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【魔法世界の城 東の塔・1】


 ヴァルデマールの根城。
 入り口が彼等を出迎えるように開いた為、契約者による急編成のコマンド部隊――ただし奇襲どころか表から突っ込んでくる――も、東の塔の廊下を案内役のアレクを先頭に堂々と進んでいた。勿論礼儀正しい彼等は、行き合った闇の魔法使いへ丁寧にご挨拶をするのを忘れない。
「外見あんなだからって中身もそうだとは限らないな……」
 誰かが呟いた通り、森から見えた城の外観は瘴気に包まれ真っ黒だったが、内まで真っ黒な訳では無い。
 壁は白いし、灯りもある。
 ただ彼等が突入するより前に城の中を彷徨っていたシェリーがそう感じたように、瘴気がぼんやり立ち籠めるこの暗さでは朝昼晩と言った感覚が無く、気分が落込みそうだ。
 そういった意味でもマリー・ロビン・アナスタシア(まりーろびん・あなすたしあ)が定期的に歌い呼び起こしてくれる“幸福な感情”が、彼等の心を正気に保つ大事な役割を果たして居た。丁度壁になってくれるものが見つかったところで全体の動きを止める合図を出し、アレクがスキルを何度も使用するマリー自身に問題は無いか気遣う。
「あら有り難うサーシャ。確かにこの瘴気の量だと苦しく無いとは言えないわね。
 でもね、あたしはまだ売り出し中でジゼルちゃんやフランツィスカさん程の名声は無いけれど、これでもそこそこはやれるつもりよ。
 正直今はちょっと気分が好いくらいよ。これ葵の身体だし」
 胸に手を置いて示すのは、奈落人の彼女が乗りうつっている東條 葵(とうじょう・あおい)の肉体だ。
「その葵の方は、元気なのか?」
「えーっとどうかしら…………
 “フランツィスカさんの生歌を聞いたばかりかお助けした上に妖精さんて……妖精さんて頬を…………”
 大体こんな事をぶつぶつ言ってるわ」
「ああ…………」
 アレクの声に東條 カガチ(とうじょう・かがち)の嘆息がハモって落ちる。葵は先日、とある事件に巻き込まれたハインリヒの姉のミュージカル女優フランツィスカ・アイヒラーを自分の身も顧みずに救助した。兼ねてより大ファンだった彼女に心から感謝され、妖精さんと呼ばれ……あれから頭がお空の彼方へ向かっているらしい。
 昨日ハインリヒから受け取った、フランツィスカの直筆の契約者達へのお礼がしたためられた手紙に葵へのメッセージが添えられていた事については、戦いが終わる迄黙っておこうとアレクは密かに思う。
「今ならあたしの使いたい放題ね、この身体」
 と、マリー・ロビンは笑い声を漏らし「それにしても……」と続けた。
「なぁんかヘンよねぇ? この雑多な感じ」
 彼女の呟きに、皆も周囲を見回す。
 此処にきたのがハインリヒであれば、テューリンゲンのヴァルトブルクに似ているとでも言ったろう。マデリエネとインニェイェルドがかつてシャンバラに作り出した宮殿とは違い、この古い城は外装も内装も素朴なくらい落ち着いていて、味わい深い。
 だというのに一部にやたらと華美なプロップが点在しており、強烈な違和感を生んでいた。
 アレクは小首を傾げ思い出す。幼い日の朧げな記憶ではあるが、歴史ある名家に生まれた彼には、こういうものを好む人柄に覚えが有った。
「成金趣味」
 ぽつんと吐き出された言葉に、皆は納得し揃って頷く。
 彼等はヴァルデマールの生まれや背景について全くと言って良い程知識は無いが、アッシュから――というよりもアッシュが両親達から聞いた話では、この荘厳な黒い城は元々魔法世界の王族に当たる身分の者達の所有物であったそうだ。
 魔法世界の名立たる、そして正しき心を持った者はヴァルデマールが表舞台にのる直前、一斉に暗殺され始めた。ヴァルデマールの危険性を見抜いた者達は、早々に身を隠したものの、その後アッシュの両親やその仲間らのように対抗の期を伺っていた者たちは少なかったらしい。
 そういった者達を次々失いながらも、王族は民に対して責任を果たさねばならなかった。カナンの領主達がイシドールに襲われながらも逃げ出さないように、彼等もこの場に残り、戦い……そして処刑されたのだろう。背景を考えれば、何とも言えない気分にさせられるものだ。
「ねぇマコト、マコト。ナリキンてなに?」
 肩に乗る兄タロウに頬をてしてしと叩かれて、椎名 真(しいな・まこと)は苦笑しつつどう答えたものかと考え込んでいる。すると代わりに口を開いた者が居た。
「ヴァルデマールとやらは奪い取った城の主に値しない……所詮その程度の器という事か!
 フハハハ! このままヤツを追いつめ、倒したあかつきには、この俺こそが、世界を征服するに値する人間だと教えてやろう!!」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)が――体力回復の為身を隠している今の状況をすっかり忘れ――高らかに笑うのに、高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が溜め息を吐き、ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が「はい、ハデス先生!」と続いた。
「ヴァルデマールから城を取り戻さないとね。
 色々妙な事が続いたけど、この戦いの決着がつけばこれにて終了よ。
 終わりよければ全てよし、という訳でも無いけど、終わらせてからじゃないと話にならないわ」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がそう言って、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と頷き合う。
「ここまで関わったんだ。最後まで付き合おう。
 すべて片づけてパラミタに帰る」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が言うと、
「主よ、ヴァルデマールとの戦いまではどうか前線は私共にお任せを。
 私は主の鎧にして盾、必ずや道を拓いてお見せします!」
 と、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が膝をついて頭を垂れる。そこで廊下の先からバタバタと落ち着きの無い足音が此方へ向かってくるのが聞こえてきた。
「計ったようなタイミングね」
 セレアナが呆れ顔で嘆息するのに、セレンフィリティは希望の力で輝きを増す大剣を握り直した。
「東の棟の魔力を断ったら、もう一カ所に向かう……そうだったわね。
 つまりこの先の何処かでヴァルデマールとの対決が待っている筈。出来るだけ温存していきましょう」
「攻撃系の二つ名を得た人は止むを得ない場合を除いて、使わない方が良いかもしれないわね」
 セレンフィリティとセレアナの提案に、仲間達も似た考えのようでそれぞれ同意を示した。セレンフィリティが合図すると、カガチと真、及川 翠(おいかわ・みどり)を筆頭に、彼等は魔法使い達の前へ飛び出して行く。
「行くぞガディ! 我ら一体となり主の御為に働くのだ!」
 この狭い廊下では本来の姿では居られない(人間形態の)聖邪龍ケイオスブレードドラゴン・ガディを引き連れ、アウレウスは瘴気渦巻く床を蹴った。
 セレンフィリティも彼等に続きながら、こんな言葉で自分を鼓舞する。
「さっさと終わらせてしまうわよ!」

 先行する真は、兄タロウと壁を蹴って飛び回り敵を撹乱する。これに敵が混乱している間、翠が即座に槌で吹き飛ばし、或はアウレウスが強力な突進攻撃を喰らわせる。そこへ後列の仲間からスキルの追撃が飛んだ。
 彼等が逃した敵は、真がその傍に着地し即座に拳打ち上げ、気道を締め上げる体術に形を変えて倒す。
 闇の魔法使いが『伸びた』のを確認して、真がほっと一息をつくと、倒れた敵の上に飛び上がった兄タロウがポッピングしながら両腕を伸ばしてきた。
「マコト、クッキー! やくそくのクッキーください! おれ、じょうずにやれたでしょ!?」
「はいはい」と懐からご褒美のクッキーを取り出すと、「あんまり甘やかすなよ」とアレクから声が飛ぶ。
「褒めるとつけ上げるぞ、『俺は』」
 本人が言うのだから何より説得力が有る、真は吹き出してしまった。

 そうして改めてスタートした戦いは、件の背景を考えれば不謹慎ながらまるでビデオゲームのような……と契約者に感じさせるものだった。
 “誰々が現れた”であるとか、“エンカウントした”。それが何度も繰り返される。
 その理由は城の少々変わった構造にあった。単純に階段を昇っても一番上には辿り着けない。恐らく敵が攻めてきた時に王族のもとへ簡単に行く事が出来ないようにする為の工夫が施されているのだ。
 階段は一階上がると途切れ、廊下を進んでまた別の階段で昇らなくてはならない。一番奥まった場所に居ると思われるヴァルデマールの元へ辿り着くには、考えて居たよりも時間が掛かった。
 この長い廊下を進んで行くと、敵が何人かのチームで現れる。奴等は魔法世界の戦士のようなものなのだろう。
 総当たりで来ないのは、戦士一人ひとりが高い実力の持ち主だからだ。彼等が全力の魔法を放てば、魔力の防壁が張り巡らされた城とて、たちまち崩れてしまう。それなのにヴァルデマールが外で契約者達を出迎えなかったのは、酔狂な性格故か、矢張りパフォーマンスの一貫なのか。
 兎も角その実力者達が持てる限りの力を尽くして向かってくる。
 契約者がヴァルデマールとサヴァスに見せられた悲劇、インニェイェルドの末路を考えれば、戦士たちの目の色が異常な輝きを帯びている理由も分かった。
 死力を尽くす戦士達に、相対する契約者達。
 魔力は奴等が、その他の部分では此方が上回る。決定打になるのはくぐり抜けて来た戦いの数、そして連携だ。
 そう言った点においては、此方が圧倒的に有利であるとアレクは進撃の中で確信していた。
 魔法世界の戦士達は、軍隊のように統率のとれた組織では無い。恐怖によって支配された集団だ。今彼と共にあるのは指示で的確に動く兵では無いが、幾多の戦いを共にした信頼で結ばれた契約者達である。
 親友、戦友、ライバル、とその関係は様々だが、互いを認め合い高め合うという意味で言えば、そう簡単に負けるような集団ではない。
 そしてそう思っているのは一人ではないから、契約者は誰一人引かない。
 背中に迫るのが死の文字だったとしても、魔法世界の戦士が一歩足を後ろに引く、そんな戦いの最中だった――。

「翠ちゃん、だからあんまり一人で突撃しちゃダメだよっ!?
 って言ってるそばから突撃してった〜!?」
 注意をするより先にパートナーの及川 翠(おいかわ・みどり)がデビルハンマーを振り回し前へ前へと出るのに、サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)はスナイパーライフルに変形させた腕で、仕方なく彼女を援護する。
「待って翠ちゃ〜ん!」
 と、呼ぶ声を彼女が聞かないのは分かっているし、戦いの喧騒に聞こえる訳もないが、取り敢えずで叫ぶのは義務感と、これを聞いたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)、それからおにーちゃんことアレクが代わりに止めてくれる事への期待だ。
 案の定同じく遠距離で皆を支援していたアレクが前へ出る素振りを見せるのに、サリアは息を吐き出す。
 丁度その頃翠は槌の柄をぐっと握りながら、乱戦の中新たに現れた敵へ目掛けて横から前へ振り抜こうとしていた。
「ッはああぁ――」
 翠が上げた高い声の雄叫びは、その敵の姿を完全に見止めた途端、ぴたりと音を止める。腕の動きが止まったのも同時だった。
「…………ぇ……?」
 小さく、本当に小さな音が、翠の喉から漏れた。
 目の前に居るのは、暫く前に森で分かれたあの人だ。
「とよ、み……さ――?」
 黒々とした絹糸のように美しい髪は、絵巻のお姫様を思わせるように長く
 細い身体は確かに子供のものであるのに、堂々とした風格と、気品を感じさせる。
 彼女はそういう外見を持ちながらも、朗らかな笑顔で威圧感を与えない、不思議な存在だ。
 だが……目の前に居る豊美ちゃんからは、それが感じられない。

 代わりに翠に与えられたのは、純然たる恐怖だった。