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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【エリュシオン帝国・1】


 エリュシオン帝国、カンテミール地方領沿岸部。

 君臨する者の一人であり、魔法石付近の上空に佇む【風を喚ぶ者】ピオ・サピーコの率いる亜人の大群が波のごとく押し寄せて大陸へと侵攻しようとするのと、それをさせまいとする者たちとが激突していた。
 その後ろではナージャを中心としてツライッツの干渉が開始されている。
 ハインリヒは顎をついと上げたまま遠くに浮かぶピオの親指大の影を眺め、どこかと通信を繋げているようだ。遠目には敵の大将の現状は変わらないように見えるが。
「OP、ターゲットは?」
[ムーディー]
 通信を聞いてハインリヒの視線が鋭くなる。ピオが殆ど真後ろまできている彼等に気付いた様子は無いし、魔法石側から闇の軍勢の増員がくる気配もない。
 ピオ・サピーコは、一体何を気にしているのか。
 魔法世界の人間は必ずしも見た目と生きた年数が一致しないのは、アッシュから聞いた話だが、先日葦原島の妖怪の山で目標が契約者や兵と行き合った際の音声データ、それに先程の煽りへの反応を考えれば、あれが精神的にも子供なのだと理解出来る。
 先程と同じようにして言葉を引き出してみるかと考えかけて頭を振り、ハインリヒは次の指示を送る。
「バックアップを出せ。……ノー、ノー、コヴァートを使うな、メルダースに拾わせろ」
 通信を切ると、控えていたレフがこちらの顔を見上げているのに気付く。凡そしか分からない目標を確認する役目を装置からその方面へ長けた契約者……つまり人間へ切り替えリスクを上げたのに、命令の変更があるかもしれないと思ったのだろう。
「仕掛けるんですか?」
「違うな。現状変更は無い。まあ……メルダースが何か面白いものでも拾ってくれば別」
 言って息を吐き出す。戦いはまだ始まったばかりだ。
 が……そんな中。
「この状況、去年の無限沸きバグ思い出すね」
「そうね、サーバー負荷酷いわ、トレインPK大発生だわで、阿鼻叫喚だったわよね」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が懐かしそうな声で言うのに魔穂香がうんうん、と同調して頷く。二人が話しているのは、とあるネットゲームの話である。それを諌めるべき立場のはずの、選帝神代理にして龍騎士達の総大将のはずのエカテリーナは、寧ろ嬉々として『あれは地形有利に引きずり込んだら、自動迎撃コンボ組んでおけば、放置状態で稼ぎ放題だったんだぜ』と追従する。だが、それも仕方が無いのかもしれない。
「それが出来るのは廃……ランカーぐらいだよ」
 美羽が呆れて言ったように、エカテリーナは『ネットゲームの神』と称され、それ故にカンテミールで強固な知名度を誇る少女である。同じゲームを愛する者同士、どうしてもオフライン会合のような空気が生まれてしまうのも無理からぬことだろう。女三人寄れば、姦しいというのである。
『だいたいあれ、正直パッチの失ry』
「あのー……申し訳ないッスけど、そういうのは後にしてもらえないッスか?」
 そんな三人の楽しげなネットゲーム談義に、ため息と共に割って入ったのは馬口 六兵衛だ。
 もちろん彼女達もただしゃべっているわけではなく、美羽も魔穂香もちゃんと戦ってはいるのだが、状況が状況である。戦場の最後方に控える帝国勢――魔法石への一斉攻撃へ備えての力の温存と、神である彼らが前線に立つと、非戦闘員や機材などまで巻き込みかねないので、盾となる従騎士達を、国内に侵入させないための防波堤として、防御に徹しているのである――が、とても微妙な顔をしているのを気にしての六兵衛の発言に魔穂香はそういえばそうだったわね、と思い直す。今はこの場を制圧するのが先。ネトゲの話は世界を救った後、ネトゲの中ですることにしよう。
「それじゃ……美羽、行こうか」
「うん!……変身!」
 魔穂香が構えを直すのに、美羽も元気良く頷いて魔法少女マジカル美羽へと変身すると、そのスカートの短さに魔穂香からツッコミを受けながら、多勢に無勢な空気など全く感じさせずに、軍勢の中へと飛び込んで、片っ端から蹴散らして回る。ちなみに、美羽の『短いスカート』に存在するはずのお約束のチラリは、その鉄壁の防御よって、残念ながら果たされることは無いのであった。


 そうして前へ前へと攻勢することで接近する個体を減らす彼女らとは逆に、守備に力を入れた攻性防壁としてツライッツたち、魔法石への干渉を行う者達もある。
「私の大切な友人達には、指一本触れさせません!」
 そんな強い意志の篭った声と共に、ツライッツの傍らで護衛を勤めるハインリヒの前へ、盾のように出るのは、アルティメットフォームで魔法少女アイドル マジカル☆カナへと変身した遠野 歌菜(とおの・かな)と、護国の聖域を展開する月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。本来なら、守るための戦いであれば余り側を離れて前へ出るべきではないのだが、今回は事情が違う。
「ツライッツさんとジゼルちゃんの傍には、ハインツさんが居ますから、安心して任せられます」
 前へ出ても問題ない理由、最後の砦となる人物は信頼できる相手だ。例え防衛線を抜けてくるような敵がいても、言葉通り「指一本触れさせずに」倒すだろうと確信できる。それが、歌菜を前線へ集中する大きな活力になっていた。が、勿論人任せは意図するところではない。
「……まぁ、そちらまで行かせませんけどねっ」
 気合一声。息を吸い込んだ歌菜の唇から紡がれた歌が、無数の槍へと変わって戦場へと降り注いだ。あっという間に亜人達の墓標の群れを作り上げ、足の速い者がその隙間を縫って飛び込んでくるのには、羽純の剣の舞が応じる。そうして雑魚が一掃されていく中で距離を詰めたのは、亜人の中でも一際図体の大きな者たちだ。突き刺さった槍で背中をヤマアラシの様にしながらも、剛力にあかせて突進して来る。だが、その巨体が無防備な一段へ向けて飛び込もうとした瞬間、羽純の槍が閃いた。
「させるか! 舞え、瞬刻の輪!」
 その槍の先から放射された魔法の輪が、巨体を縛ってその動きを僅か止める。
「包み込め、旋律の抱擁!」
 そこへ、歌菜の槍が続けて振るわれると、溢れ出した旋律がその身体を包み込んでその力を鈍らせていく。それでも尚、前進を止めようとしない所は、敵ながら天晴れといったとこだが、そこまでだった。ジゼルめがけて拳を振り上げようとするその腕を撫でるように、ひゅ、と空を裂く音と共に、振り下ろされた刀の軌道を辿って、桜の花弁が舞って、腕から伝うようにして全身を赤く染め上げた。フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の【紅の吹雪】だ。どう、と音を立てて倒れるその個体からは既に関心を失った目は、油断無く周囲を見渡して構えを続ける。
「ハインツさん。妹君……ジゼルさんは私めが責任を持ってお護り致します故、存分に殲滅とツライッツさん護衛に専念して下さいまし」
 振り返りもせずそう言って、フレンディスはちらりと視線だけをジゼルへと向ける。ツライッツとアクアマリンの欠片との同調をサポートするのに集中している為、青い瞳はぎゅっと閉じられた瞼に隠れ、常ならば手を握ったり抱きしめたりと全身で表現する感情も届いて来ない。
 今はただただ静かなその横顔へ、フレンディスは口を開いた。
「ジゼルさん……この度も僭越ながらアレックスさんの代わりに、私が貴女の剣と盾にならせて頂きたく」
 それは、返答を期待していない、決意表明だ。
「そのお身体には決して指一本触れさせませぬ。故に安心してツライッツさん達とともに魔法石の干渉をお願い致します」
 そう言って半歩前へ踏み出すフレンディスの背中を、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の展開する護国の聖域が包み、潜在開放と共に飛び込むその背を、ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)の天使のレクイエムが援護する。
 そんな彼女らの猛攻、いや猛防に一瞬は怯んだ亜人達だが、ピオの支配はその恐怖をも塗り替えるようで、後から押し寄せる群れが倒れた者を踏み越えて雪崩れ込もうとする、が、その足は続けざま地面を走っていったブリザードが凍りつかせて果たせず、足止めされた者たちと、更に後ろから押し寄せる者達とが激突して軍勢が前寄りに密集する。
「! 羽純くん!」
 瞬間、歌菜に声に応じて羽純が槍を構えなおすと、声がなくとも通じる二人の、薔薇の花弁を思わせる槍の閃きが、その中へと猛然と飛び込んでいくと共に、その隙間を縫うようなフレンディスの刀の起動が続き、戦場にいくつも美しくも恐ろしい光の花が舞ったのだった。


 そんな、防波堤のように軍勢を寄せ付けない前線を見つめるハインリヒに「側にいてあげるのも仕事のひとつだよ」と声を掛けたのはナージャだ。
「不慮の事態はどっから出てくるかわからないし」
 待機姿勢のまま顔を向け首を傾げるハインリヒに、ナージャは肩を竦めた。
「なんだか暇してるように見えたからさ」
 その言葉に、ハインリヒは曖昧に笑う。
 現場に下士官や兵が居るとは言っても、ここはエリュシオン帝国である。エカテリーナやティアラ、この地方の性質から地球人やシャンバラに対して友好的であるとはいえ、対外的な問題で、他国の中であまり大きな行動をするわけにもいかないため、基本的に関係の無いところでは待機せざるを得ない。
 また葦原から到着する予定の武器とやらも、どれ程自分の体力を持って行くか分からない以上、無駄に動く事は出来ないのだ。
 その上で、この歌菜たちの奮闘振りである。それこそ、彼女らの体力切れか伏兵の出現かでも無い限り、対ピオ用の武器の到着まで待機状態が続きそうな勢いだ。
「いえ……少し気になって」
 と、半分誤魔化す意味で言って、ハインリヒは視線をツライッツへと向ける。
 用意された幾つかの機材へと、コードやら何やらを身体に繋げて座り、その周囲をトリグラフに囲まれながら、同じく座り込んで、祈るように目を閉じるジゼルと額あわせているツライッツは、その頭に忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)を乗せているのがご愛嬌だが、柔らかなブラウンから冷たい紫の光を纏わす瞳は瞬きもせず、普段の人間らしさが薄れて、機晶姫としての部分が強く表に出ている。
 長い睫毛が影を作る程うっとり眇められたハインリヒの薄い色の瞳に、ナージャは「そんなに見つめたら、ツライッツに穴があいちゃうよ」と笑い飛ばした。当の本人は「その辺は問題ありませんよ」と微笑んで流したが、それを聞いていたヨシュアだけが、頬を赤くしながら視線を反らす。
「瞳が紫なのは何故です?」
 リミッターを解除した際のツライッツの瞳は赤だが、今は複雑な紫がその目を飾っている。機材の調整と、大掛かりな演算処理の幾らかを引き受け、サポートを勤めるポチも興味深そうにしているのに、ナージャは説明を始めた。
「ジゼルに同調を深めてもらってる、アクアマリンの欠片の影響だね。機晶石として上位の力が表に出てきてるんだと思う。魔法石への干渉は、こっちの機材で補佐してるって言っても繋がってるのはツライッツの人間で言えば神経系だからね、瞬きなんかのそういう……人間を擬態する上で必要な制御系の幾らかを切ってるから、瞳も動かない分余計に光が強く見えてるのかもね。あぁ、もしかしたら今話しかけたら声も違うかも。喉を通さず音声を発生できる機能が活性化するのかな」
「……実験は後にしてくださいね。今話しかけたらそれこそ邪魔になりますよ」
 何処までも続きそうなナージャの解説を、ヨシェアがため息と共にいったん途切れさせたものの、一度興味が沸いたものへの探究心は途切れることは無く、ギャラリーがまた「声が違う?」だの「その制御については」だのと質問をほいほいと投げ入れるものだから、一向に止まる気配は無かった。