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第1章 アトラスの傷跡へ


 まさか、この船がゴーレムとはね。と、黒崎 天音(くろさき・あまね)が苦笑する。
 女王ネフェルティティから借り受けた、『アトラスの傷跡』に向かう飛空艇は、オリヴィエ達に関わった者にとっては、とても見慣れたものだった。
 それは、彼が女王殺害未遂犯としてシャンバラ王宮に収監された際に接収された、彼等の仮住まいとして使われていた、壊れた飛空艇だった。
 特殊な船で、エンジン部分が存在せず、この船を使えるように修復する、というのが、当初のオリヴィエの仕事だったのだが。
「一応勉強してみたけど、長引きそうだったからねえ……。どうせなら、自分の専門分野でやってしまおうと」
 飛空艇を造る技術が確立されたのは、ここほんの数年の話だ。
 当初飛空艇は、発掘品のみで賄われていて、一度滅びたシャンバラには、新たに船を作る技術は存在しなかった。
 オリヴィエにとっても、「機晶技術を使っている」という以外は全くの畑違いで、一から勉強することになっていたのだが、すぐに飽きた。
 ならばこの船を丸ごとゴーレムにしてしまおう、と考えたのだ。
「まあ、それはそれで随分面倒な仕事ではあったけれどね」
「発想が飛躍しすぎているよ」
 天音はくすくすと笑う。
 しかもこの船は、自分達の記憶とは違い、内装も随分変わっている。一言で言うなら、個人所有用の船、という感じで、しかも女性的な趣だった。
 オリヴィエは、このゴーレムのマスターをシャンバラ女王に設定し、女王の私物として以外の用途に使えないようにしてしまったのだった。
 マスターの書き換えが出来るのはオリヴィエのみで、今回は一時的に、マスターをオリヴィエに変更している。
 アイシャは現在、個室で休んでおり、三人の騎士が側についていた。
 三人の騎士はいずれも女性だったが、女騎士というよりは、アマゾネスといった表現が相応しいような巨漢の女傑で、軽々とアイシャを抱き上げて船に乗り込んでいた。
 交代でアイシャを抱えて行くそうだが、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)達が予想していたような、医師らしき人物は付き添っていない。アイシャの世話は、全てその女騎士達が賄っていた。


「ゴーレム、ですか……」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)が呟く。
 出発前、天音を交えて白竜は、オリヴィエ博士に確認していた件があった。
 オリヴィエはかつて、オリハルコンという強大な力を有する特殊な物質を使用して、女王守護の為のゴーレムを作成している。
 白竜もその『ガイメレフ』で編成される、『女王の絶対なる盾の騎士団』の一員だが、そのオリハルコンを、今回の作戦で生成する『核』の媒体に使用できないだろうか、と天音が考えたのだ。
「マニュアルの口述筆記の時、記載はしなかったのだけど、ガイメレフに使用されているオリハルコン、あれは“純粋な力”とは言えないかな?」
 ああ、確かに、とオリヴィエは頷いた。
「……だが、使うことは出来ないかな」
「何故?」
「――あれは、人が、安易に扱うことを許されない物質かもしれませんが」
 だが、それなら消え往く命をどうにか押し留めようとする今回の行為自体が、既に人の範疇を越えている、と白竜は思う。
 勿論、パラミタをずっと支えた存在であるアイシャを救うことを、女王ネフェルティティが望んだのであれば、それ以外に、白竜にアイシャを救う理由など必要ではないけれど。
「ガイメレフからオリハルコンを取り出し、持ち運べるように出来るのは、オリヴィエ博士しかいません」
「いや」
 と、オリヴィエは首を横に振る。
「私にも無理だよ。
 出来ないというのは、倫理的な話ではなく物理的なことでね。
 オリハルコンをガイメレフに埋め込む際、他の用途……悪用、ということだけど、そうしたことに使われないよう、外そうとすると昇華するようにしてあって、私なら違う外し方が出来るということは無いんだ。
 ガイメレフごと火山の最深部に投げ込めばいい話だが、内部の道は所々が狭くて、イコンサイズが通れない所も多い。
 だから、オリハルコンは使えない」
 他の用途に使うつもりがなかったからね、と、オリヴィエは肩を竦め、白竜達は、その件については諦めるしかなかった。

 白竜の呟きから、その時の会話を思い出しているのだろうと、パートナーの世 羅儀(せい・らぎ)は察する。
「『生まれた以上、命は誰のものでもなくその人のものであり、生きなければいけない』……か」
 以前、白竜が口にしたことのある、彼の信念を思い出す。羅儀もまた、その信念に従って動く。

「ゴーレムと言えばさ?」
 通りがかったアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が話に加わって来た。
「オリヴィエ博士が、どんな風にアイシャの体を作るか、興味津々なんだけど。
 もし必要だったら手伝うし、必要なくても側で見てたいなぁ」
 以前、オリヴィエにゴーレム技師としての弟子入りを断られたアキラだが、技術は、見て盗むものだ。
 オリヴィエは苦笑した。
「あらゆる事態に備えて、幾つかの手を用意しておくことは必要だと思うが、今から失敗した時のことを考えるのもね。
 一応、成功させるつもりで皆に集まって貰ったのだし」
「じゃあ、アイシャの体をゴーレムで作ることは考えてねーの?」
 アキラは口を尖らす。
「ないね。
 ……もしも失敗したら、今度こそは彼女を魔石に封じて時間を稼ぎ、宿す依代を用意すべきなのだろうが、女王は我々とこの作戦の成功を信じてくださって、今の所、他の備えを用意していない」
 それに、と、オリヴィエは呟く。
「……彼女が、それを望めばの話だね」
 肩の上で、むう、とふくれるアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)を、アキラはちらりと見た。
 話を聞いた時、人形が泣いたり笑ったりできないなんて、失礼しちゃうワ、と、人形に宿った魂であるアリスは憤慨していた。
 実際、消化器官やら涙腺やらの無い人形であるアリスがどうやって食べたり泣いたりしているのか、アキラには謎だったが、アリスを見ていると、人形になるのもアリなんじゃないかなあと思ったりもしているのだが。
「ゴーレムになるのは、嫌だって?」
「そうではなく、……既にこれ以上生きることを、諦めている感じだね」

 自分の役目は終わった、と、アイシャは感じている。
 これが自分の寿命なら、受け入れるべきだと。
 成すべき使命は多く、波乱に満ちた数年だったが、周囲の人々に助けられ、愛されて、とても幸せだったと思う。
「もう、悔いはありません」
 アイシャは女王にそう言った。
 オリヴィエが、弱ったアイシャを連れて行くことを指示したのは、その為もある。
 時間もない。『核』を入手後は、直ちに蘇生作業に入らなければならない。
 けれど同時に、アイシャの為に尽力する人々の姿を、彼は彼女に見せようとしたのだ。
「死んでしまった命には、もうどうしようも無い。生きている内に、手を尽くさないとね。
 ……私が言っても説得力はないけれど」


 さあ、到着する前に、段取りを整えておこう、と、オリヴィエは彼等を促す。
「……博士」
 歩き出すオリヴィエを、天音が呼び止めた。
「頼ってくれて、ありがとう」


◇ ◇ ◇


 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)のパートナー、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)は、アイシャが魔石に封じられなかったことを感謝した。
 例えそれで今アイシャが死に掛けていても、詩穂の声が無視されることがなくてよかった。
「自分で生きることと、誰かに生かされることは違います。
 人生とは何回呼吸したかではなく、何回感情が動いたか……です」
 それに頷いて、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)も言う。
「人として生きた証とは、記憶された記憶のことか? 何かを残すことか?
 否、今のこの瞬間を生きている実感だ。
 わしに前世の記憶は無いが、一度どっかで死んだと思って一日一日の今この瞬間を大事にしないと申し訳ないじゃろ、魔鎧として新しい命をいただいたことが幸せすぎて感謝しておるわ」
「……それって無理やり生かすより、アイシャちゃんを死なせてあげた方がいいってこと?」
 詩穂がしょぼんと言う。
 生かしたいと思っていた。命は、永遠ではないからこそ、尊いのに。
「詩穂、自分勝手で我儘だったね」
「いいえ。アイシャ様が、自ら生きたいと思うことが大切なのでしょう?」
 そう、「生きたい」と、本人がそう願うなら話は全く違うのだ。


 結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)は、アイシャと直接会ったことはない。
 けれど話を聞いて、どうしても抑えられずに此処に来た。
「私は……目の前の傷を癒すことで、きっと世界を変えることができると信じている、から。
 だからいつだって、戦場で傷つく人達の傍にいたい」
「……」
 独白のような結和の言葉を、パートナーのエメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)は黙って聞いている。
「そう……私はそれで精一杯だけど……私より大きく手を広げて、沢山の人を救おうとした、救っている人がいた。
 その人が生きて幸せを掴む為に……力を貸さずにはいられません」
 うん、と、エメリヤンも頷いて笑みを浮かべた。
「……優しい人が傷つくのってさ、……やっぱり……、おかしいよねぇ」
 そういう人はやっぱり、ずっと笑顔でなきゃ。だって待ってる人が沢山いるんでしょう?
 にこ、と笑う表情の中に、込められている言葉が結和には解って、ありがとう、と微笑んだ。


 コユキにも手伝って欲しい! とパートナーのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)から説明を受けて、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)もこの作戦に駆けつけていた。
「アイシャちゃん、戴冠式の後こんなことになってたんだね……」
 ヘルの呟きに呼雪は、女騎士に抱えられて飛空艇に乗り込むアイシャの姿に思いを巡らした。
 アイシャが女王に即位して後、立場を弁えて距離を保ったが、それまで呼雪とヘルは、彼女が抱く運命を感じつつも、アイシャと友人のように接していた。
 だが、ネフェルティティに、アムリアナから託された力と記憶を託した今なら、もういいだろう、と思う。
(アイシャ、お前は生きたいか?
 皆と一緒に生きたいと、思ってくれるか?
 ……また、俺のピアノを聴いてくれるだろうか……?)
「これが終わって、無事アイシャちゃんを助けられたらさ」
 ヘルは、沈んだ表情の呼雪に、明るく振舞う。
「元気になったら何でもひとつ、我儘聞いたげる、って言おうと思って。
 アイシャちゃんのことだから、無理は言わないような気がするけど、だから早く元気になってね、って」
「ああ」
 良い考えだな、と呼雪は微笑んだ。