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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【プラヴダ駐屯所 応接室】


 パラミタ、シャンバラ各地に点在している契約者達が通う九校。
 それぞれの学校に魔法世界の一の配下、【融解する力】の二つ名を冠する男サヴァス・カザンザキスが、唯一の王と崇めるヴァルデマールの勢力拡大の為、そして契約者の手駒を増やす為その瘴気の毒手を振り撒いていた。
 サヴァスは過去『空京大学』で、アッシュの魂を閉じ込めた魔法世界の人間には不容易に触れる事の出来ない『魔法石・魂の牢獄』を機晶石と融解し、パラミタの人間に破壊させようとした事がある。あの経験から彼は、契約者の力に目を付けたのだろう。
 サヴァスが魔法世界で君臨する者として畏れられているのは、何も卓越した魔法力だけが理由では無い。彼の巧みな話術と人心掌握の能力こそが、彼をその地位に押し上げ、確固たるものとした所以だった。
 契約者は能力や才能の高さに反し、肉体的――つまり精神的にも――未熟な少年少女が多い。サヴァスにとってこれほど効率の良い餌場は、他に無いだろう。

 しかし契約者とて、ただやられているばかりでは無かった。 
 過去サヴァスに良いようにしてやられた空京大学は、ノウハウから自警対策が充分に取れていたし、他校についてはプラヴダが対応の為の中隊を組み動いている。
 その中の小隊の一つ――ヴォロドィームィル・ルカシェンコ一等軍曹が指揮を執る隊には、民間と他軍の契約者達が含まれていた。
 理由の一つとして、緊急時とはいえ連合軍の兵士達が他軍の基地で好きなように動くのは、“余り好ましくないだろう”というものが真っ先に上げられる。
 つまり彼等の行き先は『シャンバラ教導団』校舎だ。
「シャンバラ教導団より派兵頂きました水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)大尉、パートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)さんです」
 契約者達は互いに知った仲のようだが、ヴォロドィームィルは便宜上改めて彼女達を紹介した。指揮権は此方にあるが、教導団の校舎は軍基地にあたる為、彼女達に従って行動して貰う必要があるという旨を伝えると、ゆかりがそれを引き継いで口を開く。
 内容は彼女達が出発直前に見た、校舎の状況である。兵士というのは一定階級を越える迄、基地内に昼夜問わず在駐しなければならない。教導団は地球のそれとは勝手が違うところもあるが、大体がなぞったものだった為校舎に居る人数も多く、他校よりも被害状況が深刻であるようだった。
「……状況は限りなく最悪に近いけど……」
 ゆかりが私見を付け加えると、ミリツァ・ミロシェヴィッチ(みりつぁ・みろしぇゔぃっち)が静かに頷いた。
 それで大体の話が終わったとみると、ヴォロドィームィルは視線を破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)に移す。
「申し訳有りませんが、此方であなたの能力を正確に把握しているのはミロシェヴィッチ大佐だけです」
 破名が反応するのを待って、ヴォロドィームィルは本題を切り出した。
「九校同時派兵は可能でしょうか?」
 中隊のうちどれだけが各校へ向かうのか、など詳しい部分はまだ付け加えられていなかったが、破名は頷いて返し、ミリツァを一瞥する。
「ミリツァが可能なら可能だ」
 転移させること自体は比較的簡単だ。
 普段は対象(動かしたいもの)と転移先(動かす先)の座標のそれぞれの指定に処理の大部分を持って行かれているので、その部分が反響の能力者であるミリツァが担当、更に彼女が基準となる基点となれば、不透明の部分など無いに等しくなる。
 余分な計算も要らないとなれば破名の負担はあるようで無い。
 転移先、転移対象を同時に把握出来るかと、質問する破名に「Da.」とミリツァも即答する。
 するとヴォロドィームィルはくるりと後ろを振り返った。
「カラスマ、各隊本部へ通達」指示を受けた兵が動くと、続いて視線を横に移す。
「ルーシャ」
 パートナーに呼ばれ、少年ルスランが返事をかえしながら一歩前に出る。ヴォロドィームィルと同じプラチナブロンドと何処となく似た顔つきから、彼等が兄弟である事が部屋の契約者には見て取れた。
 瞬きを繰り返す破名に、ミリツァが「彼は私と同じ強化人間よ」と軽く説明する間、ヴォロドィームィルはルスランへの指示を続ける。
「――ほ……チュバイスに輸送小隊の件について連絡を」
「餌は」
「OSを例の新しいやつにするとか、なんだったか……そういうのはお前の方が得意だろう、適当に頼む。
 それからロベルトを呼んできてくれ」
「はい、兄さん。適当に嘘ついてきますね。皆さん失礼します。また後ほど――」
 契約者に挨拶をし、ルスランは部屋を出て行った。はて、可能でしょうか聞いたわり、その場合の行動は既に組み上がっているらしい。幾つかパターン化しているのだろうが、したたかなものだと一人思いながら、破名は契約者へ向き直った。
「来てくれてありがとう。助かる」
 知っている顔を、破名は歓迎した。
「聞いたよ、破名。シェリーが攫われたんだって?」
 大体の事情を聞いたらしく、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がそんな風に声をかけてきた。
「大変だったね。でも皆が手伝ってくれる。大丈夫だよ」
 言って、エースは破名の空いている左手を、自分の両手で、ぎゅっと握りしめた。
 ぎゅっとされて、二人を中心に、一時(ひととき)時間が止まった。そうして間断入れず、「ああ」と得心した顔で部屋に居た者立ちが示し合わせたように彼等から一歩距離を空ける。
 「ああ」の意味は、二人を恋人関係であると勘違いしたからだ。戦いに赴く前に緊張を緩和させるように甘い一時を過ごす。それを邪魔をするべきでは無いという彼等の気遣いである。
 が、破名から手を握られているミリツァだけは、引く事が出来ずに僅かに眉を寄せた。恋人同士ならば、たとえ理由があろうと自分がこうしているのを相手は気に食わないはずだ。他意は無いが申し訳ない事をしたとミリツァは内心慌てていた。
「あの、破名……、二人でお話があるのだったら私…………」
 微妙な笑顔で手を離すように諭すミリツァに、破名は自失に陥っていて反応出来なかった。
「いやね、エース。それじゃまるで破名が女の子みたいよ」
 なんとも言えない微妙な雰囲気に、堪らず笑い漏らしたのはリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)だった。メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)もどことなく苦笑を滲ませている。
 男性にしては低い身長でお世辞にも骨格は骨太とは言い難く、確かに頼りないが、破名は歴とした男性である。まさか信頼している男性からの女性向け『おててぎゅ』をされて混乱し、言葉と表情を失っていたのだ。
 エースと破名の表情の落差に気づいたリリアが声を掛けてくれたことで、ハタと破名は我に返る。そして、ミリツァから掛けられる遠慮の言葉に、一人遅まきながら「ああ」と声を漏らし、なんと言っていいかわからないという感情を誤魔化しきれないまま滲ませて、笑い繕った。
「そうだな。俺は男で、女ではないな。まして子供でもない。気にかけてくれるのは嬉しく思うが、流石に女子供扱いはきついな?」
 握られた手を一旦離し、エースに握りこぶしを作れと指示した破名は、
「いくら俺でも契約者達にはいつも助けられているという自覚くらいはあるし、だからこそ言うが」
 素直に握られた彼の拳を、自分の拳で軽く一度叩いた。
「今回も頼りにしている」
 駆けつけてくれたのがエースやメシエ、リリア、ゆかりやマリエッタと知らない仲ではない彼ら彼女らであることが、更に安心感を破名に与えていた。今まで助けられていたという実績があるからだ。
「あと、エース。さっきのようなのは番(つがい)となるべき相手とだけにしておけ。より良い伴侶を娶るなら変な誤解は持たれないほうがいいだろう? 自然界の番選びは厳しいと聞くしな」
 最後に、破名は余計な世話かと前置きして言い添えた。