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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第10章 店長目指して

「翔くん! これからお出かけしない? ちょっと寒いけど」
 春とはいえ、暖かくなるまでまだ暫くかかりそうな3月某日、辻永 理知(つじなが・りち)は家でイコプラをいじっていた辻永 翔(つじなが・しょう)に声を掛けた。翔は手を止め、テレビを消して立ち上がる。
「ああ、いいよ。どこに行くんだ?」
「天御柱学院だよっ!」
 天御柱学院は理知にとって、とっても大切な場所だ。友人達と過ごし、イコンについての勉強をし、何より、翔と出会えた場所だから。
 そこで、今日は彼に大事な話をしたかった。

「春は卒業や就職の季節だよね。私も前に進まなくちゃ!」
 歩き慣れた道を学院に向かいながら、明るい声で理知は言った。だが、その意味に気付いたのか、前を見ていた翔が伺うように顔を向ける。
「……理知?」
「翔くんは、教官として頑張ってるよね」
 今にもどうしたんだ? と言いそうな雰囲気だったが、彼女の言葉の方が早かった。
「この前は卒業式があって……帰ってから、泣いてたよね」
「? あ、うん……帰る前も泣いたけど……」
 その時の事を思い出したのか、翔は照れくさそうに顔を俯けて頬を掻く。歩く度に、遠くに見えていた学院の姿が大きくなってくる。笑顔でそれを見続けながら、理知は言う。
「やっぱり、寂しいよね。でも、新入生も入ってくるから憶えるの大変そう。イコンがかっこよくて入学した、私のような人もいるかな? ……また学校に遊びに行こうかな、翔くんの授業風景見に」
「ええっ!? そ、そんな、いいよ来なくて」
「どうして?」
「どうしてって……恥ずかしいだろ。仕事してるとこ見られるの。やりにくいし」
 数歩分前に出ていた理知が軽く振り返ると、翔は先程とはまた違うタイプの照れ顔になっていた。少し唇を尖らせて横を向く彼に、えへへっ、と笑う。
「でも、翔くん結婚してもモテるんだもん! ちょっと心配」
「……何だ、ただの焼きもちか。大丈夫だよ」
 それなら見に来なくても、と、翔はほっとしたらしい表情で笑った。その笑顔を見て、理知は何だか嬉しくなる。これなら当分、浮気の心配は無さそうだ。
 彼が女の子に囲まれてるのを見たら、やっぱり妬いてしまうかもだけど。

 学院に着くと、理知は校舎のある南地区を適当に歩き出した。部活動中なのか、ちらほらと生徒達の姿が見える中、横に並ぶ翔に言う。
「……前にイコプラショップ開きたいって言ったの、憶えてるかな?」
「ああ、うん。憶えてるよ。……開きたいのか?」
「まだ開かないよ。でも、私も前に進むために近くのイコプラショップで働くことにしたの」
 出掛け時の言葉と今の言葉を合わせて、開業の為の相談だとでも思ったのかもしれない。訊ねてくる翔にそう答えると、彼は「なんだ、そんなことか」と拍子抜けしたようだった。理知にとってはそこそこ思い切った決断で『そんなこと』ではないのだが、まあ彼は妻が仕事をするのを嫌がる性格ではないということだろう。
「いつからなんだ?」
 理知は初出勤の日を翔に伝えた。そして付け加える。
「もちろんお弁当も作るし、翔くんより遅く出るから行ってらっしゃいのチューは出来るからね」
「うん。大変なら弁当は無理しなくていいからな。食堂あるし、前はいつもあそこ使ってたから」
「作るよ! 明日はキャラ弁でイコンっぽく作るつもりだよ」
 お弁当とチューは、理知にとっては重要事項だ。『うん』はチューについての答えだと思うし、翔にとってもそこは重要事項なんだという気がしてまた笑う。
「海苔とかチーズとか買って来たから楽しみにしててね!」
 気合いを入れて軽くガッツポーズをして、再び前を見て歩き出す。久し振りに歩く校内に懐かしさを感じる。イコンでの実習や実戦を思い出しつつ、愛着のある機体達のイコプラ姿も思い出す。
「店長さんにはお店を持ちたいって伝えてあるから一から色々教わるつもりだよ。経営の事とか難しそうだけど、頑張るから」
「……そっか、頑張れよ」
「うん! といっても、そんなに遅くまでは働かないからね」
 嬉しくなって元気良く頷いて、これからの生活を想像する。帰りは、夕飯の材料を買って料理しながら、翔の帰りを待つようになるのだろう。日中以外は今とあまり変わらない気もするけど、きっと、この学院に通っていた頃みたいに、もしかしたらそれ以上に、充実した毎日になるかもしれない。
「翔くんみたいに好きなことを仕事にできたら素敵だよね。……でも私は教官は無理そう……」
「理知は座学が苦手だからな」
 ははは、と照れ笑いを浮かべるとからかうように言われて、「もうっ!」と頬を膨らませる。でも、それはその通りだ。
「……翔くん、色々相談することもあると思うけどよろしくね」
 気を取り直してそう言って、ぎゅっと翔を抱きしめる。
「頼りにしてるからっ!」
「わっ! 理知、理知、ここ学校! 学校だから!」
「私は平気だよ」
 きょろきょろしてるかもしれない翔の慌てた気配に、理知は抱きついたままくすっと笑った。