手をつっぱねて、アルコリアをんんっと睨む。
「それはミルミには言っちゃいけないんだよ! 冗談でも言っちゃだめなんだよっ!」
「え? ああ、うん、良いトコのお嬢様と、私みたいなあやし……普通の家系の人じゃね〜」
「そうじゃなくて、アルちゃんには恋人いるでしょ。そいういうのは恋人にしかいっちゃいけないんだよ。ミルミが本気にしたらどーするのっ」
 ミルミは頬を膨らませて、怒っていた。
「あー、ごめん、ごめん、ごめんねミルミちゃん。もう言いませんよー。なでなでなでなで」
 アルコリアが優しく優しくミルミを撫でると、ミルミの顔の膨れが取れて、笑顔が戻ってきた。
「さて、今日はどこいこっか? ケーキ食べる? それともパフェが美味しい店がいいかな?」
「んーと、アルちゃん行かなくていいの?」
「え?」
 ミルミに問われて、アルコリアは軽く目を逸らした。
「んー……異世界の探索手伝うのが、筋なのかもしれないのだけど……時間の流れが違うとかちょっと誤算だったかなぁというか。割と出にくい場所だったので」
「うん」
「ええと、ほら当時、ミルミちゃんも忙しいのかと思ってね? 厳しそうだし、なんか私行けって雰囲気が自分の中であったというか……えと」
「うん」
 ミルミはじっとアルコリアを見ている。
 アルコリアは目を泳がせ、自分の髪の毛をくるくる指に巻く。
「可能な時間はなるべく一緒にいようかなと、そういう事です。つおい子だから、調査に行くって言っても平気なんでしょうけど」
「ミルミなら平気だよ! ……アルちゃんが行くのなら一緒に行こうかなって思ってた。火がぼうぼうだった時には近づけなかったけどね」
 そんなミルミの言葉に、アルコリアはちょっと戸惑って。
 こほんと咳払いをすると。
「つ・ま・り いつも通りだ。たべちゃうぞー、がおー」
 照れ隠しのように言って、ミルミを強く引き寄せて、その柔らかな頬に頬を当て、唇を当てる。
「アルちゃんはー、もぉ〜」
 ミルミはいつものように、笑みを浮かべて笑い声を上げる。
「あ、そういえばー。ぜすたさんが、なんかすごい本どっかに隠したとか、そういう話って知ってる?」
「ん? 本。……えっちなの?」
「いやそういう凄いのじゃなくてね。……ま、いっか。ぜすたさんおマゾっぽいし、お嬢様にいぢめられるなら喜んじゃうだろうし」
 ミルミ経由で知った鈴子達が、ゼスタを拷問して吐かせる姿をアルコリアは妄想する。
「ん? お嬢様にいぢめられるのって嬉しいの? アルちゃんも?」
「え? 私? ミルミちゃんならいぢめるのもいぢめられるのもおっけだよぅっ」
 ぎゅーっとアルコリアはミルミを抱きしめる。
「むしろ、私がミルミちゃんにいぢめられてるとか、斬新? ほらいぢめていいのよ? できない、できないならくすぐちゃうぞー うりゃー」
「あははははっ、きゃはははは。アルちゃんくすぐったい、あはははは、あははは、仕返しー、あははははっ」
 ミルミがアルコリアの脇腹をくすぐり、アルコリアも笑い声を上げる。
 とっても楽しそうにくすぐりあう2人の姿を、通りかかった男性達もまた、楽しそうに見ていた。