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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【魔法世界の城 南の塔・1】

『願いを、力に』

(これが、ヴァルデマールの居城……。うぅ、ふ、震えが止まらないよぅ)
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の見上げる先にそびえる、ヴァルデマールの住まう城。これだけ離れていても感じる力に、ネージュはぶるっ、と身震いした。
(……うぅん、こんな所で怖気づいてちゃ、ダメ!
 あたしだって、豊美ちゃんの下で魔法少女として頑張ってきたんだ。みんなも居る、豊美ちゃんも居る、だからきっと、大丈夫!)
 ぐっ、と脚に力を入れ、身体の震えを気合で抑え込んだネージュに、暖かな力が宿った。
(あっ、これ……豊美ちゃんの魔法だ)
 視線を向ければ、『ヒノ』を掲げた豊美ちゃんが契約者の皆に加護の魔法を施していた。その豊美ちゃんがネージュに振り向き、笑顔を見せる。
 その、普段と変わらない姿にネージュは勇気をもらった。――大丈夫、きっと、大丈夫。
(……ヴァルデマールを倒して、魔法世界に平和をお届けしよう!
 そして、みんなで一緒に帰ろう!)
 目を閉じ手を組み、祈りを捧げたネージュの身体から光が生まれ、それは契約者に届くと力強い意志となって背中を押す。
(豊美ちゃん、あたしも、頑張るから!)
 先程豊美ちゃんが向けたようないっぱいの笑顔をネージュも浮かべて、他の契約者と共に南側の棟へと入っていった――。


『進撃の契約者たち』

 建物に入った契約者一行は、外と比べて一層気配が――おそらくは城の主であるヴァルデマールのもの――強くなったのを感じた。
 同時に前方から魔法の兆候が生じ、歓迎とばかりに高圧の水や燃え盛る炎、無数の岩に地を這う電撃が襲い掛かった。


「月之灯楯縫!」

 それらは豊美ちゃんの張った魔法障壁で防がれ、壁の向こうから放たれたアッシュのうねる炎が、歓迎を行った者を焼き払った。
「……闇の軍勢の魔法使い達…………それも手練だ。
 “僕を倒したければ突破してみせろ”って意味だろうね……」
 ヴァルデマールが高圧的な態度でもって言いそうな台詞を口にして、アッシュが険しい顔で前方を見据えた。
「じゃーまー、こいつら撃っちゃっていいんでしょ? 先に進むのに邪魔だしねぇ」
 佐々良 縁(ささら・よすが)が周囲に漂う十丁のマスケット銃、その一丁を取って発砲した。放たれた魔弾は二撃目を撃とうとしていた魔法使い――頭をすっぽりと覆うローブを被っていること以外は、闇に包まれ何も分からなかった――を直撃し、魔法使いは後ろに倒れる。
「二発目、三発目もあるんだよ?」
 銃を持ち替え、新たに出現した闇の魔法使いへ発砲する。二発目、三発目は流石にヴァルデマールに城を守る事を選ばれた闇の魔法使い、張った障壁で威力を減じさせるが、続けて四、五、六、七発目が撃ち込まれ障壁は破られ、直撃をもらう形になった闇の魔法使いが伏していった。
「ととと、まだまだ出てくるの? リロードの余裕くらい欲しいんだけど」
 最初に出現した一団を退けた縁だが、後から後から湧き出てくる敵を前に舌を巻く。
 ……その時、やってきた一人が突如ふらついたかと思うと、膝をついて動きを止めた。それをたやすく撃ち抜いて、縁は自分の後方から攻撃する綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)に視線で感謝を送ると、弱った魔法使いから順にトドメを刺していった。

 さゆみがあえてアッシュと行動を共にしている理由は、自分の中のアッシュへのわだかまり――当初はアッシュが全て悪いと思っていたさゆみも、時を経るにつれそれが半ば以上自分の思い込みであったことに気付いていた――を消し去り、“死につつある”自分を元の状態に戻すことにあった。
(今回のことだけで、すぐに全部消し去れるとは思わない。……だけど、こんなのはもうここで終わりにしなくちゃ。
 狂気や憎悪に踊らされて自分が死んでいく……そんなのはもうたくさん!)
 キッ、と表情を鋭く、さゆみが攻撃態勢に入った闇の魔法使いへ無数の小さな粒子を浴びせた。その粒子を浴びた魔法使いは途端に動きを鈍らせ、縁や豊美ちゃん、アッシュの標的となった。

(さゆみがこうして、前に進もうとしているのですわ。
 あなた方に、さゆみの邪魔はさせません!)
 アデリーヌが歌を紡ぎ、それは道を阻む障害を撃ち砕く力となって、魔法使いを退かせた。二人共葦原で得た二つ名による切り札は温存し、ヴァルデマールの瘴気が集まるこの空間を最速かつ最小消耗で突破する。その目論見はこれまでは上手く行っていた。だが――。
「!!」
 背後から感じた冷たい、ただ冷たい魔法の兆候に、豊美ちゃんが障壁の強度を最大にして飛んできた魔力と相対した。障壁に阻まれてもなお周囲の温度を下げる冷気に、契約者が身体を震わせる。

「…………」

 一人反応したアッシュが炎を繰り出し、水蒸気が立ち籠める。
 視線の先の魔法使いに豊美ちゃんは一瞬呆然とし、そしてすぐに表情を険しい物に切り替えた。
(……そうですか。おそらくはあの時に……)
 豊美ちゃんの想像した『あの時』とは、契約者と魔法世界に囚われた時。どうやらその時にヴァルデマールはアレクの魔力情報を獲得したのだろう。そしてその想像を裏付けるように、現れた魔法使いは闇色のローブを纏っていたが、フードの下から此方に向けてくる鋭い視線は、アレクのものに間違い無い。その相貌、体格とも、寸分違いは無いが、平太が鍛え上げた愛刀は手にしていなかった。
 得物は氷で作り出された権杖とも違う、魔法世界の者が使用している杖だ。
 だが今使用していたのは、アレクが得意とする氷結属性の魔法を、ディミトリアスの教えを応用し、増幅する彼のやり方だ。
 それは先程まで床に浮かんでいた古代文字の魔法陣が証明している。
(どこまで模倣されているのでしょう。それが分からないことにはうかつな行動は取れませんね)
 先手を取れずにいる豊美ちゃんや契約者をあざ笑うように、アレク――闇のアレクと仮称する――は再び動きだしていた。
 その周囲に生み出される魔法陣に見覚えのある文字を見つけ、豊美ちゃんは叫ぶ。
「皆さん、上から来ます!」
 警告に従い、契約者が上空から降り注ぐ氷の礫を回避する。
 単純な氷術でも、古代魔法で方向指示がなされ攻撃力の増幅された結果、それはたとえ一つでも当たろうものなら大きなダメージは免れないだろう威力を秘めていた。
「あれきゅんのまがい者、私のタマを受けてみろぉ!」
 どこか嬉々とした表情で、縁がマスケット銃で闇のアレクを狙い撃つ。しかし正確な狙いだったはずの魔弾は闇のアレクのかざした杖から放たれた闇を帯びた氷の塊にに阻まれ、続けて合計九発の魔弾が撃ち込まれるが、その全ては闇のアレク自身に届くことはなかった。
「ひゅー、流石はあれきゅん、ってアレはまがい者か――」
 縁が余裕を口に出来たのは、そこまでだった。闇のアレクの放った雹のような魔法攻撃――実態はやはり“ただの氷術”である――の氷の粒を避け切れずに食らった縁は大きく吹き飛ばされ、立ち上がることは無かった。
「気をつけてください! 魔弾はまだ有効です!」
 豊美ちゃんと他の契約者に、縁を気遣う余裕は与えられなかった。マイナス温度の空間は未だ闇のアレクのコントロール下にあって、塊となった氷が契約者に致命的な一撃を与えんと吹き荒れ続けていた――。