蒼空学園

リアクション

　
　第６章　機械に芽生える感情

「早速、調査を進めます」
　ルミーナとノーン・クリスタリア（のーん・くりすたりあ）からの報告を受けた御神楽　陽太（みかぐら・ようた）は、環菜と現状をまとめた結果、御神楽　舞花（みかぐら・まいか）に調査を頼むことにした。調査の内容は、２０２４年時点でのブリュケ・センフィットの情報についてとパークスにある人型機械と乗り物の詳細についてだ。
　ブリュケに関しては、正直、子供である彼の情報にどれだけの意味があるかは判らない。だが、調べないよりはと情報収集専門員に調査を任せ、舞花はパークスに赴いた。
　最奥のフロアに鎮座している乗り物に近付き、サイコメトリを使っていく。作業の音だったり、盗まれる以前の風景だったりを読み取っていく中で、新たな情報は無いかと気をつける。
　舞花は、約５００年後の未来からこの時代にやってきている。その彼女にとって、フィアレフトとミンツの話は初耳だった。彼女達の話のままに時代が進めば、５００年後には世界人口は激減――否、それ以上に酷いことになっていてもおかしくはない。舞花の未来がそうなっていない以上、どこかで問題改善が行われたのであろうが――そもそも、舞花はそんな歴史事実に心当たりが無かった。
（私の故郷とこの時代は、地続きになっている筈なのですが……）
　種の生存が関わってくる問題だ。小さな事件とはとても言えない。それが自分の記憶に無い事に多少首を傾げながら、彼女はサイコメトリを使っていった。

　　　　　　　　　　　　　　⇔

「……ここにあったか」
『扁平型の乗り物』があるフロアと同じ階層にある大部屋の１つに、それはあった。
　レンがメティスと共に壊した巨大機晶姫。その中で唯一残り、蒼空学園に保管してあった部位である『つま先』は、『乗り物』の一部としては遣われていなかった。
　現状を見れば、他の盗まれた部品共々に『乗り物』の素材となっている可能性をまず考えるだろう。
　だが、レンはそうは思わなかった。あの『つま先』は、素材とはならずにこの地下施設のどこかに存在するという予感があった。
　他の部品とは違い、『侵入』というリスクを冒してまで盗んだものを、ただの材料としては扱わないだろう、と。
　きっと、何か明確な目的がある筈――
　そう、思ったのだ。
「特に手を加えられているようではないな」
　記憶に残るデザイン、形のまま、それは残されていた。
　これから何かに使用するのか、それとも――

　　　　　　　　　　　　　　⇔

「すごいですね……」
　そしてルークは、フロア中央の謎の乗り物から端にまとめ置かれている人型機械達を見回り、その完成度に感嘆していた。盗んだものを使って造ったのだろうが、これだけのレベルの物をここまで用意していたのには驚きを禁じえなかった。
「そんなにすごいものでござるか？」
「俺も、技術屋畑の人間ですからね。機械を見れば、その造り手の技量は判ります。驚きましたよ」
　日下部　出雲（くさかべ・いずも）は全くピンと来ていないらしかったが、ルークには犯人の洗練された仕事ぶりが手に取るように判った。試行錯誤の跡が殆ど無い、確実な知識があるからこその製造物だ。
「……だから、勿体ないな、とも思います。元々、こんなものを造る為に磨いてきたものではないでしょうに……」
　ルークは残念そうに、寂しそうに『乗り物』と――今は離れた位置にある人型機械に視線を送る。それから、出雲に向き直った。
「それで、出雲さんにお願いしたい事があります」
　何をして欲しいかに加えてその理由も話すと、出雲は「なるほど！　分かったでござるよ！」と彼から離れていった。
「……随分と大胆なことを考えましたわね」
　話を聞いていたルミーナが、彼女を振り返りながら話しかけてくる。反対こそしないが、本当に実行してしまっていいのかという若干の躊躇が感じられる。
「相手は俺達の動きを掴んではいません。今の内に、相手の手の内をどんどんと暴いていきましょう」

「ねえカーリー、……もしかして、犯人ってバカなのかな？」
「バカなのかもしれないわね……」
『盗聴の次は、こんな遠くて何もない所で調査なんてー！　こんなに仕事させて、自分達は休んでたりしたら許さないんだからっ！』
　ここに来るまで、人使いの荒い上層部に対してありったけの呪詛を吐いていたマリエッタだったが、言うだけ言ってすっきりしたらしい。机の上に広げられた資料を前にずばり言う彼女に、ゆかりは若干の驚きと共に同意した。
　現地に到着した２人は、まず地下施設の最奥まで行って件の『扁平型の乗り物』をその目で確認した。
『盗んだパーツや鉄材は、殆どあの乗り物に流用されたんでしょうね』
　実際の大きさと盗んだパーツや鉄材の量からそう推測した彼女達だったが、目の前の乗り物はどうにもイコンらしくない構造だ。恐らく、イコンの機構を必要とはするが、全く別種のものなのではないか。
『ここで、イチからこれを造ったならその資料が残ってるんじゃないかな？』
『まあ、犯人もバカじゃないし置きっ放しにしてはいないだろうけど……探してみましょうか』
　残っていたとしても、価値の高いものではないかもしれない。それでも無いよりはマシだろう。そう思って、２人で研究室や図書室のあるエリアを回っていたのだが――
「隠す気がこれっぽっちもないじゃん！　無防備にも程があるよ！」
「絶対に見つからない自信があったのかもしれないわね……」
　設計図の束、書き散らしたメモの山、暇な時に描いたであろう幼稚園児並の落書きまで、犯人が使っていた部屋には調べてくださいと言わんばかりに手掛かりが豊富にあった。
「とにかく、この設計図を解析してみましょうか。ちょっと分厚いけど」
「うん、ちょっと分厚いけどね」
　２人は、辞書程に分厚い設計図の束を前に溜息を吐いた。ゆかりは、ここ暫くの仕事での色々をまだ解消しきれていなかった。やっと自分の時間が取れると思った中での呼び出しで、微妙に気持ちはかさついたままだ。だが、これも任務である。先端テクノロジーや機晶技術、特殊機体知識を使い、ゆかりは見落としが無いように気をつけながら紙を捲っていく。
　同時に、マリエッタは犯人が戻ってこないかどうか神経を尖らせていた。リュー・リュウ・ラウンを襲ってからどこで何をしているか知らないが、いずれは戻ってくるだろう。
　それが１分後か数日後かは分からないが、警戒は必要だった。

「ルシェンは万が一に備えて迎撃の準備をしておいて。念には念を……ね」
「ええ。何が起こるか分からないものね」
　堕黒鳥と瘴気の梟を連れたルシェンがディテクトエビルで警戒を強化する一方、朝斗も鋼の蛇を使えるようにしてフロア全体を見渡した。まずは、何から調べようか。皆と協力して、小さなものでも手がかりになるものを探してみる必要がある。
　ふと目についたのは、壁際に並べられている人型機械だった。適当に置かれている、という感じの人型達に動く気配は無く、その傍でメティス・ボルト（めてぃす・ぼると）が丁寧に何かを調べている。かなり、調査に熱中している様子だ。
「何か、手がかりは見つかった？」
「いえ、手がかりと言えるかどうかは分かりませんが……」
　若干逡巡してから、メティスは腰を落とした姿勢のまま朝斗を見上げた。
「この人型機械達は……表情がどれも違います」
「表情が？」
　朝斗も人型達の顔に順に目を遣る。言われてみると、能面のように一分の違いもない顔立ち、ということはなかった。否、造りは同じなのだが、感じる印象が違うといった方が正しいだろうか。
「これは……機晶姫じゃないんだよね」
「はい。そういう意味では、以前に大廃都を守っていた機械人形に似ています。構造は違うようですが……」
　念の為、朝斗は機晶音叉を使ってみる。特に共鳴はしなかった。
「機晶石は使われていないんだね。エネルギーは……」
　その構造から何か分からないかと、彼は人型機械を調べ始める。
「あ、これ……自家発電みたいだ。体内に発電装置が入ってる。他には……何かプログラムが入ってるな。でも普通のとは違う……人工知能を入れたのか。そんなに複雑じゃない、基礎のやつみたいだけど……」
（人工知能……）
　サイコメトリや先端テクノロジーを使って機械の仕組みを解いていく彼の声を聞きながら、メティスはレンから聞いた“彼”の話を思い出していた。ファーシーの家でフィアレフトから聞いたという、未来の話を。
　――“彼”は復讐をしようとしている。
　フィアレフトはそう言ってはいなかったようだが、やはりこれは復讐だ。
『処分』に因って、彼は母と『子供達』を失った。
　子供に恵まれなかった人々の為に機晶技術で生み出した『子供達』を。
　だからこそ、世界の法則を狂わせた元凶のピノを亡き者にしようと考えた。
　――きっと“彼”の復讐は、彼１人の想いから成り立っているわけではない。
　望まれて生まれたのに死ぬ事を強要された子供達。
　彼等の想いを、彼が背負っているとしたら――
（そう、この機械は彼の子供達。彼は、１人で復讐しようとしているわけじゃない……）
「行くでござるッ！！」
「！？　わっ！　な、何する気ですかっ！？」
　ほぼ同時、連続して耳を突いた声に我に返って振り返る。彼女達が調べていた場所から離れた位置にある人型機械に、鬼神力を発動して角を２本生やした出雲が大太刀に手を掛けている。今にも抜刀しそうだった。
「……出雲さん！！」
　驚く朝斗の前で、メティスは何を考える間も無く飛び出していた。人型達の前に立つと同時、ぴくっと反応して出雲は止まった。
「め、メティス殿、これでは刀が抜けないでござるよ」
「…………」
　困惑する出雲を、強い視線でメティスは見つめる。表情が違う……全て同じ人工知能を入れられた筈の人型達にも、感情が無いわけではない。
　これは、壊してはいけないものだ
「拙者、今から人に仇なす機械兵器を壊して皆の安全を確保するところでござる」
　太刀の柄に手を掛けたまま、出雲は怯みつつも一歩も引かずに説得してくる。
「…………」
　メティスは彼女を見つめ続ける。
「……ですから、其処を退いて頂けないでしょうか？」
　余程困り果てたのか、説得がお願いになった。メティスは静かに、首を振る。
「………………うぅ、そんな哀しそうな眼をしないでくれませぬか？　……何だか、拙者が悪者になったような気分になるでござるよ」
　そして遂に、出雲は太刀から手を離した。弱ってしまって、様子を見ていたルークに駆け寄る。
「ど、どうするのでござるかルーク殿―ッ！！」
「……メティスさん」
　助けを求められたルークは、メティスを言い諭すべく前へ出た。
「其処にあるのは、状況から察するにラスさん達を襲いに行った人型機械と同じものです。このまま残していても誰かを襲うのに使われるのがオチですから、『ブリッジ』……ブリュケさんが戻って来る前に破壊してしまった方が良いんですよ」
　理由は解らないが、彼女は感情を優先して状況が見えなくなっている。個人のわがままで、危険のあるものを残してはおけない。メティスが言葉を詰まらせる中、別室から戻ってきたレンが話を聞きつけて間に入った。
「ちょっと待ってくれ。その人型機械を壊すと、ブリュケが戻ってきた時に話をするのが難しくなる」
「話？」
「そうだ。俺は彼と話をして……出来れば、彼を救いたいと思っている」
「『救う』……ですか？」
　ルークは、怪訝そうに眉を顰めた。それを、最終的に自由にする、という意味だと解釈したのか彼は表情を改める。
「……レンさん。俺は彼を捕まえる為に此処に来ています。住居不法侵入に窃盗、そして傷害事件。治安を守る身としては、彼の犯罪を容認するわけにはいきません」
「…………」
「『彼を救いたい』と思っているのなら、俺達にも納得出来る答えを用意して下さい。……こちらも遊びで来ているわけじゃないんです。救いたいという願いだけでは、法を曲げることは出来ませんよ」
　そこからは、教導団に所属する者としての彼の矜持が感じられた。ブリュケが罪を犯しているのは事実であり、レンは痛いところを突かれてすぐには言い返すことが出来なかった。張りつめた空気が、しばし流れる。
「……だが、今回の一件は奪われた物を取り返し、彼を捕まえれば解決という話ではない。未来を救わなければ、本当の解決にはならないんだ」
　そして同時に、未来を救わなければ、ブリュケを救うことも出来ない。レンのその言葉を、今のところルークは黙って聞いている。
「彼の暴挙を止め、世界の異常も今の時代で食い止める」
　防ぐ手立ては、必ずどこかにあるはずだ。
「それが、俺の掲げる目標だ」
　――時速４００キロ、１９８０年代の映画の名前――『乗り物』の正体についての話し声が聞こえてきたのは、レンがそう言い切った時だった。

　その頃、設計図を捲っていたゆかりは――
「……マリー、これ見て」
「何々？　……あっ！」
　決定的ともいえる記述を見つけた。それは『乗り物』の用途そのものを表した、分かりやすい単語だった。

「時速４００キロ……ですか？」
「ああ。メーターは４００まであったぜ」
「確かに、速度計に記された数字でしたわ」
　パークスに到着し、盗難対象になっていたコクピットを調べていた望は、隼人とルミーナの報告にほぼ同時に動きを止めた。会話を聞いて、エヴァルトと舞花、警護として周囲に目を光らせていたジェイコブ・バウアー（じぇいこぶ・ばうあー）とフィリシア・バウアー（ふぃりしあ・ばうあー）も４人に近付いてくる。
「それに加えて、攻撃機能と防御機能、飛行機能もありましたわ」
　シリアルナンバーの確認をしていた佐那達も話に入り、エレナがそう補足する。
「「時速４００キロ……」」
　エヴァルトと望が同時に呟く。
「あまりにも高速となると、１．２１ジゴワッt……いや、」
　攻撃機能と防御機能はともかくとして、超高速と飛行機能から連想するものは２人とも同じだった。
「膨大な電力を用いてバック・ＴＯ・ＴＨＥ・フュー……未来に戻るためのもの、という予想はできるが」
「それぐらいの速度を出さないと、ばっくとぅざふゅうちゃあ出来ないのかもしれませんね」
『…………』
　２人の言葉に、佐那とエレナ、ジェイコブとフィリシアは驚いたようだった。ルミーナも、目を開きぎみにして口元に手を当てている。
「ちょっと待ってくれ。それって……」
　人型機械の扱いについて一時休戦で集まってきたレンとメティスも、やはり驚いているようだった。出雲だけが「ＢＡＣＫ……って何でござるか？」といまいち分かっていない様子を見せている。
　その中で、隼人とルークが続けて言う。
「……まあ、これまでの話から推察してもタイムマシンだろうな。フィアレフトが、エリザベートに『断ってくれ』って話したらしいし」
「“彼”が元の時代に戻る為に造っているタイムマシンと見て、間違いはないでしょうね」
　ルークはそして、フロア中央の『謎の乗り物』に目を向ける。
「ですが、大きさが不自然なんですよね？　彼１人が戻る為に使うのであれば、コクピットに４人乗りの物を用意する必要はありません」
「……座席４つということは、彼本人の他に協力者が乗るという事でしょうか。考えられるのは、襲撃犯２人と、リン様にそっくりな謎の女性……ということでしょうか」
　望は、教導団から派遣されてきたジェイコブ達への説明とこれまでの状況のまとめを兼ねて、リュー・リュウ・ラウンで起きた出来事について説明する。
「それで数は合いますね……本人達が同乗する気があるかどうかは置いておいて、一応人数としてカウントしていた……という事でしょうか」
　２人の話を聞いて、舞花はコクピットに対してサイコメトリを使った。表面に書かれているらしい魔法術式が多少邪魔をしたが（術式は透明なのか目視できない）、逆にそのおかげで、術式を書いた時の『ブリッジ』――ブリュケの心境が読み取れた。
「分かります。彼が、直接触れていた時の感情が残っています」
「そうか……まだ時間が経ってないから、サイコメトリで読み取れるんだ」
　朝斗は、盗難時から間が無い今だからこそ、コクピットを調べれば何か判るのではないかと思っていた。彼等が見守る中、舞花は目を閉じて残された思念を読み取っていく。
「……３人の顔も思い浮かべていますね。それ以外にも、両親らしき人の顔とか……自害しようという気も強いですが、葛藤というか、迷いや欲望も感じられます。他にも、親しい方の顔が幾つか見えます。明確に『誰を』同乗させるかというより、誰かに同乗して貰いたい……という気持ちを捨て切れなかったみたいです」
　舞花の話を聞いて、皆は難しい顔で沈黙する。そこで、ルークが確認する。
「読み取れたのは、同乗者に関してだけですか？」
「はい。それ以外の事は分かりません」
「そうですか……この乗り物には攻撃機能や防御機能もありますし、元の世界に戻る為だけの役割ではないのかもと思いましたが。その辺りは、皆で手分けして情報を探すしかないようですね。本人に聞ければ一番ですが……まだ戻って来られないようなので」
「他にも、何か情報源がないか探してみましょう」
　些細な手掛かりでもあれば、繋ぎ合わせれば真実の一端にもなるかもしれない。望はそう思い、探索を再開した。
「そうだね。僕はもうちょっとタイムマシンそのものを調べてみるよ」
　朝斗もそう言って、調査を始める。ルシェンは警護に戻りながら、まだまだ不透明な部分の多い現状に解決の難しさを感じる。
（でもこの事件、色々と噛み合ってって簡単に終わりそうもないわね。ここで手がかりが得られるといいけど……）