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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第2章 2039年――彼女の“過去”

「向き不向きというのは色々やってみないと分からないからな。機晶関係と言っても接客から現場まで色々あるし、これ、とはっきりとは言えないが……」
「……うーん、そうよね。いきなり言われても思いつかないわよね」
 ファーシーの家に行く途中、その当人に会ったエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はいきなり言われて思いついていないらしい彼女とそんな話をして別れた。元モデルルームだという家に向かいながら、彼は思う。
(まぁ、何だ。俺以上にファーシーさんと絡んでる人がいくらでもいるわけだし、どのバイトが向いてるか判断するのはそっちでいいだろう)
 自分は、頼まれた通りに子守でもしておこう。そう思いつつ道を歩くこと少し、小洒落た一軒家の玄関前で話すラスと少女の姿を見つけてそこを目指す。何か込み入った話をしているのか、声を掛けて良いものか迷う雰囲気だが――2人が入口を塞いでいる以上、スルーは不可能だ。
「おにいちゃん、フィーちゃん、サボっちゃだめだよ! イディアちゃん達がぐずってるよー!」
 ピノの声が聞こえたのはその時で、2人は面白いようにぴたりと話を止めた。どうやら、ピノには聞かれたくない内容だったようだ。ラスは“フィー”と呼ばれた少女と中に戻ろうとする。そこで、近くまで行っていたエヴァルトと目が合って「あ」という顔になった。
「……い、居たのか」
「ファーシーさんから子守を頼まれてな。入ってもいいか?」
「あ、ああ……。今の話、聞いてたか?」
「いや、まだ距離があって聞こえなかったが」
 慌てた様子で訊かれてそう答え、「そうか……」と安心したらしい彼と少女に続いて中に入る。少し前を歩く少女は「えっと……」と小さく呟いてエヴァルトを見上げた。
「私、フィアレフトっていいます。フィーとか、フィアって呼んでください」
「エヴァルト・マルトリッツだ。よろしくな」
 名乗りあっている内にリビングに着き、室内をざっと見回す。子供は機晶姫の男児が1人と、何箇所からか絡み合った配線が見えている女児――イディア・S・ラドレクトの計2人だった。一目見て爆発の危険があると判る配線群の1つを、十代半ば位の少女が直している。爆発を防ごうと、真剣だ。
「俺がこっちを直そう」
「あ、ありがとうございます!」
 顔を上げてほっとした表情を浮かべた少女――満月・オイフェウス(みつき・おいふぇうす)と反対の位置に座り、エヴァルトは早速作業を始める。
「これでも機工士としての修行は積んでるし、修理屋勤めもしてるからな。しかし……何でこんな事になったんだ?」
「ファーシーさんがメンテナンス、のつもりでやってしまったみたいなんです。そのまま蓋をしようとしていたので、イ……フィアレフトさんが慌てて止めたんですけど」
「なるほど、それで機晶関係のバイトを……と言っていたのか」
 満月の説明に納得しながら、エヴァルトは修理を進めていく。同時に内部をいじられるのが嫌なのか、先程ピノが言っていたように遊んでもらえない故なのか、イディアの機嫌は決して良いとは言えなかった。「ふぇ……」と泣きかける彼女を見て、フィアレフトが「あ! 満月ちゃん、後はよろしくね」と言ってそそくさと離れ、ピノや椎堂 朔(しどう・さく)と、男児の所へ移動していく。フィアレフトとの相性が悪い故だったらしい。イディアが少し落ち着いた。
(……彼女達の他にも、ファーシーさん周りは知らない人が増えてるんだろうな……しかも、雰囲気的に色々と訳ありそうなのが)
 満月達の遣り取りの傍で、エヴァルトは何となく気後れを感じた。まあ、詮索をするつもりはないのだが、背景が分からない、という事で時の流れを感じざるを得ない。
「とりあえず、ファーシーさんにはちゃんと子供の面倒見れるようになってもらわんと。なんだか大変そうだし」
 子供2人と猫、機晶犬が入り混じるリビングを見渡し、知識総動員で子守といくかと、エヴァルトはまた手を動かし始めた。

 知恵の輪配線は無事元通りになり、エヴァルトは簡単なマニュアル作成に取り掛かっていた。配線直しのついでである。ただ方法を記すだけでなく、『何故そうするのか』も添えておけば、多少は勉強にもなるかもしれない。
「フフ……ファーシーに子守の手伝いを頼まれたら協力しない訳にはいかないだろ? 持つべき者はママ友だ」
 イディアは今、そう言う朔に写真を撮ってもらっていた。満月がおむつを取り替えたことですっきりとした彼女は、ピノやブリュケ、家族と一緒に遊んでいる。その様子を、朔は色々な角度からカメラに収めていく。
「と言っても、今はファーシーの為にイディアちゃんの可愛い写真を撮りまくるだけだがね」
 頬を緩めてドヤ顔で、夢中になって朔は次々とシャッターを押す。そこで、キッチンに行っていた満月が作りたての離乳食を持って戻ってきた。
「はい、ごはんだよ」
 テーブルチェアの上に器を置いて、イディアをそこに座らせる。ごはんを食べだした彼女を、朔は横から撮影した。満月は洗い物をしにキッチンに戻り、水の音がし始めた辺りでフィアレフトも手伝いに移動した。流し終えた食器を拭きながら、満月に言う。
「早かったね、離乳食作るの」
「過去の自分や葉月兄さんのお世話してるからね。もう赤ん坊の世話はお手の物です」
 はにかんだ笑みを浮かべる満月と、こっそりくすくすと笑い合う。母に正体を隠している同士だからこそ出来る、ささやかな会話だ。
「じゃああたし、ブリュケくんとお散歩に行ってくるね!」
「散歩?」
「……えっ、散歩ですか!?」
 そして、ピノがブリュケの手を取って外に出ようとしたのはこの頃だった。猫にちょっかいを出していたラスが振り返り、フィアレフトが慌ててキッチンから飛び出てくる。
「わ、私も行きましょうか?」
「? 1人で大丈夫だよ?」
 きょとんとしてピノが答え、「え、でも……」とフィアレフトは戸惑う。普通に考えれば彼女1人でも充分だし、どう言えば同行出来るのか咄嗟に思いつかなかった。そこで、機晶犬達の長男のような顔で紛れていたミンツが言う。
「んじゃ、オレが行くよ。暇で暇でスリープするところだったんだ」
 シナリオガイド本文で出番が無かったミンツだが、実はフィアレフトと一緒に来ていたのだ。ピノの答えを待たずして玄関に向かう彼に、念の為、とラスが声を掛けた。
「飛空艇状態で行けよ。変質者が出たら速攻で2人乗せて逃げるんだぞ」
「わーってるって。任せとけよ!」
 万が一『誰か』が現れた場合、変形途中の間に事態が悪くなる可能性もある。オートパイロット機能も備えたミンツは、その意味を汲み取った上で返事をした。後ろから、どこか不服そうにブリュケの手を引いたピノが付いてくる。
「……やっぱり、過保護が増えたような感じだなあ……」
 ラスが過保護なのは昔からだが、フィアレフトとミンツも、決してピノを1人にしようとしない。そんなに心配しなくても大丈夫なのに、と思いながらピノはファーシーの家を出た。

              ⇔

「色々大変そうだが、力になれそうにないのが歯がゆいな……」
 4人の様子にやはり何かの訳あり具合を感じ、エヴァルトはマニュアル作成を続けながらひとりごちる。
「これというのも、初期シリーズには参加できてたのに、ひとつ参加できなかったとこからついていけなくなって、たまたましか参加できなくなってるからだ……」
 今更メタ発言なんて気にしてられるか、と言いたい放題に背後事情を暴露する。
「まったくもう、残念無念……」
 やれやれと首を振る。何の巡り合わせか、これから目の前で重大話が始まろうとしていたのだが流石にそこまでは分からない。
「……さて、フィアレフトさんだっけ?」
「ひゃっ!?」
 嘆く彼の前で、朔がそう言ってフィアレフトに抱きついた。気持ち良さげともいえる表情で頬擦りをする。
「ああ、可愛いな未来のイディアちゃんは〜♪」
「え!? え? な、何のことですか?」
 フィアレフトは焦った声で、しかし同時に肯定にしか見えない態度でキッチン側に目を遣った。だが、助けを求めようとしたのであろう満月はまだ戻って来ない。彼女に抱きついたまま朔は機嫌良く、囁くように話し始める。
「私がわからないと思ったかい? 君の様子を少し観察してればわかるものだが……満月も未月でバレバレだしな」
「え!? え、ええっ!?」
 それを聞いて、フィアレフトはますます慌てた。今度は別の意味でキッチンを目を遣り、満月の姿が無いのを確認してほっとする。その1秒後に、満月はひょこっと顔を出した。
「きゃあっ!?」
「どうかしました?」
「ううん、何でもない、何でもないの!」
「…………」
 ぶんぶんと首を振るフィアレフトと満月を見比べ、ふと思いついて朔は言う。
「というか、2人は仲良しだな……将来はパートナーだったりするのか?」
「え、将来? 将来って……確かに私とフィアレフトさんは得意分野も近いですし、種族的にも契約出来るかもですけど……あ、でも今はもう……って、え、『だった』?」
 状況が解らないままに話す満月は、遅まきながら朔の言葉の違和感に気付いた。フィアレフトを見ると、彼女はこれ以上無い位にあわあわしている。何だか満月は、混乱した。
「? 将来って、『だった』って、え? もしかして……おか……朔様?」
「お母さんって呼んで良いんだぞ」
「え……え、え、えええええ!?」
 まさかまさか、とフィアレフトの慌てぶりが伝染しかけていた満月は、いつから……!? という思いと共に叫ばずにはいられなかった。

「ふぅ……」
 朔に全てがバレていたと知った少女達2人は、兎に角落ち着こうと、とりあえずお茶を飲むことにした。パニックの中で淹れたお茶を一口含み、一息吐く。
「ところで、2人はどうしてこの時代に来たんだ? 何か理由があるんだろう?」
 そこで、雑談の内の1つ、という感じで朔が言った。話の振り方自体はさりげなかったが、その口調から心配しているのも伝わってくる。満月は少し逡巡し、朔とフィアレフト、そしてラスを順に見てから「イディア姉さん」とフィアレフトに言う。
「この前は聞きそびれたけどイディア姉さんはピノさんを守りに来たんだよね? ……もしかして『あの事件』の事? 言えない事もあると思うけど……詳細を教えて」
「『あの事件』……?」
 真剣な表情で見詰めてくる満月に、フィアレフトは戸惑う。彼女の言う『あの事件』がどんなものなのか、判らない。自分の体験とほぼ同じものなのか、全く違うものなのか。満月は以前『イディアの死んだ未来』から来たと言っていた。そもそも自分は生きて未来からやってきたし、こうして目の前に居る満月は最後の記憶にある彼女より随分と若い。
「私の世界の事件とは違うかもしれないし……確かめたいの。少なくとも、事情を知ってる皆には話さないと……護れる者も護れない」
「…………」
 フィアレフトは一度息を飲みこみ、お茶の水面に目を落とす。満月の言う事は尤もだ。遂にこの時代で、とある事件から始まった数年に渡る出来事を話す時が来たのかもしれない。
「……じゃないと、私はピノさんを見殺しにしないといけない……母と……あの子の仇……だから……」
“当時”の事を思い出し、膝の上に乗せた拳にきゅっと力が入る。視線はフィアレフトに向けたまま、話してほしいという気持ちを伝える。話を耳にして割り込まずにはいられなかったのだろう。ラスが近付き、満月に訊く。
「……どういう事だ? ピノが椎堂と誰かを殺したって事か? 直接?」
「…………」
 今度は満月が黙り込む番だった。気まずそうにラスから目を逸らし、だがすぐに目を戻して「そうです」と肯定する。彼の表情に一瞬動揺が走ったが、満月ももう自分の記憶を隠す気は無い。
「どの程度話を聞いているかは知りませんが……ラスさんは、今年の後半に亡くなります」
「……知ってる。死ぬつもりも無いけどな」
 苦々しげながらそう答えられ、満月は少しほっとした。彼の家族に纏わる事件を口にするのには、やはり抵抗があったからだ。
「それなら、話が早いです。それから15年後……ロストの影響もあったんだと思います。2039年、ラスさんの死により精神を病んだピノさんは、凶行に走って友人や家族を次々と殺していきました。お母さんと、ファーシーさん、私の幼馴染だった……ラスさんとアクアさんの子供も殺されました」
「……!? アクアとの子供……!?」
 その言葉に、ラスの顔が一変した。後ろから金槌で殴られたような顔、と言えば分かりやすいだろうか。
「本当なのか? 未来の俺は……“そいつ”は、本当にアクアと結婚するのか?」
「はい。非常に仲睦まじい……」
「誰だよそれ……! 何があればそうなるんだしかもその短期間に!」
「そ、そこまでは私も知りませんが……恥ずかしがって、アクアさんは教えてくれませんでしたし」
 ピノの未来に対する衝撃は、今の話で全部吹っ飛んでしまったらしい。あああああ、と叫び出しそうなラスの様子に、満月とフィアレフトは顔を見合わせる。彼女達は、機晶技師になってからのアクアしか知らない。それ以前の過去は、全く聞いていない訳では無いがあまりにも印象が違う為にピンと来ていない部分があった。故に、ラスとアクアの確執も実感出来ないのだ。
 冷静な状態になるまでに時間が掛かりそうなラスは放っておくことにして、満月は主に朔とフィアレフトに対して話を続ける。
「えっと、それで……イディア姉さんは過去を変えようと、15年前に飛ぼうとしたの。でも、失敗してしまって……」
 それで、機晶石まで割れてしまった。フィアレフトが、沈痛な表情になる。
「……そう。そんな事があったんだ……」
「でも、ただの失敗じゃなかった。何者かの介入が見られたの。多分、イディア姉さんを過去に行かせたくない誰かが邪魔をしたんだと思う……」
「…………」
 全ての話が終わり、場に短い沈黙が落ちる。満月の語った『未来』は、フィアレフトの知っている『未来』とは随分と違うものだった。彼女の記憶では、ピノはラスと覚が死んだ後、一時的に地球に移り住んでいる。それが、流れの分岐となったのかもしれない。
 ただ、その『誰か』というのが少し気になる。
「……しかし、ピノくんがそんな事件を起こすか……」
 フィアレフトが考え込む中で、朔が口を開く。
「わからなくもない。大切な者を失って絶望して……何でもいいから『ナニカ』に復讐したくなる気持ちは……な。ラス、君は何としても生き残って彼女を支えてあげるんだぞ?」
「……! 分かってるよ! 死ぬ気は無いっつったろーが」
「何で涙目なんだ?」
「うるせー……って、何でにやにやしてんだよ! 止めろ! 止めろその顔!」
「いや……有り得る話だと思ってな」
「有り得ないだろ! いいか? “そいつ”がどうであろうと俺はアクアの事なんてゴキブリ程度にしか、つーか女とも……」
「あの……叔父さん、朔さん」
 言葉の応酬を続ける朔とラスに、フィアレフトは声を掛けた。真面目そのものの表情をした少女に、2人はつい、口を噤む。
「これから私が体験した『未来』の話をしようと思います。皆さん、よく聞いてください」