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そして春が来て、君は?

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そして春が来て、君は?

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6.


 薔薇の学舎に戻ってきたレモは、門のところでちょうどアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)を見つけ、声をかけた。
「アーヴィンさん! 久しぶりだね」
「お、おお、少年!」
 アーヴィンは驚いて振り返り、「よくわかったな」と胸をはる。薔薇の学舎の制服を着て、髪型を変えてメガネをかけて変装をしてきたのだ。
「制服姿じゃ、余計後ろからでもわかるよ。それにしても、なんで変装なんか」
「いや、まぁ、空大に転入した後だからな。一応は部外者ではないか」
「アーヴィンさんが部外者だなんて、無粋なこと言う人いないよ。じゃあ、僕のお客様ってことにしよっか。それならいいんでしょ?」
 レモは頼りがいのある笑みを見せ、アーヴィンを誘った。
 本当に成長したものだ……と、アーヴィンの胸が少し熱くなる。
「アーヴィン、見つけた! ……あ、レモ君!」
 そこへ息せき切って追いかけて来たのは、マーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)だ。相変わらず、アーヴィンに振り回されているようで、相変わらずなんだなとレモは嬉しくなる。
「久しぶり、マーカスさん。ね、喫茶室に僕が招待するから、みんなでどうかな?」
「あ……そう、言ってもらえるなら」
 息を整え、ほっとマーカスも息をついた。
「空大はどう? 今も、本を書いてるの?」
 喫茶室への道すがら、レモがアーヴィンに尋ねる。
「俺様は絵の仕事につきたくてな。自分の描いた絵で楽しんでもらたらと思っているのだ」
「そうなんだ!」
「パラミタではネタに困らなそうだから、今度は空大で色々と吸収しているところなのだよ」
「そっかぁ、今度遊びに行っても良い?」
「もちろんだ!」
 アーヴィンは胸を叩いて、まかせてくれ、と了承した。
「マーカスさんは?」
「僕? ……うーん、本当は、自分の夢のためだけなら別にここにいてもよかったんだけどね。僕たちが育てなきゃいけない小さな花があって……それをここで育てるために、なんだ」
「そっか……咲いたら、僕にも見せてくれる?」
「育ったらね」
「大丈夫だよ、きっと。マーカスさんも、アーヴィンさんも、優しいし面倒見がいいから」
 レモは心からそう口にして、にっこりと微笑んだ。
「ところで、少年はどうなのだ?」
「え? あ、うーん……ちょっと、色々考えたりしてたけど。だいぶね、スッキリした」
 そう答えつつ、レモは目を伏せた。
「スッキリしたようには見えぬがな」
「それは、その、ね。自分的にはスッキリしたんだけど、その結果として、やらなきゃいけないことがあって」
「ふむ……」
 だが、アーヴィンとマーカスは、それ以上この場で追求することはしなかった。迷っているわけではないなら、必要以上に踏み込むのも無粋だ。むしろ。
「いつでも俺様は、少年を応援しているのだよ」
「僕も」
 そう、ただ、その背中をそっと押してやる。
「ありがとう」
 そんな二人の変わらない優しさに、レモは目を細めて礼を言った。

 喫茶室に入ると、「どうぞ、中へ」と給仕係の東條 梓乃(とうじょう・しの)が三人を出迎えてくれた。
「こんにちは。えっと……カールハインツ、いる?」
「あちらです」
 梓乃に示された先を見ると、カールハインツと、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)、そしてクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)がテーブルを囲んでいた。
「レモ、帰ったのか」
「う、うん。えっと、帰りにアーヴィンさんたちと一緒になってさ。みんなで同じテーブルでもいいかな」
「ああ、いいぜ」
「ありがたい」
 クリストファーたちの了承をとり、六人は片隅にあるソファセットのコーナーに移動すると、思い思いにくつろいだ。
「何の話だったんだ?」
「ああ、祥子さん、正式に百合園の教師になることが決まったんだって。それで、その報告とか……色々」
「そうか」
 カールハインツも、祥子には恩義がある。それはよかったな、と呟いて珈琲を口にした。
「教師っていえば、ちょうどそんな話してたところだ。奇遇だな」
 クリストファーが膝の上で指を組み、肩を軽くすくめてみせた。
「ほう?」
 久しぶりの喫茶室の雰囲気を味わいつつ、アーヴィンが続きを促す。
「真珠舎の教員が募集中だってこと」
「クリストファーさんも、本当の教師になるの?」
 クリストファーたちは、レモの歌の師匠たちだ。二人の指導力については、一番身にしみてよく知っているから、その姿は容易に想像できた。しかし、クリストファーは首を振って。
「やれることはやれると思うけど、女性相手じゃ食指が動かないな。……というのは半分嘘だけど、彼女らの独自の歌い方をステさせることになったら、それはそれでもったいないと思うんだ」
「そうなんだよね」
 クリスティーも頷いて同意する。
「体系だてて双方の差を研究するのもありなんだろうけど……。レモくん、イエニチェリとして、君はどうしたら良いと思う?」
 クリストファーがにやりと笑って、レモにそう尋ねてきた。
「イエニチェリとして?」
「うん。これはイエニチェリの仕事だと思う?」
 どこか謎かけめいた言葉に、レモは暫し考える。それから、顔をあげて、まっすぐにクリストファーを見つめた。
「イエニチェリとして、ということだったら……二人には、もっと大きな視野でいてほしい。どこの学校の先生、とかではなくて。歌で世界を変えてほしいから。薔薇の学舎出身の生徒として、さ」
「……世界か、大きくきたな」
「でも、個人的には……もっと僕に、教えてほしいんだけどな」
 凜とした表情を消し、照れた様子でレモは付け加えた。
「そうだね、いつかは……」
 薔薇の学舎の『生徒』ではなく、『出身』ということになるのだろう。クリスティーが、内心でそう呟く。
 クリスティーはもともと、イエニチェリを目指していたし、かつてのジェイダスのイエニチェリの独りだ。そして今、改めて目指すか資格はあるのだろうかと、クリスティーは自問していた。
 あくまで秘密のことだが、クリスティーは精神的にはれっきとした男性でも、肉体的には女性だ。ということは、成長するにつれ、いずれその性差ははっきりと現れてしまうかもしれない。なんらかの肉体的改造という手段もあるかもしれないが、声に影響があるかもしれないことは論外だ。
 そうなると、はたしていつまでも、ごまかし続けることができるか。
(でも、何かを為すために学舎にいるのであって、学舎に残ることに固執するのは本末転倒だよね)
 そう思いつつ、クリスティーは目を伏せた。
(それでもボクは男であり続けたい。……言葉にすると、難しいな)
「クリスティーさん?」
 黙り込んだクリスティーに、レモが声をかける。
「あ、ああ。なに?」
「いえ、クッキー頼んだんで、いります?」
「……うん、ありがとう」
 差し出されたアーモンドクッキーをひとつつまんで、クリスティーは微笑んだ。
「カールは?」
「俺はいらない」
「……そうだ。カールハインツさん、さっきの提案、どう思う?」
 首を振ったカールハインツの顔を見て、クリスティーはふと思い出したことを口にした。
「さっきの?」
「……ああ。クリスティーが、真珠舎の教師に応募してみたらどうだって」
「カールが!?」
 女嫌いのカールハインツには、とても無理じゃないか。そんな顔で、レモは驚く。
「暇してるなら、どうかなって」
「……まぁ、悪くはないな。そういうのも」
「え……」
 予想外のカールハインツの肯定に、レモは今度は呆然として、手にしていたクッキーを落としてしまう。
「少年、大丈夫か?」
「あ、ごめんなさい。もったいないなぁ。……ドジだね、僕」
 あはは、と笑ってみせるが、その表情はあきらかに冴えないものだった。
(少年……無理するな)
 アーヴィンのほうが、かえって痛々しい気持ちになりそうだ。
(若干、萌えるけども……)
 内心で呟いたアーヴィンの言葉を察して、マーカスは隣で小さく嘆息した。
 その一方で。
「梓乃は、どうするんだ?」
 落としたクッキーをすかさず拾い上げて片付ける梓乃に、レモの反応には気づかない様子で、カールハインツが尋ねる。
「日本には来年の話をすると鬼が笑うって言葉があって……まだ、先輩達みたいに難しい事までは知らないですし、あれこれ考えてみても始まらないかな。だから、今は今出来る事をします」
「たしかに、現実的だ」
 おずおずと、しかしはっきりと答えた梓乃に、カールハインツが納得したように頷いた。
 梓乃にとっては、今のところそれが本音だ。
 それと……。
 ちらりと、梓乃はドアのほうを見やる。
 お客様が来たときにすぐに対応できるように、というのもあるが、梓乃には待ち人がいた。
(いらっしゃるかな……)
 レモがいる今が、一番タイミングはいいのだけど。内心でそうやきもきするには理由があった。